軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

394 聖と魔

三百九十四

「さて、どうすれば奴の企みを打ち砕けるじゃろうな」

正面に聳えるのはエギュールゲイドの死骸。三十メートルは超える巨体を見上げながら、直ぐにこれといった策は浮かばずにぼやくミラ。

動き出される前にエギュールゲイドを解体、ないし破壊し尽くしてしまう手もある。

だが対象は、死骸とはいえグランデ級だ。その堅牢な体毛や表皮は健在であるため、動けなくなるほどに破壊するまで、どれだけかかるかわからない。

「やはり、あちらをどうにかするのが一番かのぅ」

振り返ったミラは、ふよふよと集まってくる黒い靄の方に注目した。

ラストラーダが言うに、それは魔の属性力そのものだそうだ。

魔属性を秘めた敵として魔物や魔獣などがいる。だが属性力そのものがこうして見えるなど、これまでに一度もなかった。

『精霊王殿よ。こういう場合は、どうしたらよいじゃろうか?』

考え悩むよりも、まずは訊く。心強い味方のいるミラは、魔属性に有効な対処法はないかと精霊王に問うた。

『よりにもよって純粋な魔の属性力が、こうも溢れ出てくるとは。流石は悪魔の業か──』

精霊王曰く、魔の属性力がこれほどまで目に見える事は本来なら有り得ないのだそうだ。

けれど、目に見えるほどに具現化しているからこそ、その対処は簡単だという。

『普段ならば干渉するのは困難だが、この状態ならば対となる聖属性そのものをぶつければ相殺出来るだろう。そしてサンクティアの力ならば、それを成せるはずだ』

それが精霊王の教えてくれた対処法だった。

具現化する事で干渉出来るようになった魔属性には、こちらもまた聖属性を具現化させればいいというのだ。

そして聖剣サンクティアには、その力があるらしい。

『なんとそのような力も……感謝する精霊王殿!』

礼を返したミラは、迫りくる黒い靄を前にして、すぐさま聖剣サンクティアを召喚した。

現状、その魔属性がエギュールゲイドの死骸に、どのような影響を与えるかは不明だ。

だが悪魔の企み事である以上は、阻止するのが得策というものである。

ミラは続々と集まってくる黒い靄に聖剣サンクティアで斬りかかった。

セイクリッドフレームによるアシスト効果によって、ミラが振るう聖剣は確かな軌跡を描き、黒い靄を斬り裂く。

一つ、二つ、三つ。エギュールゲイドの死骸に近づけさせず、次から次へと聖剣を振るっていたミラ。

しかし、そうしている最中に、ミラはふと気付く。

「むぅ……どうにも減っている気がせぬのじゃが……」

聖剣の力によって、黒い靄は斬り裂かれると同時に霧散していく。

けれども、それはただ散り散りになっただけのようであり、少し経てば再び集まり黒い靄に戻った。

そう、今はただ追い払っているだけであり、相殺という状態には程遠かったのだ。

しかも未だに、あちらこちらから湧いて出てきているため、もう少しすれば追い払うのも間に合わなくなる事だろう。

これはいったい、どういう事か。

ただ、聖剣サンクティアを振るえばいいというわけではないのか。ミラが今一度問うたところ、魔属性を消滅させるにはサンクティアに秘められた真の力を引き出す必要があるとの事だった。

また、セイクリッドフレームとの相性でどうにかなるかと思ったが、見る限り難しそうだとも精霊王は続ける。

聖剣サンクティアの真の力を引き出すには、相応に剣に通じる達人でなければいけないそうだ。

(真の力か……それが出来たらどうなるのじゃろうな!)

まだ見ぬ力があると知り、研究熱を再燃させるミラ。

真の力とはどういったものか。それを引き出せたら、どう変わるのか。とても気になるところである。

ただミラの力量は、あくまでセイクリッドフレームのサポートあってのものであるため達人には遠く及ばない。

ゆえに己の力では、どうにもならないだろう。

とはいえ、この場には、それを可能としそうな者がいる。

その一人はノインだ。

公爵二位クラスの猛攻を防ぎ続けるだけあって彼の力は防御寄りだが、剣技も確かだ。けれど今は、悪魔の足止めに精一杯という状態である。

二人目はゴットフリート。

だが彼は術士の多いこの場にて、貴重な前衛陣である。いざという時のためにも、悪魔の傍から離れさせるわけにはいかないというものだ。

「まあ、あの二人に頼らずとも、わしには強い味方がおる」

迫る黒い靄を追い払いながら、ミラは頼もしい仲間達へと目を向ける。

キャッスルゴーレムの門前。そこにはアイゼンファルドの他、城を護るようにして居並ぶ《軍勢》と、それを統率するヴァルキリー姉妹の姿があった。

そんな姉妹の中でもクリスティナは、何度かサンクティアを使った事もある。相性は良いはずだ。

加えてマナ操作が得意な彼女ならば、うまい事サンクティアの真の力を引き出せる可能性はあった。

唯一の不安点は、精霊王曰く、それを成すのが生半可ではないという事だ。

果たして日々の訓練に消極的なクリスティナは、その域にあるのだろうか。

(……ちょいと心配じゃな)

あのクリスティナである。大丈夫だとは言い切れないと苦笑するミラ。

ただ、そう考えれば、最も相応しい者がいるという結論に辿り着く。

そう、アルフィナだ。

剣と真剣に向き合い己を磨き続ける彼女ならば、聖剣サンクティアに秘められた真の力を引き出してくれるだろう。

クリスティナでも、あれほどまでに扱えたのだ。アルフィナともなれば、それはもう確実とすら言えるというものだ。

何より、ヴァルハラで一週間ほど生活していた際に、アルフィナには毎日サンクティアを貸していた事もある。

その時の上達ぶりを考えれば、むしろアルフィナ以外にないとすら思えた。

『アルフィナよ、ちとこちらに来てくれるか』

『畏まりました!』

ミラが呼ぶとアルフィナは即答の後に、風の如く跳んできた。

迅速に参上したアルフィナは、「如何なさいましたか」と跪く。

「うむ、実はじゃな──」

ミラは、エギュールゲイドと黒い靄についての推察を簡潔に話した後に、その対処法についても聞かせる。

そして、「お主に頼みたいのじゃが、やってくれるか」と告げながら、ミラは聖剣サンクティアを差し出した。

「ああ、主様……! 何と、このような役目を私に……!」

主に頼られる事を至上の喜びとするアルフィナ。聖剣サンクティアを前にした彼女の反応は、これまでで一番と言ってもいい程の歓喜に満ち溢れていた。

「この命に代えましても、必ずや主様の意に沿う成果をご覧にいれましょう!」

そう答えたアルフィナは大きく深呼吸をしてから、恭しく両手を掲げて聖剣サンクティアを受け取った。

「いや、そこまではせずともよい……」

いちいち大袈裟なアルフィナに苦笑するミラ。

だが次には、更に驚く事となる。

「ああ……遂にこの日が……」

戦場にて聖剣を下賜されたアルフィナは、感無量とばかりにむせび泣いたのだ。

彼女にとって戦場という場所にて主より特別な剣を賜るというのは、絶対的な信頼の証であり、最大級の誉れだった。

ゆえに、今日は特別な日となったわけだ。それはもう感涙止まず、感動に打ち震えるアルフィナ。

「あー……アルフィナや、早く……」

アルフィナは全ての幸福を手にしたとばかりな様子で、聖剣サンクティアを握っている。

ミラはそんな彼女を、早く頼むとせっつく。そうしている間にも、黒い靄が目前まで迫ってきているからだ。

「いざ──!」

前方が真っ黒に染まっていく中で、悦に浸っていたアルフィナ。だが次の瞬間にカッと目を見開くと、それこそ目にも留まらぬ速さで聖剣サンクティアを振り抜いた。

一閃。

鋭く奔った太刀筋は、おおよそ尋常の域を超える。

アルフィナの万感の思いが込められた一振り。それは正に、澄み渡る蒼天そのもの。音すらも斬り裂いた斬撃は、その刹那に黒い靄を全て消し去っていた。

それから幾らか待機して様子を見たが、もう黒い靄が目に映る事はなかった。

そう、アルフィナは聖剣サンクティアの真の力を引き出すばかりか、目の前だけでなく、あちらこちらから湧き出てくる黒い靄をも根こそぎ消し飛ばしてしまったのだ。

「なんとも、段違いじゃのぅ……」

武装召喚で剣を使えるようになった事から、一端の剣士にでもなった気でいたミラは、その業を目の当たりにして思い知る。

本物の達人からすれば、あの程度は児戯にも等しかったのだろうと。

真の力を引き出すとはどういうものなのか。それをすると、それが出来ると何がどう変わるのか。もはやそんな事などどうでもよくなるほどに、アルフィナの剣閃は鮮烈でいて華麗だった。

「見事じゃ、アルフィナよ。もはやわしがどうこう言えるようなものではないが、素晴らしい一撃じゃったぞ。やはりお主に任せて正解じゃったな」

あまりにも卓越したアルフィナの剣技。その冴えを改めて知ったミラは、だからこそそれを表現するための言葉が浮かばず、ありきたりな称賛を口にするだけで精一杯だった。

「お褒めに与り、光栄でございます!」

だがアルフィナにとってみれば、そのような事などは一切関係無いようだ。主に褒められたというだけで、それはもう舞い上がらんばかりな表情である。

と、そうして黒い靄を一掃したのも束の間。

「む、何かおるぞ……!」

ミラは、エギュールゲイドに近づく者の影を捉えるや、即座に飛び出した。

そして勢いそのままに殴り飛ばした相手は、こそこそと暗躍するレッサーデーモンだった。

いったい何を企んでいたのかは不明だが、レッサーデーモンはそのまま岩壁に激突した後、続くアルフィナの剣によって迅速に葬られる。

「む、これは何じゃろうか?」

「お気をつけください主様。何やら不思議な力を感じます」

レッサーデーモンに止めを刺した際の事だ。アルフィナの剣は、何やらレッサーデーモンが持っていた小瓶も一緒に斬り裂いていた。

砕けた小瓶とその中身が、斬り裂かれたレッサーデーモンの死体に降りかかる。

はたして小瓶の中身はなんだったのだろうか。その小瓶で、何をしようとしていたのか。

ミラ達がレッサーデーモンの行動に疑問を抱いていたところ、何とその答えはレッサーデーモン自身より提示された。

「ググッ、ギギキッ……」

何が起きたと言うのか。アルフィナが完全に止めを刺したはずのレッサーデーモンが蘇ったのだ。

「なん、じゃと……」

「これはいったい……」

ミラとアルフィナは、その光景を前にして息を呑む。

術式が展開された様子はない事から、術の類とは違う。しかも蘇るなど、人が扱う術どころか、世界に数多く存在する魔法でも不可能な事であった。

ただ、その状況から一つの可能性が導き出される。

あの小瓶には、復活の効果があったのではないかと。

「これまた厄介そうじゃな」

しかしながら無条件で復活出来るような代物とは考えにくい。死んだばかりだとかいった他に、何かしらの条件はあるはずだ。

とはいえ、その効果は絶大である。

ミラは復活したばかりのレッサーデーモンを即座に始末すると、エギュールゲイドの死骸に目を向けた。

きっとレッサーデーモンは、小瓶をエギュールゲイドに使い復活させようと企んでいたのだろう。

だが小瓶だけで復活出来るとしたら、黒い靄は何の意味があったのか。

最初の予想が間違っていたかもしれない。そう考えたミラであったが、黒い靄は消滅しレッサーデーモンも止めた。

これで一先ず、エギュールゲイドが動き出す心配はないはずだ。

「じゃが、このまま放置も出来ぬじゃろうな」

そう結論付けたミラは、それでいて第二、第三のレッサーデーモンが現れる事を考慮して、クリスティナをこの場に呼び寄せる。

「……」

大急ぎで駆けてきたクリスティナは、ミラ達に合流するや否や、ぽかんと、まるで奇跡でも目の当たりにしたかのような顔でアルフィナを見ていた。

それはもう有り得ないほどに、聖剣サンクティアを手にしたアルフィナの表情が穏やかであったからだ。

他者からしてみると、それは微細な変化だった。けれど長い時間を共に暮らしてきたクリスティナからすれば、驚くような変化であった。

「お疲れ様です、クリスティナ。主様のお申し付け通り、この場の警戒を任せましたよ」

そのように告げるアルフィナの声もまた、クリスティナの耳には穏やかに響いていた。

「は、はい、お任せください!」

まるで怒りという感情だけが抜け去ったかのようだ。

それほどまでに、聖剣サンクティアを手に出来た事が嬉しかったのだろう。喜びが全ての感情を凌駕しているかのようだ。

悪魔戦へと戻っていくミラとアルフィナ。クリスティナは二人を見送りながら、ずっとこの状態が続いてくれればいいのにと切に願った。

「よもや、ここまで邪魔をしてくれるとはな。いっそ痛快だ」

エギュールゲイドの死骸と、その近くを見張るクリスティナを見やった悪魔は、仕切り直しだとばかりに下がり、ミラを睨む。

ミラが再び悪魔戦へと戻ったところ、戦況は少し落ち着いていた。

ただ、矢面に立っていただけあり、流石のノインも消耗気味だ。ところどころに傷が見て取れる事に加え、悪魔の前に立つのはゴットフリートに代わっていた。

また側面にはメイリンとラストラーダ、背後ではサイゾーが構えている。

四人で包囲する事で、悪魔がミラ達の邪魔をするのを防いでいたわけだ。

そうして皆がやり合う最中にエギュールゲイド復活の芽を潰し切ったミラは、壮絶な戦闘があったのだろう痕跡を見やり感謝する。

「上手くいったようだな」

「うむ、これで一先ずは、あれが動き出す事もないじゃろう」

悪魔は余程暴れたのだろう、ミラはノイン以外にも幾らか傷ついている姿を確認しつつ答える。公爵二位と一緒にエギュールゲイドとやり合うような事態は避けられたはずだと。

「なら良し。後は、目の前のこいつに集中だ」

アルテシアの聖術によって回復し終わったノインは、再び悪魔の正面に戻り大盾を構えた。

それと同時に、今度はゴットフリート達の回復が始まる。

「まったく、面倒だ」

多少の傷を与えたところで回復していくノイン達。それを見て表情を顰めた悪魔は、そう呟くと共に飛び出す。

その標的は、厄介な回復役であるアルテシアだ。

けれども、レイド戦グランデ戦を何十何百と戦い抜いてきたミラ達の布陣は鉄壁だった。

城壁の上空に並ぶのは、カグラの式神である《十人翁》。陰陽術最強の結界術であるそれは、公爵二位が相手とて、そう簡単には破れない代物だ。

悪魔の進行を阻むようにして結界を展開する《十人翁》。そうして僅かに悪魔が動きを止めたところで、城壁の砲台が火を噴いた。

砲弾は、直撃せずとも悪魔の傍で炸裂する。

そして爆炎に包まれる中、ルミナリアの魔術によって、その爆炎ごと全てを吹き飛ばす暴風が駆け抜けた。

「よっしゃ、おかえりってな!」

ゴットフリートは即座に、弾き返されてきた悪魔へと迫り思い切り特大剣を叩きつける。

強烈な衝撃が広がり大気が震える中、直撃を受けた悪魔のくぐもった声が僅かに響いた。

その直後、悪魔が放った蹴りによってゴットフリートが宙に舞い上がる。

しかしその間にもノイン達は再び悪魔の包囲を完成させて、続く追撃をサイゾーが防ぐなり、ラストラーダが悪魔の側面より奇襲を仕掛けた。

強力な酸の球を撃ち出すという降魔術。それを浴びた悪魔の表皮が、僅かに焼け爛れる。

そこへメイリンの炎を纏った拳打が突き刺さった。

「これが仲間、これが連携などというものか。つくづく厄介だな」

大型魔獣を容易く葬れるだけの攻撃を受けて尚、踏み止まり剣を振るって周囲を薙ぎ払う悪魔。

その剣圧によって、大きく押し戻されるメイリンとサイゾー。ラストラーダも、その場で耐えるのがやっとな状態だ。

ゴットフリートはどうにか着地出来たようで、特大剣を背負うように構え、再び切り込む機会を窺っている。

ノインは、じっくりと距離を詰めていた。

悪魔は、そうした周囲を一瞥すると、受けた傷を気にする素振りもなく笑い出す。

そして、これは面白い、これは潰し甲斐があると笑み曲ぐ悪魔の雰囲気が、そこから更に変わっていった。

「ふむ……これは……」

今までに感じた事のない悪魔の雰囲気。本気となったはずの悪魔だが、もしや更にその先があったというのか。

そんな予感を覚えたミラは、ここが限界だと察するなり後衛陣と合流する事を決めた。

「アルフィナは、このままノイン達の援護を頼む。わしは城まで後退するとしよう」

武装召喚によって、前衛陣にも負けない防御力を得られた。また攻撃力も得たつもりではあったが、アルフィナの剣を見た事で、それは慢心だったとミラは気付いた。

よってグランデ級を相手に無茶をするのはここまでだと、きっぱり悟ったのだ。

「畏まりました、主様。この私めにお任せください!」

聖剣を下賜されたばかりか、主に代わり最前線までも任されたとあって、アルフィナの返事はこれまでで一番と言えるくらいに力強く、やる気に満ち満ちたものだった。