軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

237 秘密の水路

二百三十七

(何とか、上手くいったようじゃな……)

思えば、随分と強引過ぎる説明だったと苦笑するミラ。召喚術士として絆は大切で、また、今までそうしてきたという言葉も嘘ではない。

しかしながら、誰かに引き合わされたからといって、それで強い絆が結べなくなるかといえば、そうでもない。運命的な恋愛ではなく、用意されたお見合い結婚でも、十分に幸せな家庭は築けるというものだ。

その部分をミラは、強引に勢いだけで乗り切った。そして最後に縁という理由を使い、精霊結晶をプレゼントするという形で、水の精霊を探す目的を薄め、深く考える事がないように誤魔化したわけだ。

(さて、どこに隠れておるのやら……)

難局を乗り切ったミラは、確認も兼て一先ず男爵ホテルまで戻ってきた。そしてワゴンの中を見る。そこには、護衛役の灰騎士だけが残っており、アンルティーネの姿はなくなっていた。

そして灰騎士には、アンルティーネを守るようにと命じておいたはずだが、行動を起こした形跡はなかった。どうにも命令系統の調整がまだまだ必要そうだ。

また、炬燵の上の書置きが、灰騎士の陰になるところに落ちていた。どうやら何かの拍子に落ちてしまい、アンルティーネが気付けなかったようだ。

と、そういった状況からして、やはり冒険者が捜している水の精霊は、アンルティーネとみて間違いなかった。

じっとしていてくれれば良かったものを。そう思ったミラであったが、思えばアンルティーネを放置したまま観光を楽しんでいたのは自分だったと反省する。

(書置きは、手に握らせておくべきじゃったな)

そんな事を考えつつ、ミラはウンディーネを召喚した。そして、アンルティーネがいる方角を訊くと、ウンディーネは、そっとその方角を指し示して答える。

どの方向にいるかがわかれば、後は簡単だ。精霊王の加護による感知範囲は、まだそこまで広くない。だがそこへ向かいつつ探っていれば、その内範囲内に入ってくるというものである。

ミラはウンディーネに礼を言って送還すると、早速とばかりに、その方角へ向けて駆け出していった。

大通りから横道に逸れて暫く進むと、閑静な住宅街に出た。石造りのアパートと街灯が等間隔で並ぶそこは、どこかゆったりとしており、遊び回る子供達の姿が、より鮮明に浮き上がっているようだった。

ハクストハウゼンの一般市民用の地域で、大通りの賑わいとは無縁の生活感に溢れた、とても落ち着いた雰囲気の場所だ。

しかしながら、時折ちらりと冒険者らしき姿が見える。その様子からして、アンルティーネを捜しているのだろう事が窺えた。

(なかなか、勘の鋭いのがいたものじゃな)

アンルティーネは、この近くに隠れている。加護による感知によって、それを把握しているミラは、誰にも気づかれないように注意して、そちらに進んでいった。

感知による反応を頼りに進んでいったところ、ミラはふと違和感に気付く。遠くからではわからなかったが、近づけば近づくほどに、反応が下から感じられると。

結果、それはやはり間違いではなかった。見る限り住宅以外には何もない住宅街の中心近くの小さな空地。そこまでやってきたミラは、そのまま足元に目を向けた。どうやらアンルティーネは、地下にいるようだ。

(確かに見つかりにくい、良い場所じゃな。しかしこれはまた、どういけばいいのじゃろうか)

ここまで来た道中で、地下への入り口らしきものを見た覚えはない。迎えに行くにはどうしたらいいのか。そう考え始めたところで、地下のアンルティーネに動きがあった。どうやらミラが直ぐ上にいる事に向こうも気付いたようだ。

アンルティーネは、こちらに来ようとしているらしい。だが、周囲には地下からの出入り口らしきものはない。

どうするのか。そう思った時の事だ。地面の溝から水が溢れてきたのである。そしてその水は立体的に溜まっていき、ゆっくりと人の形となり、次の瞬間には見覚えのある姿、アンルティーネに変わっていた。

「おお……! 流石は水の精霊じゃな」

身体を水にして、隙間を抜ける。とてもファンタジーらしく、水っぽい光景に感心するミラ。と、アンルティーネは素早く周囲を見回してから、そんなミラに駆け寄る。

「お久しぶりですね、ミラさん。では約束通り、早速契約を!」

挨拶もそこそこに、そう迫るアンルティーネ。随分と急いだ様子だが、それも仕方がないのかもしれない。何せ現在、召喚契約を狙って多くの冒険者が暗躍しているのだから。

「あー、うむ。久しぶりじゃな」

そう答えたミラは、そう急くなと手で制してから、ワーズランベールを召喚した。

「ああ、無事に会えたようですね。いや、良かったです」

本人の能力に似て、見えるか見えないかといったとても目立たない魔法陣から現れたワーズランベールは、そこにいたアンルティーネの姿を見て、安心したように微笑む。

「まあ、そうなのじゃが、少々立て込んでおってのぅ」

一先ず冒険者達の目から逃れるために、ミラは光学迷彩を頼もうとそう前置きした。するとである。

「ええ、とりあえず姿だけでも隠しましょう」

ワーズランベールは、まるで何もかもわかっているとばかりにそう言って、ミラが頼むより先にミラ達の姿を隠蔽したのだ。

「……随分と話が早いのぅ」

敵地でも潜入中でも何でもない平和な住宅街でありながら、ミラが話す前にその必要性を確信していたワーズランベール。なぜその確信があったのか。それはもう訊くまでもないと、ミラは苦笑する。

「精霊王様とマーテル様が楽しそうに状況を話しておりましたので」

「まあ、そうじゃろうな」

少し静かだと思ったら、精霊王とマーテルは遂に精霊ネットワークを通じて実況まで始めていたようだ。

随分とエンジョイしている二人の様子に少々笑いながらも、こういう時、説明が省けるのは利点だなとミラは考える。僅かな一瞬が戦況をわけるような戦場の場合、始めから状況を理解してくれていると、とても動き易いというものだ。

「では、契約するとしようか」

ワーズランベールの力により、目視で見つけられる事はなくなった。だが、冒険者達の事である。どのような感知方法を持っているとも知れない。捜索隊に仙術士が混じっていれば、《生体感知》によって違和感に気付いてしまうだろう。

どちらにせよ、契約は早く済ませてしまった方がいい。ミラは小さな空地の隅に移動すると、早速とばかりに差し出してくるアンルティーネの額に手をかざす。

『準備は良いじゃろうか?』

今回の召喚契約は特別なもの。本来は不可能な同属性との二重契約。それを可能にするのは精霊王の力であり、精霊王の協力が不可欠だ。

『うむ、準備は出来ているぞ。いつでも大丈夫だ』

さあこいとばかりに、力強い精霊王の声が脳内に響く。実況者だけあって、その行動は迅速なようだ。

【召喚技能:契約の刻印】

ミラの掌が淡く光ると同時、ミラの全身に精霊王の加護紋が浮かび上がる。それはこれまでの召喚契約とは違い、この契約が特別なものである事を鮮明に示していた。

まるで、身体がもう一つあるような感覚。それでいて今以上に自身を自覚出来る、言い表せないほどの不思議な感覚であった。

ミラとアンルティーネ。両者の間に生まれた縁が絆となって結ばれる。それは精霊王の加護紋を介し、寄り添うようにしてミラの全身に溶けていった。

「おお……成功じゃー!」

これまでにない初めての体感に驚きながらも、ミラは問題なくアンルティーネとの繋がりが身体に馴染んだ事を自覚していた。これまでは一つだけで、選択もなにもなかった。けれど今は、水の精霊を意識すると、ウンディーネとアンルティーネのイメージが浮かぶ。

精霊王が言った通り、ウンディーネとの契約に影響なく、アンルティーネとも契約出来た。

きっと同属性との二重契約は、自分が初めての成功者であろうと、ミラは飛び跳ねるようにして喜びを露わにする。

「あっと、ミラさん、声は……!」

瞬間、ワーズランベールが慌てたようにミラの口を塞いだ。その直後である。空き地に面する建物の屋根の上から、冒険者が何事かと顔を覗かせたではないか。ミラの声に反応したようだ。

じっと空地を見回す冒険者。ミラ達の姿は見えない。しかし、何かしらを感じているようで注意深く目を凝らし始めた。

対してミラ達は、隅っこで息を殺す。ここで見つかっては面倒だ。捜していた水の精霊が精霊女王と隠れて会っており、契約済みになっていた。それが女性冒険者達に知られたら、どうなる事か。

震えたミラは、ワーズランベールに完全隠蔽の発動を頼む。全ての感知を掻い潜る反則級の一手だが、それゆえに時間が限られているとっておきだ。

完全隠蔽によって、ミラ達の存在は誰にも捉えられなくなった。それが功を奏したのか、少しして冒険者もどこかへと消えていった。

「ふぅ……すまんすまん。嬉しさの余りつい……」

ミラは小声でそう謝罪すると、周囲を《生体感知》で探る。そして冒険者らしき反応がない事を確認したところで、完全隠蔽から、また光学迷彩のみに切り替えるよう頼んだ。

「ああ、精霊王様、マーテル様!」

そうこうしている間に、精霊ネットワークも開通したようだ。マーテルと精霊王の声が聞こえたようで、アンルティーネは感極まった様子で笑顔を咲かせる。また、ワーズランベールも、どことなく嬉しそうに微笑んでいた。

これでようやく、仲間外れでなくなったアンルティーネ。それが余程嬉しかったのか、精霊王とマーテルだけでなく、サンクティアや、目の前にいるワーズランベールとも精霊ネットワークを通じて話し始めた。

なおミラに、その会話は聞こえていない。精霊ネットワークと一言でいっても実は現在二種類ある。精霊王とマーテルがミラの様子を窺ったり声をかけたりするための特別回線と、精霊同士で会話するための精霊専用回線だ。

この専用回線だが、これは見聞を広げるためという名目で精霊王が勝手に拡張したもので、ミラとは繋がっていない。ただ、もしも繋がっていたら相当に騒がしい事になるため、むしろ繋がないのが正解だ。

ちなみに精霊達の間では、ミラに用事がある場合、精霊王やマーテルに言伝を頼むという事になっていた。

と、アンルティーネが、そういった一通りの説明を受けている間だが、それはミラにとって、ただただ静寂の時であった。そして新召喚術を会得したミラが、それに耐えられるはずもない。

「さて、契約は大成功という事でじゃな。アンルティーネ殿の能力について教えてもらえぬじゃろうか!?」

回線の裏でどんな話をしているのかは知らない。しかし一番重要な事は、これからの助けになるアンルティーネの能力だ。ミラはもう、辛抱堪らずといった様子でアンルティーネに迫った。

「あっ、そうよね。それが先よね」

遂に自分にも。ミラがマッドな笑みを浮かべて迫るその状況を前に、サンクティアやワーズランベールが契約した時の事を思い出したアンルティーネは、改まるようにミラへ向き直り、己の能力について説明した。

アンルティーネが説明したアンルティーネの能力。それはやはり、ミラの戦闘特化型ウンディーネとは大いに違うものだった。

まず、アンルティーネが最も得意な能力。それは、潜水だそうだ。初めて会ったあの日、ミラを湖の中に連れて行った、あの能力である。その効果は、効果範囲内全てのものを連れて、水圧を無効化し、どこまでも深くまで潜れるというもの。

アンルティーネが言うには、水深十キロメートルでも問題なく潜れるらしい。水深十キロなど、未知の世界だ。派手さはないが、ワーズランベール同様に、突出した能力といえるだろう。

また彼女は、戦闘が得意ではないそうだ。しかし、防御の術は心得ているようで、それを幾つか語った。

その中でも、特に強力な能力が水の被膜だった。効果はそのまま、高圧縮した水を膜のように張り巡らせるというわかり易いもの。ただ、その性能がとんでもなかった。

アンルティーネの事を良く知るワーズランベールいわく、物理や魔法といった類もだが、何より炎や熱に対しては、絶大な防御性能を発揮するとの事だ。ポイントは高圧縮という点であり、とんでもない量の水を圧縮しているため、炎竜のドラゴンブレスだろうと防げる事が実証済みだと自慢げなワーズランベール。

と、その間、心なしかアンルティーネが苦笑を浮かべていた。炎竜とワーズランベール、そしてアンルティーネ。過去にいったい何があったのかは、当事者しかわからない事である。

なお、彼女が唯一持つ攻撃手段は、高水圧の水の珠に閉じ込めて圧殺するというものだった。

「ふむ。概ね理解した! 素晴らしいのぅ、心が躍るのぅ!」

アンルティーネの能力は、主に水圧などの操作が根幹にあるようだ。流石は能力の多様性に優れた既存の精霊というべきか、知らない効果ばかりであり、そんな精霊と契約出来たミラの心境は今、最高潮に達していた。

「海底遺跡に沈没船……。冒険の舞台が一気に広がりおったぞ」

ミラが口にしたように海底遺跡や沈没船など、海にまつわる噂や物語は、この世界にも無数にある。しかしながら、それを追う方法は極めて限られていた。それこそアンルティーネのような能力を持つ水の精霊や、それに似た術を使える術者の協力が不可欠だ。それでいて、そのような存在は、そういるものでもない。

ゆえに、この世界では、未だ手付かずの海底ロマンがまだまだ転がっているというわけだ。

ミラは、新たな冒険の舞台に想いを馳せると、「これから、よろしく頼む」と、アンルティーネの手を力強く握るのだった。

「わざわざ来てもらって、すまんかったのぅ。帰りはどうじゃ? このままワーズランベール殿に街の外まで送ってもらった方が良いかのぅ?」

目的は達成した。後は、アンルティーネを捜す冒険者達から隠れたまま、元いた住処に帰るだけだ。その方法としては、ワーズランベールが、その能力でアンルティーネを隠したまま街の外まで連れ出すのが確実だろう。

そう考えたミラだったが、アンルティーネは「いえ、ここでもう大丈夫よ」と答える。

「さっきまで私が隠れていた場所は大きな地下水路で、この街の地下全体に広がっているみたいなの。ちょっと探ってみたら、外の川まで繋がっていたから、問題なく街を出れそうよ」

アンルティーネは、足元に目を向けながら、まったく問題はないとばかりに続けた。

「ほぅ、地下水路とな。なるほどのぅ」

思えばここに来た時、アンルティーネは地下にいた。そしてそこから細い溝をすり抜けて出てきている。つまり、その時の溝は地下水路に繋がっていたわけだ。確かに水の精霊ならば、その水路を進めば誰にも見つからず簡単に外に出られそうだ。

しかし、ミラはふと考えた。地下にある水路といえば何かと。

「ところでそれは、下水道とは違うのじゃろうか」

様々な汚水排水が入り交じる下水道。そんなところを通らせるより、やはりワーズランベールに送ってもらった方が。そうミラが思った事を口にしたところ、アンルティーネから、そんな事はなかったという言葉が返ってきた。

「特に汚れてはいなかったわね」

考える素振りもなく、そう即答したアンルティーネは、その地下水路の状態について簡潔に話してくれた。

アンルティーネは地下水路を見つけた際、どこまで逃走経路として利用出来るかと、全体を調べてみたそうだ。何でも水の精霊は、水で繋がっていれば、その周辺を知覚出来るという。とはいえ、どこまでもというわけではない。その範囲は個体差や得手不得手で限界はあるが、それでも街一つ分くらいならば、十分に 見える(・・・) という事だ。

何と、そんな能力もあったのか。先程の説明にはなかったアンルティーネの能力に驚くミラ。アンルティーネはというと、水の精霊ならばだいたい出来る事なので、言うまでもないと思っていたようだ。

と、そんな能力によってわかった事。それは、地下水路の特殊性だった。

アンルティーネがいうには、地下水路は大きな川の上流から水を引き入れ、下流に通すという流れになっているそうだ。また他にも、何ヶ所か水路内に水の湧き出している場所があり、後は雨水などが混じっている程度。汚水などが流れ込む箇所はなく、水質的には人里の地下にあるとは思えないほど綺麗だという。

また、とても閉塞的であると共に、水路は異常なほど複雑に入り組んだ構造をしているらしい。アンルティーネいわく、水路の中に水路が通っているような状態だそうだ。

また、水路全体は苔に覆われており、薄暗い。そして見た限り、人が出入り出来そうな場所はなく、あったとしたらそれは巧妙に隠されているだろうとアンルティーネは話す。ただ、現在地より北東の方向に苔の生えていない場所があり、もしかしたら、その近くに隠し通路などがあるかもしれないとの事だった。

「思えば不思議よね。人は何のために、こんなに広くて複雑な水路を造ったのかしら」

一見すると用水路として利用している形跡はない。雨水の排水のためならば、これほど複雑に入り組ませる必要もない。苔の状態から、一部以外に人が通った様子もない。そして下水道でもない。それでいて、町全体にいき渡るほど広大な規模を誇る。

「ふむ……確かにそうじゃな。何の意味があるのじゃろうか」

果たして、この地下水路は、誰が何のために造ったのだろうか。そんなアンルティーネの疑問に、ミラもまた首を傾げたが、その予想すら思いつく事はなかった。

「それじゃあ、ミラさん。ありがとう。必要があったらいつでも喚んでね」

「こちらこそじゃ。これからよろしく頼む」

そう挨拶を交わした後、アンルティーネは溝から地下水路に入り、元いた住処に帰っていった。来る時は大急ぎだったが、帰りはゆっくりと観光でもしながら戻ると、アンルティーネは実に楽し気な様子だ。

なお、観光しながらというのは、精霊王とマーテルのリクエストらしい。アンルティーネを通して、二人もまた観光を楽しむ気満々のようだ。

「ワーズランベール殿もご苦労じゃった。ああ、それと近々、怪盗とやり合う事になるからのぅ。もしかしたら、その時に力を貸してもらう事になるかもしれぬ」

ワーズランベールを送還する前。ミラがそう口にすると、精霊王から既に聞いて把握していたようで、ワーズランベールは「お任せください」とやる気十分に答えた。相手が怪盗となれば、きっと純粋な戦闘力以外の要素も重要になってくる。ならばこそ、特殊性の強い静寂の能力が大いに光る。と、そんな事をワーズランベールは思っていたようだ。

そしてミラもまた、ワーズランベールは切り札にすら成り得ると考えていた。

「ではまた、後ほどにのぅ」

「はい、わかりました」

今夜か明日の落ち着いた頃合いに、皆で対怪盗作戦会議を開く。そう伝えたところで、ミラはワーズランベールを送還する。そして男爵ホテルに向けて歩き出したのだった。