軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

574 雪の下

五百七十四

「ほぉー、真っ白じゃな」

屋敷精霊にて一晩を過ごした翌日の朝。窓から見える景色を前にしたミラは、眩しげに目を細める。

吹雪は一晩中続いたが、朝方には過ぎ去ったようだ。そして今、空は清々しいまでに晴れ渡っており、窓の外には輝く銀世界がどこまでも広がっていた。

「……そうじゃ!」

昨日から更に一メートル近く積もっただろうか。これほど広くて見事な雪景色は見た事がないと、暫しの間見入っていたミラ。だが直後、不意に何かを思いついたかのように外へと駆け出していく。

そして積もった雪をかき分けて屋敷精霊の屋根に上がり、そこから「とぅ!」と降り積もった雪にダイブした。まっさらな雪を見たら思わずやりたくなってしまうアレを、即座に実行したのだ。

「──! おおおおさっむいのぅ!」

直後、埋もれた雪の中から飛び出したミラは、そのまま直ぐ部屋に戻り雪塗れの寝巻を脱ぎ捨て浴室に飛び込んでいった。そして震える身体に温かいシャワーを浴びて、生き返ったかのように人心地着く。

「流石に環境を考えるべきじゃったな……」

思い出だけで動いたが、現在地は余裕で氷点下を下回る環境だ。ここにある雪は、どこか懐かしく、そして楽しい思い出に残るそれとは程度が違う。

その事を肌で実感したミラは、もう一つの少年時代の記憶──真っ白な雪に 絵を描いた(・・・・・) 思い出にはそっと蓋をして、普通にトイレで用を済ませた。

「さて、始めるとしようか」

朝の用事も済ませて準備は完了。いよいよ調査開始だ。

そう気合を入れたミラだが、ここで直ぐにポポットワイズを召喚せず、まず術式の調整から始めた。

「さっきのあの感じからして、防寒を強めておいた方がよいじゃろうな」

外は極寒の世界だ。寒さにはそこそこ強いポポットワイズだが、今の環境の厳しさはその限界を超えてくるところにある。

ゆえにミラは召喚時に展開される防護の術式を調整し、寒さへの耐性を高めてから召喚した。

「ポポット、行ってくるのー」

しっかり防護が効いたようだ。外に出て調子を確かめたポポットは、現場に向けて元気よく飛んでいった。

それから数分後、ポポットが目標地点に到着したところで《意識同調》を開始。視界を共有したミラは、異常を示す魔属性のエネルギー波形が検知されたという現場の様子を確認した。

「……真っ白じゃな」

一晩吹雪いていた事もあって、どこもかしこも白一色に染まっていた。もしも何かがあったとしても、見ただけではさっぱり判別出来ない状態だ。

このような状況で、何をどう調べるべきか。思い切ってポポットに雪を払ってもらうのが得策か。それとも、ここを調査したという形跡を極力残さないようにするべきか。

事は、上級悪魔が関係している案件だ。安全をとるのなら慎重に動いた方がいい。ただ、だからこそ少しでも早く調査を進めた方がいいのも確かだ。

と、次の調査方針を決めあぐねていたところ──。

『何だか、不思議な感じがするのー』

そんな報告が届くと共に、ポポットが雪の中に飛び込んでいった。

共有する視界は白く染まり、そこから数度眩く輝く。どうやら雪の中にダイブしたポポットが、魔法を駆使して更に深くへと掘り進んでいるようだ。

『よし、慎重に進むのじゃぞ』

『わかったのー』

魔法が得意なポポットは同時に、魔法の類を感知する能力にも長けている。

もしかしたら、異常の一端でも捉えたのかもしれない。ならばここは任せてみるのもよさそうだ。そう考えたミラは、ポポットが何を感知し何を見つけるのかをただ静かに見守る事にした。

雪に潜って三メートルほど進んだところだろうか。ポポットは謎の空間に入り込んでいた。

「これは……結界じゃろうか」

見えるのは、まるで箱の中にいるかのような光景だった。前後左右は雪に覆われている。そして上も、ポポットが掘った穴以外は雪の白一色だ。

そしてその不自然な空間は、明らかに自然のものではないとわかる。なぜならそこに、結界を展開した形跡が残されていたからだ。

地面に置かれた青い石は、退魔術でよく用いられる術の触媒。中でも特に、結界と相性の良いものであった。

『この下にも何かありそうなのー』

そう言ったポポットの視線の先には、雪の下に隠されていた地面が見えていた。そしてその地面は、ただの大地とはまったく違う。随分と経年劣化は激しいが、石造りのそれだ。

もしかしたらここには、遺跡か何かがあるのかもしれない。しかもそこには、一人分くらいなら入り込めそうな隙間があった。

結界で覆われた遺跡の隙間。ポポットの言う通り、この下には何かしら秘密がありそうだ。

『ふむ、行ってみるしかないのぅ』

ポポットが何事もなく通り抜けられた事から、この結界はただの雪除けであるとわかる。少なくともこれを展開した術者は、何かを無闇に傷つけるつもりはなさそうだ。

とはいえ、なぜこのようなところに結界があるのか。その術士は、どんな用事でここに来ているというのか。

疑問は残るため油断は出来ない。悪魔に協力しているという線も残っているからだ。だがそれでも何かの手掛かりになるのは間違いない。

ここには何があるのか。ミラはポポットが隙間から奥に入り込んでいく様子を、じっと見守った。

隙間から入り込んだそこは、正に迷宮といっても過言ではない状態であった。

『どこに行くか迷うのー』

ポポットは今、細い通路のど真ん中にいる。そしてその通路は前後のみならず、途中から上下左右に分岐しているのが確認出来た。

しかも当たり前ながら、どこもかしこも真っ暗だ。夜目が利くポポットの視界だからこそ、どうにか現地の状態が見えている次第だ。

『これはちょいと難儀しそうじゃな』

とはいえ、見える全てがどこへ繋がっているかもわからない通路ばかり。入って早々、次に進むべき道がわからない状態に陥ってしまった。ポポットも、どうしたらいいのかと困惑気味だ。

加えて通路はそこまで広くないため、飛ぶのも難しそうだ。

『ようやってくれた、ポポット。ここから先は、あの者共に任せるとしよう』

とはいえ召喚術の強みは、その汎用性の高さにある。ポポットが難しいのなら、適した仲間に引き継げばいいのだ。

ポポットで調査出来るのはここまでと判断したミラは、共有した視界を通して召喚地点を設置。そのままポポットを介して召喚術を発動し、次の役目を担う両名をその場に遠隔召喚した。

『時にはヒーロー、時には怪盗。そして時には考古学者! ニャンディ・ジョーンズ華麗に登場ですにゃ!』

古代遺跡に挑む考古学者風な衣装に身を包んだ団員一号。だが、その手に持つのは鞭ではなく猫じゃらしだ。

『内部調査も遺跡調査も吾輩にお任せですワン』

いつでもマイペースなワントソは、未知の遺跡を前にしながらも実に堂々としたものだ。

ともあれ必然かお約束か、団員一号とワントソが出会えば、その場は直ぐに対決の場へと変わっていく。

早速睨み合う両名。そこにミラが、さらりと今回のミッション内容を伝える。

『──というわけで、その場所には上位の悪魔の関与している疑いがある。お主達には、ここで進行しているかもしれない企みに繋がる何かを探してほしいのじゃよ』

この場所を調査するにあたり、注意点として高位の悪魔の存在にも触れるミラ。

すると、これまでいがみ合っていた団員一号とワントソは直後に争いを止めて、意思疎通したかのように頷き合った。

『小生達にお任せ下さいですにゃ!』

『吾輩達ならきっとご期待に沿えるはずですワン』

調査の時はいつも競うように駆け回る両名だが、上位の悪魔関係とあってか流石に危険を感じたようだ。ここは協力しようと手を取り合う。

『さあ、小生がしっかり調査を進めるので、犬は周辺の警戒をよろしくだにゃ』

『何を言っているワン。調査は吾輩の担当だワン。周囲の警戒は直感しか能のない猫の出番だワン』

協力しようと言った矢先だ。あっという間に意見が割れた団員一号とワントソは再び睨み合うと、『小生が調べるにゃ!』『吾輩が調べるワン!』と主張し合って我先にと調査を開始した。

『……すまぬが見守っておいてくれるか』

『わかったのー』

調査能力については問題ないが、ミラがその場にいないからか、いつもより協調性が欠けていた。そして闘争心が余計に燃え上がる傾向にあるようだ。

少々危なっかしい。そう感じたミラは、いざという時に備えポポットに少し離れた位置から見張ってもらう事にした。

悪魔に繋がる手掛かりを探す団員一号とワントソ。相変わらず暗闇の中だが、団員一号はなんのその。ワントソもまた魔法で空間を把握していた。共にこのような場所でも、その能力を十分に発揮する。

その少し後ろから、てこてこ歩き付いていくポポット。ミラもまた夜目が利くポポットを介しているからこそ、状況をしっかり把握出来ていた。

複雑な通路であるが、一行は迷う事無く道を選び進んでいる。

『次は、こっちだワン』

ワントソが、直ぐに怪しげな匂いを嗅ぎつけていたからだ。しかもほんの微かだが、何やら懐かしさを感じるような匂いも残っているらしい。

そしてそれらは、どちらとも同じ方向に進んでいるとの事だ。

『……にゃるほど。小生もそっちだと思っていたにゃ』

団員一号も能力的には確かであるものの、匂いがしっかり残っている状態での追跡となると流石にワントソには敵わない。ただ自覚はあるが、素直に認めたくはないようだ。

と、それから進む事、更に暫く。

『にゃんと!』

『これは怪しいですワン』

『まさか、こんなところがあったとはのぅ』

通路を抜けた先にあったのは、大空洞だった。しかも、ただの空洞ではない。その中心には、未だに原型を保ったままの建造物が残っているではないか。

『にゃんとにゃく、気配がありますにゃ』

その建造物を目にした瞬間、団員一号は合図と共に素早くその場に伏せた。

『あの中に、悪魔がいるのかワン?』

団員一号に続きワントソもまた直ぐに伏せた。上位の悪魔が近くにいた場合、感知されてしまうため迂闊に魔法は使えない。ゆえに匂い魔法では詳細に探れないため、ここから先は団員一号の直感が頼りになるわけだ。

『かもしれにゃいし、そうじゃにゃいかもしれないにゃ』

とはいえ魔法ほど確かなものではないため、断言とまではいかない団員一号。けれど気配があるのは確かだとという点は、自信満々に告げる。

『悪魔か……もしかすると先ほどの結界を張った術者かもしれぬな』

ここにいる存在として現時点で思い付くのは、そのどちらかだろう。

悪魔か術士か、はたまたどちらもか。とはいえ状況もなにも把握出来ていない今、慎重に動く以外に選択肢はない。正体が不明な以上、どちらに対しても警戒は必要だ。

そして幾らか話し合った結果、ポポットを見通しの良い場所に配置してから、団員一号とワントソで建造物内に潜入する事に決まった。

大空洞に存在した、謎の建造物。いったいなんのために存在しているのだろうか。その内部はどこか神殿の造りに似ていた。

正面から入ったそこには礼拝堂のような空間が広がっていた。とはいえ今は、神殿にあるような厳かさは微塵もない。暗闇に塗り潰された静寂と瓦礫が散らばっているだけだ。

と、その直後だった。そんな暗闇の中に光がぽっと浮かんでいるのが見えた。

『早速、誰かいましたにゃ!』

『わうん……この匂いは──』

礼拝堂のような空間の奥の方。光は、そこであっちへふらふら、こっちへふらふらと、まるで何かを探しているかのように彷徨っている。

そして僅かにだが、光の傍に人影もぼんやりと見えた。

『ふむ、早速の遭遇じゃな。慎重に行くのじゃよ』

はたして標的の悪魔か、それとも謎の術士か。いずれにせよ、こんな辺鄙な場所にわざわざ来ているのだ。何かしらの情報は持っているはずである。

ゆえにまずは、その正体を探るのが先決だ。

協力を得られそうな相手なら、そのまま情報交換。そうでないなら──たとえば悪魔の協力者なら、多少手荒でも強引に訊き出すべきだろう。

『まずは正体の確認からですにゃ』

そうと決まれば、早速行動開始だ。慎重に、だが迅速に。団員一号は、それこそ音もなく気配もなく、その能力を存分に発揮して人影に接近を試みた。

その直後だ。

『にゃにゃ!?』

『わわん!?』

何がどうしたというのか、突如展開された結界に団員一号とワントソが閉じ込められてしまったではないか。

『なんと、これは……』

離れた地点から観測だけしていたポポットの視界は、その一部始終を捉えていた。

僅かに見えた空間の揺らぎ。どうやら団員一号とワントソは、既に見えない結界の中に踏み込んでしまっていたようだ。

そしてかの者は、結界内の動きを把握する技術を持っているのだろう。団員一号の接近を感知した事で、即座に次の結界を展開して両名を封じてしまったわけだ。

どうやら謎の術士は、とんでもない手練れのようだ。

ここは一度撤退するべきか。それともまだ無事なポポットを介して戦力を投入し、相手の正体を見極めるべきか。

ただ戦闘になってしまったら、痕跡がどうなるかわからない。

と、次の手立てを決めかねていたところだった──。

「いったい何者だ? ……っと、おや。なんでケット・シー? そしてそっちはクー・シー?」

前方にいた人影が、すぐそこにまで来ていた。そして団員一号らを確認すると、そんな困惑交じりな疑問の声を零した。

「これはいよいよピンチですにゃ!」

「怪しい黒服だワン! 緊急事態ですワン!」

最大限に警戒していたにもかかわらず、あっという間に捕らえられた。しかも、気配を察する間もなくそこにいた謎の人物。団員一号達も、これは恐るべき相手だと感じたようだ。大いに慌て始める。

すると、そんな両名の声に反応する者が一人。

「ん? ……あれ? もしかしてだけど君達は、団員一号君とワントソ君かい?」

謎の人物改め、黒ずくめの男が不意にそんな言葉を口にした。

幾ら特徴的とはいえ、ケット・シーやクー・シーは、そこまで珍しい存在ではない。遺跡探検を趣味にする者なんかもいるものだ。

だがそんな数いる中から、この黒ずくめの男は団員一号とワントソをずばり見分けたのだ。それはもはや、初めから両者の事を知っていなければ出来ない芸当と言える。

「にゃんと!? 小生達の正体までバレているにゃ!」

怪しい黒ずくめの男に知られているとあって余計に慌てるかと思えば、団員一号は「これは随分と有名になってしまったものですにゃ」と、驚きながらも得意げだった。

ただ、その隣。同じく正体に気づかれたワントソはというと、こちらはむしろ冷静さを取り戻した様子だ。

そして、黒ずくめの男をじっと見据えたかと思えば、ワントソの目がきらりと光った。

「わふん! 途中から感じていた懐かしい匂い。そうですワン、貴方でしたワン!」

相手に知られていたように、ワントソもまた黒ずくめの男の事を知っていた。

何かしらの方法で、その男は匂いまで誤魔化しているようだ。けれどワントソは匂いのスペシャリストだ。朧気ながらも捉える事が出来ていたワントソは、道理で懐かしく感じたわけだと納得する。

そして今、匂いと記憶がピタリ一致したと、嬉しそうに駆け──寄ろうとして結界に阻まれた。

「あ、ごめんごめん。いや、ほんと。まさかこんなところで出会う事になるなんて思わなかったよ」

黒ずくめの男は素早く結界を解除すると、ころんと転がるワントソを優しく抱き上げた。

「なんじゃと!?」

その男の正体は誰なのか。共有先をワントソの視点に切り替えたミラは、直後にたまらず驚きの声を上げた。

なぜなら目の前にいる黒ずくめの男の正体は、ミラもよく知る人物──九賢者の一人『影絵のヴァレンティン』であったからだ。