軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

190 もう一つの可能性

百九十

「さて、夕飯の準備は任せてしまってもよいか?」

精霊屋敷に戻って早々、ミラは期待に満ちた表情をソウルハウルに向けた。

「ああ、まあいいぞ。一人分も二人分も大して変わらんしな」

そう応えながらも、ソウルハウルはどことなく満更でもない様子だ。どうも 他人(ひと) に料理をふるまう事は嫌いではないらしい。精霊屋敷のキッチン周りを確認しながら「で、何か食べたいものはあるか?」と続けた。

「ふむ、そうじゃのぅ……。ハンバーグじゃな! 大きなハンバーグの気分じゃ!」

少し考えたミラは、自分では作りそうにない料理を、ここぞとばかりにリクエストした。適当に食材を切り刻んで鍋に入れる、肉を厚切りのまま鉄板で焼く、といった程度の料理スキルなミラに、ハンバーグは難易度が高いようだ。

「ハンバーグか。食材は、まあ、少し足りないがどうにかなるな」

アイテムボックスから包丁などの調理用具を取り出しつつ、ソウルハウルは手持ちの食材を確認する。どうやら、少々足りない食材があるらしい。

「わしも食材は、だいたい揃えてきておるぞ。必要なものがあれば、言ってくれてよいからな」

ミラはそうなぜか自慢げに口にしながら、手持ちの中で一番良い肉をキッチンに置いた。是非、これで作ってくれといわんばかりに。ミラの脳内は今、最高のハンバーグが食べたいという事でいっぱいのようだ。

「これまた随分と良い肉だな。んじゃあ──」

その上質な肉は、ソウルハウルの料理魂に火をつけたようだ。ならばとばかりに様々な食材の名を挙げていくソウルハウル。対してミラは、半数以上が良く分からない食材だったため、結局、手持ちの食材や調味料を全て並べてみせた。

「店でも開くつもりか……」

ソウルハウルは並んだ食材を見つめながら苦笑すると、「こんなものまであるのかよ」と呟きつつ、必要な分を選び始めた。

「これと、これと、こいつもだな。あとバルサミコ酢に、トマトとバター。こんなもんか」

ソウルハウルは選び出した食材をキッチンの脇に並べていく。その種類は多種多様で、どうやらハンバーグ以外にも何か美味しそうなものを作る様子だ。

「足りなければ、また言ってくれてよいからのぅ」

一通り選別は終わったようだ。ミラは食材を片付けながらも、追加が必要なら幾らでも出すと、これまた自信満々に言う。

「ああ、そうさせてもらうよ。しかしまあ、よくこれだけ買い込んだもんだな。料理の出来ない長老が、これとかこいつとか何に使うつもりだったんだ」

ミラが取り揃えた食材には、珍しいものも多く、ゆえに調理法が限られるものや扱いが難しいものなどが一つや二つではなかった。

「これだけあれば、なんでも作れて便利じゃろう」

いつでもどこでも、好きなものを食べられる。ミラはそう自信満々に答えたが、ソウルハウルは渋い表情を浮かべ「その腕がなければ、必要ないだろうが」と、切り捨てる。

「ぐぬぬ……」

確かにその通り過ぎて何も言い返せず、ミラはただ唸るのみだ。

「まあ、俺らみたいな者からしたら、有り難いけどな」

ソウルハウルは、どこか慰めるようにそう言いながら、早速夕飯の下拵えを始めた。料理上手だけあって流石というべきか、その手並みはミラとは比べ物にならないほど鮮やかなものだ。

「そうじゃろうそうじゃろう。では、任せたぞ。わしは、シャワーを浴びて待っておるからな!」

気を良くしたミラは手際よく進んでいく下拵えを満足そうに眺めた後、そう完全に一任して、シャワー室の前で服を脱ぎ始める。

「はいはい。んで、何分ぐらいにあがる予定だ?」

肉をミンチにしながらソウルハウルが問うと、ミラは「三十分くらいゆっくりしておるぞ」と答え、下着も脱ぎ捨てる。そして最後に、「チーズが入っているのが好きじゃ」と告げてからシャワー室に入っていった。

「わかってるわかってる」

室内には、そう呟くソウルハウルの声と、小気味よい包丁の音が響いていた。

その日の夕飯は、いつもよりずっと豪華で絶品だった。

「ふぅ、満足じゃー」

たらふく平らげたミラは、そのまま敷いてあった特製寝袋の上にごろりと転がり天井を仰いだ。

「どこにこんだけ入るんだかな」

ソウルハウルは、ちんまりしたミラのぽっこり膨れた腹を見ながら苦笑する。目の前には、テーブル代わりのゴーレム。今のミラと似たように横たわるその背には、多くの空の食器が並んでいた。

多めの食材で、明日の朝食用のバーガー用にと用意しておいたハンバーグも、目ざとく見つけたミラの腹の中である。

「まったく、完全に牛だな」

ソウルハウルが食器を片付けながらそう定番の言葉を投げつけると、ミラは「もー食べられん」と実に寒々しい言葉で返した。

これがあの、かつて肩を並べたダンブルフの成れの果てかと、思わずため息をもらすソウルハウル。そしてもしも今魔物に襲われたら、まともに動けないだろうと呆れる。けれどミラの事だ。召喚さえしてしまえばそれで事足りてしまうのだろう。

どことなく理不尽さえ感じる印象の差に今一度苦笑しながら、ソウルハウルは洗い物を始めた。

「ところで、ゴーレムの状況はどんな感じじゃ?」

「ああ、今のところは順調だな」

時間経過による回復阻害のために再度用意した五十体のゴーレムは、どうやらしっかりとその役目を果たせているようだ。

一つ目の角を曲がったところに配置したゴーレム達。まだマキナガーディアンは、その対策がとれるほどに学習出来ていないという事だ。

「しかし、きっと明日にでも手は打ってくるじゃろうから、こちらも何か作戦を立てる必要があるじゃろうな」

「まあ、そうだな。時間をかければかけるほど学習されて、こっちはジリ貧だ」

今は上手くいっているとしても、明日通じるとは限らない。むしろマキナガーディアンにしっかりとした学習機能があると分かった今、同じ手を使うのは愚策であり、長引けば長引くほど不利になる。

ならば、どうすればいいか。それは単純だが、今は難しい方法だった。

「短期決戦といきたいところじゃが、流石に二人では火力不足じゃのぅ」

「だからこその長期戦覚悟だったんだけどな。作戦を練り直さないとか」

かつてマキナガーディアン相手に、ソロモンを含めた九賢者全員で戦った事があった。そしてそれだけのメンバーが揃っていても討伐まで四時間かかるという、ゲームとしては破格の長丁場だ。

十人で役割分担をして、的確に最大火力を打ち込めた当時と今とでは、条件が何もかも違う。短期決戦は流石に不可能だろう。

「だが長老が来たお陰で、随分とましになりそうだけどな」

洗い終わった食器を順にアイテムボックスにしまいながら、ソウルハウルは笑ってみせる。その表情に一切の諦念はなかった。

「なんじゃ急に。褒めてもレモネードオレくらいしか出さぬぞ」

簡単に気を良くしたミラは、にたにたした表情で立ち上がると、ぽんとソウルハウルの前にレモネードオレを置いて、自分もまた飲みながら特製寝袋に転がった。

「上級の術を使えれば、もう少し手段は広がるんだが」

上級の術は、術士において一発逆転の可能性を秘めた必殺技と同義である。今までその必殺技を欠いた状態でここまできたソウルハウルも凄まじいものだが、やはり何かと難儀している様子だ。

「そうじゃな。あの火力と防御力は捨てがたい。けれど、状況からして仕方がないからのぅ」

ソウルハウルが上級の術を使えないのは、特別な術によって一人の女性の時を止めているからである。これを解除すれば上級の術が解禁されて、聖杯作りは飛躍的に進むだろう。けれどその代わりに、女性の命のカウントダウンも進み始め、また精霊王の話からして、悪魔に襲われる確率が飛躍的に上昇する。

聖杯が完成しても、肝心の女性が無事でなければ意味はないのだ。

「どうしたものかのぅ」

「どうするかな」

学習能力を持つマキナガーディアンを二人で迅速に攻略する方法。ミラとソウルハウルは、相当に難度の高いそれを考えて沈黙する。室内には、水の流れる音と、食器を洗う音だけが響いていた。

と、そんな時である。

『ところでミラ殿。彼は相当な腕前の術士に思えたが、上級が使えないとは。何か理由でもあるのか?』

ふと精霊王の声がミラの脳裏に届いた。今日の早くからマーテルに絡まれていた精霊王は、ソウルハウルと出会ったその辺りについては全て聞き逃していたのだ。どうにか把握している事は、聖杯や聖痕について話していた部分。ソウルハウルが聖痕を持つ女性のために神命光輝の聖杯を作っている事だけだ。

『そういえば、その辺りは話していなかったのぅ』

そう思い出したミラは、聖痕を持つ女性の時を止めた術と、その反動について説明した。

『なるほど、理を捻じ曲げているわけか……。それほどの事をしてその程度で済んでいるというのは、驚きだな。相当緻密な術式で誤魔化しているのだろう』

『そこまでして愛する女性を。素敵ね!』

実に冷静に分析する精霊王に続いたのは、色恋話にはしゃぐマーテルの声だった。けれど実際はそこまで色っぽい内容ではないと苦笑したミラは、ついでだとばかりに、ソウルハウルとその女性の関係についても話した。不死っ娘愛好家と、熱心な宗教家の攻防を。

『という事で愛だの恋だのではなく、これがあ奴の譲れぬ正義というわけじゃ』

不死っ娘以外に興味はないと断言するソウルハウルに下心はなく、また純粋な恋愛感情もない。ただただ信念だけで、その女性を救おうと奮闘しているのだとミラは締め括った。

『そのような理由で、これほどの苦行に身を置くとは。英雄そのものだな』

精霊王は心底感心したようで、ソウルハウルの事を称賛する。

『やっぱり愛よ。彼は強がっているだけ。私は確信したわ』

マーテルはどうしても色恋話にしたいようだ。なぜそこまで拘るのかは不明だが、言われてみれば確かに強がりにも聞こえなくはない。とはいえ、一つ言える事は、そこには相当な覚悟があるという事だろう。

ただ、どちらにしろ結果として、精霊王とマーテルのソウルハウルに対する評価は大幅に上昇した。

そして上昇したからか精霊王とマーテルの真剣みが飛躍的に高まり、結果、新たな選択肢が生まれる事となる。

『よし、そういう事ならば、我がその反動を引き受けようではないか』

『ええ、私も協力するわよ』

突如、精霊王とマーテルがそんな事を言い出したのだ。反動とはつまり、ソウルハウルが上級の術を行使出来なくなっている原因、自然の理に逆らった業の事。精霊王はそれを肩代わりするという。

『なんと、そのような事が……』

それが出来れば、ソウルハウルはまた上級の術を使えるようになり、その代名詞ともいえる『巨壁』もまた解禁される。そうなれば、マキナガーディアンに短期決戦を仕掛けられる手段が飛躍的に増加する。そこにミラが最近新たに構想し作り上げた、新しい召喚術を加えれば、更に可能性は大いに広がるというものだ。

しかし、即決める事は出来なかった。

『実に魅力的な申し出じゃが、しかしそれをして、精霊王殿とマーテル殿は大丈夫なのじゃろうか?』

精霊とは、そもそも自然界を安定させる存在でもある。そんな精霊が、自然の理に逆らった反動を受けるのは危険ではないだろうか。ミラはそう考えたのだ。

しかしそれは、どうやら杞憂であった。精霊王とマーテルは、ミラに心配されてしまったと嬉しそうに笑い、そして種明かしとでもいうような事情を語った。

そもそも精霊王が今の場所に篭っているのは、理を破ったからであると。かつて鬼族との戦争で自然の理を崩す大いなる力を行使した精霊王は、その反動で力の制御がおぼつかなくなり、以後、現世への影響を考慮して精霊宮殿より出られなくなった。

その原因だが、膨大な精霊力を秘める精霊王は、その力を更に大きな力で制御していたからだという。反動でバランスが崩れれば、その制御も困難になるのは仕方がないだろう。

そんな膨大な力を許容している精霊宮殿だが、これは現世より隔絶された場所であるため、どれだけの精霊力で満ちようと、全ては世界を循環する霊脈に溶けていくそうだ。そしてその結果は、多少自然界が活気づくだけだという。

つまり、ソウルハウルの反動を肩代わりしても、精霊宮殿にいる限り影響はないという事だ。

『それと、直接確認しなければ詳細はわからぬが、彼の様子を見る限り、その禁術には反動を極端に軽減するための術式が緻密に組み込まれているようだ。本来、人の身で理に逆らった場合、上級の術に制限がかかる程度では済まぬはずだからな』

『ええ、愛の力って素晴らしいわよね』

天晴とばかりに称賛する精霊王の後、またも感動した様子でマーテルの声が続いた。相当にラブロマンスが好きなようだ。

『まあ、そういう訳で、もともと出るに出られぬ状態だからな。一つや二つ、三つ四つと理を破ろうと、ここにいれば問題はない。そして、人一人の時を停滞させるなど、我が当時にした事に比べれば、些細な事よ』

そう言って存分に任せろと、精霊王は笑い飛ばした。そしてマーテルもまた全力でサポートするので問題ないと、やる気満々だ。どうやらソウルハウルは、随分と両者に気に入られたようである。

『では有り難く、その言葉に甘えさせてもらうとしよう』

精霊王とマーテルの申し出を受け取ったミラは、「一つ、有力な選択肢が浮かんできたぞ」と、早速ソウルハウルに声をかけた。

「有力な選択肢? なんだそれは」

別の攻略法を考え込んでいたソウルハウルは、なにやら無駄に自信ありげなミラの様子を訝しむように見つめる。

「きっと驚くじゃろう。なにせ、お主の上級死霊術を解禁する方法があるのじゃからな!」

ミラはまるで自分の手柄のようにそう言い放った。だがソウルハウルは大した反応を見せず、「術を解除する、って事なら却下だからな」と応える。

「わかっておる、わかっておる。それを維持したまま出来る手段があるのじゃよ」

堂々とした様子でソウルハウルに歩み寄っていったミラは、正面に立ちにやりと笑みを浮かべた。

「本当か?」

思わせぶりなミラの態度だが、それはつまり本気で言っている事の証。その事を良く知るソウルハウルは、いよいよミラの言葉に食いついた。

「本当じゃ。ただ、口で説明するよりもっとわかり易い方法があるのでな、ちと手を出せ」

ミラは自慢げにふんぞり返りながら、まるで女王様の如く右手を差し出す。

「ああ、分かった」

何をする気なのだろうか。ミラの行動の意味はわからないが、ソウルハウルは言われるがまま素直に差し出された手を握った。するとどうした事か、ふと不思議な気配がどこからともなく溢れ、ソウルハウルは何かとんでもない力に触れた事を直感した。

「これは、なんだ……」

集中すると、意識が無限に広がっていきそうな深い海が脳裏を過ぎる。ソウルハウルは、その感覚に驚くと同時、その海に広がる二つの大きな気配に気付いた。と、その内の一つから言葉が届く。

『我が名は、シンビオサンクティウス。ゆえあって貴殿に力を貸したいと思い、ミラ殿を介して語り掛けている』

「な!? どこからだ? というか、確かその名前は精霊王の……」

脳裏に響く誰かの声。そして名乗ったその名前。ソウルハウルはまたも驚きながら周りを見回した。けれどそこには当然誰もいない。だがその声は、まるですぐ隣にいるかのようであった。一体どういう事なのかと、ソウルハウルは繋いだ手に視線を落とす。

すると再び声が響いた。

『話は聞かせてもらったわ、ソウルハウルさん! 私の名はマーテル。貴方の愛を応援する、愛の精霊よ!』

随分と熱のこもったマーテルの声だった。瞬間にミラと精霊王は、愛の精霊ってなんだと呟き苦笑する。

「話? いったいなんの話だ? 応援される覚えはないんだが……」

不思議と聞こえてくる声にまた戸惑うソウルハウルだが、とりあえず友好的な事だけは理解したらしい。しかし、マーテルが言っている意味は分からず、表情をしかめるばかりだった。