作品タイトル不明
第2次領有宣言 ⑨
本当に惜しいことをしたかも。
稀少性を知っていれば、もっと綺麗な死骸になるように私も努力したのにね。
新しい「手」が生えるぐらい結構ギリギリ一杯だったから、綺麗にトドメを刺せたかは自信が無いけど。
希少性の尺度を把握していなかったのはセリーナお婆様も同じだった様子で首を傾げる。
「あら。そうなのね?」
「それは大層稀少な資料になりますよ」
セリーナお婆様の質問に頷いて答えるシェリアお婆様の目は外孫であるアスクレーくんに向けられて、当のアスクレーくんも希少性を知らなかったようで遠慮がちに首を傾げている。
「そう、なのですか?」
「大陸中の魔獣研究者が小躍りして喜ぶ程度には稀少ですよ」
自信が無さそうというか、アスクレーくんの反応に戸惑いが見えることは、ちょくちょく有るんだけど、これ、どういうことだろうね?
もしかして、褒められ慣れてない?
「お婆様たちに見せてやれ」
「見せてくれますか? アスクレー」
「もちろんです」
お母様が可愛がっている甥っ子の背中を押し、シェリアお婆様が可愛い孫に受け止める姿勢を見せる。
はにかんで頷くアスクレーくんの姿を見ていて、母親であるミリア叔母様の顔が私の頭の中に思い浮かんだ。
ミリア叔母様は夫婦揃って仕事人で、フリーダムな家庭で生まれ育ったアスクレーくんには、アスクレーくんよりも積極的で何でもそつなくこなすアレースお兄ちゃんがいる。
アレイオス叔父様に似て社交的な性質が表に出ているアレースお兄ちゃんに対して、アスクレーくんは内向的な引き籠もりだった。
内向的といっても、私のように対人スキルが壊滅したコミュ障の陰キャってわけでもないんだよね。
単に大人しい性質のオタク気質なのがアスクレーくんだ。
これはアレかな?
ダメな子扱いで褒められ慣れて居なかったことで劣等感でも抱いてたのかな?
ミリア叔母様はミリア叔母様なりにアスクレーくんを大事にして来たのだろうし、全然そんなことないのに。
人として失格な私の元母親なんて論外だけど、フリーダムな育て方の弊害かと考えさせられちゃうな。
自分のことだけに必死で周りが見えてない私も、自分で意識して気を付けていないと同じようになっちゃいそう。
子供を相手にしても真っ直ぐに向き合うお母様がアスクレーくんの背中を押す。
「アスクレー。やるなら徹底的に、だ。描き取った絵だけでなく詳細な説明と考察も付けて、後世に残しても恥ずかしくないものにまで仕上げて見せろ。それがお前という人間が生きた証となる」
「はいっ!」
良い傾向だね。
決意の籠もった目でハッキリと答えるアスクレーくんの姿に、もう引き籠もりに戻ることはないだろうと信じることが出来た。
そこからいくらも時間が経たないうちにエゼリアさんたち4人が領主執務室へ到着し、本格的に大家族会議がスタートした。
議題はもちろん、今回の遠征が行われた主たる目的、ナーガ川上流の渡河地点に防衛施設を建設しに行った件だ。
「防塁は計画通りに建設できたのだな?」
「ああ。敵の遺留品から“ここだ”と推測される地点の前後1キロメテルずつ。河岸に沿って総延長2キロメテルの防壁を置いた」
お母様の報告に、数十年前のこととはいえ現地を知るお爺様たちが遠くを見るように視線を泳がせる。
記憶にある地形にお母様の報告を重ねて想像したんだろうね。
「回り込まれる恐れは?」
「無理じゃないか?」
お父様の問いに即答しながら、お母様が私へ視線を向けてくる。
私から説明しろと?
魔獣絡みの報告も有るから良いけど。
「・・・遺留品というのが潜入用に黒く塗装された革鎧でして、中身が残っていました」
「中身とは?」
お母様から引き継いで私が口を開けば、お爺様たちもすでに時間旅行から帰ってきている。
生々しい話題になるけど、お爺様たちもお婆様たちもこの程度で気分を悪くしたり 戦(おのの) いたりしない。
TPO的にも軍事関係の話題なのだからOKだ。
だから私の状況説明もストレートなものになる。
「・・・死体の一部です。両腕、首、胸から下が一口に食い千切られた状態で、人間よりも大きなヤゴ―――、ドラゴンフライの幼虫が水面下に棲息しているのは明らかでした」
「数で押せば渡河自体は可能だろう。事実、少数部隊とはいえ採掘場の手前まで侵入してきたのだしな」
楽観視を口にしたお母様の意見をマルキオお爺様が諫めた。
以前、ネット掲示板の軍事板で、「軍人は現実家で政治家は夢想家」という言葉を目にしたことが有る。
自分の命が掛かった最前線で働く軍人は希望的観測を口にしない。
逆に政治家は民心を煽って支持を得るために夢を語る。
軍人であるお爺様は現実家で、お爺様の指摘は正しい。
正しいけど、情報は最新のものにアップデートされなきゃいけない。
アップデートされていない情報を元に判断を下せば誰だって道を誤る。
だから私は、あらゆる意味で人生の大先輩なマルキオお爺様の指摘に反論する。
「・・・それはどうでしょうか。防壁の対岸まで進軍するだけでも無事で済むとは考えにくいのですが」
「根拠は?」
自身の10分の1以下しか人生経験を持たないはずの小娘の意見でも、ウォーレス家の人たちは真面目に聞いてくれる。
この懐の深さが凄いよね。
この素晴らしい人格者たちを信じられるからこそ、私も全力で応えようと知恵を絞る。