軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

236 人気者、大捜索

二百三十六

「これは実に便利じゃな」

暗室を後にしたミラは、そのまま周囲を見回しながら呟く。

暗い場所でもはっきりと見えるようになる暗視ゴーグルだが、明るい場所に出ると視界が真っ白になってしまうものだ。しかし、ディノワール商会製の暗視ゴーグルは、そうならない。基本的には手動だが、明るい場所に出た瞬間には、暗視のスイッチが切れるようになっているからだ。

暗室に出たり入ったりを繰り返して、その見事な切り替わり振りを試した後、ようやく満足したミラは、新商品コーナーに戻り完全武装を解除する。

そしてお試し用のゴーグルとマスク、マントを元の場所に戻してから、販売用をそれぞれ一つずつカゴに放り込む。なお、どれもSサイズだ。

こうして一通りの新商品を堪能し終えたミラは、会計へと向かった。

と、その途中である。新商品コーナーの片隅に、ミラの後姿を見つめる一人の青年の姿があった。暗室にて不審な何者かと遭遇した青年だ。

彼は茫然としていた。

少し前の事、怪しさ満点の存在と出会い、慌てて逃げ出した男は、暗室からのそりと出てきたミラの姿に震えた。だがその直後、武装解除した時に露わになった真の姿にときめいてしまっていたのだ。不審者そのものといった殻を破り、可愛らしい服装の美少女が現れる。いわゆるギャップの妙に彼はまんまとはまったわけである。

しかし彼は、その感情を伝える事はなく、またミラも気付く事はなかったのであった。

暗視ゴーグルは五十万、ガスマスクと迷彩マントは三十万で、計百十万リフ。更に冷凍保存袋やら何やらを合わせて、合計百三十万リフほどの商品を購入したミラ。当然、優待券を提示する事を忘れずに、その二割引きだ。

「ついつい買い過ぎてしもうたな!」

ディノワール商会を出たミラは残金を確認しながら、そう笑い飛ばした。予算は三十万と決めてはいたが、結果百万もオーバーしている。けれどミラに後悔はなく、むしろ良い物が手に入ったとほくほく顔だ。

思った以上の散財。しかしそれを気にしていないのは、ミラの脳裏に一つの考えが浮かんでいるからだ。お金が足りなくなったなら、また魔動石を売ればいいじゃない、と。

古代地下都市で潤沢に稼いだ魔動石は、まだまだ十分過ぎるほどに残っている。換金していないだけであり、今の相場に換算しても数千万はゆうに超えるほどの量だ。

だからだろう、今のミラの財布の紐はゆるゆるであった。

そんなミラが次に立ち寄ったのは、琥珀専門店だ。しかしそこで扱っているのは、装飾品の琥珀ではない。術具やエンチャントのために調整された、冒険者向けの琥珀だ。

(ふむ……。やはり前より値上がりしとるな……)

精錬装備制作に向けて、虹珠琥珀が今、どれほどの相場なのかを確認するためにやってきたミラ。一通り見て回った結果、かつてより五割ほど相場が高くなっているようだ。

(しかし、上級の強化を施すとしては、まだ手頃な方じゃろうか……)

現在、ミラが考える、最強装備への道のり。それは、己の技術を存分に駆使したものであった。

虹珠琥珀は、フィジカル面での能力付与と相性が良い。つまり、魔力特化なミラの弱点を補い、仙術の効果も上げる事が出来るわけだ。

最終的には、これらの効果を精錬技術で数多く抽出し一つに束ねて、マキナガーディアンの素材で作った装備品に注ぐわけだ。

きっと、とんでもないブースト装備が完成する事だろう。

(なかなか、良いものが揃っておるではないか)

完成するその日を思い浮かべながら、ミラは琥珀製品を吟味するのだった。

ディノワール商会に続き、琥珀専門店でも相当な時間を過ごしてしまったようだ。時刻は六時の少し前。店の外に出ると既に日が沈みかけていた。

(はて、何じゃろうな。何やら慌ただしい気がするのじゃが……)

今日はこれくらいにしておこう。そう思い男爵ホテルに戻る最中、ミラはそれに気付く。

沢山の商店が並ぶ大通りは、ハクストハウゼンの主要路の一つであり、多くの人が行き交っている。もとより賑わいのある場所なのだが、それ以上に、どうにもまた違った様子であった。

はて、何が違うのだろう。違和感の正体を探るべく、ミラは周囲に気を配る。するとその時、ある声がミラの耳に届いた。

「どうだ、見つかったか?」「いや、こっちにはいなかった」「そうか。どこにいったんだ」

それは、何かを探しているような声だった。

その声はどこから聞こえてきたのか。周囲に目を向けたミラはそこで、周辺を探りながら駆け巡る者達の姿を目にする。

その身なりからして、どうやらその者達は冒険者のようだ。それに気付いたミラは、更に周りの様子を窺う。するとようやく、その違和感の正体がわかった。

一見すると、平和そうな大通り。どこかのんびりしながらも活気のある場所だが、見るとそこに交じる冒険者達が一様に気を張って何かを探っていたのだ。鋭く周囲に視線を走らせ、時に人々の間を駆け抜けていく。また視線を上に向けると、屋根の上にも身軽そうな者達の姿を確認出来た。

どうやら、相当に多くの冒険者が、何かしらを探して町中を駆け巡っているようだ。

(これは……)

ミラは、今のハクストハウゼンの状況、そして冒険者の様子から予想する。もしかしたら、怪盗ファジーダイスに動きがあったのではないかと。

しかしながら、予告状で指定された日時までには数日ある。姿を現すにはまだ早い。けれどそこらの冒険者達は、何かしら確信をもって何かを探しているように見えた。

怪盗は、わざわざ予告状を送り、これまで律儀にそれを守ってきた。ゆえに、予告日前に盗みを行うなど考えられない。

だがミラは、そこで気付く。思えば予告日とは、あくまでも決行日だ。つまり、下見や準備などは、その前に行っていてもおかしくはないと。

もしや、何か工作をしているファジーダイスを見つけたのではないだろうか。そうあれこれ考えたミラだったが、曖昧な情報だけで予想するより、訊いてみた方が早いと察した。

「のぅ、ちと訊いてもよいじゃろうか?」

隣の建物の屋根の上。ミラはそこまで《空闊歩》でひらりと上り、そこで周囲を眺望していた男に問いかけた。

「ん、別に構わないが……って、貴女は今朝の!」

振り向いた男は、ミラの姿を確認するなり、驚いたように声を上げた。

「む……今朝じゃと? という事は……あの時集まっていた者達の一人じゃな」

今朝と、冒険者。この二つが共通する事といえば、朝起きた時に精霊屋敷が包囲されていた件のみだ。どうやら彼は、その時そこにいたらしい。

「ええ、そうですそうです。あの時は召喚術の可能性に驚かされました。そしてその後に貴女が、あの精霊女王さんだったと聞いて更に驚きましたよ。いやぁ、また会えて光栄です」

有名人に会えたとばかりに喜びながら、男はさりげなく手を差し出す。

「なに、わしはしがない冒険者の一人に過ぎぬよ」

ミラは謙虚な言葉を口にしつつも、満更ではなさそうに手を握り返して、にやける。

「それで、訊きたい事とは何でしょう。わかる範囲なら何でもお答えしますよ!」

男は改まるようにしてそう言いながらも、先程までと同じように、周囲に目を凝らす事を忘れてはいないようだ。随分と器用な事である。

「おお、そうか。ありがたい。では、訊くが──」

ミラはそう前置きした後、気になっていた事を問うた。何やら冒険者達が揃いも揃って何かを探しているようだが、いったい何があったのか、と。

「ああ、それはですね──」

男は答えた。多くの冒険者達が街中を走り回っている理由、そして、その原因もまた一緒に。

男が言うには、今慌ただしそうにしている冒険者は全て、水の精霊を探している最中だという事だった。

はて、水の精霊を。ミラが首を傾げたところ、男は更に続ける。それは全て、精霊女王が今朝に行った召喚術の宣伝活動に端を発すると。

何でも召喚術の有用性、そして何より精霊召喚の恩恵を知った女性冒険者達は、いつになく沸き起ち、行動を開始したそうだ。

数少ない召喚術士の確保。また、精霊と契約するための準備。精霊結晶の買い漁りや、精霊が住む地点までの日程決めと大騒ぎだったらしい。

また当然というべきか、彼女達の最優先は精霊女王が実演してみせた事もあって、水の精霊との召喚契約だった。

と、そうした中、とんでもない情報が飛び込んできたと男は語る。

「実は何と、水の精霊がこの街に来ていたそうなんです。しかも、声をかけた者の話によると、召喚契約を結ぶために来たという事でした」

時折だが、精霊が人里にふらりとやってくる事もある。その理由は様々だが、精霊は人類の良き隣人であるため、嫌な顔をする者はなく、ただただ好きなようにさせて、普通に接するというのが日常であったりした。

だが、今この時のハクストハウゼンでは、精霊を見る冒険者達の目が大きく違っていた。水の精霊ならば尚の事、召喚契約を求める声で大騒ぎとなったわけだ。

結果、水の精霊は驚いてしまったようで、どこかに消えたという事だ。

「なるほど……のぅ」

男の話を聞き終えたミラは、どうにか引き攣った頬を誤魔化し、そう返した。

召喚契約を結ぶために来たという水の精霊。これまででも、時折街中でふらっと精霊の姿を目にした事はあった。初めに聞いた時は、そんないつもの事だろうと他人事だったミラ。しかし次の瞬間に悟ったのだ。その水の精霊は、もしやアンルティーネの事ではないのかと。召喚契約を結ぶために来たというのが、その可能性を、より高めている。

ようやく目を覚まし、ミラに会うため街中を歩いていたところで、ちょうどミラの布教を聞いて盛り上がっていた冒険者に見つかった。十分にあり得る流れだ。

「ところで精霊女王さん。一つお伺いしたい事がありまして……かの精霊王と繋がりを持つそうですが、その関係とかで近くにいる精霊を感知するとか、同じ精霊同士という事で、ウンディーネさんが近くの水の精霊を感知出来たりとか、そういう感じの事が可能だったりしませんかね?」

男は腰を低く、お伺いを立てるようにしながらも、ここからが本番だとばかりにそう口にした。

これだけの冒険者達が、索敵技術を全開にして捜しているにもかかわらず、中々見つける事の出来ない水の精霊。精霊が本気で隠れた時の見つけにくさを痛感した男は、ここにきて可能性を見出したのだ。精霊関係においては、誰よりも精通していそうな精霊女王という可能性を。

そして、その勘は正しかった。

(むぅ……中々に鋭いのぅ)

事実、ミラは精霊王の加護を利用する事で、周囲の精霊を感知する術を身に着けていた。また、男の言う通り、ウンディーネに頼めば他の精霊の気配を探る事も十分に出来る。

しかしながら、ミラには答え辛い問題だった。

冒険者達が捜している精霊は、偶然ここに居合わせた水の精霊という線もある。だが、今のところは近くにいないようで、精霊王の加護による感知に水の精霊の反応はないが、やはりそれがアンルティーネである可能性が一番高い。

精霊ネットワークに入るため、わざわざここまで急いでやって来たアンルティーネを、他の召喚術士と引き合わせるというのは相当に酷い仕打ちであろう。

かといって、出来ないとも言いにくい。精霊王の加護にそのような力はないと答えるのは、簡単だ。今はミラしか授かっていないため、ミラが無理だといえば無理で通るのだ。

しかし男は、同時にウンディーネが感知出来たりしないかとも言っていた。この事にかんしては、召喚術士でなくとも、精霊に訊けば出来るかどうかなど直ぐにわかる問題だ。

つまり、ここで出来ないと答えても、後々にそれが嘘だと判明してしまうわけだ。そうなってしまったら、嘘をついたとして精霊女王のミラの名に傷がつくというもの。折角、召喚術の布教に使える名声を得られたのだ。それに泥を塗る事は、また召喚術士界にとっても不名誉となる事だろう。

かといって、正直に答えるのも抵抗があった。

その水の精霊はアンルティーネという者で、自分と契約するために、はるばる遠くからやってきた。だから諦めてくれ。

そう伝えれば、きっと冒険者達は諦めてはくれるだろう。しかし、である。

(自分で蒔いた種とはいえ、ここまでになるとはのぅ……)

ミラは、ちらりと街に目を向けた。そして、鬼気迫る形相で水の精霊を探す女性冒険者達の姿を見て震える。

通常、同じ属性の精霊とは重複して契約は出来ない。しかし今のミラは、その辺りを精霊王の力で捻じ曲げられる。

それを正直に伝え、二重の契約を結んだとしたら、彼女達はどう思うだろうか。

二人の水の精霊と契約出来るなんて、流石は精霊女王だ。と、驚き敬意を抱いてくれる可能性は確かにある。

だがミラは、血眼で走り回る女性冒険者を見て確信する。その可能性は、極めて低いであろうと。

きっと、独り占めするなんて酷い。ずるい。夢を見させておいて、それはあんまりだ。などという声が上がると確信するミラ。いってみれば、既に美人の妻がいるイケメンが、可愛い愛人を持つ事まで許された。とでもいった状況だ。

間違いなく、恨まれる。そう直感したミラは、全力で保身を考えた。

嘘はつけない。ただし本当の事も言えない。ならばどう答えるべきか。男の問いから数秒の後、ミラは遂に口を開いた。

「うむ。確かに、感知する事は可能じゃ」

肯定。ここで嘘をついても、後々にそれがばれる危険性が極めて高い。となれば、この段階では真実を述べる以外に選択肢はなかった。勝負は、この次だ。

「おお、流石です! それでは是非、この街に隠れている水の精霊の居場所を探ってはいただけないでしょうか? 当然報酬はお支払いしますので!」

期待した通りの返事に、男は喜びを露わにした。ただ、その心情の裏には仲間の女冒険者への畏怖が秘められており、懇願するその姿は極めて必死だった。

しかしながら、それは叶わぬ願いである。

「いや、それは出来ぬ」

そっと目を伏せて、静かに断言したミラ。すると男は、「そんな……なぜですか!?」と食い下がる。

「これは、召喚術士のためじゃ──」

出来る限り低い声で答えたミラは、さも、それこそが真実だとばかりな口調で言葉を続けた。

ミラは言う。今自分が水の精霊の場所を教える事は簡単だが、それでは縁が出来ず、大切な絆を結ぶ事は難しくなると。

「そんな……。それは、どういう意味でしょうか」

精霊女王に見つけてもらえば簡単だ。そう、楽をしようとした気持ちがあったからだろう、男は実に重々しいミラの言葉に、思わず息を呑んだ。

「出会いもまた、絆という事じゃよ。苦労して見つけ出し、出会ってこそ、そこには喜びが生まれるものじゃ。そしてそれが、いずれ両者を結びつける強い絆へと昇華する。しかし、わしが教えてしまっては、その絆にわしという存在が挟まってしまうのじゃ。それでは、真の絆とは言えぬ」

そこまで語ったミラは最後に「これは、わしの持論じゃがな」と付け加え話を締め括った。

「……なるほど。そういう意味が」

男はミラの言葉から何かを感じ取ったようだ。思案気な表情で呟くと、自分が浅はかでしたと頭を下げる。

「なに、近道をする事が全て悪いわけではない。仲間のためなのじゃろう。それは正しくもある。しかし、今回はそれよりずっと意義のある方法があったというだけの事じゃ」

そう答えたミラは、そのままぴょんと屋根から飛び降りた。そして、「これは、わしとお主の縁じゃ」と言って、アイテムボックスから取り出した精霊結晶を男に向けて放り投げた。

「なんと、これは……! ありがとうございます!」

高額であると同時、流通量も少ない精霊結晶。それは、今回のミラの宣伝活動を発端にして、一気に街の市場から消えていた。更に今後、きっと値上がりしていくと予想される代物だ。

男が所属するグループは、それを入手する事が叶わなかった。更に値上がりを考えると、当分の間、縁はないだろう。

だがそれが今、出会いの結果からもたらされた。

男は、手を振り去っていくミラの背に感謝を込めて一礼すると、精霊結晶を手に仲間がいる場所へ向けて駆け出していった。