軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話 海辺の薬草

食中毒騒ぎから三日経って、薬局はようやく日常に戻った。患者たちは全員回復に向かっている。侯爵領から来た五人も、季節病の症状が落ち着いて、昨日のうちに帰っていった。

棚の薬瓶を数え直した。甘草の粉、残り二瓶。月見草の根、一瓶。白薔薇精油、ゼロ。

——ゼロか。

夜明け草の代替処方がまだ見つかっていない。開業して一ヶ月半、この問題はずっと引っかかっている。クズウツボという母の図鑑に載っていた海浜植物を探しに行こう、とルカに言われてから、まだ実行できていなかった。食中毒で余裕がなかったのだ。

朝、ルカが来た。いつもの薬草茶を持って。今日は匂いでわかる。カモミールと薄荷のブレンドだ。

「疲労回復に最適なカモミールと薄荷。睡眠の質が——」

「向上するんでしょう。知ってます」

「……言おうと思ったのに」

ルカが口を噤んで、茶を机に置いた。効能の説明を遮られると、この人は少し傷ついた顔をする。それが申し訳ないような、おかしいような。

「今日、海に行きませんか。クズウツボを探しに」

「ああ。そのつもりだった」

ルカが鞄から一冊の本を出した。黄ばんだ表紙。手作りの製本。彼の自著だと言う。海生植物の研究記録。

「この町の海辺には、陸上にはない成分を持つ植物がある。塩分に適応した植物の中に、呼吸器系に効くものがある可能性が高い」

「可能性、ですか」

「確かめるのはお前の仕事だ。俺は理論しかできない」

この人の謙遜には、いつも事実が混じっている。

◇◇◇

浜辺は思ったより広かった。

朝日が海を照らしている。波の音が規則的に聞こえる。砂の上に海草や貝殻が打ち上げられていて、潮の匂いが強い。グランフォール領の乾いた空気とは全く違う。

ルカは標本を集めている。一つ一つラベルを書いて、丁寧に布に包む。学者の手つきだ。

私は医学的に使えるものを探している。毒性のあるもの、効能のあるもの。葉をちぎって匂いを嗅ぎ、茎を折って断面を見る。母がやっていたのと同じやり方だ。

「これは」

岩場の影に、肉厚の海草が張り付いていた。青紫色。茎が太い。

触ると、ぬるぬるしていた。粘液質。陸の植物にはない感触だ。

「知らないな」

ルカが本を開こうとした。

「触ってみてください」

ルカが海草に触れた。指先で粘液を確認して、眉をひそめた。

「粘膜を保護する成分がありそうですね。塩の中でも自分の表面を守っている。これが消化器系に——」

「なぜそう思う」

「勘です」

「……勘か」

ルカが少し笑った。学者は「勘」が嫌いなはずなのに、この人は嫌いではないらしい。

「試してみるか」

「怖いですけど」

「怖い方がいい。慎重になれる」

採集を続けた。三時間で、候補になりそうな海浜植物を七種類集めた。

◇◇◇

それから三日間、薬局の調合台は戦場になった。

朝から晩まで、配合を変えては試す。色が悪い。匂いが強すぎる。乾燥が足りない。やり直し。

一回目の試作は、煎じたら泥みたいな色になった。捨てた。

二回目は匂いはいいが、成分が分離してしまう。捨てた。

三回目は色も匂いも良かったが、味見をしたら舌が痺れた。毒性がある。捨てた。

四回目。

海草のエキスと、港町の薬草と、あの青紫色の海草の粉を合わせた。配合比は一対二対半。乾燥時間を通常より一日長くした。

色が澄んでいた。匂いは薬草のほろ苦さと、微かに潮の香り。

「これかもしれない」

患者に出してみた。日中に高熱を出していた船乗りが、翌朝には熱が下がっていた。

「先生、これすごいです」

フィオーレが目を丸くしている。

ルカが患者の記録を見直して、計算している。この人は結果が出ると黙って数字を追う癖がある。

「成功率が高い。実に高い。回復までの時間が従来の処方より三割短い」

彼は目をこすった。三日間、ほとんど寝ていないのだろう。目の下の隈が濃い。白衣の袖口に海草の染みがついたまま、気づいていない。

「新しい処方だ。この海でしか作れない処方だ」

指先にまだ海草のぬめりが残っていた。この感触は、グランフォール領の乾いた薬草棚にはなかったものだ。八年かけて覚えたことの隣に、新しい引き出しが一つ増えた。

◇◇◇

浜辺で、また迷った。

新しい海草を探していて、気がつくと知らない岩場にいた。地図は持っている。持っていても迷う。方向音痴は治らない。

「先生」

馬に乗った漁師が来た。食中毒の時に患者として来た人だ。

「三回目だぞ」

「すみません。方向に弱くて」

「あんたの薬は効くが、道はてんで駄目だな」

漁師に連れられて戻りながら、聞いた。彼の息子の皮膚炎がこの薬で良くなったこと。港の人たちの間で評判になっていること。

「侯爵領の薬より、ずっといいって話だぜ」

淡々とした言い方だった。でも、足が止まりそうになるくらい、重い言葉だった。

◇◇◇

その夜、噂が流れてきた。

グランフォール侯爵領の医療制度が公式に崩壊したのだという。王立の衛生監査が入り、全ての事業——ヴィクトル様の功績とされていた全ての事業が——実は私の仕事だったことが記録に残ったのだと。

ヴィクトル様の評判は地に落ちた。政治的地位も失ったという話だ。

商人たちが食堂で話しているのを、壁越しに聞いた。聞きたくなかったが、聞こえてしまった。

薬局に戻ると、ルカがまだいた。書きものをしている。

「聞いたか」

私が何も言っていないのに。

「……ええ」

「そうか」

それ以上何も聞かなかった。代わりに、翌朝、いつもより濃い茶を淹れてきた。

「良い睡眠のための」

「ありがとうございます」

手に取ると、温かかった。

飲んでいる間、ルカは窓の外を見ていた。海を見ていた。

「あなたの処方は、この港町の患者の回復率を有意に改善している」

急に言った。学術報告みたいな口調で。

「は、はあ。ありがとうございます」

「統計的に見ても、あなたがここに来る前と来た後では——」

ルカが言葉を切った。首の後ろを掻いている。

「——つまり、俺はあなたにここにいてほしいと思っている。薬師として。……それだけではなく」

耳が赤い。

「それだけではなく、何ですか」

「……言い方が悪かった。忘れてくれ」

茶碗を持つ手が震えて、中身が少しこぼれた。

「あ」

「片付けろ」

彼は背を向けて、棚の薬瓶を意味もなく並べ替え始めた。

忘れてくれ、と言われた。

忘れられるわけがない。忘れたくもない。

——いけない。今は薬瓶の発注書を書かないと。