軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

411 精霊王の信頼性

四百十一

フローネを捕まえた……というよりはワントソ効果で釘付けにしたというべきか。逃げる事を忘れてワントソに夢中なフローネ。

「さて……」

大人しくなった……逃走を忘れた彼女を確認するなり、ミラは改めるようにして周囲を見回した。

地上十メートルほどから見えるのは、周囲に広がる森と、森に囲まれた大きな城。また、ところどころに畑のような場所もあるとわかる。

一見すると、随分豊かな土地であるといえる。

だがミラは、その光景に違和感を覚えていた。

それは見える範囲で、大きな城以外に居住出来そうな建築物がないというもの。そう、周囲には街どころか村すらなく、城だけがぽつんと佇んでいるだけだったのだ。

ニルヴァーナの周辺に、このような立地の国などはなかったはずだと記憶していたミラ。

「して、ここはどのあたりじゃ?」

いったいあの時の転移で、どれだけ飛ばされたというのか。そしてどこへ飛ばされたというのか。そんな疑問を抱きつつミラは問うた。

「……」

フローネは答えない。まんまとワントソに釣られてしまったのが悔しいのか、ぷいっとそっぽを向いてしまった。

とはいえ、こうして話が出来る状態にまで持ち込めたのなら、後はもう難しいものではない。

「……落ち着いたらガルムも召喚してみようかのぅ」

ミラがそんな事を口にしたところ、フローネがぴくりと反応する。

大型犬を超えるほどの大きさなガルムは、とてももふり甲斐があるというものだ。それを想像したのか、相当に惹かれている様子である。その顔に揺らぎが見えた。

「ここは……ここは……。秘密──!」

壮絶な葛藤の末、フローネはその誘惑を断ち切った。けれど、余程の決断だったのだろう。プルプルと震えていた。しかも僅かに涙ぐんですらいる。

それほどまでの誘惑に抗うほど、この場所を秘密にしておきたいようだ。

けれどミラは、そこで手心を加えるような事はしなかった。

もう一押しだと見極めるなり、ここで止めを刺すべくそれを実行した。

「フローネ殿。ニルヴァーナから見てどのあたりかでも構いませんワン。教えてほしいですワン」

ワントソが愛嬌を振りまきながら、そのようにミラの言葉を代弁したのである。

それはフローネにとって極限ともいうべきお願いであった。

究極に可愛いワントソに加え、正確な場所でなくてもいいという譲歩。その効果は、揺らぐフローネの心を一気に傾けるには十分だった。

「北側……かな」

フローネは、ミラには聞こえないくらいの声で答えた。

だがワントソには聞こえる程度であったため、当然ながらそれはミラにしっかりと伝わる。

(ふむ、北か……)

答えた代わりに更なるもふりを要求するフローネと、その身を犠牲にして情報を得たワントソ。

ミラはワントソの献身に感謝しつつ、ニルヴァーナの北側というとどのあたりが候補だろうかと地図を広げる。

するとそこで、疑問をその顔に浮かべた。

ニルヴァーナの位置は、『く』の字のような形をしたアーク大陸の最南端。ゆえに北側には海が広がっているのだ。

しかもその海を越えた先は、アース大陸の西端部。かつてキメラクローゼン騒動の際に立ち寄ったセントポリーの街などがある辺りだ。

アース大陸の西側というと広大な荒野が広がっている。そのような場所に、今目の前にあるような緑豊かな土地など数えるほどしか存在しない。

そしてミラの知る限り、大きな城を取り囲む豊かな緑のある場所というのは、そこに存在しなかった。

(いったいどういう事じゃ……)

単純にフローネが嘘をついたという可能性もある。

だがしかし、その可能性も潰すために質問者をワントソにするという手段を用いたのだ。

フローネが大好きなワントソに嘘を吐くなど考えられないというもの。

では、どういう事か。

(ここは一つ、あちらを窺うのが早そうかのぅ)

考えた末、ミラは情報の得られそうな城に向かう事を決める。

王族だったり権力者だったりと、よく知らぬ場所ゆえにあまり関わり合いにはなりたくないと考えるミラ。だがフローネがここを転移先にしていた事からして、何かしら城の者との繋がりがあると思われた。

ならば、いざとなれば彼女を盾に出来るだろう。

そんな防衛策も立てたミラは、加えてフローネが抵抗しないようにという作戦も思い付く。

「さて、フローネや。一先ず下りるぞ。約束通りガルムを召喚しようではないか」

そう言うなりヒッポグリフに降下するよう頼むミラ。

するとどうだ。ガルムという名を耳にしたフローネは、ぱっと笑顔を咲かせるなり「うん、下りる!」と、素直にミラに続いた。

「ふぉぉぉぉおおお! 可愛いぃぃぃ!」

森の中の少し開けた場所に降り立つなり、ミラは約束通りにガルムを召喚した。

体長三メートルは超えるガルムの姿は、実に勇猛でいて雄々しくある。

だがフローネにとってみれば、それもまた可愛いの範疇のようだ。ガルムが姿を見せるなり絶叫し、目にも留まらぬ速さで抱きついていた。

なお未だフローネに捕らわれたままのワントソは、そんな両者に挟まれ揉みくちゃになっていた。けれども文句も言わずにじっとしているあたり、実に大人な対応だ。

「ほれ、フローネや。背に乗ってもよいそうじゃが、どうする?」

出来る限りサービスするようにと頼んだミラは、ガルムの承諾を得るなりそう伝えた。

するとどうだ。ガルムの首元に顔を埋めていたフローネは、ぱっと振り返るなり「乗る!」と即答した。

ミラのアイコンタクトに頷き答えたガルムは、フローネの前にそっと伏せる。

「ありがとうガルムさん!」

さあ乗るがよいとばかりなガルムに笑顔満面で答えたフローネは、それはもう幸せいっぱいな様子でその背に跨った。

ガルムが立ち上がると、更にフローネのテンションが上がっていく。

両腕にはワントソ、足元にはガルム。それはフローネにとって夢のような状態だった。

「さて、折角これだけ見事な森が広がっておるからのぅ。少し散歩といこうか」

自然な態度でミラが告げると、フローネは何の疑いもなく「行く!」と返した。

そのようにして始まった、見知らぬ場所の森の散策。

森は一見すると雑然としているが、どこか整然とした印象もある不思議な場所だった。

また、空から見た時にもわかった通り、どこを見ても美味しそうな実りをつけた木々が目に入るほどの豊かさで溢れている。

だからだろうか、全体的に甘い香りで満たされていた。

「とても美味しそうですワン」

途中その香りに魅了されたのか、ワントソが堪らずといったように声を上げる。

と、そんなワントソの声にフローネが応えた。果実を一つ、無形術でもってひょいともぎ取り「はいどうぞ、ワントソくん。とっても甘くて美味しいのよ」と、笑顔で差し出したのだ。

(……ふむ、今の行動を見るに、フローネはこの森の事をよく知っておるようじゃな)

フローネがワントソに向けた言葉。それは正に、その味を知っている者の言葉であった事をミラは聞き逃さなかった。

それどころか、「ガルムさんも食べる? どれも美味しいのよ」と楽しそうに語らうフローネの様子からして、その関わり具合がずっと深そうだという印象すらある。

ここは、どこの国のどういった場所なのか。フローネは、どのようにかかわっているのか。事と次第によっては面倒にもなり得ると予感しながら、それを暴くべく進んでいく。

「この辺りは全部、桜の木なの。春になったら凄く綺麗だから、また一緒に見ようね。それでそっちはね──」

森の散策を始めてから十分と少々。フローネの機嫌は最高潮に達していた。

ミラに見つかり逃げ出そうとした事など既に忘れてしまったかのようなはしゃぎっぷりだ。

もはや知り尽くしているといった様子で得意そうに説明するフローネ。その話によると、この森の木々は実る季節ごとに区分けされているそうだ。

つまりは人工の森である。広大さから考えて、これだけの事を成すには相当な資金と労力、そして時間が必要だろう。

ともなれば、この場所はかなり大きな国であると予想出来る。

(ふむ、そろそろかのぅ)

ともあれフローネがワントソとガルムに夢中になっている今が好機だ。ミラは、この地がどこの国にあるのかを突き止めるべく作戦を実行に移した。

ミラの指示によって、ガルムがそれとなく進路を調整していく。そしてワントソが、フローネの気を引くため積極的に話しかける。

「ほんと!? ほんとに連れて行ってくれるの!?」

「はいですワン。機会があれば吾輩達の村に、フローネ殿をご招待致しますワン」

クー・シー達が暮らす村。そこに招待するという話で、完璧にフローネを釘付けにしたワントソ。

フローネにとって、そこはまさしく夢の村といっても過言ではないだろう。ゆえにガルムが徐々に進路を変更している事に気づいた様子はなかった。

ワントソが話すクー・シーの村の様子や観光名所などにフローネが夢中となっているうちに、ずんずんと目標地点に近づいていった。

そして、いよいよその時がくる。

深い森を抜けて、もっとも情報を得られそうな場所に──もっとも目立っていた城に到着したのだ。

「え? あれ!? あ、ガルムさん、そっちはダメ」

ようやく状況に気づいたフローネは、森に戻ろうと慌てたように言う。

だがそこでワントソが「凄いお城ですワン!」「森の中にお城がありましたワン!」と、ミラの指示とは関係なしに目を輝かせた。

そして「あのお城もご存じですワン!?」と嬉しそうに尻尾を振るものだから、フローネは今直ぐ森に戻ろうと言い出せなくなったようだ。

その城には何かしらの秘密があったのだろう。フローネは、期待の眼差しを向けるワントソを抱きながら焦燥感をその顔に浮かべ、あわあわと目に見えて動揺する。

ともなれば幾らかそこで立ち止まる事となり、だからこそミラ達一行が城門の番人の目に留まるのは当然の流れであった。

「お帰りなさいませ、フローネさん」

その者は、そんな言葉と共にふわりと空から舞い降りてきた。しかも見た目からして、彼が精霊である事は明らかだ。

更にはそんな番人の言動によって、フローネがこの城とも縁があるのは確実だと判明する。

「これはまた賑やかな。ところで、そちらのお方は?」

フローネに一礼した番人は、ワントソとガルムを見るなり微笑み、次にヒッポグリフの背に乗るミラの姿を確認してフローネに問うた。

「……えっと、彼女は──私を脅迫する恐ろしい人間よ!」

僅かに逡巡しながらも、フローネは最後の抵抗とばかりにそんな言葉を口にした。

一見するなら、楽しいハイキング帰りともいえるこの状況だ。流石にそのような事を言ったところで冗談と笑い飛ばされるだろう。

などと考えたミラだったが、番人がフローネに寄せる信頼は想像以上に厚いらしい。彼の顔に緊張が走るのが目に見えてわかった。

「やれやれまったく、この期に及んで、まだそのような戯言を抜かすとはのぅ」

城の前で番人とやり合うともなれば、相当に面倒な状況となるのは間違いない。一つの国を敵に回すような事態にもなりかねないからだ。

だがミラはというと、そうなってしまう直前でありながら至って冷静な態度で現状を笑い飛ばした。そして優雅にヒッポグリフの背から降りると、

「わしは、ミラという者じゃ。このフローネの昔馴染みのようなものでのぅ。久方ぶりに会えた事もあって、こうしてお邪魔させてもらっておるのじゃよ」

そのようにフレンドリーな微笑みを浮かべながら、ミラは番人に自己紹介をした。

しかも、それだけでは終わらない。更に友好の証だとばかりに、そっと右手を差し出し握手を求めた。

「騙されてはダメ!」

そう言って抵抗を続けるフローネ。

番人は頷き、堂々と差し出されたミラの手をじっと見据えた。実際、警戒する相手の手を無造作にとるような者などいないだろう。

更にフローネの声が聞こえたのか、何事だといった様子で城の者達がぞろぞろと出てくるなり、ミラに疑いの視線を向ける。

しかもその者達は、精霊と亜人ばかりであった。様々な属性の精霊の他、竜人やエルフ、メオウ族にドワーフなど。多種多様な種族が集まっているが、なぜか人間の姿は無い。

ここは少々、特別な国なのかもしれない。

(これほどのアウェー感は初めてな気がするのぅ)

だからこそミラは、僅かな策を巡らせる。

それは一見すると些細な変化。けれど精霊の目からすれば、それこそ奇跡にも見えるほどの代物であった。

それに気づいた彼は、よもやまさかとばかりに目を見開き、制止するフローネの声を気にせずにミラの右手を握り返した。

そして、その直後──

「なんという事か……!?」

番人は、全身で驚愕を露わにした。するとそんな彼の様子に何事かと、何をされたのかと他の者達が騒ぎ身構える。

フローネもまた「な、なに? どうしたの?」と、番人の反応に慌てていた。

警戒度が飛躍的に増して臨戦態勢すら整っていく中、それでも平然と握手を続けるミラと番人。

そうしてそのまま一分ほどが経過しようといったところで、二人の手が離れた。

途端に城の者達が立ち塞がるかのように居並ぶ。

と、次の瞬間だった。

「ようこそミラ様、歓迎させていただきます!」

それまでの警戒した態度はどこへやら。門番は姿勢を正すなり、それはもう晴れやかな声でそう言ったのだ。

「え? 何? どうしたの? もしかして洗脳!?」

番人の急激な変化に戸惑ったフローネは、よもや何かされたのかと慌てふためく。

だがそんな彼女に対して番人は「フローネ様もお人が悪い」と笑うなり、「これほど素晴らしいご友人がいらっしゃるのなら、是非とも普通に紹介してほしかったですよ」と、際限なくテンションを上げていった。

そして完全な歓迎モードとなった番人が心配など微塵も必要ないと宣言した事で、城の者達が警戒を緩める。

その背後にてミラは、精霊の信頼を勝ち取るにはこれが一番だとにんまり笑う。

手を差し出したあの時に、ミラは手にほんのりと精霊王の加護紋を浮かび上がらせていた。そう、ミラは握手をすると同時に精霊王の声を彼に聞かせたわけだ。

精霊達の頂点であり、絶対的な崇敬を集める精霊王の威光は、フローネの抵抗を吹き飛ばしてしまうほどに強く響くものだった。

「まさかこうもあっさり……。流石じっじ……」

最後の抵抗も失敗に終わった。フローネの策略も虚しく、番人から理由も聞いた精霊達はミラを大歓迎するばかりか、是非とも精霊王様のお声をと我先に握手を求めてきているほどだ。

並べ並べと輪になるように皆で手を繋がせたミラは、そんな精霊達皆に精霊王と話をする場を作る。

感涙する者、歓喜する者。様々な反応を見せる精霊達を目にしたフローネ。加えて、嘘を吐いた罰だとしてミラがワントソとガルムを送還した事が決め手となる。

フローネは、流石ダンブルフだと白旗を振り抵抗を諦めたのだった。