軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

581 エノシガイオス

五百八十一

アトランティスに向かう日の朝。いつも通りに目覚めたミラは、朝食後の僅かな時間をのんびりと過ごしていた。

着替えやら何やらといった支度は、全て昨日の夜にマリアナと済ませている。よって今は、出発前のチャージタイムだ。

「おお、今回も昼飯時が楽しみじゃのぅ!」

ルナを抱きかかえながらキッチンを覗けば、そこにはマリアナ特製のお弁当が並んでいる。どれもがミラの好物のみならずバランスも優れた逸品揃いだ。マリアナの愛情がたっぷり込められた、愛妻弁当である。

ワゴンの窓から外の景色を眺めながら食べるマリアナの弁当は、もはや旅のお供の定番だ。

次のミッションに出発する朝は、必ずこの弁当をアイテムボックスに詰め込んでいく。それが旅支度の〆となっている。

「今朝早くに、天空島の精霊さんが新鮮なお野菜を届けて下さったので、より素敵に仕上がりました」

そうマリアナが言う通り、弁当に詰められた野菜は、どれもこれもが煌めくような輝きを秘めていた。

フローネが大陸中から厳選した大地に加え、精霊王の祝福とそこで働く精霊達の献身によって元気に育てられた作物は、マーテルも驚くくらいの品質ばかりだ。

「ほぅ、それはますます楽しみじゃな!」

マリアナが一つずつ蓋をしていくのを目で追いながら、一番最初はどの弁当にしようかと今から考え始めるミラ。

と、そのようにして長閑な朝の時間は、あっという間に過ぎ去っていった。

そしていよいよ出発の時だ。

「では、行ってくる」

「はい、いってらっしゃいませ」

「きゅい!」

召喚術の塔の天辺。旅立ちの準備を終えたミラは、マリアナとルナをぎゅっと抱きしめる。

それからじっくり温もりをチャージしてからワゴンに乗り込み、大空へと飛び立っていった。

アトランティス王国は、アーク大陸の北端にある。日之本委員会の研究所が存在するカディアスマイト島の更に北西に位置する場所だ。

そのためアース大陸の南東側に位置するアルカイト王国からは、そこそこの距離があった。

とはいえ、ガルーダワゴンでの移動は安心安定な空の旅だ。加えて少し急いでもらった事もあって、出発から三日目の朝にはアトランティスの領地に到達していた。

アーク大陸の最北端とあってか、辺り一面は雪で真っ白に染まっている。

「とりあえずこの辺りでよいじゃろうか」

更に二時間ほど進んだところでアトランティスの首都『エノシガイオス』を望める近郊に到着。果たしてどのような技術が使われているのか、一面雪景色の中でそこだけが白に染まっていなかった。

雪国の土地でありながら、首都エノシガイオスには、冬でも春のような街並みが広がっていたのだ。

「こう改めて見ると、やはりとんでもないのぅ」

まるでそこだけが冬から逃れたかのような、または取り残されたかのような不思議な光景だ。

そしてそれには当然仕掛けがあり、だからこそ色々と規約も多い。

その中の一つ、首都の上空近域に進入するには特別な許可証が必要となっていた。そのためミラは、一先ず離れた地点の街道傍にワゴンを着陸させる。

三日分の旅を存分に労ってからガルーダを送還したミラは、次に金属の棒を取り出した。そして振ったり叩いたりして合図を送る。

それから十数秒後だ。

「あ、もうここまできてたんですね」

転移で合流したヴァレンティンは、丘の向こうに見えるエノシガイオスを見晴らしながら感心したように笑った。

ちなみにヴァレンティンは、数人の仲間と共に二日前には現地入りしていたそうだ。現在は手分けして周辺の調査を中心に進めているとの事である。

転移使いとなってまだ日が浅いミラと違い、ヴァレンティン側は相当にフットワークも軽そうだ。

「では予定通り、これから王との謁見じゃ!」

いつか今以上にリーズレインの加護が馴染んだら、その時こそは。そう心に誓いながらガーディアンアッシュを召喚したミラは、ワゴンに乗り込みながらほら行くぞとヴァレンティンを呼ぶ。

ここからは陸路で街に入る事となる。城に着くまでは、このままのんびりワゴンの旅である。

「今のところ何も見つかっていないので、あちらが何か掴んでくれているといいのですが」

二日前から調査はしているが、これといって有力な情報は得られていないそうだ。だからこそ今は国の情報網が一番の頼りである。

期待を込めてワゴンに乗り込んだヴァレンティンはワゴンの中を見て「あー、これは快適ですね」と嬉しそうに続け、早速こたつの民になっていた。

冬のアトランティスで調査をするのは、相当に寒かったようだ。それなりに防寒対策はしているようだが、身体の末端というのは特に冷えやすい。だからこそ、こたつは特効だった。

「ほれ、わしもおるんじゃから寄った寄った」

また十分に温まってしまうと、今度は出られなくなるのもまたこたつである。ミラも直ぐに戻ると同時、こたつの中でヴァレンティンの足を蹴飛ばしながらど真ん中を確保する。

「せめてここは冷え切った足が温まるまでは──」

とはいえ温もりを求めるヴァレンティンも、大人しくはしていない。蹴られようとも中心部を目指して足を動かす。

と、その直後だ。

「っと、ひゃっこいのぅ!」

「あ、すみません!」

こたつ内で陣取り合戦が繰り広げられたところ、ヴァレンティンの冷え切った足がミラの脚の敏感な部分に触れてしまったのだ。

途端にびくりと背筋を震わせるミラと、反射的に足をひっこめたヴァレンティン。そしてその行動が、この先の全てを決した。

引っ込んだ事を良い事に、ミラの足が一気に領地を拡大してそのままどんと中央を占領したのだ。

勝ち誇るミラ。対してヴァレンティンは少しばつが悪そうに、だが少し悔し気に目を逸らしながら少しでも温かい端を探すのだった。

街道をのんびりと進み問題なく街に乗り入れる事が出来たミラは今、御者台からその街並みを見渡しながら、ただただ圧倒されていた。

「随分と容赦なく発展させているとは聞いておったが……思った以上にとんでもない事になっておったのぅ」

アトランティス王国の首都エノシガイオス。冬でも春の陽気に包まれたそこは、それでいて長閑さとは無縁の場所であった。

円状に広がる二つの運河は貿易船や観光船で大いに賑わい、その圧倒的な物流を見せつけている。

漠然と観察するだけでも百人以上が目に映るほどの人の波だ。それでいて混雑していないのは、それだけ動線が広くとられているからだろう。

見れば地上のみならず、上にも無数の歩道が伸びているのがわかる。どこへ行くにも、道は一つではない。ゆえにこれだけの人で溢れていても、道が詰まる事はないようだ。

「久しぶりに来ましたが、やっぱり凄いですよね。ここまで再現してしまうなんて」

ヴァレンティンもまた、その街並みを前に感嘆する。

中でも特に元プレイヤー勢からしてみると、その驚きもより一層であろう。なんといってもここエノシガイオスは、ミラ達が暮らしていた現代と同じような建造物で溢れているからだ。

ファンタジーな世界観に浸かり慣れていたところでこの街を見せつけられた時の衝撃といったら、どれほどか。

特にミラが覚えているのは、三十年前だ。そして現在のエノシガイオスはというと、当時とは比べ物にならないほどの発展を遂げていた。

それというのもアトランティスの王が三十年前を機に、躊躇なく現代技術を持ち込み一気に街を発展させてきたからだ。

だからこそミラは街の変わり様と、どことなく懐かしくも感じる街の様子を前に、ただ驚く事しか出来なかった。

「駅ビルに高層マンション、複合商業施設とテナントビル。もうここだけ別世界じゃな」

現代であれば普通の街並みだが、今いる世界を基準にすれば異質に見えるのだから不思議なものだ。しかもそんな現代寄りな街で当たり前のように馬車が使われているのもまた、何ともいえない光景である。

そしてミラ達を乗せたワゴンは、そんな街の大通りをずんずんと進んでいた。向かうは目的地であるアトランティス城だ。

「相変わらず、遠近感が馬鹿になってくるのぅ」

「ですよねぇ。何をどうしてあそこまで大きくする必要があったのか……」

幅は五百メートル、高さは三百メートルを超える超ド級の巨城。それがアトランティス城であり、この容赦なく発展した街の中心でもあった。

そして唯一、この現代に染まったエノシガイオスでファンタジー感を保っているという不可思議な場所でもある。ただし大きさ以外は。

「この辺りは、少し大人しめじゃな」

橋を渡り運河を越えると、街の雰囲気が少し変わっていく。街に入ってすぐ──つまり外縁部は高層建てばかりだったが、中央に近づくほど全体的に背が低くなっていく、といった様子だ。

「なんというか、発展の歴史みたいなものが感じられますよね」

運河を一つ越えた先にもファンタジーらしさはなかったが、それでいて現代ともまた違う、どこかレトロチックな街並みとなっていた。

「それに何やら、不思議とこちらの方が落ち着く感じがするのぅ」

「わかります。僕らが生まれる前の街並みのはずですが、なんとなく懐かしさがあるんですよね」

ところどころに幾らか目立つ建造物はあるものの、他は五、六階建てがほとんどだ。時代的には西暦二千年前後辺りか。当時の風景に似せた街がここには再現されていた。

外縁部ほどではないが、一般的な国に比べれば十分に異質な場所だ。だがミラ達にとっては、知らない街ながらも望郷感のあるところだった。

「あれは駄菓子屋じゃな。前にソロモンらと行った日本レトロパークで見た事があるのぅ──」

「あちらの建物には、ボウリング、ダーツ、ビリヤードとありますね。よくぞここまで──」

懐かしくて新しい。ミラ達は実に新鮮な気持ちで街並みを見回しながら、王城への道中を存分に楽しんだ。

そうしてのんびり進み、いよいよ大通りの一番奥に到達する。そこには、大きな門が聳えていた。王城のある中央島に続く橋の入り口だ。

「照会いたしますので、所属と名前、そして用件を確認させてください」

門の前にワゴンを止めたところ、橋の脇の詰め所から門兵が出てきた。

「アルカイトから来たミラという。用事は王との謁見じゃ」

王とさっくり話して情報を得られたら、そのまま直ぐに悪魔捜索開始だ。

と、そのようにここから先の流れを思い浮かべていたところだった。

「アルカイトの……ミラ……。うーん、謁見でミラ、ミラ……。いや、来客リストにそのような予定は入っていませんね」

「なん……じゃと?」

ミラは門兵の返答に、そんなまさかと困惑する。

調査対象である悪魔デラパルゴは、アトランティス近郊に潜伏しているという話だ。そのためアトランティス側にも捜査協力を打診しており、この件についてアトランティスの王と話し合えるよう、ソロモンが連絡してくれている。

「わしらは、連絡済みと聞いて来ておる。もう一度、しっかり確かめてはくれんか?」

ミラは、ソロモンからそれを確認していた。予定に入っていないなんて事は、あり得ないはずなのだ。

「……どこをどう見ても予定にありませんね」

だが門兵の答えは同じ。再確認してはくれたが、王の謁見予定にミラの名はどこにも入っていないと断言する。

「いやいや、そんなはずないじゃろう。……ああ、もしかしたら今日の予定だけを見ておらんか。近いうちに行くと言うたからのぅ。そちらの方を確認してもらえるじゃろうか」

ソロモンから伝えてもらっているのは、数日以内に会いに行くというもの。ゆえに門兵が確認しているのが今日の予定なら、そこに自分の名が記載されていないのも当然だ。

「そちらも確認しましたが、ございませんでした」

どうやら既にその可能性も当たっていたらしい。即答であった。

「なん……じゃと……」

これはいったいどうした事か。さっさと情報を貰ってデラパルゴを見つけようと思っていたが、一番初めで躓くとは。

もしやどこかで情報の伝達ミスでも起きたのか。そう、ミラがあり得そうな理由を考えていたところだ──。

突如として目の前に上から何かが……いや、人が降りてきたではないか。そして何事もなかったように顔を上げた男に、ミラは見覚えがあった。

「あー、すまんすまん。彼女はこっちの客なんだ。面倒掛けたな」

ゴットフリートだ。名も無き四十八将軍の一人である彼は、ミラの姿を確認してから、そう門兵に声をかけた。

「なんと、将軍様の。畏まりました!」

来歴として記録する必要のない、または特別な客人の場合はリストに記載されない事がある。その事を重々承知している門兵は、直ぐに察して一礼すると、そのまま素早く詰め所に戻っていった。

「名前を伝えてくれりゃあ迎えが行くって話になってたはずだけど、何でもめてたんだ?」

「あ、あー……そういえばソロモンがそう言っておった気がするのぅ……」

ゴットフリートが出てきてくれた事で無事にアトランティス城に入る事が出来たミラ達。ただ、門兵との問答はまったくの無駄だったようだ。門兵に来訪を告げるだけで、将軍の誰かが迎えに出てくる手筈となっていたそうだ。

だが実際にゴットフリートが受け取ったのは『ミラと名乗る者が訪ねてきた』ではなく、『門の前でミラと名乗る者が王に会わせろとごねている』といったような内容だった。

つまりは王との謁見がどうこうという言葉が完全に余計だったわけである。

「なるほど、道理で」

どうせ話半分で聞いていたのだろう。ヴァレンティンは先ほどまでのすったもんだを思い返しながら、むしろ納得したように苦笑した。

「しかしまあ、外の街に比べ城の中は以前とまったく変わっておらんのじゃな」

ミラは話を逸らすように話題を変えた。

その言葉通り現代文明感満載だった街並みに比べ、その中心にあるアトランティス城内は、極めて王道な造りになっている。

とはいえ大国だけあって、絢爛さはそこらの王城の比ではない。

「ああ、なんというかファンタジー感? みたいなのが好きって奴が過半数以上いるから、城内はこのままにしようって前に決まってな。だからここは、前からこのままなんだ」

「ふむ、わかる。わしもどちらかというと、こっち寄りじゃからな」

「僕もこういう雰囲気の方が好きですね」

城内を行き交うメイドや兵士の姿を眺めながら、ファンタジーはいいものだと納得するミラとヴァレンティン。

対してゴットフリートは、「俺は、なんか壊れやすそうで落ち着かないんだよなぁ」と少し否定気味だった。