軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

298 賢者の代わりに

二百九十八

「これは、どういう状況なんだ……?」

見回すほどに集まってきたヴァルキリー達。余りにも突然の事過ぎてついていけなくなったブルースは、慌てながらも案内人の少女に問いかけた。

「領主様のご意向により、この度はブルース様の試練を優先させていただきました。それが先程終了いたしましたので、領主様のご来訪を皆様にお伝えさせていただいた次第でございます」

ブルースの質問に対して、案内人はそう答える。対してブルースはというと、その言葉を耳にして硬直した後、「え!?」と素っ頓狂な声を上げてミラに振り向いた。

(そういう意味ではなかったのじゃがな……)

ブルースも含め、全ての視線を一身に集めるミラは、続々と集まってくるヴァルキリー達を前にして、漫画本を手に持ったまま苦笑いを浮かべた。

先程少女が『以前来た時』などと言ったところで、『そんな事よりも』と話を逸らしたミラ。その目的は、見た目が違う事に触れさせないためだったが、少女は別の意として察したようだ。更に、試練が終わるのを適当に待たせてもらうといった言葉を、『挨拶は後でよい』とも受け取っていたらしい。その結果、ブルースの試練が終わった今、こうして皆が集まってきてしまったわけだ。

「只者ではないと思っていたが、まさかダンブルフ様と同じく、ヴァルハラの領主だったとは」

驚き止まぬ様子であるが、ブルースは現状に一応の納得は出来たようだ。ヴァルハラの領主が来たとなれば、確かにこうなるのも頷けると。

実は、ヴァルハラの領主という立場でもあったミラ。それはアルフィナ達こそが、ここの筆頭ヴァルキリーだという意味でもあり、ブルースが契約した三人は、その影響下にあるという事。つまりは、七姉妹ほどではないにせよ、アルフィナ式の訓練メニューをこなしているわけだ。

「ところで、ここは何番目のヴァルハラなのだろうか?」

それはきっと、単純な興味だったのだろう。少し見ただけでも、集まった誰もがかなりの鍛錬を積んでいるとわかった。相当に下地が出来ているヴァルハラだと見抜いたブルースは、何気なくそれを口にした。

何番目。そう、ヴァルハラとは、今いるここだけではないのだ。ヴァルキリー達が研鑽を積む天上の領域、ヴァルハラ。多くの島が連なるこの場所は、他に幾つも存在していた。それでいて入り方は、ミラ達がここへ来た時と同じだ。けれど途中の階段を上る際に、その人となりが判断され、どのヴァルハラに到達出来るか変わる事になる。

なお、ミラが領主であるここは、第一ヴァルハラ。最も歴史が長いため相応の猛者がひしめく、いわばエリートクラスだった。

そして今回はミラが同行していたため、ブルースは半ば強制的にこの第一ヴァルハラに来る事となったわけだ。

「あれ……? そちらの方々は、どこかで……」

興味津々といった顔で周囲を見回していたブルースの目が、ふと、ミラの前に並ぶ七姉妹を今一度捉えた。アルフィナを筆頭としたヴァルキリー七姉妹を。

直後、ブルースの表情がみるみる変わっていく。それは彼にとって、見覚えがあるどころではなかったからだ。

「いや、それよりもじゃな──」

ダンブルフの事を良く知る彼の事である。これはまずいと察したミラは、話を逸らせようと口を開く。だが、それは少し遅かった。

「ここは、第一ヴァルハラでございますよ」

案内人の少女が、丁寧に答えてしまったのだ。

ダンブルフが第一ヴァルハラの領主である事は、ダンブルフを良く知る者にとって、もはや常識の範疇だ。よって、その事実を聞かされたブルースは、遂に驚きを通り越して達観した表情となるのだった。

「わざわざ出迎えご苦労じゃったな。あとはアルフィナ達がおるので、皆は普段通りに戻るとよい。突然邪魔してすまんかったのぅ」

ヴァルキリー達に総出の挨拶を受けた後、ミラが解散を告げると、集結したヴァルキリー達は、一人、また一人と礼をしてから飛び去って行った。ただその際に、「お会い出来て光栄です」というような言葉を残していく者も多く、完全に落ち着くまでに二十分ほどを要した。

そうして案内人の少女と七姉妹に、ヘルクーネ達の三人を残し、一段落となった入り口の島。そこで頃合いを見ていたブルースが恐る恐るといった様子で、ミラに問う。「あの、ダンブルフ様、でしょうか……ですよね?」と。

「……」

その言葉にミラは黙り込んだ。けれど、もはや誤魔化せる状況ではないと悟ってもいた。この場で起きた事を総合して考えた結果、その問いから逃れるのは難しいとわかっているからだ。

第一ヴァルハラの領主。そう呼ばれる者は、ただ一人である。どのような理由があっても譲渡は出来ない。唯一可能性があるとすれば、何かの理由で領主がいなくなった場合、つまりこの世を去ったとしたら、どうにか言い訳も続けられるだろう。しかし、まだダンブルフに戻る事を諦めていないミラは、自分を亡き者に出来なかった。

ゆえにミラは次に大切なダンブルフの過去の威厳を保つため、ギリギリまで抵抗し、知恵を絞る。しかしそこで、まさかの声が聞こえた。

「僭越ながら、一つ。主様は現在、ミラという名を名乗っておいでです。今後は、そのようにお呼び下さいますよう」

もしかしたら、奇跡的にでも言い逃れる方法があるかもしれない。そんな小さな可能性を必死に模索していたミラに、アルフィナが知らずして引導を渡したのだ。

気の利く臣下は誇らしげに胸を張り、その主は大きく天を仰ぐのだった。

ヴァルハラの最上島。アルフィナ達七姉妹が日夜訓練に明け暮れる島の中央。そこにある宮殿の一室で、ミラはこれまでの経緯をブルースに語っていた。ソロモンの依頼で、極秘任務を遂行中だと。

なお、アルフィナ達は普段の訓練に戻った。というより戻らせた。傍でお世話をと主張していたが、する事といえば、ただの状況説明程度のもの。付き合わせるほどではないとして下がらせたのだ。

「まあ、そういう訳じゃ。よいか、これは国家機密じゃからな。決して他言するでないぞ」

説明をそう締め括ったミラ。ただ一部、今の姿になった原因は、それっぽい理由をでっち上げた。九賢者のままでは自由に動けないので、任務のため、国の事を第一に考え、正反対のイメージに変えた。それ以外の意味はない。というような内容に。

「そこまでして、国のために……! 流石ダンブル──ミラ様です! この事は決して口外しないと誓います!」

感極まったとばかりな顔をしたブルースは、深々と頭を下げた。

思わぬところで正体がバレてしまったが、きっと彼ならば約束を守り抜いてくれるだろう。そう素直に思えるほどに、ブルースの全身から喜びが満ち溢れていた。

そんなブルースの様子を見て、上手く誤魔化せたようだと確信するミラ。ただ、そこで一つ疑問が浮かんだ。女の子になっているというこの状況に対して、もっと驚きそうなものなのに、と。

その点について、それとなく訊いてみたミラ。するとブルースは、さも常識とばかりに答えた。

「それは、ダンブルフ様も、ソロモン様やルミナリア様のように天人族であると伺っておりましたので」

何でも天人族の中には、他にもまったくの別人に変わる者がいると噂で聞いた事があるそうだ。ゆえに、驚きはしたものの、困惑はしなかったとブルースは言う。

「ふむ……なるほどのぅ」

元プレイヤーの事を表す天人族という種族。どうやら自分の他にも、『化粧箱』を使って外見を変えた者がいるようだ。そう理解したミラだが、だからといってダンブルフであると公に名乗り出る気には一切ならなかった。自分で作り出した理想像を、理想のまま歴史に残しておきたかったからだ。

「あ……ところでミラ様。私も、実は偽名を名乗っておりまして……」

色々と事情を呑み込んだブルースは、思い出したとばかりにそう口にした。それに対してミラは、「うむ、わかっておる。お主はジュード・シュタイナー、じゃろ?」と答える。初めからわかっていたと。

「ああ……その通りでございます!」

あれから三十年も経ち随分と老けたにもかかわらず、気付いてくれていた。そう受け取ったブルースは大いに喜んだ。

「大切な塔の仲間じゃからな。当然じゃろう」

実際は 調べた(・・・) だけだが、ミラはそれを顔に出さずに、そういけしゃあしゃあと口にした。するとブルースは、ますます感動をその顔に浮かべ、今後も召喚術の塔の発展のために尽力すると誓った。

「ところでもしや、ニルヴァーナまでいらしたのは……他の賢者様方を……!」

気持ちを新たに再燃させたブルースは、そこから少し落ち着いたところで、はっと表情を輝かせた。

他の九賢者を捜すために。そんな話の流れからして、それに気付くのは当然というもの。そして現在、ニルヴァーナといえば、闘技大会が大陸中で話題になっている。ここまで揃えば、予想も容易だったようだ。ブルースはどこに誰を捜しに来たのか、察したようだ。

「うむ、まあそういう事じゃ」

ミラがそう頷くと、ブルースはその顔を更に喜びで染めた。そして改まるようにして、「そういう事でしたら、私も助力させていただきます!」などと言い出した。

「大会出場者は、かなりの人数だと聞いております。あのお方の事でしたら、私も良く存じておりますので、多少の当たりは付けられるかと!」

何でもブルースが言うには、彼もまた闘技大会に出場するつもりで、ここに来たそうだ。ちょっとした腕試しであったが、出来れば上位を狙いたいと思い、大会の切り札としてヴァルキリー召喚の習得を目指していたという事だった。

「ほぅ、お主は出場しに来たのか! それは頼もしいのぅ!」

ミラは助力云々よりも、真っ先に大会出場に食いついた。今回は、ニルヴァーナ側の先制によって解説役として招待されたため、大会に出場出来なくなった。よって、召喚術を世に知らしめるという野望が潰えたかに思えたが、ここでブルースというミラにとっての救世主が現れたわけだ。

見た限り、彼は相当な実力者である。加えてヘルクーネ達との契約も成った今、闘技大会で相当な活躍を見せてくれる事は間違いないはずだ。

そう考えたミラは、ブルースの申し出を断った。

「あ奴を捜すのはわしの仕事じゃからな。ただ、お主には別に頼みたい事がある」

居住まいを正し、真剣な面持ちでブルースを見やるミラ。対するブルースもまた、その空気に触発され姿勢を直してから、「何なりとお申し付けください」と答えた。

ミラは、ブルースに事情を説明する。ニルヴァーナから解説役として招待されているため、大会には出られない事を。そして更に続ける。これでは闘技大会で召喚術の素晴らしさを見せつけられないと。

「そこで、お主の出番じゃ。大陸中の注目を集める大会で、召喚術士が破竹の勢いで活躍すればどうなるか……わかるじゃろう?」

まるで、内緒事でもしているかのように囁くミラ。古今東西から老若男女の戦士や術士が集まり、覇を競う闘技大会。真剣に頂点を目指す者も沢山いるだろうその大会を、召喚術士の評価向上のために利用する。

そのような旨を言葉に含ませたミラの表情は、悪党のそれであった。

「! なるほど……。多くの強敵を召喚術でばったばったとなぎ倒していけば……。流石はミラ様。大陸中から強者が集まる大会で、そのような事を考えますか」

そう呟いて、ミラと同じような表情で笑ったブルース。きっと格上も相当に集まってきているだろう大会であるため、ブルースは、そこで召喚術を見せつけてやろうなどとは考えられなかったようだ。だが召喚術の再興を目指す同志であるブルースもまた、そんなミラの言葉によって可能性に気付く。これほど効果の高そうな舞台は、そうないと。

「ですが、私では……」

ただ、当然そこまでの考えに至れなかった実力であると認識しているブルースは、召喚術のイメージを塗り変えられるほどの戦いが出来るかどうかと落ち込む。

ミラがブルースに望むもの。それは、九賢者の代わりに大会で活躍するというような事だ。これまでの研鑽と実戦、研究によって、ブルースも召喚術にはそれなりの自信を持っていた。だが九賢者と比べると、その自信は瞬く間に消し飛んでしまったのだ。

「大丈夫じゃ、お主ならきっとやれる。これから一週間で、更に強くなるのじゃからな!」

にやりと笑ったミラは、そう言って勢いよく立ち上がる。そして、「え!?」と戸惑うブルースを強引に連れて宮殿を後にした。

ヴァルハラの最上島にある訓練場にまでブルースを連れてきたミラは、早速とばかりに指導を始めていた。内容はブルースの実力の確認と、それに見合った技術の習得だ。

「闘技大会じゃからな、逃げ場などないじゃろう。となると召喚術士の弱点が、大きく出てしまう事になる」

ミラは少々特殊だが、本来、召喚術士の戦い方というのは、離れた位置から戦況を把握し、適時最適な指示を出し、時に戦力を追加投入するというものだ。けれど闘技大会の場合、召喚術士もまた相手と同じ舞台に立って戦う事となる。つまり普段の間合いに比べ、戦闘距離が近いわけだ。きっと簡単に、相手の攻撃範囲に入ってしまうだろう。

「そこで、これの出番じゃ」

おさらいとばかりに語ったミラは、そのままの流れでホーリーナイトの部分召喚を披露してみせた。大きな塔盾が現れて消える。見た目は、ただそれだけの事。しかし、塔の研究員だけあって、ブルースは直ぐにその有用性に気付いたようだ。

「今のは、マナの消費不足による……。けれどもしや……意図的に盾を!?」

驚いた様子のブルースに、ミラは続けてダークナイトの部分召喚も披露してみせた。

戦闘距離が近いという事は、つまり召喚範囲に相手が入り易いという事でもある。部分召喚は少ないマナ消費量に加え、発動の兆候が通常の召喚より遥かに小さい。使いこなせれば、神出鬼没な攻撃手段として、また防御手段として、とてつもない威力を発揮する裏技だ。

マナの消費を抑え、武具精霊の一部だけを召喚する技術、部分召喚。だが、ただ消費を抑えただけでは、どの部分が召喚されるかわからないため、実戦向きではなかった。しかし、攻撃や防御の意思を明確にして召喚時の命令式に組み込む事で、それを実用レベルにまで仕上げたのがミラである。

「おお! 今のはダークナイトの!」

訓練場に立てられたボロボロのダミー人形。そこに鋭い一撃を見舞わせた直後に、消え去った黒い腕。それを目の当たりにしたブルースは、爛々と目を輝かせ、そこに駆け寄っていく。

アルフィナ達の訓練用なのだろう、ダミー人形は相当頑丈に作られているようだが、そこには部分召喚によって出来た、新しい傷が刻まれていた。

その傷を確認したブルースはダークナイトを召喚し、同じように斬り付けてから傷痕を確かめる。

結果、一瞬の出来事でありながら、部分召喚の一撃は、通常召喚と遜色ない威力を秘めていると判明した。そしてブルースは、その可能性に目を見開いた。

「なんと素晴らしい……。流石はダ……ミラ様! これは、どのような技なのですか!?」

同じ穴の狢とでもいうべきか、ブルースの食いつきは凄かった。全身で興味を示し、迫ってくる。対してミラは、「まあ、落ち着け」と笑いながら、部分召喚について詳しく説明した。