軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

303 ヴァルハラホームガーデン

三百三

アルフィナのトマト嫌い克服作戦。その段取りが決まった後、ミラはフローディナに案内されて、庭園の更に奥へとやってきていた。

「おお……これはまた見事な畑じゃな」

そこにあったのは、幾つもの畑であった。だいたい六畳ほどの広さで区切られた畑が十以上並んでおり、野菜や果物などが立派に育っているのだ。何でも庭園弄りをしているうちに畑弄りにまで発展し、気付けばこうなっていたらしい。

ほうれん草や 馬鈴薯(ばれいしょ) (じゃがいも)、 甘藷(かんしょ) (さつまいも)、にんじん、たまねぎ、キャベツにレタス他色々と基本的な野菜が畑の多くを占めている。また苺やブルーベリーといったフルーツも少しはあるようだ。

なお、侵入してくる野生動物などはいないにもかかわらず、時折食害が出るとフローディナはぼやいていた。しかもその犯人は野菜に目もくれず、フルーツのみを狙うのだそうだ。そして何よりも、その犯行が実に巧妙であるという。どのような対策を講じても見事に僅かな隙を掻い潜り、証拠を一切残さず消え去るのだ。

見ると確かに畑周辺には、対策用の様々な術式の気配が隠れていた。相当な警戒具合だ。

ただ、いつか現行犯で捕まえてアルフィナ姉さんに突き出してやると言ったフローディナの目は、どこか楽しんでいる様子でもあった。

(思えば、畑に野菜が生っているところをこうしてじっくり見るのは初めてな気がするのぅ)

絶品のトマト料理を作ると意気込むフローディナと共に、畑でトマトを厳選するミラ。食べ頃なトマトの選び方を教えてもらい、じっくりと目を凝らす。

「フローディナや、これはどうじゃ?」

特に大きく真っ赤なトマトを見つけたミラは、フローディナを呼んで、どうだとばかりにそれを指さす。

そのトマトは、良く熟しているのが一目でわかるほどの実り具合だった。しかも先端部分には、はっきりとした星型の模様が浮かんでいる。甘くなるよう、水を少なくし、過酷な環境で育てた証である。

「ばっちりですわ、主様!」

しっかり確認してからそう答え、収獲するフローディナ。そして二人は、それを何度も繰り返し、料理に必要なだけのトマトを確保していった。

料理には、他の野菜も必要になるため、フローディナはそれらの収穫に取り掛かる。対してトマトの厳選という大役を終えたミラは、百メートル四方は超える畑地帯を、のんびりと見て回っていた。なお、畑荒らし対策の術式は解除済みだ。

思えば畑に入るというのも初めてだと、これまでの色々を振り返りつつ、瑞々しく立派に育つ野菜の生命力に感動を覚える。そして、こういう状態で見るそれらは、割り増しで美味しそうに見えるものだなと改めて感じた。

「これなんてもう、食べてくれと訴えかけてきているようじゃ」

苺畑に入り込んだミラの前には、丸々と大きく実り、真っ赤に染まった大粒の苺があった。「今が食べ頃だよ、美味しいよ」そんな幻聴が聞こえてくるような、赤い誘惑。

ミラは、ちらりと別の畑の方に目を向ける。そこでは、職人気質な目でナスと見つめ合うフローディナの姿があった。その顔は、こちらではない方に向けられている。今のミラは、彼女の視界の外にあった。

(今ならば……!)

そう直感したミラは、見事に熟した苺に手を伸ばし……その直前で引き戻した。そして今一度、フローディナを見て声をかける。

「フローディナやー、この苺が食べてほしいと囁いておるのじゃが、一つ摘まんでもよいかー!?」

食害だ犯人だという話に感化され、ついつい後に続いてしまいそうになったミラ。だが、心の広いフローディナの事だ。言えば、一つくらいなら許してくれるだろうと思い直す。

すると「あ、はい、苺達がそう言うのでしたら、幾らでも構いませんわー」という笑い交りの声が返ってきた。そう、こういう時は大抵、こそこそなどせずにしっかりと伝えれば許可は得られるものなのだ。

そうして畑の主の許しを得たミラは、一切の後ろめたさを感じる事無く、最初に目についた苺を一つ摘まんだ。

「これまた、立派に育ったものじゃな」

ずしりとした重さを手で感じつつ、頬張るようにして苺を齧る。瞬間、果汁が口いっぱいに溢れ出し、甘みと香りが爆発したかのように広がっていく。

「んー! なんという美味さじゃ! これ程の苺は初めてじゃな」

やはりヴァルハラという土地は特別なのだろうか。その苺は、記憶にあるどの苺よりも美味しいと断言出来るほどの味わいだった。

と、そのようにミラが感動していたところに、とある声が響いてくる。

『ミラさんがそこまで言うなら、これは負けていられないわね』

そう、マーテルの声だ。庭園を見つけた辺りから興味深げに見学していた彼女は、フローディナの仕事ぶりを称賛し、同時に対抗心を燃やし始めていた。植物の、特に美味しい果実の類については、聖母の如き見た目に反してなかなか負けず嫌いなようだった。

フローディナの畑を巡り、ちょこちょこ許可を取っては摘まんでいくミラ。やがて端の方までやってきたところ、その畑が目に入った。

「む、ここだけ何もないのぅ」

まだ芽が出ていないのか。それとも何も植えられていないのか。広い畑地帯の隅に少し出っ張るようにしてあったそこには、しっかりと耕された跡が残っていた。しかし、青々と茂り実りをつける他の畑と違い、そこだけ忘れられたかのように空白となっていたのだ。

「主様、お待たせいたしましたわ」

何もない畑を見ていたところで、野菜の厳選を終えたフローディナがやってきた。彼女が手にしたカゴには収獲したての瑞々しい野菜達と、主役のトマトが収まっている。その全てがアルフィナのトマト嫌いを克服するために揃えられた精鋭達だ。

「これはまた、どれもこれも立派じゃな」

それらの美味しそうに育った野菜とトマトが、フローディナの手によって絶品の料理に生まれ変わるわけだ。今から楽しみだとミラが続けると、フローディナもまた最高の一品に仕上げてみせますと気合十分に答えた。

「ところで、ここの畑だけ何も植わっていないようじゃが」

改めるようにして正面の畑に視線を移したミラは、ここは何の畑なのだろうかと問うた。対してフローディナは、「あ、こちらの畑は──」と口にしてから、少し悩んだ色を浮かべつつ「実は──」と続けた。

フローディナの話によると、その空白の畑は暫く前に拡張した場所だという事だった。

「珍しい果実が手に入ったので、その種を植えてみようと準備していましたが──」

ひょんな事で手に入れた、幻といわれる果実。それを前にして、これまでは標準的な植物しか育てていなかったが、普段とは違った特別な事に挑戦する折角の機会だと考えたフローディナは、早速畑作りから始めたという。

ただ、そうしている間に、クリスティナを筆頭にして、セレスティナとエリヴィナが、おやつ代わりにそれを食べてしまったそうだ。

「普段の棚ではなく、別のところに保管しておくべきでしたわ……」

いつも果物を保存しておく棚に入れておいた自分も悪いと認めながらも、一度も見た事がない果実を躊躇いなく食べるなんてと、妹達の食欲旺盛さに苦笑を浮かべるフローディナ。

なお、珍しい果実の種はその扱いが相当に難しく、乾燥しないうちに植えなければいけなかった。つまり、捨てられていた種に気付いた時には、既に乾ききった状態だったというわけだ。

そうして、植える予定の種がなくなった。かといって特別なものに挑戦しようと耕した畑に普段通りの何かを植えるのも複雑であり、今は別の珍しい種を探している最中だという事だ。

「なるほどのぅ……」

何も植えられていなかった畑に、そんな経緯があったとは。驚き納得しつつも、姉妹達の暮らしぶりがわかり、どこか微笑ましいと感じてしまうミラ。

と、そんな時だ。丁度良いものがある事を思い出した。

「そういう事ならば、これらを植えてみるのはどうじゃろうか?」

そう言ってミラが取り出したのは、幾つもの種だった。それは、ソウルハウルを捜しに古代地下都市を攻略していた時に手に入れた果実の種である。

謎の古代文明により、未だ稼働している幾つもの設備。そこで栽培され続けているのは、様々な果実達の原種とされるもの。とんでもない味のものから、目を見張るほどに美味しいものまで、色々と揃っていた。その中でも美味しかったものの種を、一応とばかりにとっておいたのだ。

特別さでいえば、当初の予定であった珍しい果実の種よりも上かもしれない代物だ。

「ものがものだけに、育てるのは相当に難しそうじゃがな。このまま畑を遊ばせておくよりは、多少有意義ではないか?」

全ての生育環境が自動で整えられた施設で育った果実の種。それを遠く離れた地に植えるというのは、中々の挑戦だろう。ここまで環境が変われば、芽すら出ない事だってあり得る。

だがフローディナは、そんな不安要素など一切気にした様子はなく、「いただいても、よろしいのですか!?」と、ミラが差し出したその種を前にして両の目を爛々と輝かせていた。

「うむ、構わぬぞ」

ミラが頷くと、フローディナは「ありがとうございます!」と恭しく跪き、種を大切そうに袋へ収める。

「ああ、それとじゃな」

種だけではわかり辛いだろう。そう思ったミラは、まだ幾つか残っていた果実の方もフローディナに手渡した。

礼を言って受け取ったフローディナは、見た事のないそれらを興味深そうに観察する。いったいこの果実はどのように生るのだろうか。それが楽しみで仕方がないと、彼女は情熱的な目で空白の畑を見やった。

畑よりところ変わって、館内の厨房。六畳ほどの広さがあり、カウンター越しに食堂側の様子も窺えた。ただ朝もまだ早いからか、そこには誰の姿もない。

厨房ではフローディナが手際良く朝食の準備を始めていた。今回は姉妹達に加えミラとブルースの分もあるため、必要なのは九人分の朝食。それを一人で作る姿は、正に厨房という戦場に降り立った戦士とでもいった様子だった。

そして、そんな彼女の傍で包丁を握る者が一人。そう、ミラである。作戦のために、トマト料理の下拵えをしているのだ。といっても、難しい事は何もない。フローディナの指示通りに、トマトを切るだけの簡単なお仕事である。

「これでどうじゃろう?」

まだまだ料理に慣れていないため、どことなく覚束ない手際のミラ。だが、単純に切るだけならばどうにかなるもので、収獲したトマトを全て切り終えた。

「完璧ですわ主様。ありがとうございます」

若干大きさが不揃いながらも問題ないと、トマトの入ったボウルを受け取ったフローディナ。そしてここから先は彼女の独擅場であり、ミラはそのまま、もう一つの目的に徹した。

怒涛の手捌きで調理を進めていくフローディナを、そっと見守るミラ。最近は出来合いのもので済ませてしまっているが、やはり冒険者といえば、野営と、その場で調理する冒険者飯が醍醐味というもの。作戦とは別に、そんな理由でフローディナに料理を教えてもらっていたのだ。

「沸騰させてしまうと風味が逃げてしまいますので、注意が必要です──」「火の通り具合は、切り方の大きさで調整します──」「灰汁を取り過ぎると旨味も取ってしまう事になりますので──」

流れるような手順で調理を進めていくフローディナの動きは、非常に慌ただしそうに見えた。だが、要所要所で解説や注意点を口にして、それらを飄々と仕上げていく。その姿には余裕すら見て取れ、また主であるミラに教える事が出来て嬉しいのか、それはもうハツラツとした表情であった。

「ふむ……なるほどなるほど……」

ミラは次々に飛び出してくるフローディナの教えを、一生懸命にメモしていく。

初めは、手伝いながら教えてもらうつもりだった。だがフローディナの仕事ぶりからして、むしろ邪魔になりそうだと判断し、見て聞くだけに留める事にしたのだ。しかしながら、数種類の料理が同時進行で仕上がっていく様を眺めていて思う。

(これは、参考に出来るものではなさそうじゃな……)

長年培ってきたからこそ出来る判断に手順、技術が盛り沢山なフローディナの料理現場。それはもはや、目で追える域を超えていた。それらの技を修得するには、料理の修行を何年、何十年すればいいのだろうか。ミラは、そう苦笑する。

とはいえ、中には今すぐ使えそうなテクニックやポイントもあった。どちらかといえば、そちらを重視してメモに残していく。

「おお、いよいよじゃな!」

そうこうしている間に調理も進み、完成品が次々とカウンターに並べられていく。そして遂にフローディナ特製のトマト料理も仕上がったところで、いよいよミラがリクエストした料理の食材が登場する。焼き立ての香りをふわりと漂わせるそれは、フレンチトースト用にフローディナが用意したパンであった。

卵にミルク、砂糖とバニラエッセンスなどを混ぜた卵液。それを、パンに染み込ませてから焼くのがフレンチトーストだ。

何となくは作り方を知っていたミラは、だいたいそのように進むはずだと、調理手順を眺めていた。

彼女が昨日言っていた、ウゾフニルの卵なる代物が登場する。それは子供の頭ほどあり、何やら微かに輝いてすらいた。

(やけに神々しいのじゃが、これは本当に食べてもよいものなのじゃろうか……)

何か凄い生命が誕生するのでは。そんな可能性を放つ卵を前にして、躊躇いをみせるミラ。だがフローディナは一切気にした様子もなく、パカリと卵を割った。そしてウゾフニルの卵は、瞬く間にフレンチトーストの卵液となった。

後はパンに染み込ませて焼くだけだ。細かい事を気にするのは止めたミラは、これから出来上がるであろうフレンチトーストに気持ちを切り替えていく。だが、そこから先の工程が、思っていたものと違い首を傾げる。

何とフローディナが、焼き立てのパンを細かく千切り始めたのだ。しかも、それだけでは終わらず、幾らかを粉砕してパン粉にまでしてしまったではないか。

ミラは知っている工程と違い過ぎて、どうしたものだと困惑する。だが、そこは料理のプロであるフローディナのやる事だ。黙って、成り行きを見守った。

粉になったパンと小さく千切ったパンが、卵液に投入される。すると卵液はあっという間にパンに染み込んでいった。

そして次に登場したのは四角いフライパンであり、フローディナは、まるで卵焼きを作るかのようにパンを混ぜた卵液を注ぎ焼き始めたではないか。しかも、間にチーズを挟むというサプライズ付きだ。

(おお! なんという事じゃ……。まごう事無く、フレンチトーストの出来上がりじゃ!)

見た事のないほど分厚いフレンチトーストが、次から次に仕上がっていった。普通にこれだけの厚さで作ろうものなら、中央付近に卵液は染み込んでくれなかっただろう。だがフローディナが見せた作り方なら別だ。全体に卵液がいきわたり、中はプリンのようにトロトロな仕上がりとなっていた。