軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

673 発展途上聖域

六百七十三

ケット・シーの族長への挨拶と防衛部隊の顔合わせまで終えたミラは、カグラの様子を確認するためにその姿を探す。

「これまた、とんでもないのぅ」

全体を見回してみれば、そのカグラの仕事ぶりというのがそこら中に見受けられた。

ケット・シーの村を覆う、五重の結界。過剰にすら思えるその厳重さは、王城のそれにすら匹敵するほどだ。どのような災いにも対応出来るようにというカグラ渾身の出来栄えである。

更には護りのみならず、あちらこちらにも細工が施されている。

敵性の存在を感知するためのセンサーや緊急時に発動する防人兵に局地防衛結界など。ありとあらゆる状況に備えた完全無欠の陣がここに敷かれていた。

「流石にやり過ぎではないか? それと結界はともかく、他の仕掛けは長くても効果は半年程度じゃろうに。まあ、決戦の備えとするならば十分過ぎるほどじゃが」

これだけやってもまだ足りないのか、まだ他に仕込む必要があるというのか。村の出入り口付近で今もまだ作業中のカグラを見つけたミラは、そんな感想と共に彼女の手元を覗き込んだ。

「む? カグラよ、それはもしや」

見ればカグラは、式符を張り付けた木札を地面に立ててしっかり固定しているところだった。

ただミラが目にしたその式符は、まだ術の媒介として使われていない。それでいてカグラのマナが込められた式符は、いつでも起動出来る状態でそこに据えられていた。

その意味するところは、一つ。

「だってほら、この方が臨機応変に対処出来るでしょ!? それに定期的なメンテナンスも必要だし、だったらこれが一番なのよ!」

全てを見透かすようなミラの視線を受けてなお、カグラは堂々と自身の正当性を主張した。

ここにマナを込めた式符を置いておけば、いつでもどこからでも起動する事が出来る。そしてカグラは、得意の入れ替えの術によってケット・シーの村に来放題となるわけだ。

結界のみならず、多くの防衛用術式を村に仕掛けていたのには、護りを固めるという意味以外にメンテナンスという口実を作るためでもあったようだ。

この村の安全は末永く保証すると力強く告げたカグラは、その木札を護るための結界まで張ってから「これでばっちり!」と満面の笑みを浮かべる。

「お主という奴は……」

その熱意と、我を押し通そうとする方法に呆れて苦笑するミラ。

ただ、このままではケット・シーの村の平穏が脅かされる事になるのは間違いないため、せめて何かしらの制限を付けておいた方がいいだろう。

それこそ半年に一度だけ。言葉通りにメンテナンスの時のみ、ここに来る事を許可すると。

ここはケット・シーの村であると同時に、ミラが修復して復興させた聖域でもある。ゆえに、そのくらいの制限を設けるくらいの権限はあるというものだ。

「とっても凄いにゃぁ」

と、ケット・シー達のために条件を提示しようとしたところだ。ふとそんな声が聞こえ振り返ってみたところ、どうした事だろう。一匹のケット・シーがキラキラとした目をカグラに向けていた。

「団員一号君、じゃない……!?」

ケット・シーの村だというのに今はまだ団員一号と族長、そしてそのお傍付としか会えていなかったカグラ。だからこそか、初めましてになる新たなケット・シーの姿を前に目を見開く。

「凄いにゃ、凄いにゃ!」

「とっても綺麗な結界だにゃぁ」

「僕らのためにゃ? ありがとうだにゃ!」

しかもそれを皮切りに、そこらの家から続々とケット・シーが出て来てカグラに感謝を伝え始めたではないか。

捕まってしまえば、何をされるかわからない。団員一号にそう伝えられ家に潜んでいたケット・シー達だったが、もとより好奇心旺盛でじっとしているのが苦手な種族だ。

しかも、族長に勝るとも劣らない見事な結界を張り巡らせていくカグラの手腕と技術に、心底感嘆した様子である。

カグラの能力に加え、見覚えのない客人という物珍しさも相まって、ケット・シー達の好奇心が溢れてしまったようだ。

次から次へと集まってきた結果、気づけば数十というケット・シーに囲まれていた。

「ああ……至福!」

どこを見てもケット・シー。しかもその全てが、あちら側から寄って来るという状況。いつも追いかけてばかりだったカグラにしてみれば、もはや夢のような状態だった。

しかも好奇心のままカグラの背中に飛びついたり、足元からよじ登ってきたりと積極的なケット・シー達。

その中心となったカグラは胸元まで登ってきたケット・シーを抱きしめながら幸せの絶頂へと至り、恍惚とした笑みを浮かべて昇天していったのだった。

その日の内にケット・シーの村を後にしたミラ達一行は、四つ目の聖域へと向かっていた。

時刻は既に夜。飛空船の甲板からは丸々とした明るい月と、きらめく星々の海が見える。今となっては見慣れた夜空だが、それでいて満天に広がるその美しさは何度目にしても飽きる事はない。

「もう二、三日……二、三週間くらいいてもよかったじゃない」

「馬鹿な事を言うでない。用事は、まだまだ残っておるのじゃからな」

そんな星空を見上げながらため息交じりに苦笑するミラ。

かつて『彩霊の黄金樹海』と呼ばれていた目的地に到着するのは、日が明けてからになる。

わざわざこんな遅い時間に出発する必要はないと主張し、ケット・シーの村で一晩過ごそうと駄々をこねたカグラだったが、今回はこうして容赦なく連れ出した次第である。

「夜くらい休めばいいでしょ」

「あの人数が休めるような場所はないぞ」

ケット・シーの村には、人間用の宿など存在していない。唯一、族長の家に一人分の部屋があるだけだ。

当然だが、その部屋は一族の救世主であるミラがいつでも使えるようにと用意されている部屋である。ゆえにカグラと防衛部隊も一緒に訪れた今回は使うべきではない。

だからこそ直ぐに出発したわけだが、猫の事になると極めて面倒なカグラゆえに聞き分けがすこぶる悪い。

「ああ、ほんと乙女心をわかっていないんだから」

そう唇を尖らせたカグラは、当たり前のように胸に抱いている団員一号を連れて客室へと戻っていった。

「乙女心は関係ないじゃろう……」

誰にともなく呟いたミラは、本当にこれで大丈夫だったのかと、ケット・シーの村での一場面を思い返した。

カグラの立ち入りは半年に一回だけに制限しようと考えていたわけだが、その時は好奇心に勝るケット・シーの歓迎ぶりが最高潮に達していた。

しかもそれに乗じてカグラが、これでいつでも会いに来れるからなどと言い出して皆がこれを大絶賛してしまったものだから、ミラが口を挟む余地がなくなってしまったのだ。

ケット・シーの村は無事でいられるのだろうか。猫好きカグラの影響によってケット・シー達は、どうなってしまうだろうか。

「聖域管理者権限で無理矢理にでも制限してしまった方がよかったかのぅ……」

今は、カグラの猫可愛がりにケット・シー達が負けないよう祈る事しか出来ない。ミラは、危険とはまた違った不安に戦々恐々としながら星の海に視線を投げるのだった。

アース大陸の西に位置する荒野の真っ只中。遥か昔に『彩霊の黄金樹海』という大陸最大の聖域があったそこは、少し前まで見る陰もなく荒れ果てていた。

けれど今は、聖域復興計画が順調に進んでいるようだ。中心には既に高さ五十メートルには届こうという御神木が聳え、茶褐色に染まる大地に青々とした緑を広げていた。

「暫く見ぬうちに、随分とでっかくなったものじゃな!」

御神木の種を植えてから、まだそこまで経っていない。けれど復興中の聖域に鎮座する御神木は、既に樹齢数百年には達するほどの荘厳さを見せつけている。

そして御神木を花畑が囲い、更にその周囲に草原が広がる。しかもところどころには小さいながらも新木が顔を覗かせていた。

あとどれほどの時間がかかるのか定かではないものの、確かな未来を実感させてくれる光景だ。

「話には聞いていたけど、凄いのね」

飛空船から見るその景色は、それこそ奇跡のように映るものだった。心の底から感嘆の声を漏らしたカグラは、「やるじゃん」と小さく呟きながらミラに微笑みかける。

カグラが組織した五十鈴連盟は今、森林の保全をメインに活動している。精霊達の住処としての森を護るためだ。

だからこそ、ここでミラが行っている聖域復興計画もまた、カグラにとって敬意を抱くに値する一大事業でもあった。

けれどミラを調子に乗らせるつもりはないカグラは、それを決して口にする事はなく、ただ心の中で思うだけに留める。

「まずは、あの小屋じゃな」

草原に着陸した後、ミラ達は御神木の麓あたりに立つ小屋へと向かった。ここの復興計画を任せている、マティが住む小屋だ。

「なんだかいい雰囲気ね」

まだ緑を取り戻し始めてから、そう月日は経っていない。けれど既にちらほらと動物達が集まってきているようだ。羊に鹿、そして山羊に鳥など、大陸全土で見かける動物がちらほらと確認出来た。

しかもそれらの動物は最初だけ警戒するも、ミラの姿を目にした途端に落ち着いてのんびりとした日常に戻っていく。

それは本能か、それとも何かしらを感じ取ってか。ミラがこの聖域の重要人物であると理解しているようだ。

「長閑だなぁ」

「たまにはこういうところでのんびり読書っていうのも良さそうだ」

牧歌的であり、神秘的でもある風景を眺めつつ、防衛部隊の皆が和やかに笑う。

その言葉通り、とても静かで心地よい雰囲気に満ちているわけだが、ここでミラはふと違和感を覚えた。

(ふーむ、どうにも静か過ぎではないじゃろうか)

ここには聖域の主であるリーシャを中心に、幾名もの精霊が集まり聖域復興に協力してくれていたはずだ。

けれど、今はどこに行ったというのか。近くにその気配が感じられなかった。

『精霊王殿や、リーシャ達はどうしておるのじゃろうか?』

精霊の事で気になったら精霊王に聞いてみるのが一番早い。また緊急事態ならば精霊王が教えてくれるが、今回はそういった連絡もなかったため、ミラは落ち着いたまま問いかける。

『昨日まではいつもと変わらず作業していたのだがな。よし、少し聞いてみよう』

聖域に姿が見えない。精霊王もまだ理由は知らないようだ。直ぐにリーシャと話をしてくれた。そして数十秒ほどで理由が判明する。

『どうやら霊脈に詰まりがあったようだ。数千年と閉じられていたのだから無理もない。今朝から地下に潜り霊脈の掃除を始めたため、戻るまでに二、三日ほどかかるらしいぞ』

精霊王の話によると、精霊総出で霊脈のメンテナンス中との事だった。

霊脈の詰まりは思いもよらぬ災害を引き起こす事になるため、出来るだけ早急に解決した方がいいという。

『ふむ、それは大問題じゃな!』

顔合わせに来たが、そういう理由ならば仕方がない。霊脈が原因の災害など起きようものなら、どれだけの被害が出る事か。

特に今回は、この聖域復興計画がその引き金となる形だ。リーシャ達には、そちらを最優先にしてもらう方がいいだろう。

「さて今しがた聞いたのじゃが、どうやらここの精霊達は留守にしておるそうじゃ──」

そういう理由もあって、ミラは防衛部隊に事と次第を伝えた。そして顔合わせについては、また日を改めるのがいいだろうと告げる。

「それなら仕方がないか」

「霊脈の災害とか、どうなっちまうんだ……」

防衛部隊の面々も、それはまずいと納得したようだ。

「でもまあ、あれだ。二、三日っていうのなら──」

ただ、それだけでは終わらず、防衛部隊の一人が滾々と語り始めた。

彼らにしてみれば急ぐような用事ではない。しかし、共闘するからには挨拶も大切だと礼儀の重要性について、それはもうこれでもかと主張する。

「そうだな。そうしよう」

「ああ、賛成だ」

そして最終的には防衛部隊の面々が同意し、ならばここで待とうと言い始めた。一度帰ってからまた戻るにしても、二日ほどかかる。ならばいっそ、精霊達が戻るのを待つ方が楽というわけだ。

なお、聖域の安らかな空気の中でそう決めた彼らの表情は実に穏やかだった。また同時に、休む口実を見つけた社会人のそれに似た憂いもその顔には秘められていた。

飛空船は他三ヶ所の聖域を護る防衛部隊を乗せて、一足先に研究所へと戻っていった。残ったのは、ここの聖域を護る防衛部隊とミラにカグラだけだ。

「そうだったんですか。どうぞどうぞ、ゆっくりしていってください」

「は、はい。ど、どうも!」

リーシャ達への挨拶は後日となったが、ここには聖域復興計画の責任者であるマティもいる。

という事でまずは彼女にも挨拶をとなったわけだが、事情を聞いたマティがにこやかに微笑んだところ、防衛部隊の男の一人が落ち着きなくなっていた。

(ほほぅ……これはこれは)

そのあからさまな態度は、実にわかりやすい。それを目敏く見つけたミラは、なるほどと不敵に微笑む。

そんなミラ達は今、小屋先の庭にある大きなテーブルを囲んでいた。そしてテーブルの上にはお茶とお茶菓子が並べられてる。

小屋はマティが暮らすためだけに用意したもの。だからこそ全員が入りきれるはずもなく、こうして野外のお茶会のような席で挨拶と事情説明をする事になったわけだ。

なお、マティいわく、最近はこうして精霊達の皆とティータイムをするのが楽しみらしい。

「これ、美味しいですね! 初めての味です!」

あからさまな男は、用意されたカップに口をつけて絶賛する。実際、これまでに味わった事のない味だが、その風味とほのかに感じられる甘みには心を落ち着かせてくれる何かがあった。

「そうでしたか。私のオリジナルなので、お口に合ってよかったです」

そう言ってにこやかに微笑むマティ。すると男は、ますます高揚した顔で「もう最高ですよ」などと調子づきながら一気に飲み干した。

(平和じゃのぅ)

あからさまな男の態度に思わず笑う防衛部隊の者達。そして興味深そうな顔でマティに囁きかけているカグラ。

この先に大きな戦いが待ち受けているわけだが、今はそんな気配すらも感じられないほどの穏やかな空気に満ちている。

この平和がずっと続くように。ミラはマティお手製のナッツクッキーを頬張りながら、絶対の勝利を心に描き決意を新たにする。

「それじゃあ、お先に!」

ティータイムから数時間。約束通りに結界を張り巡らせたカグラは、いそいそと帰り支度を済ませていた。

彼女が同行した目的は、四ヶ所の聖域の護りを強固にするため──という名目でのケット・シーの村探訪だ。

ゆえに作業を終わらせ目的も果たした彼女は、ここで二、三日も待つつもりはないようだ。そのまま軽く挨拶だけを済ませると入れ替えでどこぞに帰っていった。

「あやつ……絶対ケット・シーに会いに行きおったな」

カグラがいた場所に現れた玄武のカメ吉が直後に式符へと戻る。ふわりと舞い落ちた式符には、複数の肉球跡が付いていた。それは好奇心旺盛なケット・シー達が、ぺたぺたと触れた跡だろう。

「はたして、これでよかったのじゃろうか……」

たびたびカグラの襲撃が発生するが防衛力抜群な村。はたまた万が一の危険はあるものの長閑で穏やかなままの村。

既に前者となってしまったが、ケット・シー達にとっての幸せはどちらが正解だったのか。

出来る事ならケット・シー達の寛容性でどうにか丁度のところに収まってほしい。ミラは、そう願いながら御神木を見上げるのだった。