作品タイトル不明
プリンセス強襲 ⑮
「走れ―――!!」
息も絶え絶えのテレサとルナリアと私の背中を、お師様の叱咤が追いかけてくる。
完全に息が上がっているので、私たちは返事すらできない。
しかも、私たちは追い立てられて走るだけでなく、「魔法術式を発動したままにする」という課題を課されている。
体を動かしやすい乗馬服姿の私たちは、それぞれが一番慣れている魔法を選択して、テレサは小さな光、ルナリアは小さな火、私は風の小さな塊を傍らに浮かべたまま、魔法の維持だけを意識せず、走ることだけに集中せず、それでいて気を抜く暇もなく、追われるがままに乗馬訓練場の馬場を周回している。
本来、乗馬して周回すべき訓練場だけど、馬のように追い立てられて周回しているのは馬に乗っていない乗馬服姿の私たち人間だけだ。
周りを見る余裕も無いから、今が何周目なのか数えていないし、1周目を走り終えたのかどうかすら記憶にない。
スローペースのジョギングぐらいで、走るペースは決して早くはないのに、これが、なかなかにキツい。
「剣を振るうも術式を放つも、全ての基礎は体力だ! 走れ、走れ、走れ―――!!」
お師様は、といえば、私たちを後ろから追い立てて一緒に走りながら、驚いたことに、発動した魔法術式をいくつも周囲に浮かべている。
火・水・風・土・光と、入れ替わり立ち代わりに、複数の術式を維持したまま別の術式を発動しては別の術式を打ち消している。
なんか、たまに真っ黒い球みたいなのも出してるんだけれど、あれって闇魔法かな?
「もしかして」とは森で光魔法を使っている姿を初めて見たときから思っていたけれど、お師様がやっていることって、やっぱり 並列思考(マルチタスク) だよね。
マルチタスクっていうのは、同時に複数の作業をする、一時期ブームになったビジネススキルのことだよ。
「自転車を漕ぎながら歌を歌う」とか、「ごはんを食べながらテレビを観る」とか、「仕事をしながらラジオを聴く」とか、簡単な事なら誰にでも出来るけれど、デキるビジネスマンになると、「ブラインドタッチでパソコンに文字を打ち込んで報告書類を作りながら届いた着信メールに目を通しつつ隣の机の同僚と話して情報交換しているのに頭の中では別の仕事の見積もりを暗算している」らしい。
知らんけど。
いや、だって、見たこと無いもん。そんな人。
崖下でお師様が光魔法を使ったときに、数十もの光の粒が蛍の群れのように舞った光景を思い出す。
だとしたら、お師様は、数十もの並列思考が可能だということになるね。
そんなことが可能なのか不可能なのかは横に置いておくとしても、何らかのコツが存在することだけは確かだろうね。
でも、一つの大きな光を出すのではなく、小さな光をたくさん出した理由は何だろう?
後でお師様に聞いてみよう。
私たちの基礎訓練が始まる前に、テレサに付いてきた騎士団の騎士様たちとの模擬戦を見せて貰ったのだけれど、お師様の戦闘スタイルは、複数の魔法で何人もの敵を同時に狙い撃ちしながら、剣を振り翳して斬り込んでいくという、鬼神も斯くやの超絶脳筋スタイルだった。
「このぐらい普通だ」とのことだったので、お師様の、というよりは、ピーシス家の戦闘スタイルなのかもしれない。
ピーシス家ではマルチタスクが必須スキルだということだ。
コテンパンにやられて遠い目をした騎士様に聞いたら、「こんなのが普通なわけが無い」とのことだった。
至近距離からバンバンと魔法をぶつけられて、魔法を避ければサーベルで斬られ、斬撃を防げば魔法をぶち当てられるという、対戦相手からすれば、「避けることも防ぐことも出来ない悪鬼の如き所業」でお師様は恐れられているらしい。
刃を潰してある訓練用とはいえ、鉄製の剣で殴られたら、打撲やコブぐらいは出来る。
さっさと治癒魔法で負傷した騎士様を治したら、次の騎士様たちに襲い掛かって行くので、涙目の騎士様たちが逃げ回って、逃げるなと怒鳴りつけながらお師様が追い回すという地獄絵図が、見学している私たちの目の前で繰り広げられた。
訓練の邪魔にならないように訓練場の端で見学していた運動神経が壊滅しているらしいレーテさんが、お師様に弾き飛ばされて飛んで来た騎士様の巻き添えを食らって退場して行ったハプニングなんて、綺麗さっぱり忘れてしまうほどに衝撃的な光景だった。
地球のオリンピック金メダリストでも真似できないだろう動きで、ばたばたと騎士様たちを薙ぎ倒すお師様の、強いこと、強いこと。
運動神経が良い方ではない私では、到底、真似できる気がしない。
離れた場所から大きな魔法をバンバン撃ち込み続けちゃダメなのかなぁ。
魔法使いって、そういうイメージだったんだけれど。
「フィオレ! 術式が揺らいでいるぞ!」
「・・・はっ・・・はっ・・・はい・・・っ」
おおっと、考え事をしていられる状況じゃなかった。
魔法を維持し続けるだけで、転ばないように足を動かし続けるだけで、精一杯だ。あれだけの模擬戦を何度も繰り返した後で、私たちをどやしつけながら一緒に走っているのだから、お師様の体力は底無しだよね。
「・・・ううっ・・・はあっ・・・はあっ・・・はあっ・・・ま、まずい・・・」
余計な事を考えている場合じゃないよ。
魔法の維持は何とか出来ているけれど、テレサとルナリアの二人から私だけ徐々に遅れて、ずるずると置いて行かれつつある。
がんばって付いて行こうと歯を食いしばるけれど、肺が燃えるように熱くて、苦しくて、ぜんぜん足が上がらない。
森でルナリアの手を引いて暗殺部隊から逃げたときは、文字通り必死だったし、全力で走ったけれど、結果的に走った距離は短かった。
遅いペースでも、距離が長くなると、これほど辛くて苦しいとは思ってもみなかった。
二人だって辛そうだけれど、走るペースは変わっていないと思うし、これは私の体力の無さが露呈している感じじゃないだろうか。
日本に居た頃も体力が有ったわけじゃなかったけれど、これは酷い。
都会に住んでいるお姫様よりも体力が無いって、致命的なんじゃない?
いけない。意識が朦朧としてきた。
揺れる視界がぼやけて、景色の輪郭が怪しくなる。
フラフラのろのろと、喘ぎながら、粘つく空気を掻き分けるように、それでも進んでいくと、急に目の前が暗くなって、柔らかいものにぶつかって抱き止められた。