軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

573 遠方調査

五百七十三

セロから重要な用件があるとの連絡を受けてから数日後。アルカイト王国より北西へ向かった山脈沿いの街にて、ミラはセロと再会した。

「して、何やら随分と緊急だったようじゃが、何があった?」

「それが、以前にも少しお話した『魔界山』についての件でして──」

ミラとセロは簡単に挨拶を交わした後、組合のギルドハウスで用件の内容について話し合った。

セロが語ったのは、通称『魔界山』と呼ばれていた場所で起きた異変の調査に関係するものだった。

五十メートル級の山が一夜にして消滅したという、以前にも話題にしたあの話だ。悪魔関係の噂の多い山だった事もあり、セロが独自に調査するといっていた件である。

その調査中、懸念通りにレッサーデーモンらしき目撃証言が、ちらほらと周囲から挙がってきたそうだ。

レッサーデーモンといえば、悪魔の雑用係に近い存在。つまりレッサーデーモンあるところ、悪魔の影もまたあるわけだ。

「──そうして証言を頼りに範囲を絞っていった先で、その決定的な証拠を発見したんです」

様々な情報を集め、そこから活動範囲を割り出し隈なく調査したセロは、遂に悪魔が存在している痕跡を見つけたという。

それから、結果を冒険者総合組合に報告。現在、Aランク冒険者上位勢の一部を動員して特別チームを結成。この件の追跡調査が秘密裏に進められていた。

そしてセロもまたメンバーの一人として、調査を続けていたとの事。

「優秀なメンバーが揃った事で調査も随分と捗ったのですが、つい先日に発見した痕跡を報告したら調査にストップがかかりまして──」

セロは言う。新たに見つかった痕跡には、ただならぬ気配が残っていたと。そして組合側から知らされた分析結果には、これが上位の悪魔の痕跡である可能性が示されていたそうだ。

最低でも伯爵級。もしかしたら公爵級にまで至るかもしれない。それが冒険者総合組合の見解であり、この対応を巡っての会議が近々開かれるとセロは教えてくれた。

「とはいえ今はまだ、痕跡だけですからね。本体を直接観測出来たわけではありません。だから会議の結果がどうであれ特級戦力を動かすまでにはならないでしょう」

上位の悪魔──それこそ公爵級が調査の先に待ち構えていた場合、これに対処出来る戦力は非常に限られている。

だが決定的な証拠も無く疑いが強いというだけでは、名も無き四十八将軍や十二使徒、九賢者といった戦力を動員する事は出来ない。

つまり、いざという戦力を整えるためには決定的な証拠が必要だが、それを確定するための調査は多大な危険に満ちているというわけだ。

それでも放置出来るような事態ではないため、今はまず悪魔が何を企んでいるのかを探るという方針で調査を進める事になるだろうとセロは言う。

「なるほどのぅ……」

なんといっても追うのは、上位と思しき悪魔だ。たとえAランクの冒険者であろうと、これに鉢合わせたなら無事では済まない。

だからこそ、慎重になるのも仕方がない。必要な安全策と言える。

けれども、相手は狡猾さに優れる悪魔だ。今のままでは全てが後手に回る事は避けられない。そして企みが露見した時には手遅れになっているかもしれないというのがセロの懸念だそうだ。

「ですがそんな中、気になる情報が入りまして。日之本委員会に友人がいるのですが、小規模ながらも異常を示す魔属性のエネルギー波形を、ある地点で検知したみたいなんです。しかもその波形は、追跡している悪魔のそれと一致するものでした」

セロいわく、最新のレーダーを最高の場所に設置出来た事で捉える事に成功した重要な手掛かりとの事だ。

ちなみに友人は、『俺じゃなきゃ見逃しちゃってたね』などと言っていたらしい。

(どうやら早速、役に立ったようじゃな)

レーダーを設置した場所というのは、きっと中継基地の事だろう。日之本委員会の技術者連中が、それはもう嬉しそうに多くの機材を持ち込んでいたものだ。

ともなれば、その情報の信憑性もまた十分に高いといえる。そこに行けば、追跡中の悪魔について一番新しい情報を手に入れる事が出来るかもしれないわけだ。

そして悪魔本体をはっきりと確認出来れば、特級戦力を動かす決め手になるかもしれない。

「とはいえ、問題はその先なんですよね。相手が相手ですから」

チャンスではあるものの、そこには極めて多大な危険も含まれているとセロも悩ましそうだ。

実際のところ伯爵級以上の悪魔がいた場合、調査にはそれを探るだけ探って見つからずに撤退出来るような者が必要だ。

しかも公爵級の可能性があるとなれば、それも考慮に入れなければいけない。つまり、それだけ隠形に特化した者か、公爵級が相手でも逃走が可能な者でなければ、これを遂行する事は不可能なのだ。

そしてセロは、そこまで話してから「私も自分の力量は、よく理解しています」と続け、不甲斐なさそうに苦笑した。

どうにかしなければいけないと逸る気持ちはある。だが、その調査を成功させる腕も実力も足りていないと彼は自覚しているのだ。

「けれど、誰かに託せるのなら可能性はあると思いまして」

自分の力のみならず、エカルラートカリヨンの力を以てしても、この調査は困難が過ぎる。

けれど、これを成功させられる可能性に繋ぐ事ならば出来るかもしれないと、セロは期待の眼差しをミラに向けた。

「ところで以前に噂で、ダンブルフさんが公爵三位の悪魔を相手に一騎打ちで倒したと聞いた事があるのですが、それは本当だったのでしょうか?」

その噂が、彼の期待の大本のようだ。ゲーム時代の話ではあるが、プレイヤーの間ではそれなりに話題となった一騎打ちだった。

「確かにそんな事もやっておったが、流石に今は無理じゃからな?」

実際、長時間に及ぶ死闘の末に撃破したが、現実になった現在では当然ながらあの頃のような無茶は出来ない。そう先に答えるミラ。

「それはもちろん、存じています」

当然、倒してほしいと頼みにきたわけではない。そう即座に返したセロは、ただ純粋にミラの召喚術士としての実力を借りたかったからだと続けた。

今回のような調査に役立つのは、何よりも使役系の術士であるとセロは言う。

その一つである召喚術には、調査に優れた仲間もいる。しかもいざという時は送還してしまえばいい。

そして何より、最も優れた召喚術士を知っているからこそ、真っ先にミラへメッセージを送ったそうだ。

「ふむ。公爵級が出てくるとなると、かなり慎重に進めねばならん。確実性と安全面を考慮するのならば、確かにわししかおらんかもしれぬな!」

頼りにされたのみならず、何よりも召喚術が期待されているとあってミラはご機嫌に答えた。

調査偵察なんのその。しかも、いざという時には十分に逃げる事も出来る自信がミラにはあった。

身体の心配さえしなければ、アイゼンファルドの速度で十分に振り切る事は可能。更に今は、リーズレインの加護もある。どのような危機的状況に陥っても、転移であっさり安全地帯に逃走出来てしまうのだ。

セロの目の付け所は、これ以上ないくらいに的確だったと言える。

「流石ミラさんですね。ではもう一つお聞きしたいのですが、もし相手が公爵級だった場合、どのくらいの戦力が必要になりますかね? お恥ずかしながら公爵級との戦闘経験がないので、私くらいの者でもいた方が役立てるのか、それとも足手まといにしかならないのかすら見当がつかなくて」

ミラの自信たっぷりな態度に感嘆するセロは、続けてそんな言葉を口にした。

悪魔の存在を確認した後、特級戦力が動かせる事になったとして、その戦いはどのような展開になるものなのかと。

ミラ達のような特級戦力に数えられるほどではないが、セロを含めAランク上位の冒険者達も相当に腕が立つのは間違いない。

役に立てるのならば戦力として加わりたいというのがセロの気持ちのようだ。

「ふーむそうじゃのぅ。そもそも冒険者上位の実力をよく知らんしのぅ。状況次第としか答えられぬな──」

爵位持ちの悪魔との戦闘は、大きく分けて二つある。

一つは、強大な力を持つ悪魔を相手に戦うというもの。

そしてもう一つは、配下となるレッサーデーモンや魔物の類も相手に戦う場合だ。

「──という感じじゃ。後者であったら、それこそ人数が必要になるのでな。調査の結果次第では、そちらの処理がかなり重要になってきたりもする。配下持ちの悪魔というのは、色々な策を弄してくるのでな」

「なるほど、状況次第ですね……」

どちらのパターンにしても、悪魔との直接対決は難しい。Aランク上位の冒険者を集めたところで、最上位クラスの悪魔が相手では死にに行くようなもの。

そう理解したセロは、続けて質問した。もしも公爵一位だった場合は、どれほどの戦力が必要になるだろうかと。

「確実性を優先するのなら、わしらの他に、アトランティスやニルヴァーナの将軍共も必要じゃな。合わせて二十五ほどいれば、安定して戦えるじゃろう。まあ、悪魔のみだった場合じゃがな」

「計二十五ですか。なかなか大変そうですね……」

ミラがある程度の余裕を考えて答えると、セロはその人数の多さに唸り考え込む。

つまりは特級戦力を一度に二十五人も動かすわけだ。当然ながら並大抵の事ではない。

「とにかくまずは本体の確認と、それから──」

けれど、何もせずに時間だけが過ぎていくと相手が有利になるだけだ。状況によっては、戦力だけではどうにもならない事態に陥りかねない。

だからこそ動くなら早い方がいい。

それが今回のセロの考えであり、ミラもまたそれに賛同した。

「──うむ、その通りじゃな。こういう場合は早めに対処しておくべきじゃ」

まずは、特級戦力を動かすための証拠を掴む事。爵位持ちの悪魔が暗躍しているとわかれば、ある程度の許可は出るはずだ。

そう決まったら話は早い。セロはいざという時に備えるため、冒険者仲間と組合に掛け合ってくるという。特級戦力を動かす際の手回しと、人数が必要になった場合に備えておくとの事だ。

そしてミラの担当は、悪魔の痕跡の確認である。どれほどの悪魔が裏に潜んでいるのかを調査し見つけ出すのだ。

「──というわけでな。ちょいと調べに行ってくる」

「それはちょっと気になる話だね。でもうん、わかったよ。一応こっちでも下準備は整えておくから何かわかったら直ぐ連絡してね」

セロから悪魔らしき存在が暗躍していると聞いたミラは、アルカイト王国に戻ると直ぐソロモンに報告した。

状況によっては、九賢者も動く案件だ。準備は早い方がいい。

そのために今判明している情報を全てソロモンに伝えたミラは、次に召喚術の塔の自室に帰りマリアナに事情を説明すると出発の準備を始めた。

「こちらを、どうぞ」

「おお、流石じゃのぅ!」

術具や魔封爆石を確認する中、マリアナは直後にお出かけカバンの用意を完了していた。

いつでも何があっても、どれだけ急な用事でも大丈夫なように、そのカバンは常に準備してあるようだ。もちろん運気たっぷりなマリアナの風水パワーが込められている。

前回はウサギ尽くしだったが今回は大丈夫だろうか。若干そんな不安を抱きつつも、ミラはそれを大事そうに受け取った。

アルカイト王国を発ってから翌日の昼頃。ミラはセロから聞いた場所──小規模ながらも異常を示す魔属性のエネルギー波形を検知したという地点の近くに到着した。

「さて、何が待ち構えておるかわからぬからのぅ。とりあえず、作戦室はこの辺りでよいじゃろう」

遠くには山脈、前方には雪原、そして後方に冬枯れの林が広がるこの丘が丁度良さそうだ。そう判断したミラは、林側に隠す様な形で屋敷精霊を召喚する。

「しっかし、寒いのぅ!」

もう既に春だというのに、この辺りはまだまだ残冬が厳しい。冬仕様のミラカスタムを着込んだが、その防寒性能を突き抜けてくるほどの寒さであった。

凍てつく風と積もった雪から逃れるよう屋敷精霊の中に飛び込んだミラは、常に一定の温度に保たれている室内の快適さに安堵のため息を漏らす。

「天気も悪くなってきおったし、これまた難儀しそうじゃな」

目的地は目の前だが、空はどんよりと曇っている。しかも既に到着した時より更に暗みが増している様子だ。

これは、もしかしたら一雨──というより吹雪いてきそうな気配すらあった。

「飛ぶ事は出来ても、調べられなければ意味がないからのぅ。暫くは様子見じゃな」

次の予定は、ここからポポットワイズを派遣しての現地調査だ。けれど流石のポポットワイズといえど、視界不良な吹雪の中では、その能力を十全には発揮出来ない。

だが、それでもまだ薄暗い程度である今の内ならば。と、少しだけでも簡単に見てきてもらおうかと考えたところだ。

「やはり降って来おったか」

秒ごとに暗くなってきた末、いよいよ疎らに雪がちらつき始めた。そして次第に勢いを増していく雪は、我先にと隙間を埋めるように降り注ぎ景色を白に染めていく。

これではどうにもならない。そう判断したミラは、きっちり休憩モードに切り替えて昼食タイムだ。

「吹雪を眺めながら快適な部屋で飯を食うというのもまた、乙なものじゃのぅ!」

壁一枚を隔てた先は、生存すらも危ぶまれそうな猛吹雪。そんな落ち着けるはずのない環境の真っ只中でも快適に過ごせるという、この贅沢。

ミラは、屋敷精霊の恩恵に存分にあやかりながら、吹雪が過ぎ去るのをのんびりと待った。