軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

576 遭遇

五百七十六

追跡中の悪魔の狙いは『魔物を統べる神』の骸である可能性が高い。そしてそれは、霊脈のエネルギーを利用して封じられている。加えて霊脈のある場所というのは、やはり古くから特別視されているのだろう。行く先々には、神殿の遺跡や廃墟といったものが存在していた。

だが、そうして幾度となく追跡を繰り返していったところ、ミラ達はこれまでと違う場所に行き着いた。

「これはまた、大歓迎じゃな」

「いよいよ近づいてきたみたいですね」

そこは色とりどりの花が咲き乱れるのみならず、地面からレッサーデーモンが湧いてくるような、そんな花畑であった。

ミラ達が追跡している事に気づいたのだろうか。まるで待ち伏せていたかのようだ。

とはいえレッサーデーモンだけならば敵ではない。いざかかれと襲い掛かってきたところを、ヴァレンティンが一人でたちどころに焼き払っていった。

「さあ、これでもっと追跡の精度を上げられますよ」

霧散していくレッサーデーモンの怨念体。そのうちの一体分を結界に封じ込めたヴァレンティンは、羽根のない真っ白な矢のようなものを取り出して、その結界を突き刺した。

するとどうだ。怨念体がその矢に吸い込まれていくではないか。

「何じゃそれは?」

「ああ、これはですね──」

初めて見る術具だと、興味の赴くまま疑問を口にするミラ。

ヴァレンティンは、そんな質問に対し簡単に答えた。これは、悪魔の居場所を見つけるためのものだと。

レッサーデーモンというのは、例外なく悪魔の支配下にある。そんなレッサーデーモンの怨念体を吸収させた矢は、その支配の行先を指し示すようになるという。

つまり、これでもう痕跡を辿らずとも真っすぐに悪魔の場所を目指して進めるという事だ。

「ほぅ、流石じゃな。とんでもなく便利じゃのぅ」

悪魔がどうこうという任務に就いていただけあって、そのための術具も充実しているようだ。

と、そうしてヴァレンティンは、早速その矢を宙に放り投げた。落ちてくる間で動いた方向に悪魔がいるとの事だ。

「……これは、どっちじゃろう?」

「あれ? このパターンは初めてですね……」

ぽーんと上がった矢は、そのまま真っすぐに落ちて地面に突き刺さっていた。ヴァレンティンいわく、本来なら引っ張られるような挙動で明確に動くそうだ。

けれど今回は、そのような動きなど何一つなかった。ただただ、そのまま地面に突き刺さっただけである。

「とはいえ、あれじゃな。こういう時というのは単純に術具が壊れていたか、もしくは──」

予想出来るパターンは幾つかあると矢を見やり、そこから更に地面へと視線を向けた、その時だ──。

「この反応は!」

「ほれ、やはりそうじゃった!」

すぐさまヴァレンティンに駆け寄ったミラは、そのまま塔盾を多重召喚する。また同時にヴァレンティンも、二人を囲うように結界を幾重にも連ねて展開した。

直後、地面から爆炎が吹き上がり、辺り一面を真っ赤に染め上げていく。

「これまた派手にやったものじゃな」

「なるほど。思えば真上で使った事は一度もありませんでした」

爆炎が収まると、周囲の光景は一変していた。花畑は全てが吹き飛び、その下にあった空洞が露わになったのだ。

そして十メートル以上の深さがあるそこには地下神殿の廃墟が広がっており、そこには今の爆炎を生み出した張本人の姿もまた存在していた。

そう、見紛う事なき悪魔の姿がそこにあったのだ。

「……これまた最悪の想定内じゃな」

「ですねぇ。高めに見積もっておいた一番上と、こうもあっさり出くわすなんて」

かろうじて残った塔盾と結界が砕けていく中、ヴァレンティンが再度展開した結界を足場に大穴を見やる二人は、悪魔の爵位を確認して共に苦笑を浮かべた。

そこにいた悪魔は、公爵三位。九賢者が二人といえど、これをまともに相手するのは厳しいと言わざるを得ない状況だ。しかも準備も万端には整っていないため、尚更である。

「とにかくここは、一時撤退するべきじゃな」

このまま公爵三位との戦闘になったとしたら、まず勝つ事は不可能。けれど逃げるとなったら、ヴァレンティンには転移の術が、そしてミラにもリーズレインがいる。

今ならば無傷のまま離脱が可能であるため、迅速な撤退を提案するミラ。

公爵級の存在を目視で確認出来たのだ。報告する分には十分な成果といえるだろう。

ただ、それはミラ側の事情だ。ヴァレンティン側は、少々違っていた。

「その前に、これをどうにか仕掛けたいのですが、少し手伝ってもらえませんか。さっきの分は燃え尽きてしまったようなので」

そんな事を口にしたヴァレンティンの手には、何か液体の入った瓶が握られていた。

彼が言うに、それはマーカーのようなものだそうだ。その液体を少しでも悪魔に付着させる事が出来れば、今後は拠点から正確に悪魔の位置を追跡する事が出来るようになるそうだ。

白い矢のような術具は、先ほどの炎に巻き込まれて焼失した。よって、このまま逃げてしまったら次からの追跡は更に困難になるという。

だからこそ逃げる前に、追跡するための手段を残しておきたい。そうヴァレンティンは協力を求めてきた。

「……仕方がないのぅ」

事実、このまま所在不明にしてしまっては危険な相手というのも確かだ。そして居場所を把握出来るようになる手段があるというのなら、今後のためにも仕掛けておく価値はあるというもの。

方法も、そこまで複雑ではない。戦いながらチャンスを窺い、仕掛け終えたら直ぐに離脱すればいいだけだ。

「こういうのは、乱戦になるほど狙い易いものじゃからな」

数が多ければ死角も出来やすく、相手の気もそれなりに散ってくれるだろう。そして数ならば、ミラが一番得意とするところ。ならばちょっと液体を振りかける隙くらいなら十分に生まれそうだ。

「ふーむ、さてさて……」

そうと決まれば、後はもう全力で実行して全力で撤退するだけ。

そうして召喚地点をあちらこちらに設置して急ぎ準備を整え始めたところ──。

「やはり、この魔力の波長。忘れるはずもない!」

突如、悪魔が叫んだ。それと同時、辺り一帯に不可思議な重圧が広がっていき、悪魔の気配が先ほどまでとは比べ物にならないほど増大していくのがわかった。

しかもそれだけではない。いったいどういった感情なのかは不明だが、悪魔の目は真っすぐミラにのみ向けられていた。

「な、なんじゃなんじゃ!?」

急に重圧と読みとれない感情を向けられたとあって、何事かと慌てるミラ。しかも相手は公爵三位だ。その言葉といい様子といい、悪い予感しかしないというもの。

悪魔に覚えられているような事など、ましてや公爵三位になんて。と、過去の出来事を思い返しながら、そこまで考えたところだ。

ふとミラの脳裏に、ダンブルフ時代の行いが浮かんだ。

「あ、あー。これまた、とんでもなく厄介な相手じゃな──」

ダンブルフだった頃の事。ソロの限界に挑んでいた時に戦った最大の相手。数百億リフにも及ぶ消耗品を揃え、入念に徹底的に準備して挑んだ戦い。長時間の激闘の末、遂に打ち倒した敵。

それが公爵三位の悪魔だった。しかもよくよく見れば、正に今目の前にいるその悪魔こそが、当時の公爵三位そのものではないか。

存分に戦ったからこそ、その強さは身をもって知っているミラ。しかも当時と今とでは、状況も勝手も違っている。同じ事をしろといわれても、まず不可能だ。

「つまり、お互いに手の内がわかっているという事ですね」

有利ではあるが、不利でもある。けれど、どちらにしろマーカーを仕掛けるためには戦わなければいけない。ならば、まだ知られていない自分が突破口を開くべきか。そう、緊張感が漂う中でヴァレンティンが構えた、その直後だ。

「まさかこうして再び相まみえる日が来るとは。なんと面白い! いや、これはもしや宿命だろうか。私はそのために、こうして再び地上に戻って来たのか!」

無視しているのか、それともヴァレンティンの事が目に入っていないのか。悪魔はひたすらにミラの事を凝視したまま、歓喜に満ちたような声を響かせた。

死闘を繰り広げた相手との再会。共に闘争心を燃やし尽くしたあの戦いを、また望んでいるのだろうか。悪魔の顔は、愉悦に満ちていた。

(厄介どころではなさそうな様子じゃのぅ……)

マーカーがなければ追跡が出来なくなるという前に、このまま付きまとわれそうな気配すらあると戦々恐々するミラ。公爵三位につけ狙われるなんて事になったら堪ったものではない。

と、この場合はどう対処したらいいかと頭を悩ませたミラは次の瞬間に、「ん……?」と困惑と驚愕と疑問の声を漏らした。

いったいこれはどういう事か。何をどうしたら、そうなるというのか。悪魔は策も仕込みも何もないと態度で示しながら悠然と近づいてくると、そのまま身構えるミラの前に跪いたのだ。

「我が名は、ダンタリオン。この位は既に公爵にあらず。どれだけ時が過ぎようと貴殿が存命であるのなら、結果は不変。私は、この身に敗北を刻んだ汝の軍門に降ろう」

人類の敵対者であり、多くの悲劇を望みそれを実行する事を愉悦とする悪魔。だがそこまで邪悪な思想を持ちながらも、唯一その悪辣さを超越する矜持が彼らの中にはあった。

それは、強さこそが全てというもの。

強き者に従う。決して揺るがぬその矜持が、まさかここにきてミラの前に跪かせるという形で表れたのだ。

「強い悪魔ほど強さの掟も強固になっていく傾向にありましたが、いや……こういう事もあるなんて……」

たとえ相手が人間であろうとも、悪魔が強い者を認める事はあった。けれど今目の前で起きているような、軍門に降るなどと言い出すような事は初めてだと、ヴァレンティンも困惑した様子だ。

これまでにも悪魔と戦う事は多くあったが、その決着のほとんどは止めを刺す事にも繋がっている。悪魔からすれば、好敵手、または死を齎すに相応しい者だと認めるようなものだ。

そしてだからこそというべきか、今回のように倒した悪魔と再び出会う事など、これまではあり得なかった。

しかし、まさか転生したのか。以前はあり得なかった事が今ここに起きた。加えて悪魔は強くなるほど、強い者に従うという掟をより重んじる傾向にある。ゆえに公爵三位ほどともなると、当時の戦いの勝敗もまだ有効らしい。

結果、これから公爵三位との死闘が始まるかと思いきや、ダンタリオンと名乗ったその悪魔がミラに忠誠を誓うなどという今の状況が生まれたわけだ。

(何じゃこれは、どういった状態じゃ!? いったいどう答えるのが正解なんじゃー!?)

突如としてミラの軍門に降ったダンタリオン。けれどミラにしてみれば、あまりにも突然で思ってもいなかった状況だ。

しかも相手は悪魔である。もしや、調子に乗って答えた瞬間に斬りかかって来るのではないか。背中を見せたらばっさりいかれるのではないか。心を許したところを見計らい、一気に全てを壊すのではないか。と、裏に色々な謀略がありそうだという疑いが、次から次に浮かんでくる。

以前に戦って倒したとはいえ、こうもあっさり都合よくいくなど悪魔相手にあり得ないと困惑するミラ。

悪魔は極めて狡猾で残忍だ。だからこそ油断は出来ないと、ダンタリオンを注意深く見据える。

(そういえば確かヴァレンティンが悪魔を戻す云々と言っておったな)

と、そのように警戒していたミラは、そこでふと思い出した。ヴァレンティンが、悪い悪魔を元の悪魔に戻す活動をしていると言っていた事を。

「のぅ、ヴァレンティンや──」

もしも言葉通りにダンタリオンがミラに従うというのなら、このまま昔の悪魔に戻れと提案してみてはどうか。そう、ヴァレンティンに持ち掛ける。ついでにそれを受け入れるかどうかで、ダンタリオンの真意も探れるという算段だ。

「それはまあ、大人しく受け入れてもらえるなら出来ますが、その交渉はきっと僕には無理なのでミラさんに任せる事になりますよ」

どうやらこの場でも昔の悪魔に戻す事は可能のようだ。けれど、ダンタリオンがそれを抵抗なく受け入れる事が絶対条件であるとヴァレンティンは言う。そして現状を素直に呑み込めば、その説得が出来るのはミラだけであるとも告げた。

(ともあれ、本気なのか企みがあるのかを探る意味でも、とりあえずこの条件を出して様子も見るのもありじゃな)

そのまま昔の悪魔に戻ってくれれば万々歳。そうならず何かしら抵抗をみせれば、何か狙いがあるのかもしれないと疑う事が出来る。

少なくとも、不利に働く事はないだろう。

「ダンタリオンというたな。お主は今、本来の悪魔とは違い、大きく歪められた状態だという事を知っておるか? そしてわしの下に就く条件として、今この場で昔の状態に戻すと言うたら、お主はそれを受け入れるつもりはあるか?」

試してみる価値は十分にある。そう考えたミラは、そこに跪くダンタリオンをじっくり見据えながらそのように提案した。

「今の私が、歪んだ状態……?」

それは演技か、本当に自覚はないのか。それとも両方か。ミラの言葉に対してダンタリオンが返した一番の反応は疑問だった。

だがそれもほんの僅かの間。

「いずれにせよ貴女様がそれを望むと言うのであれば、昔の状態というものに戻る事で私を配下として認めて下さるというのならば、如何様にも受け入れさせていただく所存にございます」

ダンタリオンは考えるまでもないとでもいった態度で、そうきっちり答えたのだ。

(……しちゃってよいのか!?)

むしろ、あまりにもあっさり承諾されたミラの方が戸惑っていた。

とはいえ、折角こうしてチャンスが来たのだ。やれるのならやってしまおうとヴァレンティンを見やり、浄化の開始を頼む。

「では儀式は、僕が執り行わせてもらう。波のようなものを感じるはずだが、抵抗せず受け止めてほしい」

準備を整えていたヴァレンティンは早速必要なあれこれを設置すると、手早く浄化の儀を開始した。とはいえ、まだ何かしら企んでいるという線も残っているため、ミラもヴァレンティンも警戒だけはしたままだ。