軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

675 準備不足

六百七十五

魔王の野望を打ち砕いてから約五ヶ月が過ぎた。季節は冬の真っ只中であり、もう直ぐ年末だ。

その間にも来年の決戦に向けての準備は着実に進んでいる。

日之本委員会の研究所では、決戦用兵器の開発で大忙しらしい。

他にも託しておきたいものがあると三神からの呼び出しがあったり、精霊の国で一悶着あったりしたが一先ずは順調だ。

『大陸一の聖域となるまでは、まだまだ多くの時間がかかるだろう。だが霊脈については、既に安全装置の起動基準を満たしたようだ』

『それならば、もう問題はなさそうじゃな』

霊獣タロジローの参入によって動物達の抗争問題は鎮火。西の聖域は順調に成長していた。

精霊王が言うに、霊脈の活性率は全盛期だったそれに近づいているそうだ。もう問題なく神器を利用出来るだけの力を取り戻したという。

これで切り札が確実になったと喜ぶミラは、研究室の壁に張った決戦準備表に丸を書きこんだ。

「ふむ、よい調子じゃな」

決戦に向けて必要なものを羅列した予定表を眺めるミラは、とても順調だと満足げに頷く。

これから始めるのは、大陸全土を巻き込む大決戦だ。だからこそその準備は、周到に周到を重ねるくらいでなければいけない。

ゆえに今はソロモンをはじめ、多くの王達が毎日大忙しの日々を送っていた。ほぼ毎日、大陸各国と様々な話し合いの場が設けられ、白熱した会議が繰り広げられている。

だからこその成果か、連携や相互協力が現実的なものになりつつあった。

「この辺りは三神教様様じゃな」

それらの実現には、三神教会の存在も大きくかかわっている。事情を深く知っているからこそか、教皇と大司教達が忙しく動いてくれているようだ。しかもそこに加えて神託まで下ったという形だ。腰の重かった国も、そのまま何もしないわけにはいかないというものだ。

多少は志に差があれど、今は大陸全土が一つの目標のために動いていた。

「確かこれも、あと二、三ヶ月という話じゃったな」

各国の教会で、決戦時の備えが大急ぎで進められている。アルカイト王国の教会や大聖区などでも大忙しだ。避難民の受け入れや治療のための資材が次から次へと運び込まれている。

教会は戦う力を持たない一般の国民の多くを保護してくれる。しかも教皇の話によれば、全ての教会はそれが可能となるように設計されていたそうだ。

教会と名乗るために厳しい建築基準が定められているのには、そういった備えもあったわけだ。

「これについては、もう暫くじゃったか。しかし、初めて聞かされた時はびっくりじゃったな」

魔物を統べる神の頭を封印し、復活時には決戦場となる場所、第零ヴァルハラ。

現在、ミケとアンドロメダが主導して、そこの砦に色々と仕込み中との事だ。最新の救護シェルターの建造と、回復薬の生産が最優先で進められていた。

他にも大砲やバリスタといった兵器の配備のみならず、決戦用術具の開発と防壁の設置など、どのような状況にも対応出来るよう協議を重ねながら改造が施されている。

しかも日之本委員会の技術者のみならず、大陸各地から超一流の技術者も招集し、予定よりも更に強固で立派な砦が完成しそうとの事だった。

「こっちの方は、どんな効果が出るのじゃろうか。うまくいけば儲けものじゃな」

魔王の拠点に残されていたものには、興味深い研究成果などが多く残されていた。

その中でも特に注目されたのは、魔物を統べる神の乗っ取り計画に関係したものだ。

魔王は、その復活を企んでいたのではなく、その力を意のままにしようとしていた。そして、そのための研究を行っていた。

この成果を流用すれば、乗っ取るまではいかなくとも制限や抑制といった効果に書き換えられるかもしれない。

日之本委員会ではカシオペヤ主導で、研究実験開発が進行中だ。

「そういえばヴァレンティンらも、調子が良いと言うておったな」

ヴァレンティンが所属する組織では、残る悪魔の捜索なども順調に進んでいるようだ。浄化も済んで、更にメンバーが増えたらしい。

けれど、今もまだ行方知れずの悪魔がいるようだ。

「しかし、こっちは少々不安じゃのぅ」

決戦準備表に進展順調と丸を書きこんでいたミラの手が、ある項目のところでぴたりと止まる。

それは、決戦の際の緊急転移用に使う術具についての項目だった。

魔物を統べる神との戦いは、これまでにないくらいに壮絶なものとなるだろう。よって最上位レベルの元プレイヤー達が揃っても、その被害は計り知れない。命にかかわるほどの傷を負うような場面も、一度や二度では済まないはずだ。

だからこそ、そうなる前に救護シェルターに戻り治療を施せるようにと準備しているわけだが、その要となる希少な素材の集まりが今一つだった。

深手を負った際に戦場より救護シェルターへと迅速に戻れるよう、異空間の始祖精霊リーズレインが協力を申し出てくれた。いざという時は、救護シェルターに転移させてくれるというのだ。

そのお陰で生存率は飛躍的に上昇したのだが、それを可能とするためにはシンギナライトという素材で作った扉を救護シェルターに設置し、シンギナライト製の指環を嵌めておく必要があった。

現在、扉の方の目処は立ったのだが、決戦参加人数分だけの指環が足りていない状態だ。非常に入手が困難な素材であるため、まだ予定の半分も集まっていない。

「研究も、それなりに落ち着いたところじゃからな。少しでも多く用意するために何かしてみるとしようか」

決戦に向けた切り札など、思いつく限りの研究は完了した。後は実践を繰り返し、その精度と練度を高めるだけだ。

そこでミラは、実践も兼ねてシンギナライトを探しに行こうかと思いつく。

「とはいえ、どうしたものかのぅ」

少しでも足しになればと考えたミラだが、けれどそこで頭を傾げる。

鉱脈はなく、特定の産出地も存在しない希少鉱物だ。

「どうなされたのですか?」

どこをどう探せばいいのか。それこそ、適当にそこら辺を掘り起こしていく事しか出来ないのか。

そんな事が延々と頭の中を巡っていたところだ。甘い香りがしたかと思えば、マリアナがお茶とお菓子を持って研究部屋にやってきた。

「それがのぅ、決戦準備なのじゃがな。シンギナライトという鉱物がなかなか集まっておらんのじゃよ。それで何かよい方法はないかと考えておったところじゃ」

何がどう解決するはずもないが、それこそミラはただ愚痴でも零すかのようにそれを口にして、マリアナのお茶で心を落ち着かせる。

「確か、とっても希少な石と仰っていたあれですか。やはり、難しいのですね」

「そうじゃな。素材としてはコモンメタル以下で、見た目も薄汚れているため宝石としての価値もない。希少でありながら需要は皆無という代物じゃったからのぅ。そんなものを在庫として抱えているような商店はなく、かといって探したところで簡単に見つけられるものでもない。困った話じゃよ」

希少といえば自ずと価値も上がりそうだが、これまでのシンギナライトに価値を付けたものなどいなかった。

だからこそ突然に需要が高まっても市場には在庫がなく、発注をかけてもその集まり具合はいまいちのまま。なんなら、ただの薄汚れた石を持ち込むような者すら出てくる始末だ。

「何だか凄そうな名前の石なのに、正反対なんですね」

異空間の始祖精霊リーズレインの力を借りるために必要となる特別な鉱物、シンギナライト。

そう話に聞いただけならば、それはもう相当に特別なものなのだなと感じてしまうものだ。事実、マリアナもそのように思っていたらしく、実際の特徴を知り印象が変わったようだ。

稀に落ちている、ちょっと変わっただけの薄汚れた石。それがシンギナライトである。

「あ、そういえば……」

と、名前だけではわからなかった印象がマリアナの中で一新されたところだ。ふと手を止めた彼女は、何かを思い出すように目を閉じた。

「む?」

何となく思わせぶりなマリアナの反応に、どうしたのかと目を向ける。

すると、その数秒後だ。

「あの、以前に私が暮らしていた里の近くに、色々な石を拾ってきては溜め込むという習性を持つウィーヴィーという大きな鳥の巣が幾つもありまして。その巣には綺麗な石が沢山あるのですが、一匹だけ少し他と違う子がいたんです──」

マリアナは、どこか懐かしむような顔で当時の出来事を語った。

まだまだ子供だった頃のマリアナは、随分とやんちゃだったようだ。綺麗な石を手に入れるため、友達と一緒にウィーヴィーの巣に忍び込んだりしていたらしい。そして何度か見つかっては、一時間以上も追い回されたりしていたそうだ。

だが、そんな事があってもなお懲りず、盗りやすい巣を探していた時だ。マリアナは、他とは違うウィーヴィーの巣を見つけたという。

「一番綺麗な石を見つけるために、ちょっと離れたところにあった巣に潜り込んだのですが。そこにあった石が、どれもこれも黒く薄汚れたものばかりだったので、とてもがっかりした覚えがあります」

思い出しながら話すマリアナは、それこそ当時はがっかりするばかりで残念感と徒労に打ちひしがれていただけだったが、今思えば不思議な状況だったとも告げた。

ウィーヴィーの集める石は、ただ綺麗なだけではない。マリアナの里には、その石には不思議な力が宿っているという言い伝えがあった。そしてウィーヴィーは、石の力で僅かな未来を覗きみるのだとか。

「ふむ……だとすれば、そのウィーヴィーが集めていた石も特別なものかもしれんわけじゃな」

「はい。どのように石を探しているのかも、まだ謎のままですし。もしかしたら、あの個体は特別な何かを感じ取り、あの石ばかりを集めていたのかもと今更ながらに思いました」

これまでに、まったく用途がなかったシンギナライト。けれど実際には、リーズレインの力との相性が抜群という特殊性が秘められていた。

異空間適性など扱える者の存在などリーズレインくらいなもので、一般的な実用性などほぼ存在しない。だが同時に、極めて希少な性質ともいえる。

だとしたら他とは違った性質を持つウィーヴィーが、これを集めていても不思議ではないのかもしれない。

「よし、確かめに行ってみるとしようか!」

今はこれといった当てもない。いっそ、マリアナが言うその巣を確認してみる方が、ずっと可能性も高そうだ。

そう判断したミラは、早速と立ち上がり出かける準備を始めた。

「よろしいのですか? 話しておいてなんですが、子供の頃の記憶ですので。今はどうなっているのかまでは、わかりませんが」

「構わん構わん。どこを探しても見つけられるかどうかわからん代物じゃからな。そこに少しでも可能性があるのならば、確かめてみなければ気が済まんというものじゃよ」

残っているのか、残っていないのか。そのウィーヴィーの巣がどうなっているのかはわからない。だがもしもそこに集められていた石がシンギナライトだったなら、一つくらいは零れ落ちているかもしれない。

そのくらいの可能性であっても、闇雲に探すよりはずっと有意義だ。そんな気概で支度するミラは、途中でふと手を止めてマリアナを見やった。

「と、そういえばあれじゃな。わし一人で行ってもその巣の場所がわからんか。という事でマリアナよ、お主も直ぐに準備開始じゃ。折角じゃからのぅ、里帰りするのもよいじゃろう」

ダンブルフが──ミラが帰還するまでの間、ずっとここを守ってくれていたマリアナである。その間、きっと故郷にも帰っていなかっただろう。だからこそミラは、ついでだなんだと言いながら、一緒に行こうと声を掛ける。

「は、はい! 直ぐに支度いたします!」

久しぶりの里帰り。そしてミラと一緒のお出かけとあって、マリアナは途端に笑顔を咲かせると素早く自室へと駆けていった。

「マリアナの故郷か。わしとしても、随分久しぶりな気がするのぅ」

今は昔、まだダンブルフだった頃だ。魔獣出現の調査のために、マリアナの故郷である妖精の里『フラウティア皇湖』を訪ねた。そしてダンブルフが来るより前に不穏な気配を感じ取っていたマリアナと協力する事になった。

その調査の末に潜んでいた魔獣を発見。ダンブルフはその力を遺憾なく発揮して大事に至る前にこれを打倒する。

結果、フラウティア皇湖を脅威から救った形になったわけだが、この時マリアナは恩義以上の何かを抱いたようだ。

それから後日にアルカイト王国を訪れた彼女は、色々あった末にこうして補佐官という役目に収まる事となった。

「そういえばあの里は、温泉も名物じゃったな。ふむ、調べに行くだけじゃが余計楽しみになってきたのぅ!」

一応は明確な目的があるわけだが、用事が済んだ後ならば一日二日くらい温泉でのんびりしても、きっと罰は当たるまい。そんな事まで考えながらリビングに出たミラは、そこで遊ぶルナを抱き上げながら「これから温泉旅行じゃよー」と、目的を忘れ気味に微笑むのだった。