軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

精霊種 ㊸

レイクスさんが「かなり」って言うぐらいに濃度が高いってことは、煮詰めて飽和した釜の中でお塩や砂糖が析出するように、魔素―――、魔力が濃くなって可視化されたってことじゃないのかな。

“析出”っていうのは、期待や液体の中から一部の成分が固体化して現れたりする様相の変化だからね。

そのぐらい自然の魔力が濃くなっている状態だと仮定しよう。

「・・・切っ掛けは、何だろう?」

仮眠していてこの状況を最初から見ていたわけではないから、今の私には確信が持てる答えは出せないだろうけど、仮眠前と仮眠後の“違い”をいくつか挙げることぐらいは出来るはずだ。

光の粒の他はどうなった?

囲いの底が照らされて地上で群れているシカたちの姿が見える。

自然と私の目が光源である月へと向いた。

「・・・月。・・・月光?」

あれも“違い”の1つだよね。

そういえば、こうして森の中で夜の月を見上げるのは数ヶ月ぶりなんだな。

「こうして」とは言っても、私が森で暮らしていたときは、暗くなる前に焚き火を熾していたから、これほど綺麗に月が見えることはなかった。

現代日本のように電灯の明かりだらけの町中で夜空を見上げるのと同じで、焚き火の明かりが邪魔をして夜空が見えにくくなるからね。

明るい側から暗い側は見通しにくくなる。

そうなると、森で暮らしていた頃の私は本当の夜空を見ていなかったことになるのか。

「あっ! あそこ!」

「・・・えっ?」

「「「「「ええっ!?」」」」」

何かを見付けたらしいアスクレーくんの声に、月を見上げていた視線が引き戻された。

私の口から漏れ出た声を掻き消して、何人かの驚く声が重なった。

何か新たな変化を見付けたんだろう。

アスクレーくんが指す辺りに、私も目を凝らしてみる。

「・・・んん? どれ? 何か有―――、ふえっ!?」

まだ寝ぼけているのかと自分の目を疑った。

本気で見間違いを疑って、袖口でごしごし目を擦ってから目を凝らし直したけど見間違いじゃない。

昼間と同じように―――、ううん。昼間よりも少しだけ活発に見える足取りで三々五々、ぶら付いていた牝ジカの1頭が、月光の下で脚を止めて月を見上げたと思ったら、二重に姿がブレた感じで片方は月を見上げたまま脚を止めているのに、もう片方はゆったりとした足取りで歩き始めたんだよ。

脚を止めたままのもう片方をその場に残して!

何を言っているのか分からないと思うけど、私も何を見せられたのか分からなかった!

角刈りみたいに変な髪型になりそうだった!

どうなってんの!?

いやいや! 冗談抜きで意味が分かんないよ!

脚を止めていた方も普通に歩き始めてるよ!

先に歩いていった方とは別の方向へ!

何とも不思議というか、不可解というか、常識の枠外への場外ホームランだよ。

特殊撮影を使ってワンシーンで切り取った被写体のスチールショットを画面に残したまま動画を取り続けたみたい、とでも言えば良いんだろうか?

「・・・増えた・・・? ううん。分裂した?」

「うん。分裂してるわ」

「こんなことが・・・」

私の呟きにルナリアとケイナちゃんも、囲いの底を覗き込んだまま呆然とした声で答えてきた。

目を疑うどころか自分の頭を疑うような光景が、月の光に照らされた囲いの底のあちこちで繰り広げられている。

一度に起こっているわけじゃない。

てんでバラバラに、何かの前兆が有るわけじゃなく、自然体のまま分裂してるんだよ。

キャットウォーク上がざわめいているせいか、のんびりと蹲っていた牝ジカの1頭が顔を上げてこちらを見上げたと思えば、迷惑そうに立ち上がって奥の方へ移動して行った。

蹲っていた元の場所に蹲っている仔ジカを残して!

2重に重なっていた別々の映像が2つの単独映像に分かれたみたいにも見えるけど、どっちのシカも、ちゃんと実体が有るように見える。

もっと近くで見たいけど、近寄ると攻撃される可能性が高いだろうから囲いの底へ観察しに下りるわけにも行かない。

興奮して突撃しないだろうな? とアスクレーくんを見れば、身を乗り出して目を皿のようにしているアスクレーくんのパンツの後ろ腰をガッチリとエングさんとエバンさんが掴まえてくれている。

あれなら落ちることはないだろう。

改めて囲いの底へ目を向け直す。

個体に注視するのではなく全体で眺めれば、すでにシカの数がメッチャ増えている。

牝ジカから牝ジカが増える、ってルールが有るわけでもなさそうだね。

牝ジカから牡ジカが増えているのも居るし、逆もまた居る。

2度目の分裂が起こった個体も居る。

どのシカも分裂しようと踏ん張ったりしている様子はなく、知らない内に気付けば分裂していたって様子に見える。

「目がおかしくなりそう、って言うより、頭がおかしくなりそう」

「本当に、そうですね」

動揺が収まらない様子のルナリアに、ケイナちゃんが落ち着いた様子で返しているけど、声には内心の動揺が残っている。

建設工事中の囲いの底に突如として現れた最初の1頭から、ああやって毎日増えていたのか・・・。

クローン? いや。どっちがオリジナルでどっちが複製体とか、そんな概念が有るのかどうかも怪しいな。

真相が解明できたとまでは言えないけど、魔獣の生態の一端は垣間見えたと考えて良いだろう。