軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

391 対悪魔総力戦

三百九十一

「よもや、このような場所で遭遇するとはのぅ……いや、このような場所だからこそじゃろうか」

悪魔という存在について、精霊王から聞き及んでいる事がある。それは、かつての悪魔は天使と共に人々をよりよき未来へと導く存在であったという事実だ。

しかし、何らかの原因によって反転。人類の絶対的敵対者として存在するようになってしまったのが、今目の前にいる悪魔だ。

しかも、ただの悪魔ではなかった。

「ちなみに、公爵二位だ」

ついでとばかりに告げたノインは、そのまま成り行きについて簡潔に報告した。

ノインの話によると、調査の結果、謎の部屋にてレッサーデーモンと遭遇。それを追跡した先に、この公爵級悪魔がいたとの事だ。

その様子からして『イラ・ムエルテ』のボスは、この悪魔で間違いない。そう直感したノインだったが、流石は公爵二位というべきか。居場所を見つけたと連絡しようとした矢先に気付かれてしまい、そのまま今に至るとの事だった。

「どれだけの悪党かと思えば、よもや悪魔じゃったとはな……」

まさかの事実に驚きながらも、一方で納得するミラ。悪魔にとってみれば、敵である人類同士で潰し合う事ほど愉快なものはないだろう。ともなれば、こうして犯罪組織を作り出すのも十分にあり得る話だ。

そしてこの事実は、規模の大小関係なく、他にも悪魔が関係している犯罪組織があるかもしれないと考えさせられる事例でもあった。

「厄介じゃのぅ」

公爵級悪魔を相手にするだけでなく、今後はそのあたりも考慮していかねばならないと嘆息するミラ。

「それで、どうするよ」

第一波となる魔物の群れは片付け終わったようだ。悪魔率いる魔物の群れを見やりながら言ったルミナリアは続き、前線で暴れ回っていたメイリン達に向けて集合と声をかけた。

次の戦いは、各々自由では厳しいと判断してだ。

それというのも、公爵二位の悪魔は正しく別格の実力を持っているからだ。ノイン達が合流を選びここまで引き返してきたのは、ノインチームだけで相手をするのは厳しいという判断のもとであり、実際にもそれが最善策だった。

公爵二位がどれほどの強さかというと、上級プレイヤー数十人が必要とされるレイド級の魔獣を軽く凌ぐほどである。

それよりも更に上位。九賢者や十二使徒のような最上級トッププレイヤーを十数人と揃えて挑むのが当然とされる難敵、グランデ級に相当するのが公爵二位という存在だ。

なお先程片付けた魔物達は、そんな悪魔の猛攻を耐えながら撤退している最中に絡んできたものだったそうだ。

「ここは一つ、戦力を分けるべきじゃろうな」

じわりじわりと追い込むかのように迫ってくる悪魔と魔物の群れ。警戒を保ったまま皆が集合したところでミラが提案したのは、極端な戦力の分散であった。

勝てない相手ではない。だがミラ達の人数は、十一人。グランデ級である公爵二位を相手にするとしたら、ここにいる全員で挑まなければいけない数だ。

しかし、かの悪魔は更なる魔物の群れを率いている。見たところ、直接の配下とでもいった存在なのだろう、強力な個体ばかりが揃う。

しかも何か細工でもしているようで、これまで遭遇した魔物達に比べ、明らかに異質な気配を纏っていた。

決して無視出来るような存在ではないと、ミラはその肌で感じる。

「魔物どもは、わしらが引き受ける」

アルフィナにジングラーラとウンディーネ、そしてアイゼンファルド。その前に立ったミラが告げた作戦は、その一言だけだった。しかしここにいる誰もが、ミラの一言に了解の意を返して行動を開始した。

「何者かは知らぬが、よくもここまで荒らしてくれたものだな。この報いは、その命で贖うがいい」

怖気立つほどに不気味な声が響く。

ミラ達が動き出すと同時に、悪魔もまた大きく動いた。いよいよ、配下の魔物達をけしかけてきたのだ。

悪魔の能力か、はたまた別の何かか。魔物達は猛り狂うようにして突撃してきた。しかも、それに加えて悪魔もまた無数の炎弾を放つ。その光景は、まるで地獄そのものだ。

「さて、始めるとしようかのぅ」

「ああ、始めるか」

皆が後退していく中、それらを前にしながらミラ達とノインだけが残った。

降り注ぐ炎弾をノインが防ぐ。その間に、ミラは一息にして術式を組み上げていく。

仙術士の技能である《仙呪眼》。周囲のマナを自身のものとして、ミラは軍勢をここに召喚した。

ミラ達の後方を埋め尽くすようにして広がっていく無数の魔法陣。そこから次々と姿を現していくのは、総勢千体にも及ぶ灰騎士達だった。

しかも、それらはただの灰騎士ではない。

弓、長槍、戦斧を持つ灰騎士が二百体ずつ。残りの四百体は、全て聖剣サンクティアで武装していた。そう、新生した軍勢の実戦投入である。

「うー……わぁ……」

後方に威風堂々と立ち並び、圧倒的な威圧感を放つ軍勢の姿。それを前にして過去のトラウマでも蘇ったのか、引き攣った笑みを浮かべるノイン。

すると、その直後に悪魔が跳んだ。そこに現れた軍勢を脅威と感じたのか、魔物の群れを飛び越えて先制攻撃を仕掛けてきたではないか。

「おっと、お前の相手は俺だ!」

より凶悪になっていた軍勢。また試合をする事になってしまったらどうしようなどと考えるよりも公爵二位を相手にしている方がましだとばかりに、ノインは悪魔を迎え撃った。

悪魔が手にする黒い大剣。ノインは、灰騎士の軍勢に向けて振り抜かれたそれを大盾で受け止めると共に、《鎖縛の楔》でもって、無理矢理に悪魔を一対一の状態へと引き込んだ。

その圧倒的防御力によって、必要な時間を幾らでも稼ぐ。これこそがノインの真骨頂と言っても過言ではない。

「ふん……勇ましいな、人間」

不可思議な強制力によって、ノイン以外への攻撃を封じられた悪魔は、それでいて冷静に黒い大剣を構える。そして容赦なくノインへと斬りかかった。

その猛攻は苛烈を極め、武装召喚で守りを固めたミラであろうと、ほんの数秒で斬り倒されたであろうほどだった。

しかしノインは、それを真っ向から受けてなお耐えている。ただ大盾を構え、全ての斬撃を受け止めた。これぞ真の聖騎士の姿であるといわんばかりの、ずば抜けた盾役ぶりだ。

「それに比べ、どうしてソロモンはああなってしまったのじゃろうな」

同じ聖騎士とは思えない。そんな感想を抱きつつも、ミラは軍勢を完成させていた。

「また大仕事となるが、頼んだぞ」

そう声を掛けたミラの前には、灰騎士の軍勢を率いるヴァルキリー姉妹達がいた。

弓隊をエレツィナ、戦斧隊をセレスティナ、長槍隊はイリスの護衛につくシャルウィナに代わり、アルフィナが受け持っている。

そして残る聖剣持ち四百体を担当するのは、フローディナ、エリヴィナ、クリスティナだ。

あれから姉妹達は幾らか休息出来たようだ。「お任せください!」と、それはもう気合十分に答え、そのまま魔物の群れに向かっていった。

すぐさま横に並んだ灰騎士聖剣隊と、魔物の群れが衝突する。

大盾でもってその勢いを抑え込む灰騎士。すると間髪を容れずにアルフィナの号令のもと、長槍隊が隙間より鋭く穂先を通して前線の魔物を貫いた。

けれども、それだけで勢いの収まる相手ではない。凶暴さを増した魔物は、仲間の死骸を踏み台にして飛び上がる。

「今ね、撃って!」

ここぞとばかりに合図を出したのはエレツィナだ。長槍すらも飛び越えた魔物達に向けられて斉射された矢は、それらを悉く射落としていく。

無数の魔物が、そのまま力を失って地に落ちる。するとそれらは、長槍隊の背後に降り注いだ。中には、まだ仕留めきれていないものも残っている。

「こっちと、これも。うん、問題ないわね」

「えーっと、もう大丈夫です!」

撃ち漏らしに止めをさしていくのは、エリヴィナとクリスティナだ。聖剣隊は、ほとんどフローディナに任せて、二人は遊撃として動いていた。撃ち漏らした分や抜けてきた魔物を正確に始末していく。

流石は、ヴァルキリー姉妹である。見事な連携でもって凶悪な魔物達の足止めを成し遂げていた。

加えてアイゼンファルドと、ジングラーラ、ウンディーネの連携も健在だ。

上手い具合に両サイドから魔物の群れを攻めて敵戦力を削っていく。

なおアイゼンファルドは、今もまだ人形態のままである。

そして今度は、エリヴィナやクリスティナの戦い方に興味を持ったようだ。近くにいたフローディナに予備の剣を貸してもらうと、それを手に大立ち回りを始めた。

「うむうむ、流石はわしの息子じゃ。剣の腕も天下一品じゃのぅ!」

多大な親心の成せる業か、豪快に殴り斬っていくアイゼンファルドの姿を誇らしげに見つめていたミラは、次に振り返ると「さて、あちらもそろそろ大丈夫そうかのぅ」と後方を確認した。

そこには、大きな城壁を構える城が聳えている。ソウルハウルのキャッスルゴーレムだ。しかも完全版である。

本城に加え、沢山の砲台を備える城壁は、それこそ最終決戦とでもいった様相を呈している。こちらもまた圧倒的な迫力を有した光景だ。

後衛部隊は安全な城内にて、援護の準備を済ませている。レティシャとパムもまた、支援を開始していた。

それを確認したミラは手を振って合図を送ると、そのまま戦列へと加わり遊撃役を担った。

休憩したとはいえ先程まで激戦を繰り広げていた彼女達だ。その負担を少しでも減らすため、ミラもまた奮闘する。

「ふむ、これならば多少は武器も扱えそうじゃな!」

いや、それは本当に彼女達のためだろうか、それとも自分の実験のためなのかもしれない。アイゼンファルドに触発されたという節もありそうだ。

セイクリッドフレームを身に纏ったミラは、剣や長槍、戦斧を手に駆け回る。

武装召喚のアシスト効果によって、それなりに武器が扱えるようになったミラは、ここぞとばかりにその性能を確かめていた。

「暫く見ないうちに、ますます近接寄りになってないか?」

キャッスルゴーレムの最上階。そこから魔物の群れの様子を確認していたルミナリアは、率先して前線に突っ込んでいくミラの姿を目にしてぼやく。

「おじいちゃんってば、またあんなに前に出て……」

本来、召喚術士は近接戦が不得手だ。というより、むしろ弱点といってもいい。だが、それを克服したミラは、自然と前に出て行く傾向にあった。

「まあ、あれが片付いたら戻ってくるだろ」

これといって気にする必要もない。そう淡々と告げたソウルハウルは石棺を前にして、あれやこれやと作業中だ。彼にとっての嫁であり、最大戦力の一つ、イリーナを悪魔戦用へと換装しているのだ。

ただ、その絵面は女性の死体を使って着せ替えを楽しんでいる変人にしか見えず、カグラ一同、それはもう引き気味の表情であった。

「よし、そろそろ準備はいいか!」

暫くの後、悪魔の一撃を凌ぎつつノインが声を上げる。迫ってきていた魔物の群れは、ミラ達の活躍によって随分と押し返せていた。これならば悪魔との戦いの中で魔物が乱入してくるような事にはならないだろう。

それを見極めた今、いよいよ悪魔との本格的な戦いが幕を開く。

「待っていたネ!」

「よっしゃ、いくぜ!」

「燃え上がる正義を、とくと味わえ!」

ノインと一対一に強制されていた悪魔。そこへメイリンとゴットフリート、ラストラーダが参戦し、勢いのまま痛烈な一撃を打ち込んだ。

「忌々しい鎖が消えたな。よかったのか? これでは俺を止められんぞ」

三人の一撃を両手で防ぎ切った悪魔は、その腕の隙間より赤い目を覗かせて笑う。

三人が加わった事によって条件が崩れ、《鎖縛の楔》の効果が解除されたのだ。

そうなれば悪魔は自由である。ここぞとばかりに四人を払いのけるように翼を打ち広げて、戦闘力の低い相手、優先的に排除するべき対象を見極めて一足飛びに駆けていった。

悪魔が初めに目を付けたのは、厄介な補助を行うレティシャとパム、及び近接の苦手な後衛陣だった。

圧倒的な膂力によって払いのけられたノイン達はその体勢を立て直すも、既に防御が間に合わない距離にまで悪魔は距離を詰めていた。

「まずは、そこの二匹だ」

城壁を越えて天守へと差し迫る悪魔は、冷たい眼差しでレティシャとパムを見据える。

公爵二位に狙われたとあっては、補助特化な二人ではどうする事も出来ず、防ぎようもなかった。

その直後だ──

「そう簡単にはいかせられないな!」

ラストラーダが張り巡らせた蜘蛛の巣が悪魔を捕らえたのだ。

柔軟であり極めて細いそれは、《空蜘蛛の剛糸》。目に見えぬほどに細く軽いそれは、地面から空へと巣を張る事が出来た。

とはいえ、公爵二位ほどの力があれば、これを引き千切るのは難しくない。

ただ、そこには僅かながらの手間が生じる事になり、これを生み出すのがラストラーダの狙いだった。

蜘蛛糸を振り払う悪魔。そこへ一息で飛び込んだラストラーダは、これ以上ないほどのタイミングで華麗な跳び蹴りを決めた。

「ライダーストライクー!」

誰もが夢見る特撮仕込みの必殺技、ライダーストライク。勢いののった一撃は、そのまま悪魔を城壁外へと押しやるように叩きつけた。

「効かん!」

だがしかし、あくまでも術士であるラストラーダの体術では、限界というものがある。次には悪魔に足を掴まれて、そのまま地面に投げ落とされてしまった。

悪魔は再び、城壁を飛び越えて一直線に後衛陣へと迫る。

その軌道に重ねるようにして、下方より閃光のように閃く刃が放たれた。

ぎりぎりまで視界に入らない位置と角度で投じられたそれは、手裏剣だった。城壁の後ろにサイゾーが隠れていたのである。

「伏兵か!」

完璧なタイミングで投じられた最速の手裏剣。けれど、これ以上ないくらいの一撃であったが、その奇襲は失敗した。それほどまでに悪魔の反応速度が鋭かったのだ。

悪魔は弾丸のような速さで迫るそれを紙一重で躱してみせた。しかもそればかりか次には器用に身体を捻り体勢を整えつつ、ついでとばかりに炎弾を投じたではないか。

瞬間、地上にて獄炎が炸裂し辺りを焼き尽くす。

悪魔が上空で手裏剣を躱してから一秒もない。それこそ瞬く間にサイゾーは灰となってしまった。

「御免、でござる」

まずは一人──などと、ほんの僅かに生じた悪魔の慢心。そこを突いたサイゾーは、更に上空からの一撃をお見舞いした。忍者刀による渾身の斬撃をその背に叩き込んだのだ。

「……面白い」

鮮烈に鳴り渡ったのは、金属同士がぶつかったかのように甲高い音。その次には、悪魔の声。

ただ、驚きというよりは感心したとでもいった響きの含まれた声だった。

大木をも切断するほどの斬撃であったが、その身体には僅かな痕が残るだけ。悪魔に焦りはない。

「っ……流石に硬いでござるな!」

打ち合った反動を利用して更に高く舞い上がったサイゾーは、中空で般若の面を被ると刃を収め、左手で印を結ぶ。

【忍法: 現身闘斗(げんしんとうと) 】

内から闘気が膨れ上がると、次にはサイゾーが五人に増えていた。

忍者であるサイゾーが扱う《闘術》は独特であり、分身などもその一つだ。

そして何よりも、サイゾーは実体の伴う分身が得意であった。

「そうか。さきほど灰にしたのは偽物か」

悪魔はサイゾーの五連撃を両腕で受け止めながら、相手の技を理解する。手裏剣を放った時には、既に本体は上にいたのかと。

その分身は、かなり高度な技だ。そう分析しつつも、悪魔はにたりと笑った。

再び反動で宙に舞い上がる五人のサイゾー。

忍者刀ではなく徒手空拳ながら、その一撃は重い。それでいて、サイゾーの拳では悪魔の身体に傷一つつけられなかった。

「速いが軽いな。その程度では──」

悪魔はその事実から、さほど脅威ではないとばかりな目でサイゾーを見やった。

その直後だ。

「ぐっ……!」

サイゾーの拳を防いだその両腕が爆炎に包まれたのである。

【忍法: 朱天陽華(しゅてんようか) の印】

それは、触れたところに印を刻み爆砕するという忍者の技だ。この印は、数を刻むほどにその威力を増す。

「少しは効いたようでござるな。今のは拙者の得意技。その印は、刻めば刻むほどに威力を増すでござるよ」

今回は、分身を利用しての同時に五つを刻んだ形である。

その威力は、上級の魔物すら即死させられるだけの力を秘めていた。

「なるほど、忍者とは厄介だな」

悪魔は、爆炎の中で笑っていた。その腕は健在であり、大きな被害は見てとれない。

とはいえ、一切効果がないというわけではなかった。そこには、些細な傷が刻まれている。

「隠れるばかりが忍者ではないでござるよ!」

多少なりともダメージは通る。それを見極めたサイゾーは、そこから一気に猛攻を仕掛けた。

何も空を駆けるのは、仙術士の専売特許ではない。中空を蹴り悪魔に肉薄するのは、分身を交えた五人のサイゾーだ。

巧みな連携で格闘戦を繰り広げていく。

真偽を織り交ぜながらの空中戦。しかも高速で展開するそれは、正に達人の域ともいえる攻防であった。

四方八方より一撃一撃を狙っていくサイゾー。けれども悪魔は、それを見切り受け流し、更には機敏に躱していった。

印を警戒しているのか、決して触れさせないようにと悪魔は動いている。

次は五つではなく、十、いや二十、五十と印を重ねたのなら、その威力は公爵二位の悪魔とて、無視は出来ない威力となるだろう。

けれど、だからこそ悪魔はサイゾーの両腕の動きをつぶさに見極めて、これを回避していた。

手裏剣の他、幾つかの牽制を仕掛けるものの悪魔の集中は途切れない。サイゾーが印を刻もうと動いた時には、既にそれを把握し対処を開始する。

印には悪魔にダメージを通せる可能性はあるものの、当てられなければ意味がなかった。

背後より分身が特攻を仕掛けるが悪魔の反応は早く、その手が届く前に打ち払われる。

「こっちでござる!」

裂帛の声と共に、二体の分身が左右から悪魔に迫った。それは背後に注意を逸らした瞬間の隙を突いた、完璧なタイミングである。

「甘い!」

悪魔は、それにすら対応してみせた。翼で大気を打ち据えて衝撃波を生み出し、僅かに分身のタイミングをずらしたのだ。

そして悪魔は、その一瞬を突いて左右を薙ぎ払った。

斬り裂かれた分身が霧散していく。

けれどサイゾーの奇襲は、それで終わらなかった。背後と左右。そのどちらも、悪魔の注意を引くためのもの。

サイゾーは静かに、だが迅速に悪魔の下方より迫っていた。

僅かな時間差で繰り出すのは無音の一撃、《逢魔覆滅》。暫くの間、傷を負った事にすら気付けないという、闇の暗殺拳だ。

「そこだ!」

サイゾーの拳が届く刹那。ギラリと光った悪魔の目が、下方から迫るサイゾーを捉えた。

直後、黒い波動がサイゾーを襲う。

「ぐっ……!」

すんでのところで気付かれたサイゾーは、黒い波動をぎりぎりで回避すると、苦し紛れとばかりに手裏剣を投げつけた。

「無駄だ」

悪魔は笑みを浮かべながら、その手裏剣をいとも容易く弾き落とす。

その直後──。

巨大な氷塊が上空より、隕石の如く降ってきて悪魔に直撃したではないか。

悪魔は氷塊と共に地面に叩きつけられる。その圧倒的質量と速度は、耐えるなどという選択を許さぬ一方的な暴力であった。

「よし、命中!」

大地を揺らし大気を震わせる衝撃が広がっていく中、ガッツポーズと共に口端を吊り上げるのはルミナリアであった。

そう、それは極大魔術による痛烈な一撃だったのだ。

そして、この一撃を決められたのは、サイゾーが注意を引いていたからこそといえる。

あえて印という手の内を明かし、そこに警戒を向けさせるだけでなく、分身によって意識を分散させる事で、ルミナリアの仕込みに気付かせないように仕向けていたわけだ。

「流石はルミナリア殿でござる。これだけの威力を出すために、拙者はどれだけの印を重ねなければいけないのでござろうか」

亀裂が奔り砕け散る氷塊。その一撃が穿ったクレーターの如き穴を前にして、サイゾーは苦笑する。

しかも着弾した際に砕けないほどの強度の氷なぞ、どれほどのマナを凝縮させていたのか。その計り知れない威力に途方の無さを感じていた。

それはレイド級の魔獣ですら、ただでは済まないだろう威力であった。

けれど、クレーターの中心部が僅かに震えると共に、ぬらりと悪魔が起き上がったではないか。

「おのれ、人間風情が……」

かの公爵二位とて、今のは効いたようだ。その身体には幾つもの傷が見て取れた。そして顔には、冷たくも燃え盛るような怒りが露わとなっていた。