軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

23 一般的見解

二十三

突然の少年の申し出だったが、その余りの必死さにミラは、どうしてそこまで行きたがるのか気になった。そして、それが少年の涙の理由だったならば叶えてやりたいとも思う。

「どういう事じゃ。訳を話してみよ」

ミラがそう言うと、少年は顔を上げて真剣な面持ちで頷いた。

「古代迷宮の一番奥に、死んだ人と話せる鏡があると聞きました。そこに連れて行って欲しいんです!」

「死んだ人と話せる……か。あの場所にその様なものあったかのぅ……」

ミラがゲーム時代に古代神殿に入った事は数える程しかない。九賢者総出で冒険という名の蹂躙をしていた頃と、クエスト関連で訪れた時くらいだ。

「暗丞の鏡っていうらしいのよ。私も聞いただけなんだけど、知り合いがその鏡で昔に亡くなったお母さんに会えたって喜んでたのを覚えてる」

「暗丞の鏡……とな」

その単語を元に記憶を辿ったミラの脳裏に、一つのクエストが浮かぶ。それは、過去に流行した死病が再び猛威を振るい始めた為、その解決を依頼されるという上級クエストの一つだ。

解決方法は大陸中を巡り、再び死病が世に現れた時の為に残された薬の文献があるという情報を得るが、それがどこにあるか分からない。なので暗丞の鏡で過去の王を呼び出し、文献の在りかを聞き出すといった流れだ。

そういったクエストの一貫として訪れるのが、古代神殿ネブラポリス第五層にある暗丞の鏡だった。

ミラはそんな事もあったなと、大きなアンティーク風の鏡を思い出す。

只のイベント用オブジェクトだった鏡だったが現実になった今、そういう風に使う事も出来るのだと知り、ミラは認識を改める。

「僕のお父さんとお母さんは冒険者だったんです。でも五年前に依頼を受けて、それからずっと帰って来なくて。僕は、おじいちゃんの家で待ってました。

でも、先週くらいに組合の人が来てお父さんとお母さんは今までずっと行方不明で、死んだんだって言われました」

言いながら涙ぐみ、鼻を啜る少年の話をミラは黙って聞きながら、袖でそっと拭う。しかし、話の中に腑に落ちない点もあった。ミラは、何かを知っているのであろうエメラに視線を投げかける。

「えっとね、組合規則には依頼遂行中に音信不通で所在不明になった場合、依頼受付時から五年経つと遂行中に死亡として処理されるの」

「それで突如、この小僧は死んだと聞かされた訳か」

感情が高ぶり言葉を紡げなくなった少年を待つ間に、エメラがそう補足する。ミラは、そんな少年に掛けるべき慰めの言葉が見つからず、ただ涙を浮かべる少年を見つめる。

「古代神殿の許可証を持っているなら、古代神殿に行くんですよね。お願いします、僕も連れて行って下さい。お願いします」

少年は強く瞳を閉じてから、大きく決意と共に見開き頭を下げる。

ミラは少しだけ考えると、少年の下げた頭に掌を乗せて優しく撫でた。

「うむ、分かった。それ程までに行きたいと言うのなら、わしが連れて行ってやろう」

ミラは笑顔を浮かべて大きく頷く。突如死に別れたと言われた少年と両親を会わせたいと、心から思ったからだ。

「ありがとう、お姉ちゃん! 僕、タクトっていいます」

「うむ、わしはミラじゃ。任せておけ」

少年は笑顔を輝かせるとミラに抱きつき、ミラはそのまま少年を抱擁する。しかし、ここに大反対する者が一人居た。

「ダメダメダメ、ぜーーーったいダメー! ランクCのダンジョンよ!? 戦闘経験の無い子を連れて行けるわけないでしょ!」

ミラと少年を引き剥がし、ダメダメと首を振るエメラ。ランクCといえば、上級冒険者でなければ入る事さえ許されないダンジョンだ。そんな所に何の知識も無い子供を連れて行ける訳が無い。少年が、戦士組合から泣きながら飛び出してきたのも、ランクCであるエメラに古代神殿に連れて行ってくれと何度も頼んだけれど、絶対にダメだと断られたからだった。

事実、エメラの判断は間違いでは無い。それがCランクダンジョンの難易度だ。自己防衛すら出来ない者を連れて行けるような場所ではない。

「別にいいじゃろう。戦わなければいいだけの話じゃ」

事も無げに言い放つミラ。実際、五層までの道のりを想像した結果、子供が一人いても手はあるので問題は無いと判断できたからだ。

「そんな簡単にぃー……。ミラちゃんの仲間がどれだけ強いのかは知らないけど、古代神殿はダメだよ。危ないから」

エメラは諭すように、真剣な表情で言う。しかし、エメラはとんでもない事実を告げられる。

「わし一人じゃが?」

訪れる沈黙。エメラは言葉の意味が理解出来ないかの様に表情を凍らせたまま、口だけは何かを発しようとぴくぴくと動く。そして、ミラの余りにも無謀で無知な言葉に、次第に怒りが込み上げていく。

「ムリムリムリムリ! 一人で行ける所じゃないでしょ!

でも昨日今日で組合に登録したのは本当みたいね。そこまで何も知らないなんて! Cランクダンジョンは例え戦闘を出来る限り回避したところで、たった二人、実質一人で行っていい所じゃないの!」

エメラは声を荒げて感情のままに叱り付ける。大通りを行き交う者達は、何事かとその声の主を探すと、上級冒険者の一人として有名なエメラであると確認して目を見開く。明るく優しいお姉さんというイメージだったために、今のような姿を見た事が無かったのだ。

その矢面に立っているミラは、すぐ側で大声を出されて苦悶の表情を浮かべていた。対する少年は、猛烈な反対を受けてまた涙目だ。

再び、表情を曇らせた少年を目にしたミラは少しだけ顔を顰めると、またもエメラを睨みつける。

「それはお主だからじゃろう」

ミラはそう反論すると、少年の腕を掴み抱き寄せ歩き出す。言われたエメラは反論する事が出来ない。確かに、自分では少年を守りながら古代神殿の五層目まで行くのは難しい。かといって、目の前の少女にそれが出来るのかと言われれば、エメラにはそうは見えない。

あれほど言っても、ミラは何て事無さそうに言ってのけた。組合に登録したばかりなのにCランクという事がエメラの頭の隅に引っかかる。

術士の実力は、見た目では計れない。この世界では常識だが、目の前の少女はどれだけの実力を秘めているのか。それとも自分の力を過信した愚者なのか。判断は出来ないが、どれだけ言ってもミラは聞きそうにない様子だ。

エメラは飛び出しミラの肩を掴む。

「待って」

「なんじゃ。まだ何かあるのか?」

「私も行くわ!」

古代神殿をものともしていない風体のミラに、どれだけの実力なのか冒険者として興味を持った。だが、もしも過信ならばこのまま見捨てられない。

なのでエメラは同行する事を決めた。いざとなれば、薬や道具を使い切ってでも守り逃げ切る覚悟だ。

エメラが同行する事を決めてから、綿密な話し合いのために三人は喫茶店を訪れていた。『カフェ・ド・ショコラ』という、ココアやチョコケーキが絶品の店だ。

「それで、まず聞いておきたいんだけど、ミラちゃんは術士よね。何術士なの?」

エメラはまず、ミラの実力を知るために探りを入れる。向かう場所は古代神殿ネブラポリス、通称で地下墓地と呼ばれる程の不死系の魔物の巣窟だ。そんな場所の特性上、術士ならば上級の聖術士か退魔士であれば、ミラの自信もどうにかギリギリ頷けるものではあった。

「召喚術士じゃ」

ミラは簡潔に答えると、エメラの奢りであるカフェ・ド・ショコラの看板メニュー、ショコラティックオーバーロードを頬張る。チョコのスポンジ生地で生チョコの入ったチョコムースを挟み、チョコクリームの上にはビターなチョコレートソース。甘すぎず、かといって甘味好きを唸らせるだけのポテンシャルを秘めた、看板メニューに恥じない一品だ。ホールに近いその大きさ故、隣に座るタクトと分けながら食べていた。時折ミラはタクトの口元に付いたクリームを、備え付けの紙で拭っている。

そんな姉弟の様な二人のやりとりを微笑ましく見つめながらも、召喚術士と聞いたエメラの表情は凍り付いていた。

召喚術士といえば、もう絶滅危惧種ともいえる存在だ。その敷居の高さから、今はもう新しい召喚術士は出てきていないとエメラは聞いていた。

そのため、エメラが冒険者稼業を始めてから今まで、召喚術士と組んだ事は無い。一度だけ見た事のある召喚術士は、銀の連塔に勤めるエリートだ。比較対象には出来ない。

「えっと良く知らないんだけど……召喚術士って……強いの?」

ミラの実力を探るはずが余計に分からなくなり、エメラは至極単純な質問を口にしてしまった。そして、その言葉は召喚術に傾倒するミラの矜持を刺激する。

ミラは同時に、召喚術の塔エルダー代行クレオスの言葉を思い出した。そして仮にも上級であるCランクの冒険者が、召喚術士の戦闘力を見た事も無いような物言い。これ程までに召喚術は過疎化が進んでいるのかと、ミラは天を仰ぐ。

そして、召喚術士の威厳を自らの手で取り戻してやろうと企んだ。

「その時になれば分かるじゃろう」

含みを持たせながら、ほくそ笑むミラ。対してエメラは、その時になって勝てませんでしたってなったら遅いんだけど、と内心不安を増していた。

一通りの話し合いを終えて、三人はカフェ・ド・ショコラを後にする。

「さて、行くとしようかのぅ。場所は知っておるじゃろう、案内してくれんか」

ミラは明るい日中の光に目を細めながら、エメラを見上げる。古代神殿の場所は、組合で受け取った許可証の裏に載っているが、それをみながらよりも知っている者に案内してもらう方が早い。そう思ったミラは当たり前のようにエメラを見つめる。

言われたエメラは再び表情を固めていた。そして、何度目かになるか分からない苦悶に頭を抱える。タクトも同様に驚いた表情を浮かべていた。

「行くのはCランクダンジョンなんだよ!? 準備も無しに行けるわけないでしょ! 最低でも今日は準備に充てないと!」

エメラの言う事は尤もだ。ダンジョンに入る時、準備に時間を掛けるのは当たり前。上級ダンジョンともなれば、準備に一週間掛ける事もある。故に、エメラはおろかタクトもまさか今日このまま行く等とは思ってもいなかった。

「しょうがないのぅ。では出発は明日か」

今日中に終わらせる予定だったミラは面倒だと思いながらも、別に準備をするくらいならば問題ないかと、エメラの言う通りにする事にした。

そこからは上級冒険者であるエメラの本領発揮だ。各種店舗を巡り、必要な薬品や道具を買い揃えていく。エメラはもしもの時のための、高級な薬品も買っていた。

ミラはというと完全に観光気分で、買った物といえば虫除けクリームくらいだ。

タクトは、エメラに道具の使い方や薬品の種類を教えられていた。これももしもの時のためだ。

「ミラちゃん、本当に大丈夫なの?」

「大丈夫じゃ。元から古代神殿に行く予定じゃったから、必要な物はこの中じゃよ」

ミラはそう言いながら、左腕の袖を捲る。そこには腕輪型の操作端末、この世界でいう操者の腕輪がある。

「それならいいけど……」

いまだ納得いかなそうに不安を顔に出すエメラ。念のために、薬品や道具を多めに購入している。

ミラは薬を買う気もなく、気分的には付き合いとして同行していた。そのための言い訳として準備済みとしたが、実際ミラのアイテムボックスには多種多様な薬品や道具が入っているので、あながち間違いでも無い。

消耗品を買い揃えた後、三人はエメラを先頭に食料を買いに市場へと向かう。

大通りの一角、食料品をメインに扱う店舗が並ぶ。そこの道をエメラは一直線に進んでいった。

「あーら、エメちゃん。いらっしゃい。またどっか行くのかい?」

エメラが向かったのは、行きつけの冒険者用食材店だった。エメラは毎回、遠出をする時はこの店で食料を買い揃えている。恰幅の良いおばちゃんが店主を勤める店で、店先には様々な加工食品や調味料が並んでいる。

商品を揃えながらおばちゃんが快活な笑顔で向かえると、エメラは思わず顔を綻ばせる。

「はい、明日古代神殿へ」

「ほほー。大物狙いだね。エメちゃんのギルドなら心配はなさそうだけど、注意して行くんだよ」

「はい、ありがとうございます」

エメラは余計な心配を掛けない様に、この二人を連れて行くとは言わない事にする。だがもちろん、おばちゃんはエメラに着いて来た二人の子供を興味深そうに交互に見る。

「この子達はエメちゃんの子供かい?」

「違います!」

からかう様な表情のおばちゃんに、顔を赤くして否定するエメラ。そんなホームドラマの一幕の様なやりとりを横目に、ミラは並んだ商品を興味深げに眺めていた。

結果としてエメラは、その店で燻製肉とフリーズドライの野菜、果物の缶詰を一通り購入してアイテムボックスに収納した。

次に向かったのは武具店だ。金属製の武具が店内に並び、幾人かの客が具合を確かめる様に手に取っている。

「ところで、ミラちゃんは武器を持っていないみたいだけど、召喚術士って武器は何を使うの?」

エメラはミラが操者の腕輪をしていたので、もしかしたらアイテムボックスに入れてあるかもしれないと思ったが、武器というのはいざという時のため常に携帯しているのが普通だ。

「特に持っておらんのぅ。召喚術が武器そのものじゃからな」

「へー。そういうものなんだ」

ミラの言う事は間違いではないが、ミラ自身一般的な召喚術士とはかけ離れているために全てがそうとは言えない。多くの召喚術士は杖を持ち、MPの最大値や回復速度を強化していた。

だがミラは、セカンドクラスに仙術士を持っている。仙術士は素手が基本だ。なので杖を持つとセカンドクラスが生きなくなるので、武器を持っていないのだ。

エメラは、そういった事情や召喚術士の事を全く知らないので、その説明で納得する。

主に武具店ではエメラが装備の点検を依頼して、タクト用の防具を見繕った。Cクラスダンジョンに行くのだ。いくら戦闘に参加しないとはいえ、普段着のままではいけないだろう。

ちなみに、ここまでの料金は全てエメラが払っている。子供にお金を出させるわけにはいかないのと、このくらいはどうって事無い程、お金はあるので本人も別段気にしてはいなかった。

「ふう、こんなもんかな。本当はもっと時間を掛けて準備したかったんだけど」

ようやく買い物を済ませたエメラは大きな鎮魂の石碑が立つ広場で、石碑を囲む石柵に座り込む。辺りは日が沈み、街灯の明かりが仕事帰りの人々を照らしている。

「明日の予定だけど、朝十時に組合前でいいかな?」

「うむ」

「はい! よろしくおねがいします!」

言いながらミラはエメラの隣に座り、タクトは二人の前に立ったまま腰を折り頭を下げる。

エメラにしてみれば、まだまだ不安は残るが、それもこの後向かう先でどうにかする予定だった。

「それじゃあもう遅いし今日は終わりにしようか。ミラちゃんとタクト君はどこに住んでいるの?」

「僕のおじいちゃんの家は組合の裏通りにあります」

「わしは……なんて言ったかのぅ……」

そういえばと、ミラはホテルの様な宿の名前を聞いていなかった事を思い出し、その流れでガレットに言われた迷子になった際の言葉を思い出す。

「確か、街一番の宿。らしいが」

指を顎先に当てながら、ミラはおぼろげに答える。

それを聞いたエメラは驚きを通り越し、完全に呆れた表情で額に手を当てる。二人の姿を交互に見ると、タクトは両手を自分の頬に当ててむにゅぅっとした。

「そこ……ね」

溜息混じりにエメラが視線を送った先には、街灯で彩られた大きな建物が浮かび上がっていた。悠然と照らされた宿『夏燈篭』は、昼とはまた違う煌びやかさを演出されている。

「おお、そこじゃ。こんな近くにあったとはのぅ」

ミラはエメラの視線を追いかけ、雰囲気は変わっているけれど造りに覚えのある宿を見つけ頷く。

「もう……私は驚かないわよ。ええ驚きませんとも」

視線を彷徨わせるエメラは立ち上がり、タクトの手を取る。

「それじゃあ、タクト君は私が送って行くから、ミラちゃんはすぐに帰るのよ。いいわね?」

エメラは言い聞かせる様にしながら、顔を近づけてミラの目を真っ直ぐと見つめる。

「う……うむ、わしも腹が減ったのですぐに帰るつもりじゃ」

そう言いミラは立ち上がると、近すぎるエメラから距離を取るべく身を引く。まだ、いきなり美人に接近されると動揺を隠せない。

「そう、それならよかったわ。それじゃあまた明日ね」

「ああ、また明日。タクトもまた明日じゃ。今日はゆっくりと眠るんじゃぞ」

「うん、お姉ちゃんありがとう。また明日、よろしくお願いします」

「うむ」

挨拶を交わし、タクトの笑顔に頷いたミラは、その場から宿に向けて歩き出す。エメラはすぐには動かず、ミラが夏燈篭に入るまでをしっかりと見送ってから、タクトを連れて組合方面へと進み始めた。