軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

443 銀卓会議

四百四十三

「──これが娘を嫁がせる親の気分というものじゃろうか」

「ううん、全然違うと思うよ」

事の経緯を説明した後、ミラはエリヴィナを紹介した。事情を把握したリリィは、そんなエリヴィナの仕事ぶりに多大な興味を示す。

ミラの魅力を引き出すための衣装作りという点に共感したのだろう。リリィは二つ返事でエリヴィナの設備使用を許可してくれた。

そして先程エリヴィナがリリィに設備の詳細を説明するからと連れていかれたところだ。

「無事に戻ってくればよいが……」

「そこはちょっと保証しかねるね……」

リリィからは同志を得たという感情の他、どことなくハンターの気配を窺わせる何かが漂っていた。

それは自身に向けられていたように感じていたミラだが、もしかしたらと不安を過ぎらせる。エリヴィナもまた、とても可愛らしいのは間違いないからだ。

こちらから頼んだ事とはいえ、あのリリィだ。はたしてエリヴィナは、何も変わらずに帰ってこられるのか。それとも、ミラと同じように着せ替え人形にされてしまうのか。

どちらにしてもこれ以上踏み込む勇気のないミラは、ただただ何事もない事を祈る。

「すまん、少し遅れたわー!」

エリヴィナがリリィ達に振り回される事なく、無事に服を仕上げてくれますように。そうミラが切に願っていたところで、勢いよく扉が開いた。

「扉は静かに開けるものじゃぞ、バカナリアが!」

『やっぱりミラ様も』などとリリィが戻ってきたのではないか。そんな恐怖の幻影を垣間見せられたミラは、遅れてやってきたルミナリアを睨みつけながら声を荒げる。

「……あれ? なんだ、皆遅刻か。急いで損したわぁ」

執務室にいるのは、ソロモンとミラだけ。それを前にしたルミナリアは余計に疲れたとばかりに悪態をつきながらミラの隣にどかりと座る。そしてテーブルに並ぶクッキーを一枚ひょいと抓んで口に放り込んだ。

「どの道遅れてきたのじゃから急いで当然じゃろうが。まったく、待たされる身にもなってほしいわい」

遅刻者の中では一番乗りだが遅刻である事に変わりはないと責め立てるミラ。唯一遅刻していないという事実があるからこそ、いつも以上に強気である。

「悪かったってよー。そんな怒んなって。可愛い顔が台無しだぞー」

ミラが怒ったところで迫力などないからか、ルミナリアはどこ吹く風だ。むしろ不機嫌そうなミラの頬を突っつき、可愛がる始末である。

「ごめんね、ちょっと手間取っちゃった。……って、良かったぁ。まだ始まってなさそうね!」

暫くしてやってきたのは、カグラだった。

申し訳なさそうに扉から顔を覗かせたところで部屋の様子を確認するなり、態度を一変。堂々とした足取りで入ってきては、何の問題もないといった顔で定位置に腰を下ろした。

「やれやれ、どっちにしろ遅れているのは間違いないからな。待つ方の身にもなってほしいもんだ」

「まったくじゃな。とはいえ、お主はどの口でそれを言っておる……」

同じく遅刻してきたにもかかわらず随分な態度のルミナリアと、そんな彼女を睨みつけるミラ。

「だからごめんってー」

「ああ、二人の事は気にしなくていいよ。まだ予定通りだからね」

過去にも同じような事が幾らでもあったのだろう。慣れたように受け流すカグラと、そんな彼女にカップを差し出しお茶を注ぐソロモン。

五十鈴連盟の活躍、更には有益な情報のやり取りもあってか、カグラには少し贔屓気味のようだ。また猫が関係しなければ、九賢者の中でも常識人であるというのも大きそうである。

「遅れてすまない!」

「ごめんなさいね。寝顔が可愛くて、つい」

続きやってきたのは、ラストラーダとアルテシアだった。

日々を孤児院で過ごしている二人にとっては、子供達の世話という業務がある。これまた予定通りにいくはずもないというものだ。

「うんうん、大丈夫大丈夫。二人は、紅茶より緑茶の方が好きだったよね。先日、良いのが入ってさ──」

特にアルテシアの尽力の賜物か。現在ルナティックレイクに新しく出来た孤児院のみならず、他の孤児院の環境も劇的に向上していた。アルテシアが中心となって、子供達のために色々と活動している成果だ。

特に教育環境においては、大陸でもトップクラスの成長率である。

加えてラストラーダも、何かとソロモンの密命を受けて動いている様子だ。

そんな二人である。ソロモンの待遇は、すこぶる良かった。

「悪い。撒くのに時間がかかった」

そんな言葉と共に疲れ果てたような顔でやってきたのは、ソウルハウルであった。

彼が長い時間と労力をかけて作った神命光輝の聖杯。その力によって救った女性は今、もう相当に回復しているそうだ。

まだ幾らか治療を続けて経過を観察しなくてはいけないものの、随分と動き回れるくらいにはなった。そのため現在は、城にある医療棟のリハビリ区画を元気に闊歩している。

そして今日ソウルハウルは聖杯の力が回復したという事もあり、医療棟の誰かで実験しに来たという。

だが、不運な事にリハビリ中だったその女性に見つかり、追いかけまわされていたというのが彼の遅刻した言い訳だった。

「きっと感謝を伝えたかっただけだと思うけど、まあ全然大丈夫だよ。で、ちなみに実験の方はどうだったんだい?」

約束の時間では遅れたものの、本来の約束の時間には間に合っている。加えて、彼の実験はソロモンにとってこの上ないほどに有益だ。だからこそか、その声は優しさに満ちていた。

「あの女の事だ。それだけで終わるはずがない」

対してソウルハウルはというと、その顔に渋さを凝縮したような色を浮かべていた。それほどまでに、彼女の事が苦手のようだ。

「ああ、それと実験の方は概ね成功と言ってもいいかもな。足が生えるのは、なかなか面白かったぞ」

追いかけまわされた事から一転、続く実験の話になったらソウルハウルはくつくつと笑いながら実に有意義な結果を確認出来たと語る。

アルカイト城の医療棟には、魔物との戦闘で重傷を負った兵士などもいる。中でも欠損するほどの大怪我を負った兵士は戦線復帰も難しく、再就職もまた困難だ。

そこで登場したのが、奇跡の力を宿す神命光輝の聖杯である。一度使ったら再使用に長い時間を要するが、その効果は劇的。

では、どこまで劇的なのか。

そこでソウルハウルが目を付けたのが、医療棟にて絶望していた負傷兵達だ。

ソウルハウルは彼らを対象に、実験という名目でもって聖杯の力を無償で使っているのである。

「相変わらず、お人好しじゃのぅ」

「ほんと、素直じゃないわね」

狂気の実験のために人の命すら材料にするマッドサイエンティストを気取っているソウルハウルだが、ミラとカグラはそんな彼のわかりやすい言い訳に微笑んだ。

「ソロモン様、メイリン様をお連れ致しました」

「うむ、ごくろうだった」

更に暫くしたところでやってきたのはメイリンだ。

そして彼女はミラにとっても見覚えのある男、ディアスに連れられてきた。そう、闘技大会にてアルカイト代表で戦った、あの見た目は現代兵そのものなディアスだ。

その理由は、単純明快。この時間までメイリンは、ディアス率いる特殊部隊の特訓相手をしていたからだ。

そして予定の時間になったら、ディアスがメイリンをこの執務室に連れてくるという約束だったわけである。何かと奔放なメイリンを間違いなく時間通りに招集する確実な方法と言えるだろう。

そんな役目を果たしたディアスは、その執務室に顔を揃える面々をちらりと見まわした。そして緊張と共に、震えるほどの歓喜を両の目に浮かべる。

正式発表の日まで、今はまだ部外秘扱いとなっている九賢者の帰還。一部の者が知る限りであり、ディアスもまた今回の件については聞かされたばかりだった。

だが、やはり聞くと見るとでは大違いだ。アルカイト王国の建国にもかかわった伝説の英雄達が目の前にいる。

軍人であり国民でもあるディアスにとっては、やはり感慨深い光景なのだろう。一礼して帰っていくその背中には、やる気が漲っていた。

また彼のみならず一部の上層部や軍部など、先んじて九賢者の帰還を知らされた者達の喜びようといったら相当であったものだ。

その影響とでもいうべきか。現在のアルカイト王国は、建国祭以上に活気づいている状態だった。

「とっても面白いチームだったヨ。また今度も手合わせしたいネ!」

アルテシアから貰ったお茶を一気に飲み干すなり、そう快活に言ったメイリン。

「お、君にそう言ってもらえるなんて嬉しいね。それじゃあまた時間を作るから、その時はよろしく」

「いつでも大歓迎ヨ!」

魔導工学製の様々な軍事兵装で身を固めた特殊部隊。完全にソロモンの趣味で設立されたとわかるものだが、メイリンがこのように言うとなれば、その実力は趣味の範囲を超えたところにあるようだ。

即ち、この戦闘好きの興味を引くだけの力を見せたというわけだ。

隊長のディアスは、闘技大会でもそこそこの成績を残した。そんな彼がチームを率いて戦ったとしたら、どの程度になるのか。

(委員会から怒られなければよいのじゃがな……)

日之本委員会の盟約には、大切な一文がある。

それは、大量殺戮兵器に通じる研究の放棄だ。

幾つもある中に、核関連技術の一切は当然として、そこには銃火器の類も含まれていた。

だがこれには、ちょっとした抜け道があった。

元プレイヤーによる介入のない技術については、関与しないというもの。

よってソロモンは、もともと存在するクロスボウを基盤として、そこに魔導工学を組み合わせる事で、銃のようなものを完成させたのだ。

ディアス達が使うのは、銃ではない。改良された弩であるとソロモンは主張するわけである。

趣味のためには手段を選ばず、所属する組織すら煙に巻く。それがソロモン王という人物だった。

なんやかんやありつつも、本来の予定通りに全員が集まったところで、場所は執務室の隣にある特別な会議室へと移った。

そこで始まるのは、ソロモン王と九賢者が顔を揃えた『銀卓会議』。過去に多くの分岐点となる判断が下された歴史を持つ、アルカイト王国伝統の会議だ。

ほんの些細な一言が国家の行く末を左右し、また他国へと多大な影響を及ぼす事もある。ソロモン王と九賢者以外、誰であっても介入を一切許されない国の最重要行事でもあった。

「そこはもう、花火とか盛大に打ち上げて、どーんと派手にいこうぜ! いいよな、花火。どんな時でも無理矢理にムードを作れるからな」

「それじゃあ、ただのお祭りと変わらないでしょ。だからこういう時こそ、街中に術式を刻んで盛大に術士の国って事をアピールしなきゃ! で、丁度いい術があるのよ」

「ふむ、それはよいな。わしも手伝うぞ。召喚術の力があれば、どんな演出でも思いのままじゃからな! おお、ホーリーナイトの軍勢を行進させるのもよいのではないか? 迫力満点じゃろう!」

ド派手に盛り上げていこうとルミナリアが提案すれば、国の益についてカグラが言及し、ミラが間をとった風を装いながら召喚術の布教を前面に押し出した提案をする。

それでいて三人ともが自分の利を優先しているときたものだ。

「いや、だからね。各国のお偉いさんも集まるから、リング入場みたいに騒がしいものじゃなくて、もっと厳粛で威厳のあるものにしようって話したでしょ!?」

今回の話し合い内容は、九賢者の帰還を発表する際の演出や立ち回りなどについてだった。けれども初っ端から始まった錯綜ぶりに四苦八苦するソロモン。新しい提案は要らないと、その場のノリだけで盛り上がる三人の意見を叩き切る。

「大きなお祭りになると、迷子になる子も多いと思うの。それに親御さんもそれが心配で盛り上がれないかもしれないわ。だからいっその事、託児所を作ってしまうのはどうかしら!」

「まあ、子供達でも楽しめる催し物ってのは必要かもしれないな! そこで、ヒーローショーとかいいと思うんだ!」

「いい事思いついたネ! 闘技大会をここでもやるヨ! きっと楽しい事間違いなしネ!」

孤児だけでは飽き足らず、よそ様の子供達まで世話したいと言い出すアルテシアに、一から十まで趣味全開なラストラーダ。そしてニルヴァーナでの興奮冷めやらずか、アルカイトでも闘技大会を開いてしまおうなどと言う、国の予算など気にした様子もないメイリン。

「うんうん、迷子については警邏局に臨時出張所を用意してもらう予定だから。っていうか、たとえその通りのブースを開いても、皆そこに行く暇なんてないからね!?」

アルテシアにラストラーダ、メイリンは、今回の建国祭の主役である。託児所はもちろん、そこらの催し物などに参加している暇など皆無だと、ソロモンはびしりと忠告する。

けれど誰も本筋から逸脱した状態より戻ろうとしない奔放ぶりだ。

「じゃが、考えてみよ。居並ぶ騎士となれば、十分に威厳のある見栄えじゃろう?」

「うん、それは確かにそうだね。でも君の軍勢は、流石に仰々しいかな。だからもう、うちの軍の方で準備は進めてあるから君の手は煩わせないよ。随分前からパレードの訓練も始まっているからね」

「なん……じゃと……」

武具精霊が勢揃いする様は、威厳たっぷりである。だがしかしミラの召喚するそれは戦闘特化であり、圧倒的な威圧感も兼ね備えている。それは一般市民達にとって恐怖にすら映る事もあるだろう。

そんな建前を口にしながら、ミラがでしゃばる事を制止したソロモン。更にはガルーダやペガサスで空をなどと言い出したミラに、「当日は特別警戒態勢になるから、飛行移動とかも禁止ね」と釘を刺して黙らせる。

「ああ、でも舞台上の警備役で悩んでてさ。ある意味、今回の顔にもなる舞台だから、なかなか決められなくてね。そこで思いついたのが、君の灰騎士だよ。長時間微動だにせず立ち続けられて、いざという時は迅速に任務をこなせる、そんな灰騎士に任せるのはどうかと思っていたんだけど、頼めないかな?」

「おお、確かにわしの灰騎士ならば、適任としか言いようがないのぅ! そこまで言うのならばよいぞ、わしに任せておけ!」

それはもう悩んでいたんだとばかりのソロモン。そんな彼の提案に対して、そんなに困っているのならば引き受けてやろうと快諾したミラ。舞台の警備は任せておけと自信満々にふんぞり返る。

「流石だね。いやぁ、助かったなぁ。恩に着るよ」

まずは一人。心の中でほくそ笑んだソロモンは、続いてカグラに目を向ける。

「今から街全体となると、時間とか安全性のチェックとか難しいよね。でも術士の国っていうアピールはしていきたいところなのは確かだ。そこでさ、今、招待客のための特別席を準備しているんだけど、安全性を考えると、やっぱり見栄えも視界も悪くなっちゃって困ってたんだ。でも、カグラちゃんの結界術なら両立出来るはずだよね。安全で視界もクリアな特等席。それを可能とする術があるってわかれば、それなりにアピール出来そうじゃない?」

そこまでの理由を一気に並べたソロモンは、是非にお願いとカグラに手を合わせた。

するとカグラは、「うーん」と少しばかり考えた後に、「なるほど、そういったアピールも大切よね!」と頷き答えた。

五十鈴連盟という組織を運営してきた事もあってか、権力者への印象操作の大切さを知ったのだろう。カグラは、今出来る最高の結界を構築してみせると胸を叩いで快諾した。

「いやぁ、ありがとう。カグラちゃんが引き受けてくれれば、もう心配は要らないね!」

これで安心だと安堵の笑みを浮かべたソロモンは、心の中でもう一つの笑みを浮かべながら、更に次のターゲットへと目を向けた。

そうしてソロモンは、次々に並べられた余計な案を却下しつつ、それぞれが満足する適度な落としどころへと誘導していく。

「まったく、いつも騒々しいな」

そんなソロモンとミラ達のやりとりを見て、ソウルハウルは呆れたように笑った。

いつもソウルハウルは面倒だからとあまり会議では口を出さず、見守る事に徹していた。

そしてその間に、どうでもいいような事ばかり考えているのだが、今回は違った。

死霊術、そして帰還の演出。ともなれば考えられる最高は、一つではないかと計画を立てていたのだ。

ソロモン達がわいわいと騒ぐ中、ソウルハウルは思考する。ここは、自慢の嫁達の出番ではないかと。