軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

宿泊研修 5

「本当にレーネは俺を退屈させてくれないね。宿泊研修に行って、どうしてドラゴンに殺されかけてるわけ?」

ユリウスはそう言って困ったように笑うと、私のせいで濡れてしまった髪をかきあげて。

土で汚れていたらしい私の頰を、指でそっと擦った。

「怖かったよね。遅くなってごめん」

「…………っ」

ユリウスが謝ることなんて、何ひとつないのに。

その笑顔に、優しい言葉に、手のひらの温もりに。ひどく安堵してしまい、じわりと視界が滲んでいく。

彼はあっという間に魔法で自身の服や髪を乾かすと「帰ったら、水魔法の練習も必要そうだ」と呟いた。

「……どうして、ここに?」

「その髪飾り、実は魔道具なんだよね。お前が命の危機を感じた時に一度だけ、強制転移する仕組みになってた」

まさか何気なく渡された髪飾りが、そんなにすごい物だったなんて、と驚いてしまう。

「で、授業中に発動するって気付いた瞬間、人手は多い方がいいかなと思ってアーノルドの席まで走って今に至る感じ」

「へえ、そうだったんだ。いやあ、驚いたよ。いきなり首根っこを掴まれたと思ったら、こんな場所にいるんだもん」

すごいなあ、と可笑しそうに笑うアーノルドさんの鋼メンタルを見習いたいと思った。突然消えた二人を見た教師やクラスメイト達の方が、今頃大騒ぎしていることだろう。

「ていうかそれ、すごい高いよね?」

「えっ?」

「まあね。俺の隠し財産、半分近く持っていかれた」

ユリウスは「また稼げばいいし」と笑っているけれど、それほど高価なものだったとは知らず、目眩がした。

転移魔法を使える魔法使いは限られており、更にそれを魔道具に組み込むのはかなり難しいらしい。だからこそ、貴族が何年も暮らせるような恐ろしい金額のようだった。

そんなものを彼は私のために、何も言わず用意してくれていたのだ。胸の奥が、じわじわと温かくなっていく。

「そのお蔭でレーネが助かったんだから、安いものだよ。本当に手がかかる女だね、レーネちゃんは」

「ご、ごめんなさい」

「ううん。もっと俺を振り回して欲しいな」

兄がこうして来てくれなかったら、間違いなく私は今頃命を落としていただろう。彼には助けられてばかりだというのに、何も返せていないことを思うと泣きたくなってしまう。

「本当に、助けてくれてありがとう」

「どういたしまして」

そう言って笑うと、ユリウスは暗闇の中でゆっくりと起き上がった竜に向き直った。攻撃されたことにかなり怒っているようで、耳をつんざくような 咆哮(ほうこう) が聞こえてくる。

「とりあえず、あれ倒してくるから待ってて」

「あ、あの首の所に、この部屋の鍵が付いてるみたい」

「了解。お前はレーネを治してやって」

「分かったよ」

ひらひらと手を振ると、ユリウスは暗闇に向かって歩いていく。アーノルドさんは汚れていた私を水魔法で綺麗にすると、あちこち血が出ている部分を治癒魔法で治してくれた。

「ユリウス、大丈夫でしょうか」

「うん、余裕だと思うよ。ユリウスはすごいから」

アーノルドさんは当たり前のようにそう言うと「頑張ったね」と私の頭を撫でてくれて。再び視界がぼやけていくのを感じた私は、ぐっと唇を噛んで堪えた。

走っていたせいでポケットから吉田のメガネが落ちてしまっていたようで、慌てて拾う。先程よりも割れてしまっていて、レンズは片方完全に砕けて無くなっていた。ごめん。

やがて断末魔のような魔物の悲鳴が聞こえてきたかと思うと、鍵をくるくると指で回しながらユリウスが戻ってきた。どうやら、あっという間にあれを倒してしまったらしい。

「ユリウスって、本当にすごいね」

「そんなに格好いい?」

「うん。世界一格好いい」

こんなにも格好いい兄は、世界中どこを探してもいないだろう。強くて、優しくて。ピンチの時に颯爽と現れて助けてくれる彼は、まるでヒーローのように見えた。

照れるな、なんて笑っていたユリウスは、私の手の中の割れたメガネに視線を落とすと、口元を手で覆った。

「ヨシダくん、そんな姿に……間に合わなくてごめん」

「いや、吉田は多分無事だから」

そう言えばあの時、吉田は「レーネ!」と初めて私の名前を呼んでくれた気がする。思い出すと、ついつい口元が緩んでしまうのが分かった。好きだ。

私は改めて二人に丁寧にお礼を言うと、テレーゼや皆が何処かにいるから合流したいということを伝えた。

「うん、分かったよ。とりあえず、歩きながら話を聞かせてくれないかな? ここ、一体なんなの?」

「私もよく分からないんだけど……」

そうして私は二人と共にこの部屋を出て、手を引かれ歩きながら、ここまでに至る経緯を話し始めたのだった。

◇◇◇

それから、私達はひたすらに進んだ。ヴィリーやテレーゼも凄かったけれど、二人はどんな罠も魔物もまるで肩についた埃を払うかのように、あっさりと何とかしてみせるのだ。

圧倒的なその実力に、私はただ驚くことしかできない。

「ま、歩いてたらいつかは出口見つかるんじゃない?」

「うん。それより面白いね、ここ。ワクワクするなあ」

そんな呑気な二人はこの状況を楽しんでいるらしい。そんな彼らを見ていると、先程まで感じていた不安や恐怖もどこかへ吹き飛んでしまっていた。

時折「疲れてない?」「抱っこしようか」なんて言って気にかけてくれる兄は、私に甘すぎる気がする。その優しさに寄りかかりすぎてしまいそうで、少しだけ怖くなった。

「ユリウス」

そして気が付けば、用もないのに彼の名前を呼んでいて。

繋がれたままの手をぎゅっと握れば、ユリウスは私へと視線を向けて、アイスブルーの瞳を柔らかく細めた。特別だと言われているような気さえする、ひどく優しい笑顔だった。

同時に、泣き出したいくらいに胸が締め付けられていく。首を傾げながら胸の辺りを片手で押さえてみると、心臓がとくとくと早鐘を打っていることにも気が付いた。

「どうかした?」

「……ううん、なんでもない」

きっと、全速力で走り回り続けたせいだろう。そんなこと考えながら、私は足を前に進めたのだった。