軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

剣と魔法の世界

「風は冷たいが、もう少し敷地を回ってみるか」

「うん」

そうやってサイラスがリクを連れて来たのは厩だった。きれいな茶色の馬が二頭、興味深そうにリクを見ている。あまり大きな馬ではないが、足ががっしりしていてたてがみがふさふさしている。

「ハクとラクだ」

「ハク、ラク、よろしくな」

まあ、いいでしょうと言う目でハクとラクはリクを見た。サイラスはハクのほうを引き出し、鞍をつけるとまずリクをそこに乗せた。ハクはじっとしている。固くなっているリクの後ろに、サイラスはひらりと乗り込み、そのまま牛が放牧されている牧場に出た。

馬に乗ったことなどないリクは緊張していたが、ゆっくりと歩くハクに次第に慣れてきた。牧場は平らではなかった。緩やかな丘もあって、ところどころに木立もある。その緩やかな丘のてっぺんにサイラスは馬を進めた。

「ここらではこの丘は結構高い方なんだ」

丘のてっぺんで、馬の上から見る景色は雄大だった。リクは思い切り空気を吸い込んだ。

一面に広がる平野に、細い川が何本も流れている。ところどころにはこの牧場のような丘もあって、家々は農地の間に数軒ずつ固まって点在している。

見下ろすところから右手の方には、少し大きな町のようなところもあった。

「かすかにしか見えないが、南の端には海があり、そこからこの丘の遥か北のほうまで平地が広がる。北の端には山脈があって、三つの領と接しているんだ。見てわかるように、ほぼ平地でできていて、ほとんどが農地として利用できるこの領は、平原と呼ばれていて、この大陸全体の食を支えているんだが、知っているか」

「いや、初めて聞いた」

「そうか」

サイラスはその返事に何か考えているようだったが、特に何も言わなかった。

「その中でもここのような丘は農地としては効率が悪くてな。平地と違って、地味も肥えていない。試しに麦を蒔いてみても、本来年に二度の収穫があるはずなのに、一度、しかも痩せたものが収穫されるだけなんだ」

そう言って肩をすくめる気配が後ろでした。

「しかし草は生える。そして俺たちには何の利用価値もないその草を、牛たちは喜んで食べるんだ」

やはり異世界なんだなとリクは思う。時々遊びに行かせてもらった母方の祖父が畑をやっていて、そこで手伝うのが楽しかったから農業と言ってしまっただけで、リク自身は農業に何の知識もない。しかし、麦は年に一度、しかも農地を休ませないと土地が痩せてしまうのではなかっただろうか。それが年に二回だという。

「俺のうちもな、代々麦農家なんだ。ただ俺は小さいころから、馬や牛のほうに興味があってな」

「そうなんだ」

「見習いのころから、牛を専門にする農家に弟子入りして、そこからまあ、牛を増やす生活が始まったわけだが」

サイラスはそう話しながらハクを丘の下に向けた。

「とりあえず、牧場の端まで行ってみるぞ」

「うん」

そうやって丘を回り込むと、ハクが進むのをわずかにためらい、横にずれた。

「リク、ちょっとこのまま待ってろ」

サイラスはリクの後ろからひらりと下りると、ハクがよけた草むらに歩み寄った。そしてじっと草むらを見つめると、タイミングを計るように一歩進み、さっと左に動いた。何かが、飛んできた? リクが目を凝らすと同時に、サイラスは腰に差していたナイフで何かを切った。ゆるゆると形をなくしていくそれは、

「スライムだ……」

サイラスはちらりとリクを見ると、手のひらをスライムに向けて、水を出した。

「え、手から、水? なんで?」

そうして何かを拾い上げ、リクに見せてくれた。

「リク、これは魔石だ。お前は魔法は苦手なのか?」

「魔石に魔法? さっきの水は魔法なのか? この世界、やっぱり剣と魔法の世界なんだな!」

「この世界とは……。剣はまあ、平原ではほとんど使わないがな。剣をやりたければ深森にいかないと」

サイラスはそう言うと、北のほうを眺めた。

「まあいい。全部後で説明する」

そう言って家に帰るまでいろいろ説明してくれたが、リクは魔法と魔石に興奮して、なかなか頭に入ってこなかった。

厩に戻り、馬の手入れをして家に戻ってくると、馬の上で冷え切っていた体はぽかぽかと温かかった。それでもサイラスは温かいお茶を入れてくれた。しかしほっとしながらそれを一口飲んだリクにサイラスは、

「平原の子は農業が当たり前、しかし酪農はまだ盛んではないからと思って牧場に連れて行ったが、リク、お前、本当に平原の子か?」

と尋ねた。リクはぐっと詰まった。

「なんで俺が平原の子だってわかるの」

「その髪と目。平原にもっとも多い色だ。湖沼なら緑の髪に紫の目、深森なら金髪、岩洞なら薄茶色と、領によって割と特徴的なんだ。しかも、他の領の者と結婚するものもあまりいないからな」

「そ、そうなんだ」

そう言うことは、女神もきちんと言っておいてほしいものだ。リクは肩を落とし、下を向いた。世話人が決まったと思って安心していたけれど、確かにサイラスの言うように、自分が10歳までどうしていたかはきちんと考えるべきだった。

記憶喪失ということにするか。言えない事情があるということにするか。サイラスは黙ってリクの返事を待っている。

30年近く日本で生きてきて、リクはサイラスのような人はあまり見たことがない。寡黙で、即断即決。いい人で、働き者。こういう人にはどう接するべきだろうか。リクは悩んだ。そして顔を上げた。

少しぼさぼさの、短めの黒い髪。まっすぐな明るい茶色の瞳。

サイラスがどういう人かが問題なんじゃない。俺がどう生きたいかなんだ。

リクは唾を呑み込んだ。

「俺、実はこの世界で生まれたんじゃないんだ」

サイラスの目がほんの少し大きく開く。

目先の利益を得ようとして、機嫌を取ったって仕方がない。仕事の根っこも、人との付き合いも、結局は誠実かどうかなんだ。その場のごまかしなんかいらない。俺はこの世界で、きちんと前を向いて歩くんだ。そのためには嘘はいらない。

「俺はもともと違う世界で生きて、そろそろ30歳になろうとしていた」

こうして話してみると、しょっぱなからうさん臭い。だけど、全部話そう。本当のことを。リクはしっかりと自分の転生のことを語り始めた。