軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

669 奥地

六百六十九

賢者のローブ新調については、また後日。という事で食事の後は、また実験と研究の時間だ。各自、予定した通りの場所に赴いては思う存分に実験を開始する。

「ローブの新調を考えるのならば、そろそろこれも実用段階に仕上げたいところじゃな」

ミラは迫りくる改造魔物を見つめながら構えた。そして襲い掛かってこようとするその瞬間に一足飛びで接近し、敵の腹に掌を押し当てる。

【精霊仙術・地:炎王一握】

ミラの手にマナが集束した直後、それは猛烈な爆炎に変じた。

指向性のある爆炎は改造魔物の腹をいとも容易く貫いて爆砕するのみならず、そのまま天高くまで届き火の粉の雨を降らせるまでに至る。

「相性は抜群なのじゃがのぅ……」

自然の力を取り込んで己のものとする仙術と、自然を司る精霊の力。だからこそ親和性から何からまで文句なしだ。そして精霊王の力によってこの二つを繋いだ結果、予想以上の成果が得られた。

ただ、相性が良過ぎるというのも問題だ。相乗効果による威力の上昇が大き過ぎて、ミラが制御出来る範囲を簡単に超えてしまったのだ。

威力だけをみれば、本家メイリンのそれすらも上回る。しかし制御出来なければ、それらは全て諸刃の剣だ。

ミラは神聖フレームの右手を見つめながら、何か打開策はないかと唸る。

右手に残る焼け跡。武装召喚をしていなかったら、右手ごと吹き飛んでいたかもしれない痕跡だ。加えて周辺への余波も酷い。

「まあ、試してみなければ始まらんか」

神聖フレームのお陰で、多少の失敗はどうにかなる。その点も確認出来たと笑うミラは、引き続き実験相手を探しに奥へと突き進んでいった。

「今日は、この辺りでいいかな」

紫色の広がる草原を見晴らす、カグラのピー助。少し遠くに点在する改造魔物を確認すると、カグラがピー助と入れ替わりその場に降り立った。

それから次に一枚の式符を懐から取り出す。それは普段から使う汎用的な式符とは、明らかに様子の違う一枚だった。複雑な術式が刻まれている他、白の半分が黒く染められ、七つの点が中央に記されている。

「よし、やっぱり切り札は多い方がいいからね」

カグラは一呼吸おいてから、手にした式符を胸元に張り付けた。

【式神招来:七星老花】

『静謐の天、寡黙の地。星合一斗、朗々に映す』

両手を広げ微かに口を開き言葉を発した時、どくんと、式符から脈動するような音と気配が広がった。

そして光と闇が交じり合いながら、カグラを中心に巡り始める。

『全天回星、理を示せ。これなるは、星の皇よ』

やがて光と闇は明瞭な白と黒に代わり、絡みつくようにカグラの全身を包み込んでいく。

【五行道・真意:七星大祭】

カグラを覆い尽くした白と黒は、直後にカグラの色に染め上げられる。そして卵が割れるかのように砕けると、その中から天女の如き衣を纏ったカグラが現れた。

「これを、どこまで仕上げられるかが勝負ね……」

カグラは輝く衣をなびかせながら改造魔物のいる方へと歩み寄っていった。

「まったく面白い──いや、恐ろしい事を考えつくものだな。思っても、ここまではやらないだろう。神というのは、いい感じに頭のねじが飛んでいるらしい」

堅牢なゴーレム二体で改造魔獣を拘束したソウルハウルは、そのちぐはぐな部分を切開しながら不敵に笑う。死骸ではわからない、活動中の力の流れがその体内から確認出来た。

魔物を改造するのみならず、別の生物に作り替えようとした痕跡がそこかしこに残っている。

「……いや──もしかしたら、これこそが魔物を統べる神っていう奴の力って事か?」

ここにいる魔物達は神々の実験によって変化した産物であり、その実験とは魔物を統べる神の因子を解析して得られた情報を基にしたという話だ。

はたして、どこまでが神の手によるものか。どこからが、因子の影響によるものか。

「なるほど、興味深い。ああ、本当に興味深いな」

改造魔物がどれだけ暴れようともがいてもゴーレムはびくともせずに、その動きを封じ続ける。そしてソウルハウルは、それが動かなくなる瞬間を確かめるまで、ゆっくりとナイフを滑らせていった。

山岳地帯にて、猛烈な衝撃音と共に一体の改造魔物が他の改造魔物までも巻き込みながら吹き飛んでいった。そして最後には岩盤に衝突してぐしゃりと弾け飛ぶ。

「おお、これは強いネ!」

当の改造魔物のみならず、それに巻き込まれたものも中々に悲惨な状態だ。メイリンは、かろうじて生き残った一体に止めを刺しながら実験は成功だと躍り出す。

昨日の今日で思い付き改良した術を、早速ここで試していたのだ。

その術とは、全ての衝撃を指向性の運動エネルギーに変換するというもの。簡単にいえば、殴った相手を射出するというものだ。

打撃による衝撃のダメージはゼロになるが、その代わりに敵を容赦なく弾き出す事が出来る。間合いを取りたい時にも使えそうだが、メイリンが思い付いたのは正に今の状態。

早さこそパワー。敵そのものを弾丸にして敵を討つ、というものだった。

「他にも試してみるヨ!」

その拳は、正に撃鉄。メイリンは、その術を更に磨くべく改造魔物を探しに駆け出していった。

開けた荒野の真っ只中。そこには一点を見つめながら、じっと佇むフローネの姿があった。

「んー……んんー……!」

ただひたすらに集中するフローネ。いったい何をしているのかというと、その答えはゆっくりとだが次第に明らかとなっていく。

彼女が見つめるのは、少し離れた場所に鎮座する岩だ。そして暫くすると、その周辺が僅かに揺らぎ始めた。

空間というよりは、目に見える虚像が何かの影響で歪んでいるようだ。では、いったいそれは何の影響かというと、答えは直後に表れた。

発火すると同時に、岩が赤熱を発しながら溶けだしたのだ。

「これで十秒くらい。うーん、これだと使い物にならない」

それを確認した直後に集中を解いたフローネは不機嫌そうにしかめっ面で、溶岩となったそれを蛇のように操り適当な岩にぶつけて飛散させた。

フローネの実験内容。それは振動の増幅だ。

無形術によって原子に直接働きかけ、その振動──熱振動を増幅させていったのだ。

電子レンジみたいな事をしていたわけだが、フローネのそれは安全性というものを完全にとっぱらった仕様だ。ゆえに一万℃に達する事も可能だが、問題はそこに至るまでの時間だった。

千℃を超えるのにも十秒はかかってしまう。これ以上となったら更にかかるわけだが、戦闘中にそんな悠長な事をしていられる時間などあるはずもない。

「直接だと、これが限界。それならいっそ、共振とか……?」

今のままでは実戦で通用しない。それこそ電子レンジの代用くらいの使い道しかないと考えるフローネは、更なる高みを目指して改良に取り組み始めた。

神々の実験場にやってきてから一週間と少々。今日も今日とて実験に乗り出したミラ達は今、五人揃って随分と遠くにまでやってきていた。

「話には聞いておったが、びっくりするほどの崖じゃな」

「明らかに雰囲気が別ものね」

崖っぷちに立って下を覗き込むと、思わず足が震えてしまいそうになるほどの光景が目に入る。ミラがまじまじと眼下を眺めていると、カグラはそんなミラの腕を掴みながら顔を覗かせる。

崖下までの距離は、一キロメートル。そんなとてつもない高低差の崖が、拠点のある陸地をぐるりと取り囲むように続いているのだ。

そして目に見えてわかる通り、ここから先がこの実験場の端に存在する最も危険なエリア──制限なしに改造された魔物や魔獣の蔓延る巣窟だった。

三神の話によると、この崖下のもの達は体から能力に至るまで全てが崖上のそれらとは別物だという。

ここにやってきたのは強い敵と戦ってみたい、という動機もあるがもう一つ。現状を確認しつつ、出来る限り駆除してほしいという三神からの依頼もあっての事だ。

「確かにこれは、一人で行くと面倒そうだ」

ところどころに見える改造魔物に目を付けながら、遠くの改造魔獣に注目するのはソウルハウルだ。

実験場の端に位置しながらも、どれだけ遠くまで続いているのかわからないくらいの広さだが、崖上から見えるだけでも強敵とわかるものがちらほらと窺えた。

一対一ならば問題はないだろうが、この様子では常に複数体とやり合う羽目になる。落ち着いて研究調査が出来るような場所ではなかった。

「ようやくヨ、楽しみネ!」

メイリンにとっては、それもまた望むところのようだ。準備運動をしながら、今か今かとワクワクした顔で突撃の合図を待っている。

なお、こんな崖上から突撃などするはずもないため、ミラはそんなメイリンの期待の眼差しをそっと受け流していた。

「くふふ、相手にとって不足なし」

宙を歩きながら崖下の敵を数えるフローネは、不敵に微笑みながら実験ノートをぱらりと捲る。そして遠くにいる魔獣目掛けて術式を展開した。

それは以前にも実験してた、レールガンに似た術である。今から、色々と改良を加えたそれの遠距離射撃実験を行う予定だ。

「それじゃあ、試しちゃうよ」

鉄の槍を装填したら準備完了。ミラ達が見守る中、フローネがそれを起動させると瞬間に魔獣へと着弾する。相変わらずの破壊力であり、轟音に衝撃が響き周辺がずんと揺れた。

「ふむ、いまいちじゃな」

「あー、おしい」

魔獣までの距離は、直線で二キロメートルほど。術の射程としては群を抜く距離で、だからこそ実用レベルになったら戦術も広がるはずだ。けれど、どうやらまだまだ改良が必要らしい。

標的となった魔獣は未だ健在。撃ち出された鉄の槍は四本の足の内の二本を吹き飛ばしただけだった。

「むぅ……抵抗計算が狂ったのかも」

これだけの距離から一方的にそれだけの損害を与えられるのだから十分と言えなくもない。だがここにいる九賢者というのは、これで妥協するような者達ではなかった。

ミラ達が残念だったなと笑えば、フローネは悔しそうにノートを開き、そこに『失敗』と書き込んだ。

「さて、今が丁度よさそうじゃな。降りるとしようか」

言いながらミラはペガサスを召喚し、その背に跨り崖下へと向かった。

フローネの一撃は、非常にド派手な一撃でもあった。ゆえに、周辺の魔物が動き始めたのだ。随分と好戦的なものが多いようで、大半が音の方へ向かっていく。

そのため崖下に広めのスペースが出来ていた。拠点を構築するのに丁度いい広さだ。

「じゃあ、先に行くぞ」

そうと決まれば話は早いと、ソウルハウルは崖から突き出たゴーレムの手に乗って、そのままエレベーターのように下りていった。

続いてカグラは、ピー助を崖下へと飛ばす。メイリンは、そのまま宙を蹴りながら軽快に下っていく。そして宙に浮かぶフローネは、ただ高度を下げるだけだ。

もはやどれだけの高さがあろうと、ミラ達にとっては何の障害にもならない。それぞれがそれぞれの手段で、一キロメートル下を目指した。

結果、到着順はピー助と入れ替わったカグラが一番。続きフローネにメイリンとなったわけだが、そこでちょっとした変更点が提示される。

「ほぅ、これまた変わった城じゃな」

まだ崖下に向かっている途中。ミラはそれを目にして驚いたように笑う。まだ地上まで二百メートルほどのところだが、その断崖に埋め込むようにして城壁が展開されていたのだ。

「ああ、皆飛べるわけだからな。それなら拠点は、ここくらいの方が都合がいいだろう」

実験中に予想外の数の改造魔物が集まってしまっても、ここならば地上からの被害は最低限。更に見晴らしもよく試射などもしやすいと語るソウルハウルは、門から中に入ると直ぐ、いそいそと砲台の調整を始めた。

そう、当初はいつも通り地上に巨城をという話だったが、ソウルハウルの思い付きで変更になったのだ。

「相変わらず殺風景じゃのぅ」

門の中は簡素な造りだ。大きな広間と、その奥が幾らかの居住スペースになっているだけで装飾の類は存在しない。正に戦うための城塞といった様子だ。

「遅いと思ったら、こんな事しているとか。先に言っておいてほしいんだけど」

「凄いヨ。壁に城が埋まっているネ!」

「ふーん、いいじゃん」

急遽、拠点の場所が変わった事に気づいたようだ。カグラがピー助に乗ってやってくると、メイリンとフローネも地上から瞬く間に上がって、その立派な門から拠点に飛び込んできた。

「でも、いつもと結構違う。わかり辛い」

慣れ親しんだ巨城とは、随分と構造が変わっている。無形術の明りが灯るその広間を見回すフローネは、どことなく慌て気味に、あっちこっちと確認し始めた。

「断崖城として再構築したからな。っと……、お望みは向こうの部屋の奥に入って右だ」

何か落ち着きのないフローネ。慌てるというよりは焦燥感のある表情から色々と察したソウルハウルは、そう言って一方向を指さした。

「ふ、ふーん」

悟られたのが悔しかったのか、恥ずかしかったのか。視線を泳がせたフローネは、けれど一目散にその部屋に向かって駆けていった。

「……ああ、あんなにがぶがぶとわしの秘蔵のチョコイチゴオレを飲むからじゃ。まったく」

急に落ち着きのなくなったフローネに、何があったのか。その原因に直ぐ気づいたミラは、ほらみろと呆れたように笑う。

そしてカグラはそんなミラを見やりながら、そのデリカシーの欠如っぷりに苦笑した。

と、そうしてフローネが部屋の奥に消えていってから十秒と少々。

「じっじ、家出して!」

勢いよく戻って来るや否や、そうミラに迫ってきたではないか。

先ほどの状況から窺うに、トイレに走っていったと思われるフローネ。だがどうした事か、随分と戻るのが早い。しかもそこから戻ってきた彼女は、なおも同じ状態のままだ。

「む? なんじゃ、どうした?」

「早く早く!」

何があったのか。もしや、求めているのはトイレではなかったのか。疑問を浮かべるミラだが、フローネに答えている余裕はないらしい。両脚をぷるぷると震わせながら、急かすように捲し立てる。

「わかった、わかった」

その切羽詰まり具合は相当のようだ。フローネの迫真な表情からそれを読み取ったミラは、大広間の一角に望み通り屋敷精霊を召喚した。

「ナイス!」

フローネは一も二もなく、直ぐ屋敷精霊に飛び込んでいく。そしてミラがそれとなく目で追ったところ、彼女はそのままトイレに飛び込んでいった。

「なんじゃ、やはりトイレではないか。わざわざこっちでせんでも、あっちにあるのじゃろう?」

ソウルハウルの態度からして、この断崖城にもそれらの用意はあるようだ。そしてフローネもそれを利用しにいったはずだが、何か問題でもあったのだろうか。

「なるほど、そういう事ね」

はてとミラが疑問を浮かべていたところだ。その理由について把握したのか、カグラがため息交じりに呟いた。

ふと振り返ると広間の奥の部屋から、ふわふわとピー助が戻ってくる。どうやら式神を通して、それを確認してきたようだ。

「で、どういう事じゃ?」

「……まあ、あれよ。かなり古いタイプの様式だった、って感じかなぁ」

ミラが問うと、カグラもまたフローネの気持ちがわかるといった苦笑を浮かべながら答えた。

「あー……そういう感じじゃったかぁ」

古いタイプのトイレ。この断崖城の造りからして、それは十年や数十年そこらの古さではないと容易に想像出来る。

つまりフローネが拒否した理由は、現代っ子にはあまり馴染みのない汲み取り式だったからだ。しかも完成したばかりの真っ新な汲み取り式となったら、最初の利用者の臭いなどが明瞭となりそうだ。

対して屋敷精霊のトイレは完全な水洗式であり、しかも浄化槽で何もかも灰にするクリーンで清潔なトイレだ。

その差は歴然。ゆえにフローネは断崖城のトイレを拒絶し、屋敷精霊の精霊システムが完備されたトイレを求めたというわけだ。

「贅沢な奴だな」

あるだけで十分だろうと、呆れた様子のソウルハウル。メイリンはというと野宿慣れし過ぎているからか、まったく気にした様子もない。

ただカグラはというと──。

「私もちょーっとだけ、休憩しようかな」

トイレの話題であれこれと騒いでいたからか、彼女もまた行きたくなったようだ。作り笑顔を浮かべながら屋敷精霊の中へと入っていった。