作品タイトル不明
コーニッツ・ムーア制圧戦 ⑯
敵領内に多少の抵抗勢力が残ったところで、主戦力を擁する本拠地を落とした以上は、ウォーレス領軍にとっては誤差でしかない。順次平定していくが、“融和派”に抵抗を続けるような気骨のある繋累・傍系は無いとのことだ。
コーニッツ領を目指して戦場からの逃亡を試みる騎士や兵士は、城門外を固めている騎馬部隊によって、一兵残らず捕縛されたらしい。
数百人の犠牲者を出したムーア領軍に対して、ウォーレス領軍は1人の死者をも出さず、数十人の怪我人のみ。
拍子抜けするほどの、圧倒的な蹂躙劇だった。
「行くぞ」
「ああ」
馬の腹を軽く蹴って悠々と 乗馬(のりうま) を歩ませ始めたお師様を先頭に、総大将であるハロルド様を含めた本陣の私たちもムーアの町へと向かう。
ほんの数分で城門―――、が、有ったクレーターを乗り越えた私たちは、ムーアの町の目抜き通りへと入った。
「・・・うわあ・・・」
無事で済んでいるはずが無いと思っては居たけれど、目抜き通りに面した商店の2階建て木造家屋は“白焔”の爆風を受けたのか、200メートルほどに渡ってペッちゃんこに潰れていた。
建物は潰れていても、住民の悲鳴や泣き声が聞こえてこないということは、戦災に遭うのを想定済みだったのか、“白焔”が炸裂する前に住民は避難済みだった様子で、通り沿いの商店に人的被害は無さそうに思える。
散乱した瓦礫を馬は自分で避けて歩き、瓦礫の隙間に横たわる焼け焦げた騎士や大きな血溜まりを作っている兵士の骸に見向きもしない。
ウォーレス領軍は無抵抗の一般住民には極力危害を加えないとしても、敵兵力と見れば容赦なく斬り棄てる。
ざっと見回しただけでも物言わぬ数十の死体が転がっている。
これが、戦争・・・。
おなかの底に氷の塊を突っ込まれたように体が冷えるけれど、私が吐き気を催すようなことは無い。
襲われている側だったとしても、森で私は何人もの命を奪ったし、後悔もしていない。生きるか死ぬか、殺すか殺されるかなら、私は躊躇なく敵を殺して生き延びる。
ぽっくぽっくと長閑な蹄の音を響かせて、私たちの馬は目抜き通りを進む。
「・・・あっ。ここって・・・」
半壊した石造りの建物の前に町の住民らしき数人の人影が有った。
周囲の木造家屋と違って、石造りの建物だからと避難しなかったのかな?
私の呟きを拾ったアンリカさんの目が石造りの建物へ向く。
その時だった。
「クソっ! ウォーレスの気狂いどもが・・・!」
半ば崩れた建物の前に居る男たちの一人が零した悪態は、私の耳にも届いた。
軽く手綱を引かれたお師様の馬の脚が、ぴたりと止まる。
ひらりと馬から降りたディーナさんが、つかつかと歩み寄り、手にした槍を振るう。
「うわあああ!!」
鋭く研ぎ上げられた穂先では無く柄で払われた槍は、商店関係者と思しき男たちを纏めて薙ぎ倒し、お師様の馬の足元へと転がした。
感情の無い目で、お師様が馬上から見下ろす。
恐怖を顔に貼り付けた男たちが地面を這い、取り囲む騎馬を見上げる。
エゼリアさんとアンリカさんが首を傾げた。
「あら? アンリカ。コイツじゃない?」
「熊人族でしたっけ? コイツみたいですね」
「事前の調べでは、ムーアには一人しか居ないはずだから、間違いないでしょう」
路上を転がって狼狽える男たちの一人をエゼリアさんたちが見咎めて、確認し合った。
表情は笑っているけれど、目が笑っていないことは、お二人との付き合いが浅い私にも分かる。
「ディーナ。そいつよ」
「りょうかーい!」
「ぐあっ!」
エゼリアさんが明るい声で言い終わる前に、ディーナさんは目的の男の顔を蹴り上げた。
俯せに転がった男の背中を踏みつけ、男の目の前の地面に槍を突き立てる。
「―――っ!?」
真っ青になった男が脂汗を貼り付けた顔を強張らせて硬直する。
「おい。エゼリア?」
小さき溜息を吐いたお師様が咎めるも、悪びれないエゼリアさんがニッコリと返す。
「ワールター様から、特別に仰せつかっておりまして」
「熊人族? ・・・ああ、そういうことか」
「はい。コイツも絶対に逃がすな、と」
「レティアへ連行して苦役を科します。ワールター様が」
アンリカさんも1ミリの隙も無い綺麗な笑顔をお師様に向ける。
私の頭の上で、お姉さん方が笑っていない満面の笑みを交わしている。
会話の意味を理解したらしいハロルド様は冷めた目で男を見下ろし、ルナリアも親の仇かのように男を睨みつけている。
「・・・え? え?」
「分かった、分かった。なら、殺すなよ?」
呆れ顔のお師様は、ひらひらと手首を振った。
ディーナさんが、縄を手にしたもう一人の女性騎士と2人で男の捕縛に取り掛かる。
あれ? この人って、私が目覚めた朝に、私の背中を蹴った熊獣人だよね。
ワールターさんの指示?
「・・・お、お師様?」
「お前は気にしなくていい」
困惑する私に、お師様は口角を上げた。
「ワールターは、余程お前を気に入っているらしい」
「・・・え? あ、はい」
「内政の補助はワールターの領分だから、私にも手出し出来んからなあ」
暴力を受けた私の代わりに、ワールターさんが熊獣人の男に制裁を科すつもりみたい。
今の私としては、もう、どうでもいいことなんだけれど、私に暴力を振るったこの男を、ワールターさんは許す気が1ミリも無いらしい。
当の取り押さえられている熊獣人は、私の顔を見ても思い出さないみたいだけれど、お師様ですら手出しできないのなら、私にどうこう出来るはずも無く。
話は終わったとばかりに、お師様が馬の横腹を軽く蹴り、馬を進める。