軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

354 師弟の実力

三百五十四

「それは、秘密じゃ」

脱出など不可能な煉獄の炎。その中にあったはずのミラは不敵に微笑みながら答えてみせた。

禁制品となるだけあって、『煉獄の大火』は、その威力もまた格別だ。それは十二使徒や九賢者とて、無事では済まないだけの力を秘めている。

けれどミラには、その炎すら切り抜けられるだけの技があった。それが武装召喚の一つ、《ヴァーミリオンフレーム》だ。

精霊王の加護によって成し得たその力は、『煉獄の大火』すらも防ぎ切るだけの力を秘めていた。そして仙術技能の《縮地》により意識外より距離を詰め、見事に不意打ちを喰らわせたわけだ。

「くそっ……。何なんだ」

ミラによる痛烈な一撃を受けた暗殺者だが、半端な鍛え方はしていなかった。転がりつつも勢いを殺していき、すぐさま起き上がる。

そして怒りを露わに振り返っては、ミラを見やるなり『なぜ、ここにいるのか』とばかりな表情を浮かべた。

彼もまた、『煉獄の大火』の威力をよく知っているからだろう。

けれど、わざわざ手の内を明かす必要などないというものだ。ミラは二人の疑問に一切答えず、「ああ、それとじゃな、これはわしの方で預からせてもらうぞ」と言って、手にしていたそれを見せつけた。

「な……いつの間に!」

直後、暗殺者は慌てて確認する。師匠から渡された精霊爆弾を。

けれどそれは、暗殺者の手元から綺麗に消え失せていた。そう、ミラは不意打ちを入れると同時に、精霊爆弾の瓶を回収していたのだ。

「これはまた、やってくれる。完全に油断させられたな」

煉獄の炎に包まれる訓練場から抜け出しただけでなく、切り札の精霊爆弾までも取り返したミラ。コートの男は、その手腕に脱帽したとばかりに笑った。初めから、精霊女王が厄介な相手だとわかっていたなら、もっと別の策を用意出来ていただろうと。

「だが、それもここまでだ」

大いに笑ったコートの男は、次の瞬間に一変する。

一切の油断、そして躊躇いもない冷酷な眼光を宿し、熊手のような刃の付いた暗器──手甲鉤を構える。また、相対する者を人ではなく、ただの標的と捉えているのか、その目は深い闇に沈み込んだような色へと変じた。

「ふむ、いよいよ本気というわけじゃな」

ひしひしと向けられる殺意を正面から受け止めたミラは、それと同時に、こちらもまた表情を一変させた。

マッドな研究者の顔が半分。友人の大切な人を奪った関係者の一人として、完膚なきまでに叩き伏せるという決意がもう半分だ。

「イーグル、お前はその騎士どもを押さえておけ。本体は俺が始末する」

コートの男はミラを見据えたまま、そう指示を出す。立ち塞がる灰騎士達の相手をしていろと。

「え……!? はい、わかりました」

暗殺者──イーグルと呼ばれた男は、灰騎士を前にして僅かばかりに苦悶の色を浮かべたものの、師匠には逆らえないのだろう。泣く泣くといった様子で答えた。

そして早速とばかりに、灰騎士へとナイフを投じる。それは鮮やかなほどの早業であり、寸分違わず灰騎士達を捉えていた。

大盾でナイフを防ぐ灰騎士。その直後、ナイフが爆裂し強烈な爆音が響く。

いったい、どれだけの力が秘められているのか。どういった代物なのか。ナイフの威力はとてつもなく、大盾にはヒビが入っていた。

けれど灰騎士も負けてはいない。すぐさま大盾を修復して、猛然とイーグルに斬りかかっていく。

「早くしてくださいね、師匠ー!」

そう言って駆けるイーグル。最も得意な距離を保つためなのだろうが、連携して攻める灰騎士の猛攻はそれを許さず、逃げ回っているようにも見えた。

とはいえ、Aランクにも匹敵する力を持つ灰騎士を五体同時で相手にしながら、一撃も受けてはいない。一見するよりも、ずっと手練れである。

「さて、無様な弟子を、また扱かなくてはいけないからな。直ぐに終わらせてもらうぞ」

そんなイーグルの師匠というコートの男は、いったいどれだけの実力を秘めているのか。防戦一方になっているイーグルの姿に落胆のため息をもらしながら、ゆっくりと距離を詰め始めた。

「それはまた大変そうじゃな。ならば、わしがその憂いを取り払ってやろうではないか」

ここで仲良く捕まれば、もうそのような必要もなくなる。そう微笑を浮かべたミラは、《ホーリーフレーム》を纏いつつ、こちらもまた距離を詰めていく。

そうして彼我の距離が三メートルと迫ったところで、ミラとコートの男は同時に動いた。

最速最短で拳を繰り出し、一撃必殺を狙うコートの男。

ミラに迫る手甲鉤には、何かしらの術式が刻まれているようだ。毒々しい光を帯びている。

対してミラは、それを部分召喚の塔盾で受け止めた。

一切の挙動や予兆すらなく出現する塔盾は、極まったミラの絶技によるもの。つまりは最強の召喚術士の技というわけだ。

随分と数多くの敵を葬ってきたのだろうが、流石に召喚術士の頂点と戦うのは未経験だろう。コートの男は塔盾を貫きながらも、そこでほとんどの勢いを殺されたため、一足で飛び退いた。そして、注意深くミラを見据える。

「こんな術もあるのか。面倒な奴だ……」

召喚体が相手では、毒の効果も無い。ましてやそれが、現れては直ぐに消える塔盾となれば尚更だ。

それでいてコートの男は、注意深くミラをじっと見据えていた。部分召喚を、その目で見極めようとしているらしい。

(ふむ……ちょっとした企みも見逃してはくれなさそうじゃな)

それがどれほどの観察力かと試したところ、目線や指先、僅かな重心の変化までもコートの男に捉えられていた。

ミラが僅かに兆候をみせるたび、その隙に付け込もうというのか、コートの男の目が鋭く光る。行動を起こせば、すぐさま懐にまで飛び込んでくるだろう。

いったい、どれだけの反応速度か。

ミラは試しとばかりに、部分召喚を発動した。

「──!」

それは、まさに刹那。僅かばかりに視線を向けて召喚地点を定めた後の事。コートの男は、黒剣が背後に現れるのとほぼ同時に飛び出したのだ。

一足でミラの目の前にまで踏み込んだコートの男。だがそこまできて、強く構えた拳を繰り出す事無く、更に跳んだ。

コートの男は、気付いていたのだ。そこにいるミラが、《ミラージュステップ》による幻影だと。

そして虚像が消えるよりも早く、本当のミラの位置を把握して襲撃する。

瞬間、ミラの拳とコートの男の手甲鉤がぶつかり合った。

手甲鉤には毒以外にも何らかの効果が隠されているようだ。ホーリーフレームの籠手からは激しく火花が散り、耐久値が一気に削られて亀裂が走る。

それを好機とみたのか、コートの男は更に畳みかけるべく、一歩を踏み込んだ。

だが、その一歩が効果を発揮する事はなかった。再びミラが幻影とすり替わっていた事に加え、四方八方より黒剣がコートの男に振り下ろされたからだ。

「ぬぅん!」

即座に一歩下がったコートの男は、その両手を蛇のようにしならせて黒剣を全て叩き折った。そして「この技は、見切らせてもらった。二度と通用するとは思わぬ事だな」と口角を上げる。

「ほぅ、そうか。流石にやりおるのぅ」

事実コートの男の反応速度と対応力は確かであり、その実力は、そこらのAランク冒険者を凌駕するほどのものだった。

だが、だからこそ、ミラの顔に薄らとした笑みが浮かぶ。そしてコートの男の観察眼は、その変化を見逃さなかった。

「この状況で、まだ笑うか。つまりは、まだ隠し玉が残っているわけだな」

コートの男は冷たい表情を浮かべ、一歩ずつ近づいてくる。

「まあ、そういうわけじゃ」

そう答えたミラは、正面に灰騎士を召喚した。するとコートの男は、それを前に立ち止まり、ちらりと視線を遠くに向ける。

その視線の先には、五体の灰騎士を相手に逃げ回るイーグルの姿があった。

「六体目か。召喚枠には制限があると聞いたが、お前の上限は幾らなんだろうな」

「さーて、幾らじゃろうな」

不遇の時代が長い召喚術であるが、コートの男は、それでもそれなりの知識を持ち合わせているようだ。

ミラはその事に少し喜びつつも、不敵に微笑み返し、そのまま灰騎士に攻撃を命じた。

ダークナイトよりも更に速く、そして力強く地を蹴り大剣を振り下ろす灰騎士。その一撃は岩をも斬り裂く剛剣。重く激しい、必殺の斬撃である。

「ふん!」

コートの男は、その一撃を見事に受け流す。更に続けて強烈な蹴撃を放ち、灰騎士を宙にかち上げたではないか。しかも、落ちてきたところを城壁の外にまで更に蹴り飛ばしてみせた。

「この程度で俺を止められると思わぬ事だな」

造作もないと構え、更に一歩ずつ距離を詰めてくるコートの男。

あの灰騎士が、これほど簡単にあしらわれるのは初めてだった。けれど、それでいてミラの顔に焦りの色はない。

むしろマッドテイストが、より多めに滲み始めていた。

「ならば、これはどうじゃ?」

ミラは挑戦的でいて実験的に言うと、コートの男に立ち塞がるような形で灰騎士を三体召喚した。

屈強で、その強さも確かな灰騎士。しかもコートの男を上回る体躯を誇っている。そんな三体に並ばれた際の威圧感は相当なものだろう。

だがコートの男は、にやりと笑う。

「なるほどな。あれを同時に召喚出来るわけか。しかも向こうと合わせれば八体。女王などと称えられるには相応しい実力だ」

至って冷静な顔のまま灰騎士とミラを見比べるように睨んだコートの男。

彼は、分析していた。精霊女王が隠している真の実力を。そして一つの要因を見抜く。この極めて強力な武具精霊召喚こそが、その一助となっているに違いないと。

コートの男が辿り着いた答え。それは、確かな真実だった。ミラと武具精霊との関係は、どの召喚術士よりも強いだろう。

相手を把握したコートの男は、次の一歩を踏み出す。その踏み込みは力強く、それでいて風のように速い、まるで嵐のような一歩だった。

大気が震え、振動が奔り、鈍い音が響くと同時に、それは起きる。

いったい、どういった技だったのか。僅かにコートの男の気配が膨れ上がったと思えば、それに弾かれるようにして正面の灰騎士が吹き飛んだ。

その一撃を起点として、コートの男の猛攻が始まった。残る二体の灰騎士を相手に、激しく打ち合う。

とはいえ灰騎士もまた、そう容易く打倒出来るようなものではない。残った二体が堅実に応戦する中で吹き飛ばされた一体が起きあがり、戦列に復帰した。

そうして状況は、再び三対一。初めに灰騎士を一撃で仕留めてみせたコートの男だが、流石に三体同時ともなると厳しそうだ。

コートの男は、巧みに連携する灰騎士を相手に守りを固めていた。

拮抗状態が続く。と、それは、ほんの僅かな隙だった。波状攻撃を仕掛けていた灰騎士達のタイミングが、僅かに重なった刹那の事。コートの男が、反撃を繰り出したのである。

気迫と殺意、そして闘気の乗った一撃は、まるで火砲のような一撃だった。

轟く爆音と、少し遅れて響いた激突音。ほんの一瞬で殴り飛ばされた灰騎士は、城壁に激突したまま霧散していく。

「なんと、あの瞬間すら見逃さぬか」

灰騎士の育成は、まだまだ途中の段階だ。ダークナイトとホーリーナイトの戦闘経験は蓄えられているものの、それは個別に最適化された経験である。いわば、攻撃特化と防御特化のスタイルが混じり合っている状態だ。

灰騎士としての戦闘スタイルは、まだまだ未熟。ところどころに粗が出てくるため、今回のように連携に隙が生じる事が多々あった。

今回は、その瞬間を正確に捉えられたという状況だ。

ミラは灰騎士運用の改良点を頭に刻むと同時に、コートの男の変化に気付く。

「何やら先程よりも……」

気配が、存在感が、マナが、力が膨れ上がっていたのである。

今度は、何をしたのか。ミラが推察する中で、コートの男は動き出した。