軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

676 フラウティア皇湖

六百七十六

ガルーダワゴンに乗りアルカイト王国より北東に一時間ほど行くと、緑豊かな渓谷が長く続く場所があった。

そこを奥へと入り込んでいけば、小高い山々に挟まれた大きな湖が見えてくる。妖精の里『フラウティア皇湖』は、その畔に存在していた。

里より少し手前に着陸すれば、この渓谷の美しさが一望出来る。

「変わっておらんのぅ」

「はい、あの頃のままです」

季節は冬。けれど辺り一帯の木々は、鮮やかな赤と黄色で彩られていた。この湖周辺には、四季にわたって実をつける木が入り乱れている。だからこそ季節によって違った景色が楽しめた。

煌めく湖に色彩豊かな山と透き通る空。マリアナの故郷は、自然でしか味わえない感動の中にあった。

「きゅい、きゅいー!」

ルナもまた、大自然を目の当たりにして興奮気味だ。けれど、いざ飛び出そうといった素振りを見せた直後、鼻をひくひくと鳴らしたかと思えば再びカバンに戻ってしまった。

いつものやんちゃなルナらしくない。と、里に向かいながらそんな疑問を抱いたところだ。

「ん? なんじゃろうか。随分と忙しそうじゃな」

「はい、どうしたのでしょう」

見れば里の様子が、以前のそれとは違っていた。慌ただしく、更には物々しい雰囲気が窺えたのだ。

「ふーむ、これはきっと決戦に備えておるのじゃろうな」

里の建造物は、土台が石で上物が木造となっている。以前は、何とも風情のある光景が広がっていたのだが、今はそんな建造物が石壁に囲われていた。しかも石壁建築中のところも、あちらこちらに見受けられる。

「そういえば、ここは全員避難になりますからね」

最終決戦の際、里の者達については最寄りの教会への避難が決まっている。だが当然ながら、家屋などはそのままだ。

だからこそ、こうして壁で護ろうと考えたのだろう。

「あら、マリアナちゃんかい!? 久しぶりねぇ」

長閑で幻想的な風景に垣間見える、物々しさ。出来れば魔物による被害もなく済んでくれれば。と、そんな事を思いながら里を眺めていた時だ。

ふとかけられた声に振り向いてみれば、里の外から丁度帰ってきたのだろう。そこには優しげな微笑みを浮かべた、マダムっぽい妖精族の女性がいた。

「あ、ミシャーナさん。お久しぶりです」

マリアナは嬉しそうに頬を綻ばせながら、笑顔で挨拶を返す。

その女性ミシャーナは、マリアナを子供の頃から知る、いわば近所のお姉さん的存在だった。

なお、そこまで大きな里ではないため、マリアナにとってはほとんどが知り合いである。

「まあ、そんな丁寧になって。わんぱく娘も、三十年あれば変わるものなのねぇ。ダンブルフ様を追いかけて出ていってから、どうしているのかと思えば。なんだか立派になって、お姉さん嬉しいよ」

マリアナの子供時代を知るからこそ、ミシャーナにとっては今のマリアナの方が驚きのようだ。その丁寧さと落ち着きぶりに感慨深げな笑みを浮かべる。

けれど次の瞬間には、その両目に好奇の色を爛々と輝かせた。

「それで、どうだったんだい。結局、うまくいったのかい? マリアナちゃんが、あんなに惚れ込むなんて初めてだっただろう? ダンブルフ様とは、お近づきになれたのかい?」

「あ! ちょっと、それは!? えっーと……──」

マリアナが里を飛び出した理由についても当然把握しているミシャーナは、だからこそ上手くいったのかと興味津々な様子だ。

とはいえマリアナにしてみれば、本人の目の前で当時の想いを暴露されたようなものだ。大いに慌てふためくも途中で諦めたように、だがもはや隠すまでもないと悟ったかのようにミラをちらりと見やる。

そして小さく「──はい」と、頬を赤く染めながら頷いた。

「そうかい、そうかい。よかったねぇ。あの後、九賢者の方々がいなくなってしまったって聞いたからさ。心配していたんだよ。でも、そうかい。その前に、しっかり思いを遂げられていたんだねぇ」

ミシャーナは、そんなマリアナの言葉に安堵するよう頷き返しながら嬉しそうに笑った。

「ところで、そちらの可愛い子はどなた?」

ひとしきり喜びを露わにしたミシャーナは、今度は何やら好奇心を浮かべながらミラに視線を移す。

「初めましてじゃな。わしはミラという。よろしくのぅ」

正確にはダンブルフ時代に顔は合わせているが、当たり前のようにそれを隠すミラは別人として答える。ダンブルフが英雄として歴史に残っているこの里では、なおさらそのイメージを守りたいという強い意思がその言葉には宿っていた。

「ええ、よろしくねぇ。ところで二人はどういった関係だい? もしかしてだけど、ダンブルフ様との子供だったりするのかい?」

もしかしてと言いつつも、期待を満面に浮かべているミシャーナ。うまくいっていたのなら、そこまで進展していてもおかしくない。なんなら、子供がいても不思議ではない。そう考えたようだ。

「い、いえ! ち、ちちち違いますから! ミラ様はダンブルフ様──……の、お弟子さんです!」

ダンブルフとマリアナの子供。予想に過ぎない言葉であるが、マリアナにとっては、かなり衝撃的な話題だったようだ。明らかに動揺して一瞬だけ真実を口にしかけるが、どうにか踏み留まった。

「あらぁ、そうなのかい。それにしてもお弟子さんとは凄いねぇ。随分と若く見えるけど……それだとやっぱり、ダンブルフ様は隠居しているっていう噂も本当だったりするのかねぇ?」

「えっと、はい。ゆっくりしておられます」

多くの九賢者が戻ったが、未だに姿を見せないダンブルフ。様々な憶測が溢れる中で、それとなく信憑性の高い噂として隠居したという情報もそこに流していた。

九賢者が集まり活動が再開された今、政治的な部分でも行方不明のまま、または死亡という形にしておくのは都合が悪い。ゆえに、帰還するも隠居したという方へと少しずつ運んで行っている最中だ。

「やっぱり、そうだったのかい。よかったねぇ、本当に。私も一安心だよ」

マリアナがそれを把握しているという事が、何よりも嬉しかったようだ。ミシャーナは、殊更笑顔でよかったと繰り返した。

「でも、こんな時に戻ってきちゃうなんてねぇ」

嬉しそうに笑ったのも束の間。ミシャーナは悩ましげに表情を曇らせた。

「こんな時、ですか?」

「ええ、それがね──」

決戦に備える慌ただしい時期だったからか。忙しそうに見える里の様子を垣間見つつマリアナが言葉を繰り返すと、ミシャーナは里が抱える問題について話してくれた。

その話によると、ここ最近で急に魔物が増えたそうだ。しかも先日には、隣の里で魔獣らしき姿まで目撃されたという。

「里の周りはいつも以上に危なくてねぇ。来る途中で危ない目に遭ったりしなかったかい?」

今は道中で魔物に襲われる危険が高まっている。だからこそミシャーナは、こんな時にと心配したようだ。

「それでしたら大丈夫です。空から来ましたので」

「あら、空からかい。さっきガルーダが飛んでいたと思ったけど、あれはマリアナちゃん達だったんだねぇ」

ミラ達にしてみれば心配無用だ。危険などなかったと答えれば、ミシャーナもまたそれなら大丈夫そうだと安心したように頷いた。

「ところでじゃが、目撃されたのがどんな魔獣かはわかっておるのかのぅ?」

「魔獣かい? 確か聞いた話によるとだね。岩のような体と、凄く太い両手と両足をしていたそうだよ。それでこう両手を振り上げて、バンバンって地面を叩いていたんだってさ」

魔獣が出現したというのなら大変だ。では、どんな魔獣が現れたのか。直ぐに対応出来る相手かどうかを判断するために特徴を聞いたところ、ミシャーナは身振り手振りを交えながら、その特徴を教えてくれた。

「……ふむ、そういう事ならば、ちょいとそちらを先に片付けておくとしようか」

体の特徴、そして動き。それで十分に絞り込めたミラは、だからこそ早めに対処するべきだと判断した。

予想通りならば、その魔獣は厄介な能力を持っているからだ。

(最近、魔物が増えたと言うておったが、魔獣に連れてこられた可能性が高い。里を取り囲んだら一気にくるじゃろう)

魔獣の中には、魔物を統率するものがいる。

ウィーヴィーの巣を探すよりも先に、まずは魔獣を倒しておいた方がよさそうだ。それから統率を失った魔物達にも対処すれば、里の安全は確保出来る。

と、そのように頭の中で次の動き方について考えていたところだった。

「こらこら、相手はとっても怖い魔獣なんだ。幾らあのダンブルフ様のお弟子さんとはいえ、それは危ないよ」

弟子といえば、まだ修行中の身という印象がある。しかも師は、並ぶ者なしとさえ謂われる九賢者の一人だ。

だからこそミラでも、彼女の記憶に残る英雄ダンブルフほどの頼もしさには届かない。ゆえにミシャーナは、里の外に出るのは危険だからと引き留める。

「それでしたら大丈夫です。こちらのミラ様は、ダンブルフ様にも匹敵するくらいお強いですから」

そのように返したのはマリアナだった。何より全てを知っている彼女は、問題ないと自信満々に断言する。

そしてこれに応じて、ミラもまた余裕の笑みを浮かべながら堂々と胸を張った。

「そうかい? マリアナちゃんがそこまで言うのなら、まあ大丈夫なのかねぇ。うーん、どうしても行くというのなら、まずは里長のところに行くといいよ。目撃情報の他にも最近の調査結果なんかが集まっているからね。ああ、それと今回の件で駆け付けてくれた冒険者の方々も、まだそこにいるかもしれないよ」

幾ら弟子とは言え、そう簡単に英雄ダンブルフと並べるはずがない。

ミラこそがダンブルフであると知らなければ、簡単には呑み込めないところだろう。だがミシャーナは、マリアナがそこまで言うのならばと一応は納得を示す。そして魔獣を探すというのならと里の奥を指さした。

「ほぅ、冒険者も既に来ておったか。では、そうしてみるとしよう」

どうやら既に魔獣の件は連絡済みのようだ。とはいえ予想通りの魔獣ならば、その冒険者達だけでは足りないかもしれない。

「ミシャーナさん、ありがとうございます」

「いいんだよ。マリアナちゃん、また今度ゆっくり話そうねぇ。色々と」

それではと礼をしたところ、ミシャーナは落ち着いたらダンブルフとの馴れ初めについて教えてねと悪戯っぽく笑いながら返す。

マリアナは、大慌てでミラの背を押しながら里の奥へと駆け込んでいった。

木造と石造りが交じる小さな里。それぞれの家に畑があり、僅かながらも緑が並んでいる。

農業というよりは、家庭菜園のそれに近い。この里は、自給自足に重点を置いた生活が基本なのだ。

それでいて妖精族特有の工芸品などもあるため、貧しくはない。田舎のように穏やかでありつつ、ほどよく便利に整理された心地の良い里だ。

そんな里の中央あたりに、里長の家はあった。

勝手知ったるといった足取りで里長の家にあがりこんだマリアナと、それに続くミラ。

「ここも久しぶりじゃな。確か、丁度お主が里長に直談判しておったところじゃったか」

「う……あの時の事は忘れてください」

初めてこの里を訪れた時、魔獣の件で相談しにきたダンブルフは、ここで初めてマリアナと出会った。

ミラにしてみれば思い出深い場面だが、当時はなかなか血気盛んだったマリアナにとっては、あまり触れられたくない部分らしい。頬を赤らめながら視線を逸らした。

「失礼します」

と、そうして奥の部屋に辿り着き、ここの主に顔を見せたところだ。

「おお、なんとマリアナか!? 久しいな! 扉を開ける前に声を掛けるなんて、随分と成長したみたいだな!」

机に広げた大きな地図から顔を上げてマリアナの姿を目にするなり驚きを浮かべれば、次には喜び「ガハハ」と豪快に笑う大男。この者こそが里の長であり、同時にマリアナの父でもある妖精族の『バッホン』だ。

(相変わらず、でっかいのぅ)

妖精族は、どれだけ成長しても人族でいう子供と青年の間くらいだ。けれどバッホンは人族と比べても大柄であるため、妖精族を知るものからすればあり得ないような存在感を放っていた。

「ダンブルフ様を追いかけて出て行ったきり、どうしていたかと思えば元気そうでなによりだ。っと、そちらの可愛らしい子は……! もしやダンブルフ様との!?」

ミラの姿を目に留めたバッホンは、その目に大いなる期待を宿らせた。もしかしてまさかの初孫がと、それはもうギラギラと打ち震えるほどの表情でミラを見据える。

「あ、もう! だから違うんだって!」

既に子供が出来ていても不思議ではないくらいの想いを秘めて里を飛び出した当時のマリアナ。ミシャーナ、そしてバッホンが同じ予想を口にしたのは、その時のマリアナの気持ちを知っていたからこそだ。

もはや間接的に告白しているようなものである。だからこそマリアナは、いつもの言葉遣いすらも忘れ慌てながら恥ずかしそうに叫んでいた。

なにはともあれ自己紹介を済ませれば、色々と誤解も解けた。

そして魔獣と魔物の対策についても、マリアナがそこまで大丈夫だというのならと、現在の時点でわかっている限りの情報を教えてもらう事が出来た。

どうやら魔物が増え始めたのは、ここ一ヶ月ほどらしい。最初は北側の方での遭遇が多発していたが、それが徐々に東西でも見かけるようになり、最近は南側でも多くなってきたという話だ。

そしていよいよ、五日前に魔獣の姿が確認された。

「──そういうわけで、先ほど冒険者の方々が森の調査に向かってくれたところだ」

深刻な状況と判断し、里の警備体制を強化。またそれらの情報を以て、冒険者総合組合の方に緊急要請を打診したそうだ。

冒険者総合組合では、いざという時に大きな防衛力を持たない小さな集落を守るため、無償で冒険者の派遣を行うという業務も行っている。

その要請に応えてくれた冒険者チームが、少し前に森へと入っていったらしい。

「ふむ、入れ違いじゃったか」

その冒険者チームがどのような作戦で動いているのかについては、バッホンも聞かされていたようだ。

まずは、魔獣の所在と魔物の分布状態を調べるための調査から始めたらしい。その動き方からみるに冒険者チームの方も、相手がどんな魔獣かについては予想出来ているようだった。

かの魔獣が相手だとしたら、定石といえる初動だ。無償の緊急要請だというのに、かなり優秀な冒険者達が派遣されてきたのだとわかる。

「ならばわしは、反対側の方から確認を進めていくとしようか」

冒険者達がいるというのなら、きっちり話し合って分担出来た方が安全で迅速に調査も進んだだろう。けれど先に行ってしまったというのなら仕方がない。

バッホンの話によると冒険者チームは、まず里の北側方面から調査を開始したようだ。

優秀ならば、きっと見つけ次第撃破しようなどという無謀な策は選ばないだろう。

ならば北側については冒険者チームの方に任せ、反対の南側を重点的に調べてみるのがよさそうだ。

いつどこで魔獣が動き出さないとも限らない。早めに対応出来るのなら、それに越した事はないというものだ。

「おお、よろしいのですか。しかしダンブルフ様のお弟子さんとはいえ、魔獣は強敵。少しでも危険になったら、直ぐに退避してくださいよ」

里長にとっても、現状は相当に悩みの種のようだ。解決が早くなるのならと期待を寄せるが、同時に不安も浮かべていた。

かの英雄ダンブルフの弟子といえど、やはり見た目はか弱き少女そのもの。だからこそ、一目見ただけならそう思ってしまうのも無理はない話だ。

「なーに、心配ご無用じゃ。相手が予想通りであれば、なおさらにのぅ。同じような手合いとは幾度もやり合うた事がある。それにじゃ、この手合いはわしの得意とする相手でもあるのじゃよ」

魔物を率いる魔獣。すなわち数の暴力が脅威の半分を占めている相手だ。そして数の暴力という事ならば、『軍勢』こそがその最たる内の一つである。

「ミラ様なら大丈夫ですよ」

余裕の笑みを浮かべるミラを前に、マリアナもまた心配は要らないとどことなく自慢げであった。