軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話

カレン・ヴァルディスは、商家の末娘だった。

父の代で商会は大きくなり、家は爵位を得た。

けれど、忙しい父と母に代わってカレンを育てたのは、もっぱら兄たちである。

そのせいか、噂話や刺繍より、外で駆け回ったり、男兄弟に混じって遊んだりする方が性に合った。

そうしてヴァルディス家が貴族となり、ようやく父や母が娘をきちんと社交の場へ出そうと振り向いた頃には、カレンはすっかり、礼儀作法より実地に強い娘に育っていた。

これはいけない。

そう思った両親に、半ば押し込まれるようにして、カレンは貴族学園へ入れられた。

そんなわけで、カレンは貴族の機微だの派閥だの、そういうものにはひどく疎い。

そんな彼女に、クラリスが領地へ向かう前、ふいに言ったのだ。

「課題を出しますわ」

「へ?」

「わたくしが去った後、学園でどんな噂が飛び交っているか、見ておきなさい」

「なんで」

「あなた、学生でしょう」

「そうだけど」

「ならば学びなさい。貴族を」

「ええ……それ、いるの?」

「必要ですわ」

「……めんどくさ……」

その瞬間、クラリスの目がすっと細くなった。

カレンは思わず口をつぐむ。

本当ならやりたくなかった。

面倒だし、どうせ貴族の遠回しな言い方など、聞いているだけで疲れる。

けれど、商家育ちのカレンは知っていた。

怒るのも、注意するのも、労力がいる。

わざわざそれを向けるのは、見捨てていないからだと、父や兄たちに何度も叩き込まれてきた。

結局、カレンは友人から与えられたその課題に、しぶしぶ取り組むことにした。

「えっと……何を調べるんだっけ」

カレンは廊下の端を歩きながら、手帳を開いた。

そこには、いくつかの項目が並んでいる。

「……やる事多すぎ」

思わず声が漏れる。

クラリスは涼しい顔で「見れば分かりますわ」などと言っていたが、分かるわけがない。

そもそもカレンは、令嬢たちの名前と顔を一致させるだけでも苦労しているのだ。

「クラリスの話……って、これ、単に自分が悪口言われてないか知りたいだけじゃないの」

ぶつぶつ言いながら、カレンは談話室の入口で足を止めた。

中から、令嬢たちの声が聞こえる。

「……どれどれ」

扉の陰に身を寄せる。

「そういえば、クラリス様は療養だそうですわね」

お、さっそく。

カレンは反射的に手帳を開いた。

「ええ。少し感情的になられたとか」

「ルシアン殿下と何かあったのでは?」

「王妃様もご心配されているそうよ」

カレンは眉を寄せる。

「……えっと、最初に言ったのが」

視線を上げる。

銀の髪飾りに、きっちりと結い上げた髪。

いつも、やたら姿勢のいい令嬢たちと一緒にいる子。

たしか、母親が王妃様の茶会に出入りしていると自慢していた子だ。

「名前……何だっけ」

カレンは手帳の余白に、とりあえず書いた。

――銀の髪飾り。母が王妃様の茶会。旧家?

次に「感情的」と言った令嬢を見る。

こちらは子爵家の娘だった気がする。

父が最近、王妃から商会との契約整理を任されたとか何とか、兄が食卓で話していた。

「ええと……フェルナー子爵家、だったかな」

カレンは手帳に書き足す。

――フェルナー子爵家? 商会契約。王妃様の仕事あり。

そこまで書いてから、もう一度中を覗いた。

「ルシアン殿下も、お優しい方ですもの」

「クラーラ様とは、孤児院支援のことでよくお話しされているそうですわ」

「まあ。お考えが近いのかもしれませんわね」

今度は別の輪から声が上がった。

さっきより少し明るい。

楽しい噂話のような響きだった。

けれど。

「……いやいや」

駄目でしょ。

婚約者いるのに、別の令嬢と仲がいい噂なんて立てられて。

その時、ふと少し離れた席が目に入った。

令嬢たちが、静かに紅茶を飲んでいる。

聞こえていないはずはない。

けれど誰も笑わないし、誰も相槌を打たない。

カレンは手帳の上で筆を止めた。

席が違うから話に入らないだけなのか。

興味がないのか。

それとも、わざと黙っているのか。

――誰が黙るかも、見ておきなさい。

「……こんな事も記録しないと駄目なの?」

カレンは渋々、手帳に線を引いた。

――離れた席の令嬢たち。聞こえている。黙る。笑わない。乗らない。

書いてから、自分で首を傾げる。

「これ、何が分かるんだろ」

分からない。

カレンは手帳を閉じた。

その瞬間、ふと気づく。

「クラリスって……」

もしかして、学園全員の名前を知っているのではないか。

そう思った途端、背筋が少し寒くなった。

「……怖」

カレンは小さく呟き、足早にその場を離れた。