軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

260 寄贈式

二百六十

(モンブランどら焼きか……。いつか食べてみたいものじゃな)

大通りを進みながら、ミラは所長に聞いた事を思い返していた。今日の彼の語りは、これまで食べてきたオススメスイーツランキングなるものであり、それは実に興味深いものだった。

(栗羊羹も、久しぶりに食べたくなってきたのぅ)

所長がいうに、近年、和風様式菓子なる種類のスイーツが、ブームになってきているらしい。早い話が和菓子である。ただ聞いた限りでは、まだ洋の要素が強めのようだ。

と、そんな甘味について考えながら歩いていると、ある事に気付く。昨日あれだけいたファジーダイスファンの姿が、すっかり消えている事に。

ただ単純に、お祭りが終わったからそうとわかる恰好をしなくなっただけにも思える。しかしそれにしては、目に見えて人口密度が減っているように感じられた。

彼女達の情報網ならば、ミラが見事に『銀天のエウロス』を奪還したという話が伝わっていてもおかしくはない。そして、ファジーダイスファンから恨みをかっていてもおかしくはない。

そう、恐る恐る覚悟していたミラ。だが近くの警備兵にそれとなく訊いてみたところ、ファジーダイスファン達は、朝一番の定期便に同乗して帰っていったという。なんと行動の早い者達だろうか。

それを聞いて安心したミラは、それから更に十数分で、遂に目的地に到着してしまった。

「別にこう、ちょちょいと渡して終わりで良いのじゃがのぅ……」

教会である。『銀天のエウロス』を寄付するためにやって来たわけだが、昨日の越境法制官の様子からして、寄贈式なるものが執り行われる可能性が高い。

ミラは、どうにかして、さっと預けて帰れないか、適当に受け取ってくれる人物はいないかと、教会の周りを探る。

「あの、如何なさいましたか?」

そんな事をしていたところで、呼び止められたミラ。振り返るとそこには、修道服に身を包んだシスターがいた。しかも如何にも見習いといった雰囲気の少女だ。

これは好機。上手い事言いくるめて預けてしまおう。ミラがそんな事を心の中で企てていたところ、シスターはミラをじっと見るなり、突如その顔をぱっと咲かせた。

「あ! ミラ様ですよね! 精霊女王様の! 来てくださったんですね、話は伺っております! どうぞこちらへ!」

三十億もの価値がある品を、教会に寄付するAランク冒険者。その存在は、見習いらしい彼女にとって、それはもう眩しく映り、尊敬に値するものだったようだ。少女のその笑顔は、正に英雄に向けられるそれであった。

「うむ……そうか」

その無邪気な少女の表情は、ミラにとって有無を言わせぬほどに眩しいものだった。これはもう、逃げられない。そう悟ったミラは、案内されるまま、関係者口から教会に入っていった。

「ようこそ、おいでくださいました」

見習いシスターに連れられて、まずやってきたのは大司教のいる部屋であった。そこで出会った大司教は初老の域に達しながらも体格が良く、その肩書に相応しい威厳に満ちていた。それでいて子供に見えるミラに対しても礼を欠かさず、その表情は穏やかだ。

「こちらこそ、お会い出来て光栄じゃ」

人徳の塊とでもいうべき印象の大司教に、そう挨拶を返したミラは、ここぞとばかりに『銀天のエウロス』を差し出した。この場で受け取ってもらえれば、という最後の抵抗だ。

しかし当然、そんな思惑も虚しく終わる。

「このたびは、ありがとうございます。そちらが、今回寄付していただけるという品ですね。では寄贈式の時に、誓いを以って預からせていただきます」

そう、この場での受け取りをやんわりと断られてしまったのだ。

こうして大司教との面通しが完了すると、次にミラは客間に案内された。

「これは、かなりの茶葉を使っていそうじゃな」

実に座り心地の良いソファーに腰掛け、一服するミラ。淹れられたお茶は香り高く、素人目でも高級だとわかるものだった。また、客間といっても、そこはまるでホテルの一室とでもいったような場所だ。

流石は、高額寄付者への対応だろうか。その待遇は、貴賓宛らである。

そうして客間で待っていると、熟練といったシスターがやってきた。寄贈式の段取りの説明があるそうだ。

式の進行と、寄付品の受け渡しのタイミングといった点を聞かされたミラは、そこで一つ安堵する。この式で、何かしらの形式ばった振る舞いや文句などは必要なさそうだったからだ。

寄付者であるミラは、堂々と構えているだけで良く、やる事は簡単な合図の後、大司教に寄付品を手渡すだけ。ミラが気になっていた、煩わしそうなあれこれは、一切必要なかったわけだ。

(こういう事なら、まあ良いじゃろう)

寄贈式の内容を把握したミラは、肩の力を抜いて、高級な茶を楽しみ式を待った。

暫くして、式の準備が出来たと、先程の新人シスターがやってきた。

「うむ、わかった」

どんと構えていたミラは、いざ立ち上がり、寄贈式が行われる礼拝堂に向かう。

長い廊下は、豪華というよりも、神聖さを感じる造りだった。良いところの屋敷などでよくある壺やら何やらといった調度品がそこには並んでいたが、そのどれにも何かしらの宗教的意味が含まれているのだ。

三神国の一つ、グリムダートの陣営に所属するこの国は、三神の一柱、正義の神の影響が色濃く出ている。ゆえに、その象徴となる剣と盾の意匠が、そこかしこに見受けられる。

そしてそれらの宗教色は、礼拝堂に全て集約していた。

案内されて辿り着いた礼拝堂。巨大な騎士の像が壁一面に居並ぶそこは、厳かな雰囲気と、圧倒的な迫力に満ちたところであった。

(現実になったからか、前よりもずっと空気が重く感じられるのぅ……)

ミラはそんな事を思いつつ、打ち合わせた通り壇上に上がり、大司教に礼をした後、用意されていた席に腰掛ける。そして改めて礼拝堂を見回して、また随分と人がいるものだと心の中で苦笑した。

見える範囲には、きっと普通に礼拝にきていたところで、式の準備が始まりそのまま、という信者もいただろう。そういった者達は、服装から何となくわかった。礼拝が日常に溶け込んでいるため、だいたいは普段着だからだ。

ただ、一部だけ明らかに違う者達が交っている。そしてミラは、予めその者達について、熟練シスターから聞かされていた。

きりっとした礼服に身を包み、如何にも高貴そうなオーラを漂わせている彼らは、貴族であると。この寄贈式の見届け人を買って出た者達だそうだ。

見届け人というわりには、いささか人数が多いようだが、それはきっとミラの活躍を耳にしたからだろう。そこには、様々な思惑が渦巻いていそうであった。

ただ、中にはわかり易い者もいる。ミラの事を食い入るように見つめる者だ。そんな彼らは皆、独身だった。ついでに嫁探しでも、などと考えているのだろう。

また、ミラが次に気になった事は、教会の関係者の数だ。礼拝堂に集まった大勢の者達の内の半数以上が、教会の関係者であるのだ。しかも、その全員になにかしらの役割があるようで、誰もが祭具のようなものを手にしていた。

(もしかすると、休日出勤になった者もいそうじゃな……)

そのようにミラが、どうでもいい事を気にしている間にも寄贈式は進行していく。今は、大司教が現在の孤児院の状況と、そこで暮らす子供達の様子を語っているところだ。

現状、孤児院の運営資金は十分とはいえず、食事や服は最低限であり、生活する場の補修などといった部分に手が回らないところが幾らかあるという。

「しかし、今日のこの喜ばしい日に、一筋の光明が差し込みました──」

暗く重い孤児院の実情。それをより重々しく誇張して話していた大司教は、そこから一転して声を張った。

光明。それが、合図となる言葉だ。

ゆっくりと立ち上がったミラは、打ち合わせ通りに動き、大司教の隣に立つ。そこで、大司教が告げる。

「このたび、精霊女王と名高い冒険者のミラ様が、孤児院の現状を憂い、手を差し伸べてくださいました」

その言葉と共に、どこからともなく音楽が鳴り始める。随分と凝った演出だと感じつつも、ミラは予定通り『銀天のエウロス』を掲げてから、大司教に手渡した。

その時だ。ふわりと風が吹き抜けていき、大司教の顔に一瞬だけ驚きが浮かんだのである。

しかし、それも束の間。平静に戻った大司教が、『銀天のエウロス』を手に一礼すると、そこで音楽に合わせ聖歌隊が歌い始めた。更には周囲で待機していたシスター達も動き出す。彼女達が手にする祭具からは光が溢れ、礼拝堂いっぱいに広がっていった。実に華やかな演出だ。

そんな中で、大司教が話す。この『銀天のエウロス』とは、どういうものなのかと。そして、どれだけの価値があるものなのかと。

「三神教会は、ミラ様より託されたこの品を、子供達の幸せのために役立てると、ここに宣誓いたします」

大司教による宣誓の言葉。その瞬間に、礼拝者だけでなく貴族達がざわついた。

三神教会においてのそれは、神への誓いでもあり、絶対の意味を持つものだった。熟練シスターの話によれば、大司教による宣誓は、滅多に行われるものではないという。だからこそ、参列者達の驚きは深かった。

また、大司教は個人的にも孤児院に寄付をしているそうで、今回のミラの申し出を、それはもう心から喜んでいたらしい。だからこそ、この宣誓は、彼の最大の誠意だという事だ。

滅多にない、大司教の宣誓。寄贈式は鳴り止まぬ拍手に包まれながらの閉幕となった。

寄贈式が終わった後、ミラは客室で大司教に、『銀天のエウロス』を、どう扱っていくかについて聞かされていた。

大司教曰く、手にした瞬間に、これが 本物(・・) であるとわかったそうだ。ただそれは、使われている宝石の真贋、という意味ではない。それは、商人を守る神の加護というものが本当に込められているという意味だった。

言わば神器にも近いものであり、これをオークションに出品したとすれば、まず百億は下らないだろうという事だ。

「なんとも、また……」

最初に聞いていた三十億ですら途方もない金額だったが、その三倍を超えてきた今の状況に茫然とするミラ。そして、最近はどうにも耳にする金額がインフレ気味だと、心の中で苦笑した。

「ですが私は、オークションに出さず、私が信頼する商会長様に格安でお譲りする事を考えております」

商人を守ってくれるといわれていた『銀天のエウロス』。まことしやかに語り継がれていたその伝説は、これまで、あくまでもジンクスやオカルト的な類のものだった。

しかし今回。その神の加護が本物であると判明した。全ての商人にとって、揺るぎない至宝となったわけである。とんでもない値段がつく下地が出来上がったのだ。

けれど大司教は言う。それほどまでにありがたい品を、ただ高く売るというのは気がすすまないと。そして、心の暗い者の手に渡る事も避けたいと。

そこで彼は、その扱いについて詳細に語った。ミラの納得を得るために。

大司教が『銀天のエウロス』を、格安で譲ろうと考えている相手。それは、ディノワール商会の商会長だそうだ。何度も面識があり、その人となりは十分に信頼に値する人物だと大司教は断言する。

また、格安で譲る際に、一つ条件を設けるつもりらしい。それは、今後、永続的に孤児院に商品を格安で卸すというものだ。

冒険者用品で非常に有名なディノワール商会。そして冒険者といえば過酷な職業であり、その基盤を支えるかの商会の商品は、衣食住の全てに及んでいる。しかもそんなディノワール商会の支店は大陸中にある。そのため多くの孤児院がその恩恵に与れるというのが、大司教の考えだった。

「ふむ、なるほどのぅ」

百億という金額で売れれば、子供達の食事や、住まいの補修などが、一気に片付くだろう。けれどそれは、一過性のものに過ぎないと、ミラもまた思っていた。『銀天のエウロス』を売り払った資金が尽きれば、またこれまで通りに戻るわけだ。

しかし、商会の永続的な支援を受けられるとなったなら、大きく改善するまではいかずとも、今後の水準が確実に上昇する事は確かである。

しかも神の加護の効果で、これを手にしたディノワール商会は、ずっと安泰が続く。となれば、孤児院への支援も続くわけだ。

そんな将来性がふんだんに含まれた、大司教の提案。そして何より、ミラもまたディノワール商会と無縁でもない。

「うむ、わかった。わしも大司教殿のやり方を支持させていただこう」

ミラが、そう賛成の意を示したところ、大司教は「ありがとうございます」と安心したように微笑んだ。

「それとこちらを。我々、三神教会からミラ様へ、感謝の印でございます」

一先ず『銀天のエウロス』の扱いが決まったところで、大司教はそんな事を口にしながら、小さな薄い木箱を差し出した。

「む、何じゃろうか」

寄付については、ただしたいようにしただけであって、礼を貰うような事でもないと考えていたミラだが、何かくれるというのなら素直に受け取るのもまた、ミラの信条だ。

手のひらサイズの木箱。その表面には、三神教会のシンボルマークが刻印されていた。正義と勇気と慈愛が世界を織りなすという意味合いのシンボルだ。

(なんと……このような小さな箱に三神の刻印とは……)

それを目にした瞬間、緊張が走る。教会からの特別な贈呈品というのは、だいたいが一柱の神の象徴が刻まれているのが基本だからだ。しかし今回、大司教が差し出してきた木箱には、三神教の三柱を表す象徴が刻まれているではないか。

三神を意味するそのシンボルは、非常に徳の高いものであり、滅多に使われるようなものではなかった。

過去に何かと三神教会に関わりのあったミラは、当然その事を知っており、だからこそいったい何を贈られたのかと、恐る恐る木箱を開けてみる。

「おお……これは」

そこに入っていたのは、手のひらより少し小さな銀のメダルであった。また、あろう事か、そこにも三神のシンボルが刻まれており、特別製である事が窺える。

ただ、このメダルが何を意味するものなのかはわからない。ただの、寄付した記念のようなものだろうか。そんな事を思いながら、大司教に訊いてみたところ、それはやはり、ただの記念品ではなかった。

「そちらは、ミラ様の多大な貢献に対する、我々三神教会の誠意でございます。どうぞ、お納めください」

にこやかにそう言った大司教。彼の話によると、このメダルは、いわゆるVIPの証といったもののようだ。もしも何か困った事があった時、これを持ち近くの教会を訪れれば、三神教会が全力で力になるとの事だった。

つまり、これを持つという事は、三神教会をバックにつけるというような意味を持つわけである。

大陸最大の規模を持つ三神教。その後ろ盾を得たとなれば、これはもうとんでもない力となるだろう。

「これほどのものを、わしなんかに寄越しても良いのか……?」

メダルが秘めた思った以上の効力に、若干引け腰になったミラ。使いようによっては、これでもかと悪用出来てしまえる危険な代物であり、だからこそ、これを持つという事は大きな責任も同時に背負う事になるわけだ。そしてそれは、ミラにこのメダルを渡した大司教もである。

「ええ、ミラ様にならば、預けられると私は確信しました。それと、何といってもミラ様の誠意に、私も出来る限りで応えなければ罰が当たるというものですからね」

そう言って笑い飛ばした大司教は、「ただ、これは秘密ですが──」と、声を小さくして告白した。出来る事なら、精霊王との繋がりがあるミラと懇意にしておきたいというのが、三神教会の意向であると。

「というわけですので、是非ともお持ちください。それを持っているからといって、我々がミラ様に余計な干渉をする事はございませんので」

果たしてそれは、真意なのか、それともミラが気兼ねしないようにするための大司教の方便なのか。その辺りは定かではないが、彼の誠意は確かに伝わってきた。

「それならば、これは大切に預からせていただこう」

三神の盟友とされる精霊王もまた、三神教において重要な存在である。ミラは納得したと頷き応え、その贈り物を受け取った。