軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

68 王都にいこう

ローディン叔父様が出征して、もう一ヶ月が経った。

季節は厳しい冬になり、バーティアの各家庭の軒先に寒大根が吊るされているのを見るようになった。

もう、魔法ではなく、自然に出来る季節になったのだ。

王都での出兵式の時、ローディン叔父様を笑顔で送り出そうと思ったのに、思いっきり泣いてしまった。

軍装がつらかった。嫌だった。

本当に戦争に行くのだと思い知らされたのだ。

行ってほしくないのに。

『いってらっしゃい』となんとか言えたけど。

ぼたぼた落ちる涙はどうしても止めることが出来なかった。

泣いて泣いて。

それこそ周りが心配するほどに。

商会の家に戻ってきてから、朝に夕にローディン叔父様の部屋で毎日お祈りするのが日課になった。

からっぽの部屋がかなしい。

いつも優しい笑顔がここにあったのに。

心配をかけないように普段通りにすごしているつもりだけど、こっそり泣いているのが知られているらしくて結局皆に心配されているみたいだ。

―――誰が欠けてもつらい。

必要な戦だと誰もがいうけれど。

大事な人がいなくなるのは、頭では分かっていても心が追いつかない。

前世では戦争のない平和な時代の日本に生まれたのだ。

覚悟なんか出来ない。出来やしない。

―――ローディン叔父様がケガも病気もせず、無事でありますように。

―――それだけが私の願いだ。

◇◇◇

「アーシェラちゃん。王都の菓子店に行くの。一緒に行きましょう?」

商会の家にマリアおば様がやって来て、誘ってくれた。

マリアおば様は、私の誕生日以来頻繁にやってきて、キャンドル作りやバター餅の商品化に向けて精力的に動いていた。

それについていくのでなかなかに忙しい日々を過ごしていた。

そして、マリアおば様とローズ母様による、マナーのお勉強もしていた。

ディークひいおじい様も毎日のようにやってきて、トマス料理長も時折手の込んだ料理や、ハリーさんの作ったお菓子を持ってきてくれる。

私の寂しさをみんなで紛らわせようとしてくれているかのようだった。

優しい人たちが周りにたくさんいて私は幸せだ。

―――お腹の底には不安の塊があるけれど。

それは、ディークひいおじい様やローズ母様だって同じ。

ローズマリー夫人だって同じはずだ。

ローディン叔父様の無事を願いながら、普段通りに日々を過ごす。

この日常を守るために、戦地に行ったのだから。

―――だから。泣いてばかりいないで、ちゃんと普段通りに過ごそう、と、ローディン叔父様が出征してからひと月経って、やっと思えるようになった。

「キャンドルもバター餅もとても好評なのですって。一度見に行こうと思っているの」

マリアおば様が嬉しそうに話している。

先週発売となった新商品は、なかなかの人気となっているそうだ。

◇◇◇

―――ひと月前のこと。

出兵式の為に王宮と神殿に行くことになって、誕生日に作った新作メニューの茶碗蒸しとバター餅を 魔法鞄(マジックバッグ) に入れて、王妃様とクリステーア公爵夫妻、そしてカレン神官長におみやげに持って行った。

王妃様の部屋で、王妃様と女官長のレイチェルおばあ様、そしてクリステーア公爵のアーネストおじい様に、魔法鞄のお礼をした。

本当に嬉しかったので、ぎゅうっと抱き着くと、逆にぎゅうぎゅう抱きしめられた。

うん。アーネストおじい様、ちょっと力抜いてください。苦しいです。

「やっぱり、ピンク色にしてよかったわ! 可愛いわね!!」

「誕生日に間に合わないかと思ったけど、王妃様や旦那様のおかげですわ」

「アーシェラが(ほんとうに)生まれた記念の日だ。間に合わせるに決まっているではないか」

くるりと回って欲しいというリクエストで、魔法鞄をかけて回ってみせると、アーネストおじい様が目を細めて『大きくなった』と小さく呟いていた。

うん? どういう意味だろう?

「そうそう、アーシェラ。カレン神官長から提案された件だけどね」

それは、魔法道具の先生にレイチェルおばあ様になって欲しいという私の希望のことだ。

「もちろん、了承しましたよ。アーシェラに望まれるなんて嬉しいわ」

ねえ。とレイチェルおばあ様は私の頭を優しくなでる。

ちなみに今日の私の定位置は、アーネストおじい様の膝の上だ。

アーネストおじい様に抱っこされるのも、膝に乗せられるのも、なんだか妙に落ち着くのはなぜだろう?

魔法道具を作るには、魔法操作がきちんとできることが前提なので、教えてもらえるのはまだまだ先のことだが、魔法鞄を作れる、これ以上はない先生を確保できた。うん、楽しみだ。

その時、アーネストおじい様が何だか羨ましそうにレイチェルおばあ様を見ていて。

「旦那様。魔法道具には魔力を注がねばなりません。幼いアーシェラでは負担になることでしょうから、補助をお願いしますわ」

と言ったら、満面の笑みで頷いていた。なんだかかわいい。

どうやら魔法道具や魔術陣の授業の際はアーネストおじい様も一緒になるようだ。

その後、儀式の打ち合わせのため神殿からカレン神官長が訪れ、打ち合わせが終わるとお茶の時間となった。

お茶とお茶菓子が用意されたので、ここでお土産を出すことにした。

「おみやげでしゅ」

アーネストおじい様に膝から降ろしてもらって、魔法鞄の口に手をあてて呼び出す。

この日の為にバーティア家から借りてきた蒸碗で作った、茶碗蒸しだ。

ティータイムのお茶請けに茶碗蒸しはどうかとは思ったが、食べて欲しかったのだ。

「まあ! 大好きな茶碗蒸し~!」

と、カレン神官長は器を見るなり、喜びの声を上げた。

「「「茶碗蒸し?」」」

初めて蒸碗を見た王妃様と、レイチェルおばあ様、アーネストおじい様は目を丸くして見ていた。

「あーちぇ。かあしゃまといっしょにちゅくった」

胸を張って言うと、アーネストおじい様が嬉しそうに微笑んだ。

「そうか。楽しみだな」

「お義父さま、お毒見を」

さっそく陶器のスプーンを持ったアーネストおじい様に、ローズ母様が声をかける。

そうだった。貴族は基本すべての料理を毒見係が行ってから食事をする。

上級貴族であれば絶対に必要なことだ。

私は今まで商会の家で作ったものや、デイン家、バーティア家でも自分で厨房に立っていたので、毒見をする必要がなかったのだ。

でもそれは他の人には通用しないのだ。

しまった。失念していた。

「あーちぇ。どくみしゅる!」

もちろん毒など入ってはいないが、ここは作った私が食べなければ!

「大丈夫だ。アーシェラとローズが作ったものなら毒が入っているはずがないだろう? それに私は『鑑定』を持っている。毒の混入は見ただけで分かる」

そう微笑んでアーネストおじい様が告げる。

見るだけで分かる―――そうなんだ。

そういえば、リンクさんも田んぼの用水路で採取したクレソンの鑑定をしたとき、鑑定する前からクレソンにそっくりな毒草に気が付いていたことを思い出した。

『鑑定』って便利だ。私もそんな力が欲しい。

「きれいなお料理ですわね」

卵の黄色、三つ葉の緑、エビの赤と白、シイタケの茶。日本料理の五色を見て、ほう、とレイチェルおばあ様が感嘆した。

「まあ! 滑らかでとっても美味しいわ」

速攻で一つ目を食べきり、おかわりを所望する王妃様。

「これをアーシェラが作ったのか……。旨いな」

しみじみと食べ進めるアーネストおじい様。

「本当ですわ。優しくて安心する味ですわね。ほんとうに美味しいわ……」

レイチェルおばあ様が目をつむって頷いている。

お料理をレイチェルおばあ様やアーネストおじい様に食べてもらうのは初めてだったけど、『こんなに美味しいものを作れるとはすごい』と手放しで喜んでくれた。うれしい。

次に会うときも何か作ってこよう。うん。

カレン神官長が自家製の干し柿のバターサンドを持ってきていたので、楽しいお茶の時間となった。

茶碗蒸しの後、バター餅も出すと。

カレン神官長が、『これは前回出ませんでしたわね』と、興味津々だった。

うん。カレン神官長が帰った後に作ったものだからね。

ローズ母様がバター餅が出来た経緯を話すと、『久遠大陸にはコメの他にモチゴメもあるのか』とアーネストおじい様が呟いた。

さすが、外交を手掛けている人だ。ちゃんと『 久遠(くおん) 』と発音できている。

その発音はカレン神官長にも感心されていたアーネストおじい様。

「言語だけは、相手に失礼にならない程度は修めましたが、それだけですよ。特に久遠大陸は遠いので文化が違いすぎて深く踏み込めませんでした。こんなに米や調味料が美味しいと知っていればもっと早くに輸入に力を入れたのですが」

と話していた。

そして、みんな同時にバター餅を一口。

「「「「―――美味しい!」」」」

「柿のバターサンドも絶品ですが、バター餅も絶品ですわ!!」

「ほんとうね! ケーキや焼き菓子とは全然違う食感よね! 初めての食感だわ! 美味しい!!」

レイチェルおばあ様もアーネストおじい様も美味しいと言い、おかわりをしていた。うれしい。

バター餅に心をわしづかみにされた王妃様とカレン神官長が、王都のデイン家の菓子店で販売されることをいたく喜んで、ふたりできゃあきゃあ言っていたのがすごかった。

たぶん、大量に買うんだろうなあ。

だって、クリスウィン公爵家の方たちだしね。

◇◇◇

―――そして、先週、バター餅が発売された。

なんと、発売二日目には、バター餅に『王室御用達』の札が与えられたとのことだ。

そうなると、売れるのは必至。

原材料が限られているので、数量限定、入手が困難とくればどうしても食べたくなるのが人の性。

今では予約販売となっているとのことだ。

キャンドルの売れ行きも好調。

誕生日祝いに菓子職人のケーキを買っていく人に、キャンドルをすすめるとかなりの確率で購入していくそうだ。目の前でデモンストレーションをするというアイディアが功を奏しているらしい。

経営不振によって閉店間際だった店をマリアおば様が買い取って立て直し途中だったが、一気に持ち直したようだ。よかった。

―――そういえば、王都のお店には行ったことがなかった。

「そうだな。行っておいで、アーシェラ」

この頃ディークひいおじい様は毎日のように商会の家に来ている。そして私を膝に乗せるのが定番だ。

ちなみに今日リンクさんはローディン叔父様の抜けた穴を埋めるために忙しく、商会の方で働いている。

「ひいおじいしゃまは?」

ディークひいおじい様が一緒にいるのが当たり前になって来ているので、王都にも一緒に来て欲しい。

期待を込めて見つめると、ディークひいおじい様が苦笑した。

「所用があってな。一緒には行ってやれない」

残念だ。

領地の管理も、商会の補助もディークひいおじい様がやっている。

忙しいのだ。仕方がない。

しゅんとすると。ひいおじい様がやさしく頭を撫でて。

「先に行っておいで。私も王都での仕事があるから、来週は王都に行くよ」

「じゃあ、来週王都にいらっしゃるまでアーシェラちゃんを預かりますわ!」

ということは、三日遅れでディークひいおじい様は王都に来てくれるとのことだ。やった!

「ああ。アーシェラとローズを頼む。リンクも行くのだな?」

「ええ。王都近くにはクリスウィン公爵領がございますでしょう。米を育てる土地の相談をするのだそうです」

「それまでは王都周辺にいるということだな。わかった」

そんなやりとりがあって、王都に行くことになったのだった。