軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

304 七姉妹の朝

三百四

食べるのが楽しみだと、ミラは完成する端からカウンターに置かれていくフレンチトーストの皿を目で追う。と、その時だ。不意にその向こう側、食堂の扉が開いた。

一番乗りでやってきたのは、アルフィナだった。簡素な服に身を包んだ彼女は、「朝からご苦労様です、フローディナ」と声をかけるなり、テキパキとテーブルの掃除を始めた。きっとそれが、二人のいつもの朝なのだろう。ただ、「おはようございます、アルフィナ姉さん」と返すフローディナは、ちらりとミラに視線を向けてから、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あら、今日は随分と珍しいメニューですね」

掃除を終えてカウンターにやってきたアルフィナは、そこに並ぶフレンチトーストを見て、そんな言葉を口にした。どうやら彼女達にとって、フレンチトーストは珍しい部類に入るらしい。後になって聞いた話によると、そもそも食事に甘いものというのが、ほとんどないとの事だった。

なお、トマト料理の鍋は、まだ厨房の中に座したままであり、アルフィナの目には入っていない。

「そちらは、昨日のうちに主様からご要望をお聞きして、お作りいたしましたの。ウゾフニルの卵を使ったので、朝に活力を入れるには最適ですわ」

そうフローディナが答えたところ、あっという間にアルフィナの表情が輝いた。

「なるほど、そういう事でしたか。素晴らしいですよ、フローディナ!」

主様のために、昨日から動いていたフローディナ。その行動と心意気をアルフィナは大絶賛した。見ていないところでも主様のためにと動く妹を、誇らしく感じたようだ。きっとフローディナの料理ならば満足してくださるだろうと、アルフィナは自信満々に料理をテーブルに運んでいった。

(なんというか、こそばゆいのぅ……)

アルフィナの主様至上主義ぶりは、日常でも何ら変わらないようだ。料理を運びながら「主様のお席は──」「お飲み物は──」と、準備に駆け回る。更にはフレンチトーストの皿を並べ、魔獣と対峙する時よりも集中して、どれが一番美味しそうに仕上がっているかと吟味を始めた。

「……あー、アルフィナや。そこまでせずともよいぞ」

アルフィナの気遣いぶりに、そろそろいたたまれなくなったミラは、厨房からひょっこりと顔を出して声をかける。

直後、流石に予想外過ぎたのか、アルフィナは余程驚いたようだ。ミラの声に反応し刹那の速度で振り向いて、「主様!?」と素っ頓狂な声を上げる。それは、いつもキリリとして冷静な彼女が垣間見せた珍しい一瞬であった。そしてフローディナはそんな姉の姿を見て、してやったりとばかりに小さく微笑んでいた。

「おはようございます、主様。いらっしゃるとは知らず、挨拶が遅れまして申し訳ございません」

まるで獲物を見定める猫の如くフレンチトーストを睨んでいたアルフィナだったが、慌てたように姿勢を正し完璧な所作で一礼する。

「うむ、おはよう、アルフィナよ。それと、気にするでない。直ぐに顔を出さなかったわしもわしじゃからな」

むしろ、主の前だからと構えていない素のアルフィナを見る事が出来たと、嬉しくすらあったミラ。対してアルフィナは「そのような事はございません!」と口にしながら、厨房奥のフローディナを睨む。

フローディナは、そっと気付かぬフリで後片付けを始めていた。

「なんと、料理を……!」

なぜ厨房にミラがいたのか。とても気になっている様子だったため、簡単に説明すると、アルフィナは驚愕と羨望が入り交じった顔を浮かべた。戦い以外でも役に立ってみせたフローディナを羨ましいと感じたようだ。

その話した内容とは、料理を習っていたというもの。フローディナの腕前は素晴らしいとミラが絶賛すれば、アルフィナは誇らしげに、だが少しだけ嫉妬を秘めた目で、彼女はヴァルハラ一の料理人であると応えた。

「おはようございますー。あ……主様だ! おはようございまーす!」

そうこうしていたところで、クリスティナが食堂に二番乗りでやってきた。朝から元気な彼女は、ミラの姿を確認するなり駆け寄ってくる。そしてミラが厨房側にいる事に気付くと、「もしかして、今日の朝食は主様が!?」と期待を覗かせた。

「いや、わしは料理を習っておっただけじゃよ」

ミラがそう答えたところ「そういう事でしたかぁ」と、クリスティナはあからさまに残念がり肩を落とす。となれば、黙っていられないのはフローディナであろう。

「あら、私の料理じゃ不服ですの?」

そう怒りを笑顔に隠して一睨みしたところ、クリスティナは先程の態度を改めて思い返し気付いたようだ。まるでフローディナの朝食に不満があるような言い方であったと。

「いえ、そういう意味じゃなくて、主様の手料理が食べられたら素敵だなー、なんて思いまして──」

クリスティナにとって食の一切を牛耳るフローディナは、アルフィナの次に敵に回したくない存在であった。しどろもどろに言い訳しながら後ずさり、平和的解決を模索する。

「それは確かに、その通りですね」

どこか苦し紛れの言い訳ではあったが、やはり主様という言葉は強く、アルフィナの賛同を得る事に成功した。そのお陰かフローディナからの圧も和らぎ、ほっと一息ついたところでクリスティナはそれを目にする。

「あ、これって!」

クリスティナが目を輝かせて駆け寄ったそこにあったもの。それは、テーブルの上に一列に並べられていたフレンチトーストだった。

ミラが厨房にいたところを見て、クリスティナがそこに期待した事。それは、甘いものが食卓に並ぶ事であった。

大の甘党である彼女は、日夜甘いものを求めて彷徨い、それを得るために並々ならぬ技をも身につけていた。それこそ、網の目のように張り巡らされた監視網を掻い潜り、甘い果物を攫ってしまえるほどに。

ただ、それで慰められるのにも限界があった。やはりケーキやプリンといった、甘味に振り切った料理には、生の果実では得られない満足感があるのだ。

しかし先程アルフィナが言っていた通り、甘味が食卓に出る事は滅多にない。だがそこに、普段とは違う要素が加わったらどうか。初めにクリスティナが口にした言葉は、その想いが込められたものだったわけだ。

何かと甘いもの好きなミラが朝食を用意したとなれば、パンケーキといったメニューを思い描いてしまうのも仕方がないというもの。

と、それだけ飢えていたクリスティナの前には、待ち望んでいた甘味が整列しているではないか。それを目にした瞬間の感情は、もはや言わずもがなだ。

「それは主様が朝食にと、ご希望されたものですわ」

フローディナがそう告げたところ、クリスティナの顔に更なる光が宿った。

「流石です主様! そうですよね、やっぱり朝はこういうのですよ!」

これを是非とも定番化してほしい。そんな想いが、その言葉にはふんだんに込められており、「こういう日もいいわよね」と、フローディナもそれとなく同意を示した。

そしてそれらの言葉は、どうやらアルフィナに向けられていたようだ。食卓にほとんど甘味が出ないのは、彼女が関係している様子である。

「ええ、そうかもしれませんね」

何よりも主であるミラが要望したメニューだ。主様至上主義のアルフィナにとって、それは考え直すきっかけになったようだった。

「えっと、えっと……これが一番大きそう! 私はこれにしますー!」

目にハートを浮かべながらも、類稀な集中力でフレンチトーストを見比べたクリスティナの鑑定眼は、ここにきて真価を発揮する。誤差程度の範囲ではあるが、確かに一番大きなものを手に取ったのだ。そして、足取り軽く自分の席へと素早く持って行った。

「こら、クリスティナ! まだ、主様の分が──」

笑顔満面なクリスティナを、そう叱ろうとしたアルフィナ。だがそこで、ミラが「よい、よい」と制した。

「フローディナが作ったものじゃからな。どれも絶品である事に変わりはないじゃろう」

ミラがそう続けるとフローディナは照れたように微笑み、アルフィナもまた確かにその通りだと矛を収める。先程、同じような事をしていたが、それはなかった事にしたようだ。

「おはようございます。……と、あっ、主様!? おはようございます!」

「まあまあ、おはようございます、主様。そしてアルフィナ姉様、フローディナ、あら、クリスティナもいたのね」

クリスティナの無事が確保されたのも束の間。続いて四女のシャルウィナと次女のエレツィナが食堂にやってきた。

「うむ、おはよう」

そう挨拶を返したミラは、直ぐに気付く。シャルウィナは夜更かしをしたなと。きっと、昨日の夜に渡した漫画が原因だろう。どこか寝ぼけ眼でやってきたが、ミラの姿を前にして完全に目が覚めたようだ。夜更かしするなと忠告されたが守らなかった事を悟られまいと必死な様子である。

(まったく、仕方がないのぅ……)

とはいえミラもまた、漫画が持つ特別な魅力を良く知っている。ゆえに今回は見逃してやろうと、そっと視線を外した。

対して矢じり開発を始めたはずのエレツィナには、寝不足という気配はなかった。落ち着いた所作で一礼する様は堂々としており、実に淑女然としたものだ。

研究と休息をバランスよく取れているのだろう。そう感心するミラであったが、彼女の目の下に出来た僅かな隈に気付けなかったのは、エレツィナの装い方が卓越していたからであろう。

「あ、なんだか甘い匂いがしますね」

「あら、本当。どうしたのかしら」

シャルウィナとエレツィナは特に感覚が鋭いからか、普段は有り得ない匂いが漂っている事に素早く気付いた。そしていち早くフレンチトーストを見つけて、その目を輝かせる。

「朝の食卓に、甘いものがあるなんて……」

「まあ、とっても素敵ね」

どうやら飢えていたのは、クリスティナだけではないようだ。二人もまた甘味を前にして打ち震え、その奇跡を喜び合った。

「それは主様のご要望によって実現したんですよ!」

ここぞとばかりといった様子で立ち上がったクリスティナは、フレンチトーストという甘味がここにある理由を二人に熱く語る。何よりも偉大な主様が、朝の活力として大切な甘味を食卓にもたらしてくださったのだと。

「流石は主様。そうよね、やっぱり朝に甘くて美味しいものを食べると元気が出るわよね。今日に限らず、食後のデザートなんかもあると、もっと頑張れるわよね」

クリスティナの意図を察したのか、お淑やかな笑みを浮かべながら、その言葉に同意するエレツィナ。

「程良い糖分は、心と体に効果的だと思われます」

シャルウィナも気付いたようで、そう援護を始めた。食卓に甘味という、ミラがもたらしたこの奇跡を一度で終わらせてなるものかと。

クリスティナとエレツィナ、シャルウィナ、更にフローディナまでもが打ち合わせをせずとも結託し、甘味の恒常化を狙い動き始める。何よりもミラが要望したものである事を旗印として掲げつつ、遠回しに甘味の必要性をほのめかす。直接訴えるのではなく、アルフィナが自ら甘味の解禁を認めるように誘導する企みのようだ。

「何だか朝から騒がしいわね」

「どうかしたのですか?」

朝の甘味で盛り上がる食堂に、五女のエリヴィナと六女のセレスティナが顔を見せた。そして二人は、厨房にいたミラに驚きながらも一礼した後、挨拶もそこそこに何を騒いでいるのかとテーブルを見回す。

食事は既に、人数分がテーブルに並べられていた。甘味云々と話しながらも、作業だけはしっかりと進めていたようだ。

そこへクリスティナが、まるで神のお告げでもあったとばかりな様子で状況を伝えた。すると二人もまた、その重大性を理解したらしく、過剰摂取はよくないが、適度な糖分補給は効果的であると話を合わせていく。

(なんとなくフレンチトーストが食べたいというたが、随分と大事になったものじゃな……)

長女アルフィナに改革を訴える六人の妹達の声。それによると今の甘味事情は、稀に果物の甘さを口に出来る程度であるそうだ。今日のように手の込んだ甘味が食卓に出たのは、それこそ十数年振りだという事だった。

よもや日常的に堪能していた甘味が、ここではそれほどの希少品だったとは。その事実に驚き、気軽に注文し過ぎたかと思い返すミラ。ただ、ミラ自身は、そもそもスイーツ好きであった。よって、どちらかというとその心情は妹達側に寄る事となる。

「ところで、気になったのじゃが、なぜ甘い菓子が禁止になったのじゃろうか」

甘味の良さを説く妹達と、じっと黙したままのアルフィナ。そこへミラが、ふと疑問を投げかけた。十数年も甘味が食卓に並んでいなかったという事は、つまり十数年前までは並んでいたという意味でもある。それからなぜ今に至るのか。その理由が気になったのだ。

「えっと、それはまあ、昔の事だからいいんじゃないですかね……。それよりも今ですよ、今!」

ミラの問いかけに対して、真っ先に反応したのはクリスティナであった。彼女は言う。大切なのは過去ではなく現在であり、この先に続く未来であると。余程、甘味の解禁に必死なのか、それはもう詐欺師──どこぞのセミナーの講師の如く、未来について語り出した。

端的に聞くならば良い事を言っている風なのだが、どうにもこうにもクリスティナの言葉は、過去から目を逸らそうという思惑がありありと透けて見えていた。

「して、何が原因じゃ?」

クリスティナの言い訳を聞き流したミラは、改めるようにしてアルフィナに問うた。するとアルフィナは少し考えた後、「妹の恥を晒す事になるため恐縮ですが──」と前置きしてから、その理由を話し始めた。なお、その際にクリスティナが騒いでいたが、他の姉妹達によって大人しくさせられていた。そしてどうしたものか、どことなく観念したとばかりな雰囲気が彼女達から漂っていた。

「あれは、十七年前の事です。丁度、フローディナの料理の腕前が、飛躍的に向上し始めた頃になります」

このヴァルハラは、地上世界とは境界を挟んで、ずれた場所にある。だが稀に、地上にある様々な品が持ち込まれる時があるそうだ。そして、そんな品の中にあった一冊の本が、それまでの食卓に大きな変化を与えたのだとアルフィナは言う。

「はい、確かにあの本は、今の私の料理を支えてくれていると言っても過言ではありませんわ」

途中でフローディナが、そう告げる。フローディナの料理の腕を支えた一冊。それはいったいどのような本だったのかと訊いたところ、彼女は厨房の隅から、その現物を持ってきた。

「なんともまた、このようなものが……」

辞書のように分厚いながらも、どこか手作り感のあるその本は、正しく料理本であった。そこには簡単な一品から大皿料理、時短レシピもあれば手の込んだものまで、多くの料理と調理手順が丁寧に書き込まれていた。そして何よりも目を引いたのは、お菓子類のレシピの量だ。この本の製作者は、きっと元プレイヤーであり、お菓子好きでもあったのだろう。日本の和菓子だけでなく世界各国の洋菓子の作り方が、とても丁寧に書き込まれていたのである。

「これはまた、見事なものじゃな」

その完成度もだが、それらのレシピはミラでもわかるほど理解し易く書かれていた。

初めて目にするものながら、挑戦し易い菓子の数々。フローディナは、姉妹達の食事を担当していただけあって、それなりに料理好きであり、だからこそ、その本を前にして挑戦せずにはいられなかったそうだ。