軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

609 深海

六百九

時間は、ミラ達が悪魔三体の分断に成功した直後にまで遡る。

ミラとノイン、ソウルハウルが男爵級悪魔を引き付けたところを確認したヴァレンティンとアンドロメダは、そのまま一気に伯爵級の元へと迫った。

「それじゃあ、あっちはお願いするよ」

「はい、お任せください」

その途中、アンドロメダが進行方向を変える。彼女が受け持つのは、魔法陣の解析と対処だ。そして直進するヴァレンティンの目的は、伯爵級の浄化。結界を足場にしてその目前まで駆け抜けていった。

「一人で向かってくるとは余程の無謀か、それとも……」

幾つかの判断材料から推測したのだろう。魔法陣を描く手を止めた悪魔は、ヴァレンティンを睨みながら警戒の色を浮かべる。

すると次の瞬間だ──。

「──だがまずは、あの者だ! 見過ごすわけにはいかない!」

その目をアンドロメダに向けると同時、悪魔は直接彼女を狙って飛び出した。

こちらの狙いに気づいた──というよりは、天魔族であるアンドロメダが一番厄介だと直感したのだろう。魔法陣の分析を始めた彼女に襲い掛かる。

「そう簡単には行かせられないな」

直後、ヴァレンティンの結界が悪魔の行く手を阻んだ。当然ながら彼女の邪魔をさせるわけにはいかないと、そのまま立ち塞がる。

「なるほど。まずは貴様から始末しなければいけないという事か」

悪魔の目が再び向けられると、数瞬後にその手がヴァレンティンの目と鼻の先にまで迫っていた。

けれどヴァレンティンは一切微動だにする事なく、その鋭い一撃を白く輝く結界で防ぎ切る。更には高速で動き回る悪魔に合わせて巧みに輝く結界の足場を展開し、これに対応した。

「おのれ……!」

攻防を繰り返す事、数十。全ての技を防がれた悪魔は、飛び回るヴァレンティンの動きにも翻弄され、その苛立ちを露わにする。

そしていよいよ「ならば──」と一気にマナを集束させて、その全身に炎を纏った。しかも、それだけでは終わらない。そこから一気に炎を燃え上がらせると、周辺の全てを巻き込むほどの爆炎を炸裂させた。

どれだけ動きが速くとも逃れようのない、無差別な広範囲攻撃である。

「やはり瞬間的な威力は侮れないな」

しかし、その炎はヴァレンティンに届いてはいなかった。それどころか炎は、その勢いに比べてさほど広がってもいなかった。

なぜならば、既に悪魔は幾重もの結界に囲まれてしまっていたからだ。それはもはや、抜け出す隙間すらない結界の包囲網である。

ヴァレンティンは動きに合わせて足場を展開すると共に、結界の始点を、その陰に設置していたのだ。そして準備が整ったところで全てを発動。中に悪魔を封じ込める事に成功したというわけだ。

「このようなもので!」

置かれた状況を把握して憤怒した悪魔は、その結界を破壊しようと暴れ始める。

対してヴァレンティンは、すかさず冷静に対応した。

【退魔術:白葬一火】

それは慈悲、というよりは願いの込められた術だった。

結界内に満ちていくのは、純白の煌めき。魔を祓う清浄な炎だ。そしてこれは、特にねじ曲がった魔の力を持つ今の悪魔にとっては、特別に効果的な炎でもあった。

「うん、いい感じだ」

白い炎が収まると、結界内に残された悪魔がよろめき倒れ込む。その者は今、黒く染められた悪魔としての力を焼き払われた状態だ。

ヴァレンティンは素早く結界内へと入り込み、そのまま悪魔に駆け寄ると迅速に浄化作業を開始した。

そしてそれから数分後。ヴァレンティンの前には、本来の姿を取り戻した悪魔の姿があった。

「よし、あと三人!」

彼をそのまま抱え上げたヴァレンティンは、直ぐに次へと向かって飛び出した。

「これでいいんだろう?」

「はい、完璧です」

ソウルハウルと合流したヴァレンティンは、棺に閉じ込められた悪魔の姿を確認すると、その仕事ぶりを絶賛する。

そこにいたのは、消耗して疲れ切った悪魔。つまり、とても浄化し易い状態というわけだ。

現場を引き継いだヴァレンティンは直ぐに浄化作業を始め、また一人の悪魔を正常に戻す事に成功した。

それから浄化済みの悪魔二人をソウルハウルのゴーレムに預け、そのまま一緒にノインの元へと向かう。

「流石ですね」

「お、もういいのかな。じゃあ、このまま押さえておくよ」

悪魔を相手に攻撃を受け続けながらも、まったく危なげない様子のノイン。そこにヴァレンティンが到着すると、ノインは直ぐに動きを変え、大盾で瞬く間に悪魔を押さえ込んだ。

こちらもまた、随分とノインに翻弄されたのだろう。悪魔は抵抗するも、その勢いは幾らか弱々しいものになっていた。

ゆえに、ここでもまた浄化は簡単に完了する。

「実際、目の当たりにすると、やっぱ驚くものだな」

悪魔の姿から人のそれに似た姿へと変わる。その瞬間を目にしたノインは、これが本当の悪魔の姿なのかと興味深げに見入る。

「僕も最初は、凄く驚きましたよ。でも、そうなんです。これが本来あるべき悪魔の姿なんです。だからこそ、一人でも多く元に戻さないといけません」

それこそが自分の使命であるとでもいった顔で答えたヴァレンティンは、その彼もゴーレムに預けたら、「次が最後ですね」と勢いよく駆け出していった。

残りの悪魔は、ミラが受け持った者のみ。そしてその場に到着したヴァレンティンが見たのは、見慣れない男と悪魔がアニメのような戦いを繰り広げている光景だった。

「えっ、あれがアイゼンファルド君なんですか!?」

「うむ、そうじゃよ。立派になったものじゃろう」

ミラが意気揚々と状況を説明したところ、ヴァレンティンからは期待通りの反応が返ってきた。

人化の術に加え、見事な技までも披露する自慢の息子だ。

「立派というか何というか、色々と驚きました。ただこれなら、今まで難しかった閉所でも活躍出来そうですね」

「……確かにそうじゃな!」

目の前のそれを見て、戦術面にまで視野を広げていたヴァレンティン。対して、単純に息子を自慢したいだけだったミラは、だからこそ今更その可能性に気づいた。

ともあれ、今回の戦いはこれで終了だ。ヴァレンティンが合流したという事で、アイゼンファルドは力を解放。少しの後に悪魔を完全に押さえ込む事に成功する。

そしてヴァレンティンがすかさず浄化すれば任務完了だ。

「よし、アイゼンファルドや。次は室内戦の練習もしてみるとしようか」

「はい、母上!」

男爵級悪魔を相手にしても十分に通じるのなら相当だ。ミラは息子の活躍の場を広めるべく、どこが最適かと考えた。

男爵級三人と伯爵級一人の悪魔の浄化が完了した。浄化の影響で眠っているが、目覚めれば色々な情報を得られるはずだ。

今は飛空船の医務室に送られ、彼らが起きるのを待っている状況である。

そしてミラはというと、既に次の任務に取り掛かっていた。

「魔法陣は問題なく解除出来たから、いつでも大丈夫だよ」

目的地の海上にて、アンドロメダもまた問題なく役割を終わらせていた。

彼女が言うに、伯爵が海に沈めていた魔法陣は、減圧の効果を多重に起動するというような効果を持つものだったそうだ。

つまり悪魔達は、海上から海底にまで続く、水圧の変わらない穴を通そうとしていたわけだ。

いったい何日、いや、何ヶ月かかるかわからないくらい途方もない作業をしていたものだと、アンドロメダは苦笑する。

「よし、善は急げじゃからな。直ぐに行って戻ってくるとしよう!」

ここから先は早く済ませるに越した事はない。ミラは大海原に大王剣亀を召喚すると甲羅の中に入り込んだ。そして続きアンルティーネを召喚して潜水準備を整えたら出発だ。

ミラはアンドロメダに見送られながら、海底五千メートルを目指して潜行を開始した。最速で海底を目指すため、真下に向けて垂直に進んでいく。

大王剣亀もまた単独で深海に潜る事は可能だが、本来これほどの速さは無謀である。けれど今はアンルティーネがいるため全て問題なし。それを確認出来たからか更に加速していった。

「何とも、底知れぬ恐ろしさがあるのぅ……」

あっという間に水深一キロメートルを超えた。するとそこはもう常闇の世界だ。人間の生存域を逸脱したそこでは、一寸先すらも見えない。

ただ、そんな暗闇のどこかから、時折何かの音が聞こえてくる。まるでこちらを探しているかのようにすら感じられ、ますます不気味で不安が募っていく。

「そうかなぁ?」

なお、水を介して周囲を知覚出来るアンルティーネの様子といったら、実にあっけらかんとしたものだ。

「あ、ハザードクラゲだ。ここにもいるんだねぇ」

と、もはや散歩気分ですらある。

けれど、緩み過ぎというわけでもない。危険な生物や魔物がいればいち早く探知して進路を誘導してくれる。

そうして潜水開始から六分弱ほどが経過した頃だ。大王剣亀とアンルティーネの活躍により、とうとう海底にまで到達した。大王剣亀の身体の向きが水平に変わる。

次はいよいよ、海底にあるという封印砦の捜索だ。

とはいえ、アンルティーネの知覚に頼れば、きっとあっという間に見つけられるだろう。

この深海では、何もかもがアンルティーネ頼りといっても過言ではない。ゆえにミラは彼女にぴったり寄り添うようにしながら、甲羅の中より海底に降り立った。

「明かりを灯しても大丈夫じゃろうか?」

深海に広がるのは闇ばかりで、微かな光すら存在しないため、ミラの目に映るものはなにもない。

だが封印砦の捜索だけなら、それでも問題はない。ただ、場所は深海だ。興味をそそられるのは当然で、ミラもまた不安ながらも好奇心の方が勝っていた。

それでいて冷静、というよりは慎重な一面を覗かせたミラは、深海の専門家っぽいアンルティーネに伺いを立てる。

「うん、大丈夫。危ないのもちらほらいるけど、彼と私がここにいる限りは近づいてこないと思う」

いわく、深海にも危険は多いようだ。しかしながら非常に頼もしい事に、大王剣亀とアンルティーネは、このような場所においても随分格上らしい。ある程度の危機管理が出来るものならば、襲ってはこないという。

その回答に安心したミラは、両名に感謝しつつ無形術で周囲を照らした。

「おお、なんとまた……」

明るい光によって浮かび上がる海底世界。白い砂のようなものが積もったそこは、まるで雪原のようだ。けれども雪とは違い光の吸収性が高いのか、どこか灰色にも見える。

視線を少し上げると、次には深海生物の姿がくっきりと浮かび上がっていた。海底を這うものもいれば、水中を泳ぐものもいる。光に照らされてキラキラ輝く姿は、それでいてどことなく迷惑そうだ。

また、更にそこから遠くへと目を向ければ、まるで呑み込まれそうなほどに深い闇がどこまでも広がっている。もしかしたら、突然そこに大きな目がぎょろりと現れるのではないかという妄想を掻き立てられるような、そんな闇である。

「あ、いいね。目で見るとまた、違った感じだよ」

と、ミラが未知の世界を前に恐れながらも感動しワクワクしていたところだ。そんなものは近くにいないとわかっているアンルティーネはというと、今度は観光気分のようだ。

いつもは水を介してのみでしか知覚していなかったためか、視覚のみで感じた深海の姿を前にして楽しそうだった。とても新鮮な体験だと喜んでいる。

「さて、一通り堪能したのでな。次は目的地じゃが──」

見惚れてばかりもいられない。そうミラが振り返ったところ、アンルティーネは「──あっちに自然っぽくない何かがあるよ」と指し示してくれた。

どうやら距離にして二百メートルほど先に、造り物のようなものがあるそうだ。

そんな彼女の言葉に従い、ミラはぴったりくっついたままそちらに移動する。海底を飛ぶように進めば、あっという間にそれが見えてきた。

「うむ、むしろこれでなければどれだというほどの主張っぷりじゃのぅ」

平坦な海底が広がるそこにあったのは、四角い構造物だった。ところどころから突き出している自然の岩に比べ、明らかに別物とわかるくらいに綺麗な正立方体である。

見上げるほどに大きなそれだが、けれどまだそうと確定したわけではない。

「どれどれ」

はたして、このあまりにもわかりやす過ぎるこれが封印砦で間違いないのか。ミラは三神に教えて貰った通りの手順で、その正立方体の表面を撫でた。

するとどうだ。これが証拠だとばかりに表面が割れて、入り口が開いていった。

「大正解でしたね」

「うむ、簡単じゃったな」

間違いなく、ここが封印砦だ。こんな場所だからこそ、きっと分かりやすくても問題はなかったのだろう。そう納得したミラは大王剣亀にこの場で待っていてくれるよう告げてから、その入り口に足を踏み入れた。

「しかし、何というか。不思議な感じじゃのぅ」

封印砦に入って直ぐ、ミラはそれに気づいて振り返り、外と中の境界面をじっと観察した。

なんと封印砦の中には空気があったのだ。しかしだからこそ不思議な現象が目の前にある。

入り口を境として、深海五キロメートルと一気圧が隔たれているのだ。外にはとんでもない水圧がかかっているはずでありながら、海水が流れ込んでくる様子は微塵もない。

流石は三神が関係している場所というべきか。とんでもない超現象っぷりである。

「あ、今は潜水の魔法解いてあるから、指先だけでも出しちゃ駄目だからね」

見た目だけでは判断し辛い状態だが、目の前の境界面の先は恐ろしいほどの水圧で満ちている。ゆえに境界面にちょっとでも指を指し込もうものなら一瞬で潰される事になると、アンルティーネが忠告する。

「ひょえっ!」

瞬間、ミラは慌てて手を引っ込めるのだった。