軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

672 顔合わせ

六百七十二

ガルーダワゴンに乗り込んでカグラと共に向かった先は、グリムダート北東部にある森と草原の境目付近だ。

ある程度近づいて行ったところ、聖域のある森の脇を流れる川の傍に小型の飛空船が停泊しているのが見えた。ただ小型とはいえ、全長十五メートルを超える立派な飛空船であり、空からでも十分に目立っている。

甲板の上に直接降り立つと、待ってましたといった様子で船の中から乗組員達が出てくる。

その中で防衛部隊となるメンバーは六人で、三チーム。どのチームも前衛が三人に遊撃が一人、後衛二人というスタンダートで安定した編成となっていた。

と、そんな皆と一通りの挨拶を交わし終えたところだ。

「それじゃあよろしく、ミラさん。……で、なんでカグラさんまで一緒に?」

まずは一チーム目の防衛部隊と一緒に聖域の皆へ挨拶に、という直前だった。全員の視線がカグラへと向けられる。

今回は決戦当日に向けた、ただの顔合わせのようなものだ。ミラのみならず、九賢者のカグラまでが同行するほどのものではない。

けれど、それはもう堂々とした態度で居合わせるものだから余計不思議に感じられたようだ。

「私もね、聖域の護りの重要性を考えたの。そして思ったわけよ。私にも出来る事がありそうだって」

どことなくだが芝居がかった様子でカグラが語る。決戦に向けて出来るだけの事をしておきたいと。だからこそ重要な安全装置には、強固な結界があって然るべきだと。

「それは有難い! カグラさんの結界が加われば、もはや無敵ですね!」

防衛部隊の一人が素晴らしいと声を上げれば、次から次へと歓喜の声が上がった。

決戦時に敵の襲撃があった場合、その結界の有無は防衛部隊の負担に直結する。だからこそ皆、諸手を上げての大歓迎だ。よくぞいらしてくれたと大合唱である。

「ええ、最高の結界を張り巡らせてあげる」

この歓迎ぶりに満足したのか、胸を反らすカグラは得意げに笑って答えた。

(……メインはわしなのじゃが)

神器の担い手であり、これから向かう聖域の復興者であり、その聖域の主の契約者でもあるミラ。

けれど今は皆、カグラしか見えていないようだった。

聖域の守護者達への挨拶回りは、これといった問題もなく進んだ。

防衛部隊がウムガルナの迫力に驚いたり、他の聖獣や霊獣が何事かと警戒したりもしたが、その辺りはミラが声をかけるだけであっさり解決だ。

以前に訪れた時、ミラの実力を目の当たりにしたからだろう。畏敬の念を表しながら、静かに居並んでいる。

「──というわけでのぅ。決戦当日には、彼らがここの護りに加わる。皆、凄腕じゃからな。力を合わせて決戦に臨んで欲しい」

カグラが聖域の周囲を巡り結界を構築している中、ミラはそっと通訳の団員一号を召喚して聖域の皆に今回の訪問理由を伝えた。

その反応は、極めて良好だ。皆に認められているからこそ、ミラが紹介した防衛部隊は快く受け入れられた。決戦の時には協力し合う仲間として双方は直ぐに心を通わせ合い、共に頑張ろうと盛り上がっている。

「ところで団員一号よ、ちょいと問題発生じゃ──」

聖域の仲間達と防衛部隊が親睦を深めている時、ミラは団員一号を隠すように抱きかかえながら、今迫る危機についてそっと伝えた。

その危機とは、当然カグラの来襲についてだ。簡潔に事の成り行きを説明し、状況的に断る事は不可能だったと弁明するミラは、どうしたものかと相談する。

「にゃんと、そんにゃ事に!? 小生が……小生が余計な事を言ってしまったからですにゃ……」

現状を理解した団員一号は、衝撃を受けると同時に頭を抱えて蹲った。

いわく、先日行われた実地実験会にてカグラに捕まっていた間の事。当然ながら色々な話をしていたそうだが、その時にぽろりと言ってしまったそうだ。ケット・シーの村にも安全装置がある、と。

「なるほど……最初から知っておったのじゃな」

今回は、ただ防衛部隊の顔合わせのための聖地巡りだ。だが、それだけの用事に、わざわざ結界を張り巡らせるなどと提案してきた事には裏があった。

カグラは安全装置のあるケット・シーの村に辿り着くため、とっておきの式符を惜しみなく提示してまで同行してきたわけだ。なんという執念であろうか。

「でもですにゃ。族長様の魔法は迷わせる事に特化しているので、カグラの姐さんの頑丈な結界が頼もしいのは確かですにゃ」

カグラがケット・シーの村の場所を知ってしまったら、今後に起きるだろう面倒事は数えきれない。

とはいえ、それらは全て命には関係しないもの。対して得られるものは、命にかかわる危険から村の全てを護ってくれる強固な結界だ。

族長の魔法は強力だが、絶対ではない。けれどそこにカグラの結界が加わるとなれば鬼に金棒だ。

「究極の二択ですにゃ……」

だからこそ重大な決戦を見据えて団員一号は考える。村の万が一に備えるため、場所がバレてしまおうとも結界を敷いてもらうか。それとも族長の魔法を信じ、派遣されてくる防衛部隊を信じ、問題無しと断ろうか。

と、そうして悩んでいたところだ。

「む、やはり仕事が早いのぅ!」

聖域全体を大きな結界が覆っていった。約束通りにカグラが仕事を済ませたようだ。瞬間に空気が澄み渡り、淀みなく落ち着いていくのがわかる。

「流石はカグラの姐さんですにゃ」

魔物や魔獣のみならず、心の内に害意を秘めたものまでも強力に拒み抑制する特別な結界だ。非常に高コストゆえ使いどころが難しいものだが、実際にそれを惜しみなく使っているあたり、カグラの本気度が窺えるというものである。

そこに込められた気迫に、ぞくりと背筋を震わせるミラ。

「っと、戻ってきおった。そういうわけで団員一号よ。この先はお主達の意思に一任した。村の皆と相談して決めておいてくれ!」

「にゃん、ですと……」

早い話、カグラの提案を断るのは怖いので、そちらの責任で決定してくれと言っているようなものだ。そしてミラは団員一号が反論するより先に、とっとと送還して問題を完全に丸投げしたのだった。

一つ目に続きペガサスが暮らす聖域でも、まったく問題なく用事は完了した。

防衛部隊は、聖域を護るという強い意志の基に名乗りを上げた者達で編成されている。だからこそ聖獣や霊獣への理解も深く、皆は直ぐに打ち解けていた。

防衛部隊は決戦の数日前に、安全装置の整備技術者と共に現場入りする予定となっている。そしてその際にキャンプを設営する事になるわけだが、そういった話し合いもあっさり決着したようだ。

「気合が入っておるのぅ……」

カグラの結界の方も万全だ。立派で強固な結界が聖域を覆っている。まるでケット・シーの村を訪問する準備は完璧だと見せつけているかのようですらあった。

そして順調に次へと向かい降り立ったのは、問題の地。ケット・シーの村を有する森の入り口だ。

(さて、いよいよじゃな)

カグラへの対応については全てを団員一号に丸投げしたが、どうやら一族で話し合った結果、カグラを受け入れる事に決まったそうだ。

やはり、より安全な環境になるという点が支持された結果だという。なお、カグラの相手は主に団員一号が引き受けるという事も多数決で決められたとの事だ。

「ここを真っすぐですにゃぁ」

案内役としてやって来た団員一号は早速カグラの胸に抱かれており、そのまま道を指し示す。

「ええ、こっちね!」

「これ、走るでない。皆がはぐれたらどうするつもりじゃ、まったく」

それに応えて駆け出そうとするカグラの帯をむんずと掴み制止するミラ。

もう直ぐケット・シーの村だからか、余計に気が逸っているのだろう。はたして、こんな状態の彼女をこのまま村に入れてしまっても大丈夫なのか。

そう不安ばかりが募る状況の中、少しずつ森の奥へと入り込んでいき、いよいよ開けた場所が見えてきたところだ。

「──ひゃっほう! その先ね!」

「にゃ──っ!」

団員一号がもう直ぐと告げるより早くにそれを察知したようだ。ここまでくれば迷いはしないと確信を得たカグラは、誰かが何を言うよりも早く駆け出していた。

「やれやれじゃな……」

ケット・シーの村は波乱に満ちた一日となるだろう。嬉々として駆けていくカグラの背を見送りながら監督責任を放棄したミラは、唖然とする皆の視線を受け流しながらゆっくりと村に向かった。

「これは興味深い」

「村か? もう町みたいだ」

ケット・シーの村を一望しながら防衛部隊の者達が口々に驚きの声を上げた。

以前にミラが訪れた時も同じように思ったものだが、随分と発展したここは立派な町だ。けれど名義はケット・シーの村のままである。

「にしても……」

「静か、だな」

ただ、そんな景色を一望しつつ誰かが疑問を浮かべながら呟いた。景観は町なのだが、どこをどう見ても閑散としていたのだ。人っ子一人、猫っ子一匹も見当たらないのである。

『避難させたのじゃな?』

『はい、ですにゃ。……ぐふぅ……カグラの姐さんが暴れる前に──にゃぐぅ……皆家にこもるように言っておりますにゃ、ごふぅ』

召喚の繋がりを通じて確認をとると、団員一号から苦悶交じりの答えが返ってきた。

団員一号だけでも簡単に暴走するカグラである。多くのケット・シー達を前にしたら、どうなってしまうのかわかったものではないと考えたようだ。

だからこその戒厳令だったが、どうやらその代わりに団員一号が犠牲となったようだ。

「誰も……」

見れば閑散とした町を前に愕然と佇むカグラの姿があった。そして理想とは違ったその光景にショックを受けたのだろう、その悲しみから団員一号を抱きしめる腕に力が入っているようだ。

「ほれ、とっとと行くぞ。まずは族長殿に挨拶じゃ」

もう少し衝動を抑えられる猫好きだったならば、こうはならなかっただろう。けれどこれも自業自得だと苦笑するミラは、カグラの腕を引っ張るようにして族長の家へと連れて行った。

「あ……ああ──!」

族長の屋敷の客間に踏み入れた直後だ。カグラの動きが止まると共に、ぷるぷると震え始めた。

どうしたのかと続き入れば、その理由も直ぐにわかる。族長が、もうそこで待っていたのだ。

人よりも大きな身体のラガマフィンといった姿の族長は、そのふわふわとした毛並みが実に素晴らしく、ミラもまた思わず抱き着いてしまいたくなる魅力に満ちている。

ゆえに猫好きのカグラにとって、それはもはや抗いようのない誘惑の塊であった。その両目はみるみるうちに輝いて、その全身からは喜色のオーラが吹き上がっていく。

「──よいか、駄目じゃからな!?」

当たり前のように飛び出そうとしたカグラを、これもまた予想通りといった速さで捕まえたミラは、そう言い聞かせるように囁く。

相手は、そこらの野良猫ではない。多くのケット・シーを束ねる族長なのだ。会って早々に襲い掛かるなどという無礼を働かせるわけにはいかないというものだ。

「なんで……なんで邪魔ヲスルノ?」

族長の毛並みに魅了されたカグラは今、それだけしか見えていなかった。だからこそ、それを止めるミラに向けられた目は羅刹の如く。返答次第では武力行使すら辞さないといった意思に溢れていた。

その得体の知れない気配を感じ取ったのか、族長の傍に控えるお傍付のケット・シーが何事かと狼狽えている。

「ほれ、目的を思い出せ。ここには何をしに来た。そこの族長殿や平和に暮らす団員一号と多くのケット・シーを護るための結界を張りに来たのじゃろう!?」

重度の猫好きであるカグラを相手に、猫の事で下手をすれば無事では済まない。それを身をもって知っているミラは、だからこそ説得に必要な言葉を的確に選択した。

猫で暴走しそうになったカグラを止めるには、引き合いに猫を出す以外の方法はない。

「──……そう、そうだった。まずはそこが一番大事よね」

猫を愛でる事に常軌を逸した情熱を燃やすカグラだが、彼女の愛自体は正真正銘の本物だ。猫達のため、ケット・シー達のためとミラが言い聞かせれば、カグラの顔は羅刹から菩薩へと変じていく。

「族長殿。一報した通り、このカグラが素晴らしい結界を敷いてくれるのでな。安全面については、ずっと向上するはずじゃ」

そう言ってミラが紹介すると、カグラはいそいそと取り繕いながら平静を装いお辞儀をした。

「初めまして、族長様。今の私が持てる力の全てをかけて、やらせていただきますので!」

予想通りではあるが、やはりケット・シーの村に対する意気込みは段違いだ。カグラの言葉には、これまで以上の情熱と熱意が込められていた。

「それはそれは、ありがとうございます。しかも、とても貴重な品を使って下さるようで。けれど、その恩に報いるほどのものがございません。ですが我々に出来る事があれば何でもお申し付けください」

カグラの意気込みを受け取った族長は彼女の厚意に感謝を示すのみならず、その印にとそんな言葉まで付け加えた。

我々に、つまりケット・シー達に出来る事があれば何でもと。

(そうじゃった。族長殿はカグラの本質をまだ知らんかった!)

その言葉をカグラ相手に言ってしまったら、どうなってしまうというのか。族長の毛並みを存分に堪能するのみならず、ケット・シーハーレムに囲まれて、その猫愛を爆発させる事だろう。

「いいんです、いいんです。私が好きでやっている事ですから」

と、ミラがこの先に起る様々な展開を予想していたところだ。カグラは思いの他、殊勝な言葉を口にしていた。

(ほぅ、成長したのぅ!)

ここで暴走せずに、しっかり弁える事が出来ているカグラに驚きつつも、これは立派な成長だと喜ぶミラ。

だが、そうして感心したのも束の間。

「でも、そこまで仰るのなら……」

奥に欲望を点したカグラの目が族長の腹に向けられた。真っ白でふわっふわな毛並みが見事な族長の腹だ。そこに飛び込む事が出来たら、どれだけの癒しを得られるのか計り知れないほどの魅力に満ちている。

「さて、族長殿! 次に紹介するのは、こちらじゃ──!」

このままでは、間違いなく飛び込んでいく。その形相から瞬時に判断したミラは、直ぐにカグラの帯を掴んで動きを制すると同時に防衛部隊を紹介した。

「ほれ、お主はこれまで通り、結界の作業を始めておけ」

「でも族長さんが……」

「一応、今は公式の場じゃ。頼むのなら後にせんか」

族長への挨拶という場で、族長にじゃれつく九賢者カグラの姿を晒すわけにはいかない。だがカグラの気持ちもわからなくはないからこそ、ミラは後々にチャンスはあると提示する。

今更遅いかもしれないが、それでも紙一重のイメージは守ろうとするミラであった。