軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

445 開催宣言

四百四十五

「ヒメルダさん。お久しぶりです」

建国祭特別チケット売り場を離れたところで、マリアナがチケットを融通してくれた女性に対して、そんな挨拶を口にした。

「やはりマリアナ様でしたか。お久しぶりでございます。とすると、そちらのお方がミラ様、そしてルナちゃん! こんなにおめかししちゃって、なんて愛らしいのでしょう!」

一見すると、ピシッと決めたキャリアウーマンのようであったが、ヒメルダという女性はルナを見つめるなり、それはもう甘々な表情へと変わっていった。

知り合いなのか。そうミラが問うたところで、マリアナはヒメルダを紹介してくれた。

何でも彼女は王城勤めのエリートであり、国の行事などを担当する行政機関に所属しているそうだ。

そして、そんなヒメルダとマリアナが出会ったきっかけは、ペットショップのワイルドバディが主催しているペット愛好家の交流会だという。

種類は違えど同じく兎の飼い主という事で意気投合し、仲良くなったとの事だ。

しかも、十を超える兎達と暮らしているらしい。それはもう子供達のように可愛らしいと、親バカぶりを見せるヒメルダ。

そんな彼女だからこそ、ペットは大切な家族の一人という意思を尊重しているわけである。先程の一幕は、そういった考えがあったからこそなのだ。

建国祭特別チケットを買ってから暫くしたところで、いよいよ時刻は正午直前となった。

ミラ達はというと、王城の裏手側にある橋の前の特設会場にいた。チケットで入れる場所の一つでもある。

そこはアルカイト学園の正面にまで続く大通りの入り口であり、今は大勢の人達でごった返していた。

いったい、なぜこのような場所にこれだけの人数が集まっているのか。

それは、とても単純な事。そう、ここにいる者達は、これから始まるソロモン王の挨拶を直接見たくて集まっているのだ。

(なんだかんだで、結構な人気者じゃなぁ)

顔を合わせれば何かと面倒事を頼んでくるソロモン。だが王としては、相当に国民から支持されているようだ。この場に集まった者達は皆、笑顔だ。

この記念すべき建国祭を共に喜んでくれていると伝わってくる、そんな笑顔である。

(わしも苦労した甲斐があるというものじゃ)

そんな愛される国のため、これからの未来を守るために大陸中を奔走して九賢者達を見つけ出したミラ。その苦労が報われるようだと、そこらじゅうに輝く笑顔を見つめながら、にんまりとほくそ笑む。

彼らはまだ知らない。今日、最大級のニュースが発表される事を。建国を祝うどころではない事が起きるという事を。

と、ミラが何とも無意味な優越感に浸っていたところだ。教会の鐘楼より正午を告げる鐘の音が響き渡ったところで、街中に勇ましいファンファーレが鳴り響いた。

それと同時に周囲から一斉に拍手喝采が沸き起こり、皆の視線が一点に注がれていく。

王城の中ほどにあるバルコニーだ。ファンファーレに合わせるようにして、その場所に姿を現した者が一人。

そう、ソロモンである。何とも堂々とした仕草でそこに立ったのだ。

ソロモン王の登場。ミラにとっては友人の一人だが、国民にとっては英雄の一人であり、またしっかりと王様だった。その登場によって周囲は今日一番の盛り上がりを見せ、何事かとミラがドン引くほどにごった返し始める。

「おっと、マリアナ!」

「ミラ様!」

人の波に呑まれそうになった直前の事。折角家族水入らずでやってきたのだ。このまま離れ離れになるまいという一心で、ミラはマリアナの手を掴んで抱き寄せた。

そうして自然と密着する二人。それでいて周囲は大盛り上がりで、うねりとなって押し寄せてくるため、抱き寄せたまま離れるスペースがどこにも存在しなかった。

「す、すまぬな、離れぬようにと引っ張ったらこうなってしもうた……」

「は、はい、大丈夫です」

これまでにない距離で顔を突き合わせる事となった二人は、思わぬ状況に頬を赤らめる。

その直後だった。そんな二人の間にひょいと頭を覗かせて、ルナが「きゅい!」と楽しげに声を上げる。

周囲はルナの苦手な大勢の人で囲まれている。けれどルナもまた、こうして皆揃っている事が嬉しいのだろう。ミラとマリアナに挟まれて、とっても幸せそうであった。

そんなルナの姿を目にして、思わず笑顔になる二人。

と、そうしていたところで不意に波が引くように歓声が静まり、押し合いへし合いしていた人々の動きも収まった。

先程までの騒がしさが嘘のように落ち着いていく。そこへ、一つの声が響き渡った。

『このアルカイト王国が生まれてから、三十四年。国の歴史としては、まだまだ若輩ながらも、我々は多くの歴史を刻んできた──』

ソロモンの声だ。街のあちらこちらに設置されている緊急用の放送スピーカーを使っているのだろう。王城のベランダにいるソロモンの声が、街中へと拡がっていく。

ソロモンは語る。この国の歴史を、かつての戦いを、そしてこの国と共に歩んで来てくれた国民達への感謝を。

またソロモンは頼もしく、それでいて優しく告げる。これからも共に、どこまでも進んで行こうと。

(これまた随分と堂にいった語りようじゃのぅ)

現実となったこの世界にて三十年の間、本物の王様という立場を努めてきたソロモン。だからこそというべきか、こうして演説するソロモンは普段の友人とはまた違う顔をしていた。

正しく、王様の顔である。そこには、それだけの苦労と努力が積み重なっており、彼が口にする一言一句には、燦然とした歴史の重みが込められていた。

ソロモンが守り続けてきたアルカイト王国。ミラは彼の雄姿を眺めながら、もう少しくらいなら我がままを聞いてやってもいいかな、なんて気になっていた。

ただ、それからもう幾らか演説が進んできたところで気づく。

(ふーむ、こういうところはさほど変わっておらぬようじゃな……)

僅かながらも、要所要所で早口になるソロモンの声。そして何よりも、そこにちらほらと見え隠れする喜びの色と、もう一つ。悪戯っ子のような笑みが隠されている事にだ。

今年の建国祭にて行われる、最大級の発表。九賢者帰還を告げる事が待ち遠しくて仕方がないようだ。

いったい、どれほどの盛り上がりになるのか。どんな反応が見られるのか。今からワクワクしているというのが、演説する姿から窺い知れるというものである。

ソロモンの人をからかったりおちょくったりする時のポーカーフェイスぶりは、よほど注意しても見抜けないレベルで完璧だ。

だが、今回のような共に嬉しいサプライズといった時に限っていえば、彼のそれはあからさまな綻びを見せる。

とはいえ周囲を見た限り、そんなソロモンの変化に気付いたのは、ミラ以外にいなさそうであった。

よほど親交が深いか、ソロモンの事を好きで調べ尽くしているような者でなければ、きっとそのあたりの差異はわからないだろう。

『──さあ、堅苦しいのはここまでにして、共にこの日を祝おうじゃないか。ここに、第三十四回アルカイト王国の建国祭を開催する!』

どうにかこうにか逸る気持ちを抑え込んだようだ。ソロモンは僅かな間をおいてから、力強く威厳たっぷりにその声を響かせた。

すると、待ってましたとばかりの歓声が周囲に溢れかえった。

その歓声は、闘技大会などで聞いた声とはまた違う響きがあった。猛る熱が爆発したような闘技大会の歓声ではなく、それこそ歓喜に満ちた声だったのだ。

この日この時この瞬間を迎えた事への喜び。また未来へ続く希望を叫ぶような、雄たけびの歓声であった。

ソロモンの開催宣言直後より、街の様子は一際騒がしくなった。

全ての露店が開かれ、人も大きく動いていく。また放送用のスピーカーからは、BGMのように祭囃子が流れ始めた。

また同時に、スタートしたものがある。

「ああ、見てくださいミラ様! とっても大きいです!」

大通りのど真ん中を活気のある掛け声とともに悠然と進んでいくそれは、巨大な神輿であった。

神社──ではなく、アルカイト城をモチーフとしているようだ。しかもその上には、ソロモンに扮した男の姿もあった。

否、それは男装した女性のようだ。気合と共に激しく揺れる神輿は何とも迫力があり、きりりと凛々しいソロモンになりきる彼女だが、大きく揺れた際に慌てる仕草は女の子のままだった。

「何というか、ご苦労様じゃな……」

怪我しないようにと願いながら神輿を見送ったミラは、続きマリアナ達と共に露店巡りを始めた。

建国祭とはいうものの、ソロモンの趣味が相当に混ぜ込まれているためか、全体的な様子は正しく夏祭りといった印象である。

そのためかソロモンが関わっていそうな露店というのが、ちらほらと存在した。射的に輪投げ、型抜き、ヨーヨーすくいなどなど。夏祭りの定番といえるそれらが、しっかりと用意されていたのだ。

そして何よりも、それらをソロモンが用意したと思える要素が、その景品だった。

「一等が当たるところなぞ、初めて見たのぅ」

よもやまさか高額景品が当たるなんてと、実に偏見に満ちた感想を抱くミラ。

とはいえ、それも仕方がないかもしれない。ミラが目にしたのは、そう思ってしまうほどに容赦のない高額ぶりだったからだ。

術士の国という事もあってか、その時に当たったのは術士用のローブだった。

しかし、ただのローブではない。ルミナリアが行きつけの服飾店でのオーダーメイド品というのだ。

景品として受け取るのはチケットであり、それを持って店に行けばフルカスタムで仕立ててもらえるという豪華ぶりである。

金額にして十万リフはくだらないだろう。

「……おのれ、小癪な」

なんて素晴らしい景品の充実ぶりだろうか。

ソロモンの気合の入れようにえらく感心したミラは、スタイリッシュなブランドマントを狙い輪投げに挑戦した。だがしかし高額景品というのは、簡単に得られるものではないようだ。

半分の得点にすら届かず惨敗を喫したミラは、参加賞の飴玉で挑戦終了となった。

「凄いです、ミラ様。こんなに可愛いバッグが貰えました」

対してマリアナはというと、高額商品までは届かなかったが、ミラよりずっと好成績を残していた。

その景品として、肩から提げられる小さなバッグを手に入れたようだ。もふもふとして柔らかそうなバッグである。

と、そんなバッグを見つめる者が一人……いや、一匹。

「おお、もしや丁度良いサイズかもしれぬな」

興味深そうなルナの目線。それに気づいたミラは、マリアナが肩に提げるバッグに、そっとルナを入れてみた。

「きゅい!」

するとどうだ。小さめのサイズが見事にはまり、ルナがぴったりと収まったではないか。

これまでよりも安定感抜群なようで、バッグの縁からぴょこりと顔を出すルナはとても快適そうであった。

バッグを交互に提げては、ルナを目いっぱい可愛がりつつ建国祭を巡るミラとマリアナ。

屋台でおやつを買ったりゲームに興じたり、通り過ぎていく色々な神輿を見送ったりしながら存分に楽しんでいた時──。

「ミラお姉ちゃん!」

そんな声に振り返ってみると、そこには一ヶ月と少しぶりな少年の姿があった。

「おお、タクトではないか。元気そうじゃな」

予定通りとでもいうべきか。建国祭に合わせてルナティックレイクにやってきていたようだ。余程ミラに会えた事が嬉しかったのか。タクトは、目が合うよりも先に駆け出してきていた。

そんなタクトを抱き留めるなり、元気そうで何よりだと微笑むミラ。

「勉強の方は順調か? 聖術関係でわからないところがあったら、最高の先生を紹介するのでな。何でも相談するのじゃよ」

タクトは今、アルカイト学園入学のための受験勉強を頑張っている。狙うは聖術科という事もあって、ミラはいざという時には力になると約束する。

といっても、やる事はアルテシアを紹介するだけだ。教師としての教養があるだけでなく、聖術に至っては大陸随一である。受験勉強を見てもらえば合格間違いなしだ。

加えて彼女は子煩悩であるため、タクトを紹介すれば、もはや聖術士としてのタクトの未来は完成したも同然といえた。

「ほらタクト。急に走ってはいけないよ」

「ミラさん、お久しぶりです」

そうしてタクトとの再会を喜んでいたのも束の間。続いてアシュリーとリーネもやってきた。

どうやら建国祭を存分に楽しんでいるようで、二人は両手にそれはもう色々と持っていた。

なお、その中で一番特徴的なのは、アシュリーが抱える何冊もの本だろう。その全てが教本。つまりは、アルカイト学園の受験対策用である。

建国祭には、様々な店が出店されている。その中には、こういった類の本をまとめて一気に放出する特別な店もあった。入学を目指す者にとっては、確実に狙っていきたいところだ。

様子からしてアシュリーは、その争奪戦に勝利したようだった。