軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

355 完全包囲

三百五十五

それは、明らかな変化だった。先程までとは打って変わって、コートの男は攻勢に転じていた。今度は灰騎士達が防戦を強いられる状況となっていたのだ。

灰騎士が一体撃破されたが、それでも個々の力は確かだ。今までの戦いぶりからして、突然ここまで一方的に攻め込まれる事になるのは有り得ない事だった。

だが事実、今はコートの男が優勢となっている。

「こやつ、もしや……」

特に、力の変化が著しかった。これまでは通さなかった攻撃であるにもかかわらず、灰騎士が力負けしているのがわかる。大盾で防げていた攻撃で、大きく体勢を崩してしまっていた。

そこへ再び強烈な一撃が炸裂すると、また灰騎士が一体霧散した。残る一体もまた、数度打ち合ったところでガードを崩されて、止めを打ち込まれる。

そうして最初の一体目が倒されてから一分もせずに、残りの二体が倒される事となった。

しかし、それだけでは終わらない。

「イーグル、こっちへこい!」

離れた場所で灰騎士に追いかけ回されていたイーグルに向けて、コートの男が声をかける。するとイーグルは、待ってましたとばかりに方向転換をして、こちらへと真っ直ぐ駆けてきた。

「お願いします、師匠」

コートの男の脇をすり抜けていくイーグル。その後ろ、彼を追いかけていた灰騎士五体の前に、コートの男が立ち塞がるようにして構えた。

二人が接触する数歩手前。その時、これまでで最も激しい衝撃音が轟いた。

一蹴である。低く構えた次の瞬間、コートの男の脚が消えるほどの速度で振り抜かれたのだ。

まるで衝撃波のような風圧が広がり空間を揺らすと、五体いた灰騎士の体が粉々になって消し飛んでいった。

その様子からして、先程見た変化より更に変化しているのがわかる。また一段と力が飛躍したようだ。

(やはり、これはアレじゃな。《憤怒の反骨》じゃな)

状況、そして現状を鑑みたミラは、コートの男が急に強くなった原因として、一つの可能性に行き着いた。

それが、《憤怒の反骨》という《闘術》だ。

その技は、窮地においても諦めずに活路を見出した者が至れるものであり、戦士系クラスの奥義に近いものだった。

効果は単純だ。窮地の中において敵を一体倒す事で高まる闘気を、そのまま己の身体強化に上乗せするというものである。

しかも他にある身体強化系の『闘術』とは違い、身体に纏うように展開するため、その効果が合算されるのが、これの最大の強みといえた。

窮地に陥る、または自身を窮地に追い込むという条件が必須だが、これを駆使出来るようになれば格上とも安定した戦いが出来る。

ゆえに、ゲーム時代では最上位陣に入る登竜門とされていた『闘術』でもあった。

つまりコートの男は、それを会得出来るだけの実力者だったというわけだ。

「さて、これでお前を護る騎士はいなくなったぞ」

倍増した力に余程の自信があるのだろう。コートの男は、そう言ってミラを睨む。そして更に、「上級召喚を使おうとしても無駄だ。それよりも俺の拳の方が速い」と続けた。

もう、為す術がないだろうと。

事実、増幅された彼の力をもってすれば、それも不可能ではなかった。灰騎士やホーリーナイトを十体並べても、コートの男は、それを軽々と粉砕してミラ本体に拳を突き立てる事が出来るだけの力を持っている。

ミラの防御力は武装召喚によって強化されているものの、コートの男の一撃は灰騎士を貫く威力を秘めたものだ。直撃を受ければ無事では済まない。

だが彼は、それをしないまま忠告するだけに留めた。

「後はお前を始末するだけだが、チャンスをやろう。これ以上追ってこなければ、命は助けてやる。よく考えるんだな」

そう口にしたコートの男は、イーグルを連れて堂々とその場から離れていく。予定の脱出地点に向かうようだ。

「それはまた、お優しい言葉じゃのぅ。じゃがな、ちょいと認識に相違があるようじゃ」

背を向けて走り出したコートの男とイーグル。その二人に向けて、ダークナイトをけしかけるミラ。

ダークナイトは一陣の黒い風の如く疾走し、二人の男に斬りかかった。

それは、ほんの一秒にも満たない早業だった。コートの男の姿が消えたかと思えば、ほぼ同時に二体のダークナイトが砕け散ったのである。ただ、それだけでは終わらない。

「言ってもわからないのか」

呆れたように呟いたコートの男は、間髪を容れずにミラの正面にまで迫っていた。余計な事をしたとして始末するために。

「それはお主の方じゃろう」

その瞬間、ミラの口元がにやりと歪んだ。

彼我の間に部分召喚の塔盾が出現する。けれど、コートの男は容易くそれを砕いた。

その時だ──

「ぐっ……!」

砕いた塔盾に隠れるようにして放たれた一本の矢が、コートの男の目と鼻の先に迫っていたのだ。

それはミラの背後に立つダークナイトが放った一矢だった。塔盾を召喚すると同時に、弓持ちのダークナイトも召喚していたのである。

コートの男は急激に身体を逸らし、紙一重でその矢を回避する。それでいて隙なく体勢を整え直す身のこなしは、超一流のそれだ。

「お主の考えは、あれじゃろう、その《憤怒の反骨》が時間切れとなる前に、そして十二使徒が来ないうちに脱出したいといったところじゃろう?」

窺うようにミラが問うも、コートの男は答えなかった。それどころか忌々しげにミラを見据えたかと思えば、どこか別の方向にちらりと視線を向けた。

「気づいておるようじゃな。もう、すぐそこにまで十二使徒の一人、エスメラルダが来ている事にのぅ」

ミラはコートの男の視線に気付くと、その方向の先からやってきている人物の名を口にした。上空から見張っているポポットワイズより報告があったのだ。もうじきエスメラルダが到着すると。

「お見通しか……。だがまあ、エスメラルダというと聖術士だったな。ならば問題はない」

たとえ十二使徒であろうと、聖術士が相手ならば倍増した力で十分に逃走出来る。コートの男は、そう考えている様子だ。

しかし、それは反対であった。

「いや、むしろエスメラルダでなければ、もう少しましな終わり方が出来たかもしれぬぞ。そもそも、わしが待っていたのがエスメラルダじゃからな」

言うや否や、ミラはダークナイトにもう一度、矢を撃たせた。

膂力にものをいわせた強弓による一矢は、真っ直ぐと風を切ってコートの男に飛んでいく。

「回復役を入れて持久戦にでも持ち込むつもりか? だが生憎と、その武具精霊どもの攻撃で俺の足止めは不可能だ」

コートの男は口端を吊り上げながら、飛来した矢を片手で受け止めてみせた。鉄の鎧ごと貫けるほどの勢いをもった矢を、いとも容易くだ。

言うだけの事はある。今、彼の能力は限界にまで引き上げられていた。その自信が示す通り、これまで仕掛けてきた攻撃は、もう通じないとみていいだろう。

ただ、だからこそミラの顔には笑みが浮かんでいた。

「素晴らしいのぅ。ここまでわしの武具精霊と渡り合えた者は久しぶりじゃのぅ」

そう言いながらも更に一射を命じる。

コートの男は今一度、その矢を受け止めた。そして今度は「余程、始末されたいらしいな」と告げて、その矢を投げ返す。

矢は、人の手で投じられたとは思えないほどの速度で返ってきた。

けれど、その矢がミラに届く事はない。突如として空から降ってきた灰騎士が、手にした大盾で弾いたからだ。

ずしりと大きな音を響かせて着地した灰騎士。その姿を前に「また、そいつか」と、コートの男は呆れた表情を浮かべる。

だが、それはほんの始まりに過ぎなかった。二体、十体、五十体、百体、二百体と、次から次に灰騎士が空から降ってきたのだ。

「し……師匠、これは……!?」

「なんだ……こいつらは。こんな事有り得ないだろう……!」

瞬く間に周囲を取り囲んでいく、大勢の灰騎士。

それは最早、彼らが知る召喚術ではなかった。まるで伝説で語られるような 軍勢(・・) が、周囲に現れたのだ。

コートの男には、灰騎士が十体揃おうとも全て粉砕出来るだけの自信があった。けれど、百、二百ともなれば状況が変わってくる。

数というのは、それだけで脅威となるものだ。しかもそれが、有象無象の類ではなく精強な騎士の集まりともなれば、それは最早、軍隊そのものといえた。

しかも、そこに並ぶ灰騎士は、先程までとはまた違っている。

周囲を取り囲むように配置された灰騎士は、剣と盾を。その後ろに並ぶ灰騎士は、長槍を手にしていた。

いうなれば、ファランクス陣形の包囲版だ。

だが、コートの男とイーグルが陥った状況は、それだけで終わらない。更に城壁の上にも数百の灰騎士が長弓を携えて配置されていたのだ。

それこそ、ネズミ一匹も逃げられないほど徹底した包囲網が、瞬く間に出来上がった形となる。

決して逃がすつもりはない。ミラは相手がどのように逃走しようとも、それを妨害する手段を先に講じていた。

それは、訓練場にいた時だ。コートの男が現れた辺りから、ミラは新たな軍勢をいつでも投入出来るように、ポポットワイズの視界を使って軍勢の召喚を完了させていたのである。

実験というのは、安心安全をしっかりと確保し、常に最善の状態で挑むものだ。

そう、ミラが実験を始めるというのは、相手が何をしようとも対処出来るよう、幾重もの準備を完了させているという意味でもあった。

「さて、一応降伏する事を勧めるが、どうじゃ? 大人しくしてくれるじゃろうか」

後ろにいたダークナイトの肩に立ったミラは、そこから円陣の中心にいるコートの男に降伏を促す。ただ、その声にはさほど真剣味はなく、むしろ抵抗する事を望むような色さえ混じっていた。

これだけの戦力に囲まれては、どれほどの実力者であろうと抜け出すのは困難だろう。

突破しようとしても大盾の壁は厚い。それを突き崩せるだけの攻撃をしてきたのならば、その際に生じる隙を槍で貫くだけでいい。

もしも上に跳んだとしたら、数百という矢の雨で迎える。コートの男ならば、十数本程度は捌けるかもしれない。だが城壁の上から狙う灰騎士の数は数百。微かな希望すら許さぬとばかりに弓を構えていた。

コートの男とイーグルにとって、この状況は完全に手詰まりといってもいいものだった。

「すまないな、イーグル。お前がいては、ここから離脱出来そうにない」

捕まれば自白剤によって、どのような秘密も明かされてしまう。コートの男にとっては、二人で脱出する事こそが理想であったが、こうなった時点でその希望は断たれた。

断たれた、はずだが、コートの男はまだ諦めていないようだ。

一人でならば、勝算はある。そう口にするとイーグルの正面に立ち、その口を封じるために右腕を引き絞った。

「おっと、そうはさせぬぞ」

情報提供者は、多い方がいい。このまま口を封じられてなるものかと、コートの男を止めるべく灰騎士が長槍を振るう。

「そうくると思ったぞ!」

それは、誘いだった。突如踵を返したコートの男は、迫る長槍を巧みに躱し、引き絞った右腕をそのまま灰騎士に向ける。そして一気に踏み込んで、十分に溜め込んだ力を解放した。

その一撃は、まるで巨砲の如くであった。迸る衝撃波が彼の正面にいた灰騎士達をなぎ倒していく。

「行くぞ!」

完全包囲の中に開いた僅かな突破口。コートの男はそこに向けて駆け出すと共に、イーグルに向かって叫ぶ。

そしてイーグルは、示し合わせていたかのように素早く立ち上がって、それに続く。

いや、続こうとした。

次の瞬間だ。その声と、二人の姿は轟音と黒い雨にかき消される。城壁の上より一斉に矢が放たれたのだ。

灰騎士が射る矢の先端は丸く、鉄球のような形をしていた。そのため、数百という数の矢がほぼ同時に着弾すると、地面を振動させるほどの衝撃と轟音が広がる。

点を狙う矢が面を制した。その効果は、余りにも覿面であった。

「ばか……な」

「し、師匠……」

コートの男とイーグルは、矢の雨が降り注ぐ中心部にいた。ゆえにそれを躱す術はなく、防ごうとした腕と全身の骨を砕かれて倒れる。

通常の鏃であったなら、既に命はなかっただろう。また、その鍛えた身体でなければ耐え切れなかっただろう。そして、頭だけは無事という点も、二人が命だけを取り留めた要因といえた。

「召喚術……このような戦い方が……」

コートの男は、相手の手の内を見誤ってしまった事に苦悶の顔を浮かべる。

彼は、よもやあの場面で矢を撃つ事はないと考えていた。

その理由は、彼らを取り囲んでいた灰騎士達の存在だ。そのような状況下で一斉に矢を放とうものなら、仲間まで巻き込んでしまうのは確実である。

ならば、そのような策はとるまいと選択肢から外してしまった。コートの男は、円陣を突破してからの対応ばかりを考えていたのだ。

だがミラは、それを実行した。召喚術だからこそ出来る戦い方。仲間諸共に破壊する。これもまた敵を倒すという一点を追及した軍勢の運用方法の一つだった。

「ふむ、上出来じゃな」

残った灰騎士達が包囲を解く中、ミラはその中央付近に転がる二人の男の姿を確認し、満足そうに口端を吊り上げた。

既に矢は霧散しているが、地面に残った痕跡が、どれだけ激しいものだったのかを物語る。綺麗に整備されていた石畳が見るも無残に砕け散り、穴だらけになっているのだ。

「よしよし、狙い通りにいっておる。これならば、今後も制圧に使えそうじゃわい」

重心の違いによる射程の他、狙う箇所を選ぶ必要はあるものの、鉄球の鏃は有効そうだ。そのように実験結果を確認したミラは、さてと顔を上げて、丁度到着したエスメラルダに向けて手を振った。

「おーい、エメ子やー、ちょいと急ぎで頼めるかー」

コートの男とイーグルを、うまい事生かしたままで行動不能に出来た。ただ、やはり加減具合はまだまだ難しい。二人は瀕死の重傷であり、このまま放っておけば死んでしまうだろう。

だが、そういった事も計算済みだ。だからこそミラはエスメラルダがやってくるまで、この策を温存していたのだから。

「はいはい……って、戦争でもしてたのかしら。しかも、見覚えのない人までいるわ」

小走りで駆け付けたエスメラルダは、灰騎士に囲まれたそこを前にして頬を引き攣らせる。

ミラが飛び出して行ってから十分も経たないうちに、何をどうすればこのような惨状になるのかと。

「それで、エメ子や。この二人をじゃな──」

ミラは、コートの男とイーグルについて簡単に説明してから治療するように頼んだ。

その際に「うわ、酷い……」とエスメラルダが呟いた。その役割上、数々の現場を見てきているだろう彼女の目からしても、被害者男性二人の惨状はえげつないものだったようである。