軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

484 水底にて待つもの

四百八十四

アノーテ達が幽霊船調査船から海にダイブしてから、約三十分と少々が経過したところ──。

「あ……何かある!」

「あら、あれは何かしらね!?」

照明が照らす先が、ぼんやりと浮かび上がる。どこまでも広がっていくように映るそれは海の大地。そう、遂に海底に辿り着いたのだ。

幽霊船の謎に迫れる何かが発見出来そうだと、興奮気味に声を上げるアノーテ。それと共にアンルティーネもまたアノーテに負けず劣らずにワクワクした様子で海底に注目していた。心なしかウンディーネも楽しげだ。

フィーが指し示す海底には、確かに何かがあった。

じっくり慎重に近づいていきながら、アノーテが手にした照明の術具で海底を照らせば、その全容が見えてくる。

「凄い……こんな深くにこんな沢山……」

真っ暗な闇の中、照明に照らされた海底だけが白く浮かび上がる。

人間が暮らす地上からは想像もつかないくらい静かで暗い海底の世界。地上文明を拒絶しているようにすら感じられるほどに色味の違うその景色。

そんな、まるで別世界にすら見えるそこにあったのは、人間のものと思しき沢山の骨であった。

よもやこのような場所にと驚く反面、アノーテは興味津々といった面持ちで、その一帯へと向かっていく。

「にしても、なんか……赤い?」

「ですね。たまに見つける人間の骨とは、色が全然違うように見えます」

真っ白な海底だからこそか、そこに散らばる骨は目立って見えた。その異様な光景にアノーテが疑問を浮かべると、アンルティーネもまた、こんな状態は見た事がないと答える。

そう、赤いのだ。大抵の場合は白骨化して見つかるものであり、環境などによっては黄ばんだりしているものだが、ここにある骨は血のように赤く、明らかに異常といえる状態だった。

いったいどういう事なのか。人間のようでいて、人間とは違う存在の骨なのか。

深海という謎の多い場所に加えて色の違う骨とあってか、思わぬ不気味さに息を呑むアノーテ。

「きゅきゅー!」

そんな時だ。海中であってもフィーの声はよく届いた。何事かと照明を向けてみれば、そこにははっきりと完璧な状態で一人分の赤い骸骨が残っていた。

フィーは、しきりにその頭蓋骨を指しては海面を見上げるのを繰り返す。

「あ、もしかして、それが目標物!?」

その身振り手振りからして、どうやらその赤い骸骨こそが海面に現れた光る目の発信元のようだ。そう察したアノーテは、不気味さよりも好奇心の方が勝ったのだろう。アンルティーネを急かすようにして、赤い骨が散らばる中に飛び込んでいった。

「あら! これってもしかして、秘密に近づくものかしら!?」

アノーテが頭蓋骨をじっと観察していたところで、真っ先にそれを見つけたのはアンルティーネだった。長年、湖の洞窟で暮らしていたからだろうか、大きな海に出てかなりご機嫌なようだ。それはもう好奇心旺盛に周囲を観察していた彼女は、赤い骸骨の脇にあった剣を発見する。柄に笑うジョリーロジャーが刻まれた、海賊の剣だ。

「あ、これは凄いですよアンルティーネさん! 噂と繋がりました!」

こっち見てと袖を引くアンルティーネに促され、その剣を確認したアノーテは途端に目を丸くした。

噂通りの証拠が見つかったからだ。

かつて近海を荒らし回っていた海賊『ヴェイパーホロウ』。デュラハンの船首像が特徴的な海賊が掲げるのは、笑うジョリーロジャーだった。

目撃情報にあった幽霊船の特徴と、その目撃地点に現れた謎の光る目。痕跡を辿ってみれば、海底で海賊と関係のある物品が見つかった。

この一致が偶然だなんて事は、あり得ないだろう。

「まあ、やったわね!」

アンルティーネはアノーテに事情を教えてもらうと、それは大発見だと喜んだ。ウンディーネもそれは凄いといった様子で、笑うジョリーロジャーを見つめている。

きっとこれらは確たる証拠になる。これを発見した事で、幽霊船調査が大きく進展するはずだ。

アノーテとアンルティーネは真相究明を掲げ、更に他の物証はないかと周囲を探り始めた。

目に見えるのは、真っ白な海底と赤い骨だけ。だがウンディーネが水流を操作して海底の表面だけを軽く流したら、そこに隠れたものがちらほらと出てきた。

「──これは……銀貨、かな? ──こっちのは短剣。──この残骸は、矢束かも」

海賊船と幽霊船を直接結び付けるものではないが、ここに眠る者達がかつて使っていたであろう物品が見つかっていく。

アノーテはそれらを証拠として整理しながら箱に収めていった。

「ねえねえアノーテちゃん! あれあれ! 凄いの見つけちゃったかもしれないわ!」

と、アノーテが慎重に作業を進めていたところだ。アンルティーネが興奮気味にその袖を引っ張った。

「おっととっ。って、どうしましたか?」

箱をひっくり返しそうになったところをどうにか耐えて振り返ったアノーテ。

どうやら水流操作で更に海底を漁ったようだ。見ると赤い骸骨達も、よりはっきりとその姿を見せていた。

ただ、アンルティーネが見せたかったのは、それではなかった。それはもう興奮した顔で「こっちよ、こっち」と言ってアノーテを引っ張っていく。その先には、手を振るウンディーネとフィーの姿があった。

「これって、もしかして……!?」

そこは、完全な状態で残っている骸骨の前だった。そしてそこには、海底を漁ったからこそ見えるようになったそれが姿を現していた。

よくよく見ると骸骨がその背で守るようにしていたのだとわかるそれは、金属製の箱。そう、海賊の宝箱がそこにあったのだ。

「きゅきゅーっ!」

自称、海洋大冒険家のフィーは、それこそ今日一番のはしゃぎっぷりだった。ここまで期待をそそるものを発見したのは初めてなのだろう。早く中を見てみようと、それはもうテンションを上げ続けていた。

「なんだか、とっておきって感じがしない?」

「めちゃくちゃしますね!」

期待に駆られたのは、何もフィーだけではない。アンルティーネとアノーテもまたその顔に満面の期待を浮かべていた。

海賊と言えば、宝箱。海賊の宝箱といえば、お宝とロマンが詰まっているものだ。

これはもしや世紀の大発見なのではと盛り上がる二人は、それでいて慎重に宝箱へと近づいていった。

「やっぱり、かなりボロボロになってる。確か、『ヴェイパーホロウ』が活躍していたのは三百年くらい前。とすると、この宝箱も三百年くらいここに沈んでいたって事になるのかな。でも形はしっかり残っているし、穴が開いている様子はなさそう」

宝箱の全容を調べたアノーテは、そのように見極めるなり、にんまりと微笑んだ。

宝箱はかなり古びておりところどころに錆が浮かんでいるが、金属製ともあってかなり頑丈なようだ。状態からして、中身が荒らされていたりする事はなさそうだった。

その中に入っているものは、なんなのか。相場通りにお宝か。それとも状況が状況だけに、幽霊船と繋がる曰く付きな何かでも封じられているのか。

初めから空っぽだったなんてパターンでなければ、間違いなく興味深い何かが入っているはずだ。

「さて、次はこれをどうするかですね」

「そうね、そこが問題ね」

一度宝箱から距離をとったアノーテとアンルティーネは、次にどうしたものかと考え込む。とても中身が気になるものの、だからこそ何が入っているのかわからないというのが問題だからだ。

ミラを狙っているような不気味さのあった、海面の光る目。その痕跡を辿った先にあった赤い骸骨。そして骸骨が守っているかのように存在した宝箱。

これだけの要素が集約しているのだ。呪われやしないか、憑りつかれやしないか。下手に手を出したらどうなるかという心配が先に立った。

「どうせならいきなり見せつけて驚かせたかったですが、ここは一度上の皆と相談してみるっていうのも手ですかね。場合によってはロープで固定するだけにして、向こうで宝箱を揚げてもらうとか」

何かあったら対処の難しい深海で挑戦するよりは、何かあっても対応出来そうな者達が揃う船上で開けるなり研究所に持ち帰るなりした方が安全そうだ。と、そのように提案するアノーテだが、その顔は少し残念そうであった。

出来る事ならば決定的な幽霊船の証拠を持ち帰り、仲間達をびっくりさせたいと思っていたからだ。

しかし目の前の宝箱は、そう容易に手を出してはいけない気配がする。だからこそ仕方なくといった様相だ。

「そうよね、今回はそうした方がいいかもしれないわね」

そしてアンルティーネもまた、アノーテと同じように残念がりながら頷く。

彼女もまた、アノーテと似たような事を考えていた。どうだ凄いだろうと言って驚かせたいと。しかも途中からミラに伝える情報を制限するよう精霊王に頼んでいたりしたほどだ。

ゆえに現時点において、船上組には宝箱発見についての情報は一切知らされていない。伝えられているのは、海底に到着し周辺を調査中という事だけだ。

しかし、怪しそうな宝箱を前にした今、そうも言っていられないだろうと二人は判断した。

「それじゃあ……と、ここから繋がるかな──」

アイテムボックスより小型の通信装置を取り出したアノーテ。深い海の底から使うのは初めてであるためか、通信出来るかどうか不安そうだ。

と、そんなアノーテに「それなら私が報告するわ」とドヤ顔を決めたアンルティーネ。精霊王ネットワークによって迅速にミラへと報告出来るから任せてほしいと告げるなり、精霊王にその旨を伝える。

と、その直後だ──。

「あっ!」

「ああああああー!」

慌てて声を上げたアンルティーネとアノーテは、息の合った迅速さでもって海底を疾走しフィーを捕まえた。

なぜならば、待ちきれなくなったフィーが「きゅきゅー!」っと、宝箱を開けようとしていたからだ。

──いや、開けてしまっていた。出来る限りの早さで駆け付けたアノーテ達だったが、時すでに遅しであったのだ。

「どうしよう、アンルティーネさん!?」

「どうしましょう! とりあえず距離をとって──」

危険な呪いや怨念の類が襲ってきたら大変だと、それはもう急いでその場から離脱した二人は、フィーをしっかり捕まえておいてくれるようウンディーネに頼んでから宝箱を見据えた。

開いてしまってから数秒。これといって反応はなし。

更にそれから、十数秒。箱及びその周辺に、何かしらの異変が起きているような兆候は見られなかった。

「何も……起きないわね」

「そうですね……。でも安心するにはまだ早いです」

宝箱の中への興味の方が膨らんできたのか、そわそわし始めたアンルティーネと、まだ警戒を解かないアノーテ。

相手は、観測装置などで捉える事の出来なかった未知の存在だ。こういう時は、念には念を入れるくらいで丁度いい。

そして何よりもアノーテは、こういう場面では安心したところで一気に襲われるものだと理解していた。だからこその慎重さだ。

「動きは……まだないみたいね」

数分ほど待ったところで、アンルティーネが呟くように言った。

見える範囲のみならず、水を介した周辺調査においても、これといって不審な何かは見つからなかったらしい。

もしや、これだけ怪しく見えながら何もないというのか。

「……少し近づいてみましょう」

虎穴に入らずんば虎児を得ずだ。アノーテは接近を決断する。

かといって油断するわけにはいかない。緊張の糸をぴんと張りつつ一歩前進するアノーテは、いざという時に備えて術具と武器を構えたまま周囲に視線を走らせていた。

彼女が特に気にしているのは、そこらに散らばっている赤い骸骨だ。ゲームだなんだといったものだと、宝箱に近づいたところでそれらが突然動き出すなんて事がよくあるからだ。

「中には何が入っているのかしらね」

アンルティーネもまた、何かあれば最速で緊急浮上出来るよう準備してそれに続いた。

一歩、また一歩とじっくり進んでいくアノーテ達。

静寂に包まれた海の底。足元に積もる白い塵によって足音すらもかき消される。そのためかより静けさが際立つものだが、生憎と今は早く宝箱が見たいと駄々をこねるフィーの声の方が際立っていた。これにはウンディーネも困り顔だ。

「反応は、なしですね」

宝箱までの距離は、あと十メートルほど。そこまで接近する間にも調査用術具などを用いて近辺──特に地中を観測したが、これといったものは検知されなかった。見えないところから何かが忍び寄ってきている事はなさそうだ。

「私も、周辺には何も感じないわ」

そう告げたアンルティーネは、やはり仕掛けがあるとしたらあれしか考えられないと宝箱を睨んだ。何かがいた場合、それはきっと宝箱の中から虎視眈々と窺っているのだろうと。

アノーテとアンルティーネは、それがいるとの想定で進んでいった。

一メートル、二メートル。これといって反応はない。

そこから更に歩を進め、更に近づいていく。はたして待ち受けているのは、罠か呪いか、そのどちらともか。

「あっ……」

もう少しで宝箱の中が見えそうだ──といった距離にまで迫ったところだ。アノーテは何かに気付いたようにして不意に立ち止まった。

「あら、どうしたの?」

緊急事態か何かかと警戒するアンルティーネ。ウンディーネとフィーにも緊張が走る。

そんな中でアノーテは宝箱を見据えながらそれを口にした。「いえ、この場合なら上から見れば早かったなって思いまして……」と。

「あ……あー、そうね、確かにそうよね」

合点がいったアンルティーネは、そういえばその通りだと苦笑する。

そう、今の目的は宝箱の中を確認するというものだ。どんなお宝が入っているのか漁ったり吟味したりというのは、まだ先の工程。とりあえず中の様子を窺って怪しいものがないか探れればいいわけである。

本来ならば、近づいて蓋を開けて確認するという流れだが、今回はフィーが先走ったため蓋だけは開いていた。つまり、近づかずとも幾らか浮上すれば、宝箱の中が見える角度になるのだ。

そこに気付いたアノーテ達は、その場から上昇していく。するとみるみるうちに宝箱の中の様子が明らかとなっていった。

「ここなら十分そうですね」

宝箱の中がよく見える高さまで来たところで、アノーテは双眼鏡を取り出した。そしてそのまま宝箱を照らしつつ双眼鏡で中身を確かめ始める。

なお、その隣ではフィーが、これまたどこからともなく望遠鏡を取り出してはアノーテと同じように宝箱を覗き込んでいた。人間の真似をするのがフィーのマイブームなのだ。

「んー? これって……」

何が入っているのかを確認するほど、アノーテの表情が期待から疑問へと移り変わっていく。

「そうね……宝物……って感じではないわね」

中が見えるくらいに上昇した事もあって、宝箱との距離は遠くなった。ただアノーテが光を当てているお陰で、アンルティーネはそれを十分に見る事が出来ていた。

そしてそれらを見た結果が、アンルティーネの言葉だ。

深海に散らばる赤い骸骨。状況からして、歴史的な大海賊『ヴェイパーホロウ』の一味と思われるそれが守るように抱えていた宝箱。

海面に現れた光る目という不安要素はあるものの、この場の状態からしたら、さぞとんでもないお宝が入っているのではと期待が膨らむものだろう。

けれどアノーテ達が確認したそこに、金銀財宝といった輝きは微塵も見受けられなかった。

では、何が入っていたのかというと、それらは何とも一貫性のない雑貨品ばかりのようだ。

もう長い年月の経過と浸水もあって、中身の大半はボロボロだ。かろうじて本の残骸だろうとわかるものなどが散らばっている。

「あのあたりは、当時からすればお宝かなぁ」

他には小さな像であったり、櫛や鏡などの日用品であったりが見受けられた。琥珀や銀で作られているのだろう、それなりに高価そうではあるが海賊のお宝というには心許ない。

と、そのような事を考えつつ宝箱の中身を確認していったところ、その底にとても興味深いものが積み重ねられている事に気付いた。

「あれってもしかして……石板!?」

アノーテは双眼鏡の倍率を上げて、これはもしやと注目する。それは、石板という形にしてまで残そうとした情報があったという事でもある。

そこには当時の情報が刻まれているかもしれない。金銀財宝とは違うが、歴史的な価値はありそうな代物だ。

しかし、それだけとは言い切れない。アノーテは直感する。もしかしてその石板に、本当の財宝の隠し場所が記されているのではないかと。

ここまで調査にきた目的は幽霊船の謎を解明するためだったが、少しずつ財宝に興味を惹かれつつあるアノーテ。

そしてそれは、アンルティーネとフィーも同じようだ。とはいえこの両名は、財宝がどうこうというよりはロマン寄りの興味が強そうである。

「怪しい気配もなさそうだから、回収しましょう!」

海底に眠っていた宝箱。そこで見つかった海賊の財宝の手掛かり。果たして本当にそんな事が書いてあるのかはさておいて、アンルティーネは是非とも回収しようと張り切る。

事実、上から確認出来た宝箱の中に、呪いだなんだといった危険そうな気配のある品は見当たらなかった。

それを確認し合ったアノーテとアンルティーネは、一先ずは大丈夫そうかと安堵するなり、早速それらの回収に向かった。

「きゅきゅー!」

なお、そんな二人に続くウンディーネの腕の中で、フィーがほらみろ何ともないだろうといった態度で声を上げていた。

念のため、宝箱への接近は慎重に行われた。確認したからといって完全に警戒を解くのは早計である。

そのあたりも熟知しているアノーテは宝箱の手前で動きを止めると、今一度変化がないか確認した。そして何もないと判断するや否や素早くアイテム化の無形術を行使して、迅速に宝箱の中身をアイテムボックスへと収納する。

こういった場面に慣れてもいるのか。実に見事な早業である。

「いけます!」

「それじゃあ離脱するわね!」

回収が終わると同時に合図を出せば、それを受けたアンルティーネが一気に浮上を開始した。そしてウンディーネも何か変化がないか注意しながら、その後に続く。

石板など、じっくりと調べたいところではあったが、やはりあの場でとなると心配が勝るというもの。

ゆえにアノーテは、回収して帰還を優先したのだ。こういう場面でも、アイテムボックスは便利である。

ただ、フィーはどことなく不満そうだった。