作品タイトル不明
プリンセス強襲 ⑬ ※王都騎士団面
ところがだ。
普通ならば、随伴部隊200騎を分割した4交代制で夜通しの歩哨任務に当たらなければならないところを、領主館に駐留している間は夜警の任務からも解放されている。
小隊長格が雁首を揃えて大部屋で駄弁っていられるのも、ここがウォーレス領だからだ。
この非常に優遇された随伴部隊への措置は、ウォーレス家現当主ハロルドに対する騎士団の信頼と、騎士団で同じ釜の飯を食ってきたハロルドからの厚意に拠るところが大きい。
ハロルドと言う男は、国王陛下の側近で在り軍事全般を一手に統括する騎士団長閣下の直下で、成人直後から長年勤め上げ、実家の事情で騎士団を辞して以降も、その身を盾にして南部国境を守り続けてきた。
まさに、王国の盾として南部防衛を預かる、ウォーレス家を体現する男なのだ。
圧倒的な信頼を積み上げてきたウォーレス家の本拠地でも無ければ、騎士団とてお気楽に構えてはいられない。
しかも、今のレティアの町にはコーニッツ・ムーア領の制圧で招集された騎馬5000騎が駐留している上に、王国魔法術師の中でも最強の呼び声が高いピーシス卿と、ピーシス卿に次ぐ魔法術師であるクローゼリス卿が、この領主館に詰めている。
これだけの戦力が事前に集結していれば、宿敵、カリーク公王国が急襲してきたとしても、間違いなく返り討ちに遭う。
王女殿下一人の護衛としては、些か過剰戦力とも言える状況なのだから、随伴部隊も気が抜けようというものだ。
随伴部隊の隊長を務める南部方面隊べルーサー副長が尋問から戻る前に、ウォーレス領特産のシードルで乾杯するほどまでは気を抜いてはいないものの、部隊本部の大部屋に満ちている空気は王都の騎士団兵営に居るときと変わらない程度には弛緩している。
大部屋へ戻ってきた王女殿下の護衛役も、肩の荷を下ろして一息吐ける。
「明日も早いから、就寝時もお嬢さん方とご一緒されると殿下が仰ってな」
「明朝? 何か予定が有ったか?」
べルーサー副長とクローゼリス卿は尋問を終えていないらしく、新たな任務命令は出ていないし、ウォーレス家の訓練場を借りて訓練でも行おうかと考えていたが、王女殿下の予定に変更が有ったのなら、随行しなければならない。
「朝から訓練場で基礎訓練をするらしい」
「殿下もご一緒に訓練に参加されるのか?」
小隊長たちが目を丸くした。基礎訓練とは、要するに体力を養うための地味な運動だ。
「殿下と特務殿は、そのつもりだな」
「王城の侍従が聞いたら卒倒しそうだな。殿下が怪我を負われたらどうする気だ?」
ほとんどの小隊長は、一般的な貴族令嬢と同程度には体を動かすことが得意ではない王女殿下が、自ら運動すると言い出したことに驚いていたが、1人は眉を顰めた。
思慮深い王女殿下が無茶をされるとは思わないが、心配にはなる。
しかも、あのピーシス卿の指導で?
他の小隊長たちはニヤリと笑い、両脇に居た者たちが彼の肩に手を置いた。
「あの方は治癒魔法も使えるからなあ。怖いもの無しだな、特務殿は」
「お前、知らんだろう。特務殿は、尋問のときも治癒魔法を掛けながら斬り刻むんだぞ」
「あの尋問に立ち会わされたら、3日は肉を食えなくなるからな」
「ヤベえな・・・。あの人」
一人だけ異を唱えた小隊長は、喜々として捕虜を切り刻む美女を想像して青くなった。
こうやって話のネタに使いはするが、古参の騎士たちの中に女傑に対する悪感情は無い。
むしろ、大陸中に名を馳せる大魔法術師でありながら騎士団と先を争って斬り込んでいく美女への憧憬と畏敬の念が、ピーシス卿を「特務殿」と呼ぶ彼らの口調から滲み出ている。
別の小隊長の一人が大部屋に戻ったばかりの護衛に顔を向ける。
「今は、殿下の護衛はどうなっている?」
「レーテ殿とウォーレス家のメイドたちが4人付いている」
「おい。メイドだけに護衛を任せたのか?」
他の小隊長たちから笑い声が上がる。
「知らんのか? ウォーレス家のメイドは、全員、女性騎士だぞ」
「しかも、ありゃあ相当な手練れだな」
全員が腰に剣を佩いている変わったメイドたちの姿を思い出して、無精髭の顎を撫でる。
「マジか! 随分な美人揃いだったが」
「手合わせを願ってはどうだ? 俺は遠慮するが」
「なぜだ。あんな美人ばかりだぞ」
「特務殿と同じ臭いがするんだよ。あの連中は恐らくヤバいぞ」
「ああ。ニコニコと笑っていても全く隙が無いし、いつでも剣を抜ける立ち位置を自然な振る舞いで維持している」
「そう言えば、あのメイドたち、足音がしないんだよな・・・」
「それを言ったら、ウォーレス卿の執事殿もだぞ」
「手合わせするのか? 訓練場へお誘いしたら、全員が喜んで来てくれそうだが」
「いやいや、俺も遠慮しておく」
懸念を表明した小隊長は、慌てて首を振った。
焚きつけられてウォーレス家の手練れとの手合わせで叩きのめされたりしたら、部下の手前、酷い恥をかきかねない。
「それで、どうだった?」
「どう、とは?」
本日の護衛を務めた2人に、改めて大部屋に居る全員の視線が集まった。
「殿下の護衛で特務殿の授業とやらに立ち会ったのだろう?」
護衛の2人が顔を見合わせる。
「やはり、大した方だよ。俺まで感銘を受けた」
「屁理屈を知るよりも実践しろ、だったか」
「俺は、重ねた訓練と経験は戦場でお前を裏切らん、ってヤツの方が痺れたぜ」
「魔法術師よりも騎士の薫陶に聞こえるな」
「特務殿は騎士としても一流だぞ。あのハロルド殿が負けるらしい」
大部屋がわいわいと盛り上がる。
この部屋に居るのは、己の腕一本を磨き上げることで弱者を守り、己の命を繋いできた王国正騎士たちである。
そこいらの魔法術師が垂れる御高説よりも、ピーシス卿が示した堅実な指針は受け入れやすく深く共感できるものだった。
大陸最強と呼ばれる大魔法術師が自分たちと同じ信念を表明したことに盛り上がらないわけがない。
「“白焔”の後継の方は?」
今回のウォーレス領訪問の原因となった少女に関する情報とあって、ぴたりと静まる。
「あの子も天才だな。ウォーレス家の御令嬢も才媛だと聞いていたが、それ以上だ」
「あの歳で術式の無詠唱行使だぞ? 特務殿が惚れ込むのも理解できる」
「無詠唱だと? それは本当なのか?」
「魔法術師団でも特務殿と団長閣下しか使えないって超高等技術だろ?」
間近に見てきたであろう同僚から齎された情報に、室内にどよめきが満ちる。
王家直属魔法術師団と言えば王国最高峰の術師が集まる大陸屈指の魔法マニア集団だ。
王国は、魔法術式学術研究院という学術的見地で探究を行う、もう一つの魔法マニア集団を抱えているのだが、頭の固い学者たちが事実上不可能だと否定し続けてきた魔法技術を、学術研究院に在籍していた当時に実現して見せたのがピーシス卿で、ピーシス卿が書いた論文から魔法術式の無詠唱行使を再現して論文の正当性を実証して見せたのが、ピーシス卿と同じく学術研究院に在籍していたクローゼリス卿だという。
目の前で実証して見せても認めようとしない学者たちにブチ切れたピーシス卿が学術研究院の建物を半壊させた上で魔法術師団へと移籍し、ピーシス卿の論文に協力したせいで学術研究院から追い出されて魔法術師団へ移籍したのがクローゼリス卿だという噂もあるが、王宮から箝口令が敷かれているらしく、騎士団では、学術研究院半壊事件の真相は謎とされている。
いや、”謎という扱い”にされている。