軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出発

導師を招いた平原の町はカナンというのだという。北の町から、中央を避けて岩洞寄りに三週間。平原でも西寄りの町だそうだ。平原の中でも比較的丘のような地形が多く、麦を中心にしているが、酪農などもしているらしいとのことだ。

「カナン、カナン」

ジーナの宿屋の食堂で、ファルコが何かを思い出すかのように繰り返している。ここで導師と待ち合わせて、そのまま平原に出発ということになる。

「なにか記憶の隅っこに引っかかるんだよな」

「カナンって言葉が? それとも町が?」

「どっちともいえねえ」

珍しく頭を使ってうんうん言っている。

「ほんとに馬鹿な子だねえ、ファルコは」

「ジーナ、さすがにそれは」

ジーナにかかったらファルコもこんなものだ。ショウはちょっとおかしくて苦笑いしてしまった。

「あんたの生まれた町だろ、確か」

「そうだったか?」

「まあ、ライラが確かそう言っていたように思うんだよ。平原の話なんて珍しいからねえ。あんたを連れて初めてここに来た時のことさ」

「ここに来るまでどの町を通ったかなんて覚えてないしな。まして三歳までいたところなんてな」

ファルコがそれでも何かを思い出そうと首をひねっている。

「俺も農業をしていたのか?」

「馬鹿だねえ、三歳がそんな仕事するわけないだろ。けど、麦畑とか、牛とかさ、何か覚えてないかい? 父さんとか」

「麦、牛……」

ファルコは腕を組んだ。ジーナはなんとなく楽しそうだ。確かに、北の町付近には麦畑などないし、馬はいても牛はいない。どんなものかという好奇心はよくわかる。

「駄目だ。平原っぽいものは思い出せない。若い母さんが笑っていて、誰かが俺に手を伸ばしているような絵は浮かぶんだが、高い所にあって顔までは見えない感じ。わかるか」

「わかるよ」

ショウは頷いて見せた。

「私も小さいころのお母さんを思い出すと、顔じゃなくてエプロンとつないだ手が浮かぶもの。顔は高い所にあって案外覚えてないんだよね」

「そうだ、ショウ。そんな感じ。母さんからどんな顔だったか聞いておけばよかったなあ」

「でも少なくとも名前は知ってるんでしょ?」

「……」

ファルコは眉の間にしわを寄せると、ふいと横を向いた。

「知らないんだ……」

「なんか、すまん」

ファルコがちょっとしょげている。レオンもハルも何も言えなくてちょっと困った顔だ。

「遅くなったな。そろそろ行こうか。ん?」

ドアを開けて導師が入ってきた。

「何か困りごとか? もう出発だぞ」

「困りごとと言うかさ」

レオンが伸びをしながら立ちあがった。

「これから行くカナンがさ、ファルコの生まれた町だって言う話をしてて、そんでもって、ファルコが父さんの名前がわからねえって、そりゃ困ったなあって話さ」

「なんだ、そんなことか」

導師はあきれたように肩をすくめた。

「サイラスとライラの子、ファルコ。教会にはちゃんとそう記録されてるぞ」

「サイラス、か……」

ファルコは確かめるように口に出しているが、ショウは両親の名前をすぐに思い出せる導師のほうに感嘆の目を向けた。一方それを聞いてハルとレオンが話に花を咲かせている。

「どんな人なのかな」

「俺の予想では、無口で不愛想で仕事以外興味なし」

「おい」

それは俺のことかとファルコが冷たい目でレオンを見ている。

「でもそうかもねえ。ライラを好きになったんだろ。仕事一途の人間がうっかり血迷ったって考えるのが一番ありそうだもの」

「ジーナ……」

本日二回目の苦笑いである。ジーナはライラには本当に厳しい。

「あの狩り好きのライラを数年間でも平原にとどめておいたんだもの、大した人だと思ってるよ、私は」

やっぱりフォローにはなっていない。

「さ、ファルコのお父さんに会えるかもしれないってわかったし、そろそろ出発しようか」

居心地がよくて出発が遅れてしまう。ショウが立ち上がると、皆も立ち上がった。

「さあ、三週間の旅路に出発だ!」

「おー」

ショウの言葉にハルだけが小さく手を上げて、恥ずかしそうにうつむいた。

「ハルだけだよ、わかってくれるのは」

レオンがハルを抱っこしようとする前に、ショウがハルに抱き着いた。

「へへ、さあ、いこうよ」

「うん!」

今度こそ旅の始まりなのである。

冬の北の森では、いつもジェネとビバルが一緒で、ショウもハルも狩りには参加しなかったし、普段だって年少組は大人の狩りには参加しない。去年岩洞に行った時だって、ショウは治癒要員だし、ハルもどちらかと言うと治癒の仕事をしていたので、やはり狩りには参加していない。

だから馬車が早めに停まって、レオンがこう言いだした時、ショウはちょっと驚いてしまった。

「さて、導師は一人でも大丈夫だし」

「いや、護衛の意味はどこに行った」

思わずこう突っ込んでしまったほどだ。

「私は大丈夫だぞ。基本的に馬車の側にいるしな」

導師本人がこれだもの、護衛の意味なんてほんとになかったのだ。

「ショウとハルと、俺とファルコの4人で狩りをしようか」

「「え」」

ショウとハルは呆然とした。一応年少組は、年上のハンターがいれば狩りに参加することもできる。しかし、基本的な訓練はしっかりさせられているものの、今までファルコとレオンはそれは大切にショウとハルを守ってきていたからだ。

「いいの?」

「そろそろ頃合いだろう」

そう返したのはファルコだ。

「去年の冬の、ハネオオトカゲの移動の時から考えていたことだ。お前たちはもう見習いのレベルじゃねえ。機会があったらちゃんと狩りに参加させて、実戦で鍛えようと思っていたところだった」

「ファルコ」

ファルコは首を左右にカキコキと動かした。

「言っとくが、厳しいぞ」

「うん!」

ショウは北の町の生活の中で、たとえ傷つけることが嫌いで、癒し手として生きていても、導師のように戦う力のある癒し手になりたいと思うようになっていた。人を助けるためには、自分が強くなければならない。護衛などいなくても大丈夫と笑う導師のように。

そして、一人の大人として、町の人を守れるように。

それはハルも同じだった。湖沼ではつらい思いをしたけれど、深森の北の町で大事にされ、癒されるうち、一人の大人として自立し、今度は守る立場になりたいと自然に思うようになっていたのだ。

「よし、じゃあ夕方まで狩りだ!」

「ご飯までには戻ってくれよー」

導師の気の抜けた声に見送られて、初めてのちゃんとした狩りに出たショウとハルだった。