軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

299 ヴァルハラの夜

二百九十九

これから一週間、宮殿に寝泊まりしてブルースを鍛え上げる。そう伝えたところ、天にも昇るような様子で喜んだアルフィナは、滞在準備のため今日の訓練を終了して宮殿に飛んで行ってしまった。訓練を中断してまで準備しなくてもよいと、告げる間もなくだ。

また姉妹達も、喜んでそれに続いていった。ミラが来た事もだが、半分は予期せぬ訓練の終了によるものだろう。

その後、夜までの間は、ほぼブルースの部分召喚特訓で過ぎていった。ブルースほどの腕前でも、召喚する部位を確定するのは容易ではなさそうだ。ミラが今日の訓練の終了を告げると、彼はやつれきった顔で宮殿に戻っていった。

それから十分と少々。ミラが宮殿の領主室で寛いでいたところ、アルフィナがやってきた。

「主様、湯殿の準備が整いました」

主様第一主義であるアルフィナにとって、お世話もまた何にも勝る優先事項なのだろう。入浴後も、「主様、お食事の準備が整いました」と呼ばれてみると、食堂にはパーティか何かと思わんばかりの食事が並べられていた。

更に食事も終わり、ゆっくりしていたところで「主様、お茶菓子などは如何でしょうか」と、ティーセットを運んでくる。

少しでも長く一緒にいたいようだ。他にもマッサージが得意だと言い出したり、睡眠時のアロマはどれがいいかと焚いてみたり、どういったタイプの枕が好みかと両手に抱えて持ってきたり、何かと理由をつけては部屋にやってきた。

「ふむ、流石はアルフィナじゃな。そこまで簡単に使いこなすか」

まるでメイドと主人とでもいった状況だが、そこは召喚術の賢者とヴァルキリーである。気付けば自然と戦いについての話題で盛り上がっており、気付けばアルフィナと聖剣サンクティアの相性確認が始まっていた。

「お褒めに与り、恐悦至極にございます!」

いつぞやにクリスティナが使った聖剣サンクティア。ミラから渡された聖剣という事もあり、アルフィナは狂おしいほど気になっていたようだ。ゆえに今回、確認のためにそれを渡された事で、アルフィナの感情は爆発。それはもう、これまでにないほどの笑顔で聖剣を振るっていた。それでいて、一振り一振りが鬼気迫るほどに鋭く、これでもかと何かを主張するかのようであった。

と、そんな中、ふと扉をノックする音が響く。

「主様ー、聞いて下さいー!」

そう泣き出しそうな声で、扉から顔を覗かせたのはクリスティナだった。苦悩の表情を浮かべた彼女だが、次の瞬間、その顔が凍り付く。救いを求めてやってきたそこに、嬉々として剣を振るうアルフィナの姿があったからだ。

「どうしたのですか、クリスティナ」

ぴたりと剣を止めたアルフィナは、至福の時間に割り込まれたとばかりな形相でクリスティナを睨む。その声は穏やかなままだが、それを向けられたクリスティナは、すぐさま「やっぱり何でもありませーん!」と踵を返し、走り去っていった。

「まったく……理由もなく主様を訪ねるなど」

アルフィナは呆れたとばかりに呟き、「妹が失礼いたしました」と謝罪する。

「構わぬ構わぬ」

クリスティナの事である。アルフィナの訓練がどうとかいった話をしに来たのだろう。そうしたら、まさか本人がそこにいた。逃げ出すのも仕方がないというものだ。そう察したミラは、余り叱ってやるなと庇い、それより聖剣の使い心地はどうだと話を逸らした。

「はい、これほど素晴らしい剣は初めてでございます!」

どうやら上手くいったようだ。そう答えたアルフィナは、「流石は主様の聖剣」と、悦に入った様子でサンクティアを見つめていた。

その後、暫く送還せずにおくので、サンクティアにも慣れておくようにとミラが口にしたところ、アルフィナは早速とばかりに訓練場へ駆けていった。いざという時、聖剣を手足のように使いこなせるようにと。

主の世話だなんだとやってきたアルフィナだが、やはり戦士として役立つ事こそ彼女にとっては一番のようだ。

アルフィナが夜間訓練を始めてから少しした時の事。扉がノックされると、今度は次女のエレツィナが顔を覗かせた。

「主様、少々お時間よろしいでしょうか?」

次女ながら、アルフィナよりお姉さんといった印象が強いエレツィナ。それはきっと物腰の柔らかさに加え、いつも優し気な顔をしているからだろう。そして何よりも、姉妹一胸が大きく母性に溢れていた。

「うむ、どうしたのじゃ?」

宮殿内という事もあり、武装はしておらず簡素な普段着であるため、よりお姉さん感が強いエレツィナ。優しく寝かしつけてくれそうな彼女だが、そこはやはりヴァルキリーというべきか。

「是非、主様にご相談したい事がございまして」

ミラを訪ねた理由は、戦闘関連であった。

姉妹の中で、否、ヴァルキリーの中で最も弓の扱いに長けるエレツィナには、もう一つの特技がある。それは付与魔法だ。彼女の場合は、武器への付与に特化しており、主に矢じりに対して行われる事が多い。命中すると発火したり爆発したり感電したりする、そういった付与だ。

そんなエレツィナは、前回ファジーダイス戦で援護した際に使った、フラッシュグレネード風の魔封爆石に感銘を受けたらしい。それの再現が付与魔法で出来ないかと研究していたそうだ。対象に当てずとも視覚と聴覚を奪えるそれは画期的であり、様々な応用が出来る可能性が秘められていると。

「試作を重ねているのですけど、あの激しい音と光の再現が難しく、行き詰っております。そこで、出来れば主様に、もう一度あの魔封爆石を見せていただけないかと思いまして」

ミラの前に跪き、そう伺いを立てるエレツィナ。付与魔法と魔封爆石。実は、この二つには共通点があった。というより、エレツィナの付与魔法から着想を得てダンブルフが築き上げたのが、何を隠そう精錬技術なのだ。つまりエレツィナならば、魔封爆石を解析する事で、その効果を再現する事も十分に可能という事だ。

「ふむ、構わぬぞ。返す必要はないのでな、じっくりと調べるとよい」

彼女がそれを習得すれば、魔封爆石の消費無しで同じ効果が得られるようになる。それがきっと、強力な一手となる事もあるだろう。よってミラは、思う存分に解析すればいいと、その魔封爆石を手渡した。

「感謝いたします、主様」

それを宝物のように受けとったエレツィナは、一礼した後、「早速、解析させていただきます。失礼いたします」と、どこか口早に続けて去っていった。

「見た目に寄らず、相変わらずじゃのぅ」

若干、塔の研究員と似た気質を持つ彼女。その熱意は、きっと近いうちにそれを実現させる事であろうと確信するミラは、今度それらを戦術に組み込めないか、考えてみようと思うのだった。

「あの、主様。お伺いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」

エレツィナが帰ってから少ししたところで、再びミラの許を訪れる者がいた。それは四女のシャルウィナだ。文学少女とでもいった雰囲気を持つ彼女は、その見た目通りに本への愛が深い。また姉妹の中で一番勤勉であり、冷静な性格だった。

そんな彼女が神妙な面持ちで、やってきた。その雰囲気からして、何かとても重要な事なのだろうか。そう感じたミラは、「ふむ、よいぞ。言ってみよ」と、落ち着いて答える。

「ありがとうございます」

跪いたまま、そう一礼したシャルウィナ。だが次の瞬間、いつも冷静な顔をしている彼女が豹変した。

「あの、先程、門の島でお見掛けした時に、主様が手にしていた本がどうしても気になりまして! 見た事もない装丁で、絵本とも違う賑やかな絵柄をしたあの本は何だったのでしょうか!?」

好奇心を全身に漲らせてミラへと迫るシャルウィナ。彼女が秘める本への愛、いや、執着はとてつもなく強い。

特にここ三十年で、産業革命的に印刷技術が発展したため、地上では本が爆発的に増えている。シャルウィナは、先日のファジーダイス包囲網でハクストハウゼンの街を見回った際に、その現状を知ったらしい。見た事もない本が大量に流通している事に、今までで最大の興奮を覚えたという。

ただ、その時は大事な作戦中だったため堪えたそうだ。しかし、あの日からずっと、その事が気になり続けており、先程ミラが持っていた本を見て我慢が出来なくなった。そうシャルウィナは興奮気味に語った。

「そ、そうじゃったか……」

少々思いが強い事は理解していたが、爆発すると、こうも激しくなるのか。そう彼女の新たな一面を知ったミラは、門の島で読んでいた本が何だったかを思い返す。

(確かあの時は……)

動物達と果物でお腹いっぱいになった後、のんびりと寝転がりながら開いた本。絵本とは違う賑やかな絵柄。それは──漫画だった。

「これの事じゃな」

文学少女的なシャルウィナに対して、漫画本は少々イメージがずれるところがあると思いながらも、ミラはそれを手に取ってみせた。最近、新刊が発売となった、『トレジャーズ・アヴァロン』というタイトルの漫画を。

それはいわゆる部活系学園コメディであり、何かしらで見た気がするネタもあるため、ほぼ間違いなく作者は元プレイヤーだろうとわかる内容の代物だった。

そして、どこか慣れ親しんだ世界観に加え、ノリもまた現実で愛読していた漫画に近かった事もあり、今はミラのお気に入りとなっている一冊でもある。

「ああ! そちらです、その表紙です! 今まで見た事のないような可愛らしい表紙! これはいったい、どのような書物なのでしょうか!?」

ミラの手に縋りつくようにして、答えを仰ぐシャルウィナ。その目は好奇心に輝いており、お宝でも拝むような色が爛々と浮かんでいた。

ただ、これまで活字の本ばかりを読んできたであろう彼女だ。果たして漫画は、その目にどう映るものか。その違い過ぎる内容に落胆しないだろうかと心配しつつも、ミラは「見てみるのが早いじゃろう」と、漫画本を手渡した。

「よろしいのですか!? ありがとうございます!」

シャルウィナは剣でも授けられたかのような仕草で漫画本を受け取ると、じっくりとその装丁を見ては「なるほど」やら「こちら側が表紙に……」と呟く。そして十分に表を確認した後、いよいよとばかりにページを開いた。

「これは……! これはもしや、絵で物語を表現しているのですか!?」

一ページずつ捲りながら、そこに目を走らせるシャルウィナは、そう興奮気味に顔を上げて、ミラに再び迫った。どうやら活字云々よりも、驚きが勝ったようだ。

「うむ、そうじゃ。それは漫画というものでな、見ての通り、絵とセリフで展開していく構図になっておる」

ミラがそう説明すると、シャルウィナは「漫画……」と呟き、次から次にページを進めては、「このような本が生まれていたなんて」と、更に興奮した様子で続けた。

「これだけのものを描くために、いったいどれだけの時間がかかるのか……。計り知れないほどの努力が、一ページ一ページから伝わってくるようです」

一冊の漫画本を目にして、そう感想を述べたシャルウィナ。どうやら、漫画の世界に大きな感銘を受けたようだ。

分けられた一ページの中にいくつも描かれた絵。時に躍動的であり、また時にデフォルメされた漫画のキャラクター達。それらを目にして、絵画とは違う独特な構図だと評し、素晴らしいと絶賛する。

「試しに、幾つか読んでみるか?」

彼女にとって、新たな本の形である漫画。それを知って、その驚きと衝撃を大いに語るシャルウィナに、ミラはそう問いかけた。

「よろしいのですか!? というより、幾つもあるのですか!?」

シャルウィナの顔は、期待に満ちていた。とはいえ今までは、何とも真面目な活字本ばかりを愛読していた彼女である。そのお眼鏡にかなうような漫画はあるのだろうか難しいところだ。とはいえ興味を持ったならば、その想いを叶えてやりたいというものだろう。

「うむ、あるぞ」

そう頷いたミラは、アイテムボックスから次々と漫画本を取り出して、テーブルに並べていった。ちょくちょく書店に寄っては、買い足していた漫画達。学園ものにミステリー、ラブコメやギャグ、冒険ものから何とSFまで。この世界に漫画というジャンルが降り立った日より、幾年か。なかなかにラインアップも充実したものがあった。

「ああ……こんなにあるなんて!」

テーブルの上に並べられた漫画本は、全部で五十冊少々。それらを前にしたシャルウィナは、歓喜の声を上げてテーブルに飛びつき、うっとりと頬を綻ばせる。これまで、知的で冷静な印象の強かったシャルウィナだったが、今は宝石を見つめる──魅了された女性のように幸せそうだった。

こんな一面もあったのだな。そう新たな発見をしたミラは、気になるものがあれば何冊でも持っていっていいぞと告げた。

「よろしいのですか!?」

それはシャルウィナにとって、どれを借りようかと目移りしていた矢先の言葉だった。まるで心を見透かされたかのようなタイミングに少しだけ赤面しつつも、反射的に叫んだ彼女の顔は、それはもう幸福に満ちたものだった。

「構わぬ構わぬ。そこに置いたのは、全て読み終わった分じゃからな」

これで喜んでくれるのなら、買い集めた甲斐があるというものだ。ミラは満足そうにしながら、「なんなら、全部でもよいぞ」と笑う。

すると、シャルウィナの表情が更に輝きを増した。

「本当ですか!? ありがとうございます!」

ミラの許しを得たシャルウィナの選択は、一択だった。数秒の後に、彼女はテーブルに並ぶ全ての漫画本を両手で抱えていた。

「早速、拝読させていただきます!」

至福の笑みを浮かべて一礼したシャルウィナは、そのまま軽快な足取りでスタスタと扉の前に歩いていく。

「夜更かしするでないぞ」

そう忠告したミラは、そこでふと気付く。両手が塞がっている今のシャルウィナでは、扉を開けられないと。

あれだけの本を一度下ろすのは面倒だろう。代わりに扉を開けよう。そう思いミラが立ち上がった時だ。

僅かにシャルウィナが屈伸したかと思うと、不意に右手が消え、ガチャリと扉が開いたのである。そして右手は既に元の位置に。それは、漫画本を僅かに浮かせてからの早業だった。

「では、失礼いたします」

もはや彼女にとって、扉など障害にならないようだ。一度振り返り、一礼したシャルウィナは、先程と同じ要領で丁寧に扉を閉めていった。しかも、あれだけの漫画本を抱えているにもかかわらず、その直後に疾走するような足音が廊下より響いてきたではないか。

「流石はヴァルキリーじゃな……」

直ぐにでも漫画を読みたかったのだろう。彼女は、どんな感想を持つだろうか。そんな事を思いつつ、今度書店に寄った時には、シャルウィナが好みそうな本も見繕ってみようと決めるミラであった。