軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二度目の学園祭 4

「とにかく練習するしかないだろうな」

「そうだね! あっちの方で練習しよう」

吉田と二人で台本を手に歩いていると、練習をしているテレーゼとルカの姿があった。

二人の手には練習用の木刀があり、やがてそれらはカンッという鋭い音を立ててぶつかる。どうやら、ルカ扮するティボルトがテレーゼのマキューシオと戦うシーンらしい。

「はっ、運のいい奴だな」

「うっ……ああ……」

激しい戦いの末、ティボルトがマキューシオを切り伏せ、マキューシオは致命傷を負う。

「…………」

「…………」

圧倒的な迫力の剣さばき、嘲笑うルカの表情、今にも命の灯が消えてしまいそうなテレーゼの演技すべてが素晴らしく、私と吉田は思わず足を止めて見入ってしまう。

本当にテレーゼが苦しんでいるのではないかと、ヒヤヒヤしてしまったほど。

「……俺も本来、あの中に交ざるんだよな」

「そうだね……」

実際はティボルトがロミオを狙い、庇ったマキューシオが命を落とすシーンで、吉田もあの場面の主要人物として演技をすることになる。

吉田も二人の演技力を見たことで「このままではまずい」と顔に書いてあった。

一秒も無駄にできないと私も冷や汗だらっだらで、空いているスペースに再び移動しようとしたところで、今度はユリウスとアーノルドさんに声をかけられる。

「ねえ、良かったら俺達と一緒に練習しない? ちょうど俺とレーネ、ヨシダくんとアーノルドのシーンもあるし良いかなって」

吉田へ視線を向けると頷いてくれて、私としても色々なシーンを練習できるのはありがたい。

そうして私は、台本を手に床に座っているユリウスの隣に腰を下ろした。

「俺とアーノルド、被ってるシーンがなくてさ。二人が来てくれて良かったよ」

「こちらこそ! 本当に下手なんだけど、頑張るのでよろしくお願いします」

「まだ練習初日なんだし、そんなの気にする必要ないよ」

ユリウスの優しさに救われた気持ちになりつつ、早速二人でのシーンを練習することにした。

「ジュリエット、どうか私と結婚してくれませんか」

「…………っ」

演技だと分かっていても、ユリウスの演技の破壊力は凄まじく、ドキッとしてしまう。なんとか呑まれないよう必死に平静を保ち、セリフを口にする。

「……ごめんなさい、他に愛する人がいるんです。あなたと結婚することはできません」

意外と今のは上手く言えたかもしれないと思いながら、ユリウスの次のセリフを待つ。

けれどいつまで経っても無言のままで、どうしたんだろうと顔を上げる。

「ユリウス……?」

するとユリウスは見たことのないような表情で、私をじっと見つめていた。

どうしたんだろうと思いつつ、再び名前を呼んでみる。

「……ああ、ごめんね。ぼうっとしてた」

すると我に返った様子を見せたユリウスは、続きのセリフを読んでくれた。

少し心ここに在らずという感じだったけれど、それでも演技はとても上手くて、もう練習なんていらないんじゃないかと本気で思えるほどだ。

一方、私は先程のはまぐれだったようで、しっかり全体的にヘタだった。アーノルドさんと練習していた吉田も同じだったようで、二人でどんよりしながら再集合する。

我々のようなド下手な人間がスペースを使わせていただくのも申し訳ない気がして、吉田と私は体育館の隅に腰を下ろして膝を抱えた。

「も、もしかして下手なのって私達だけ……?」

「……そのようだな」

いくら周りが上手くとも、主役二人が散々では全てがぶち壊しになってしまう。思ったよりも事態は深刻で、冷や汗が止まらない。

とにかく練習あるのみだけれど、素人がただ練習を重ねるだけで良いものになるのだろうか。

「やっぱり何事においても、師を仰ぐことってすごく大事だと思うんだよね」

「それに関しては同感だ」

私だって過去、初めて剣術をやった際も吉田師匠がいたから成長することができた。ただ一人で剣を振っているだけでは、あれほど伸びることはできなかったはず。

「誰か演技の師匠を探すしかないよね。吉田、誰か良い人を知らない?」

「……いるにはいるが、全力で頼りたくない相手ではあるな」

どうやら演技が得意な人物にあてはあるものの、あまり指導をお願いしたくない相手らしい。頼れるのならありがたいけれど、吉田に無理はさせたくない。

「まあ、少し考えておく」

「了解です! ひとまず本で勉強したり、自分達でできる練習方法を考えよう」

「そうだな」

そうして一生懸命に練習をしているうちに、あっという間に初日の練習時間は終わりを迎えた。

みんなはやり切った感のある爽やかな表情を浮かべており、順調といった雰囲気だった。

「あ、明日もまた頑張ろうね……」

「ああ……」

一方の私達は前に進んだんだか後ろに下がったんだかよく分からないレベルだけれど、まだまだ本番までは時間があるし、きっと何とかなるはず。

「お疲れ様! また明日ね」

「おう、またな!」

みんながそれぞれ体育館を出ていく中、ユリウスだけは椅子に座ったまま、動こうとしない。

「おいで、レーネちゃん」

「うん?」

どうしたんだろうと傍に行く間に、広い空間には私達二人だけになっていた。

「ここ座って」

「は、はい」

ユリウスは自身の膝の上を指差すものだから、もちろん恥ずかしさはあったものの、他に誰もいないこともあって、背中を向ける形で腰を下ろした。

するとすぐに身体に腕を回され、後ろから抱きしめられる形になる。私の肩にユリウスが顎を乗せたことで、柔らかな銀髪が首筋をくすぐった。

「……普通にきつかった、あれ」

「えっ?」

「自分が言われたような気分になった」

ユリウスが言っているのはきっと、前半に二人でした演技練習の時のことだろう。

我ながら最初のセリフだけは上手く言えたとは思っていたけれど、ユリウスに対して求婚を断るような内容が刺さってしまったらしい。

「レーネに俺以外の男を好きになったとか言われたら、普通に相手を殺すから諦めてね」

「普通とは?」

とはいえ、こんな会話も何度かしているので今更驚いたりはしない。

先日のマフィアでの一件でもユリウスの凄さは実感したばかりだし、演技すらド下手なこんな私をそれほど好きでいてくれることに、感謝しているくらいだった。

「レーネに冷たくされるだけでも無理そう」

「いやいや、私だってユリウスに冷たくされたら寝込むよ」

「そうなんだ?」

ユリウスはなぜか嬉しそうに笑うと、私の顔にそっと触れて自分の方を向かせた。

こんなに近くで見てもユリウスはどこまでも綺麗で、ブレアさんが「神様に愛されている」なんて言っていたことをふと思い出す。

「俺のこと、好き?」

「うん」

「ちゃんと言って」

「だ、大好き!」

ユリウスはよく私に「好き」という言葉を口にさせる。そしていつも嬉しそうな顔をするから、私もついつい言う通りにしてしまう。

「俺も好きだよ。本当はレーネと主役、やりたかったな」

「それは流石に羞恥プレイが過ぎるような……」

実際のカップルで愛の言葉を囁き合う劇をするのは、メンタルが強い私でも辛いものがある。

ユリウスは「そう?」なんて言うと、自身の唇を私のそれに押し当てた。

「な、なんでいきなり……!」

「したくなったから。まあ、俺は常にしたいけど」

ユリウスはまだ足りないらしく、再び顔を近づけてくる。

そんな中、キュッと体育館の床と靴が擦れるような音がして、私は慌ててユリウスを止めた。

「ねえ、誰かいるみたい」

「別に一人くらい見てたっていいよ」

けれどユリウスは全く気にする様子はなく、私の顔を掴んだまま離さない。そして何度かキスを繰り返した後、なぜか深い溜め息を吐いた。

「レーネといると、自制心とか吹き飛ぶから嫌になる。普段はもっと大人の男だからね」

「ふふ、何それ」

「レーネに嫌われたら困るしこれくらいにしておくよ」

ユリウスはそう言って笑うと、私を抱きしめる腕に力を込めた。

「俺のこと、絶対に捨てないでね」

そう言って微笑んだユリウスは、世界一「捨てないでね」なんて言葉が世界一似合わないなと、しみじみ思った。誰が見たって「選ぶ側」の人間だというのに。

「もちろん! 我々はもう一蓮托生、運命共同体、死なば諸共という感じですよ」

「一緒に死んでくれるんだ? 嬉しいな」

「すみません、その、勢いで……ちょっと意味が違ったかも……」

「一緒の墓に入ろうね」

爽やかでキラキラとしたアイドルのような笑顔でそんなことを言われ、私は「ハイ」と頷くことしかできなかった。

◇◇◇

学園祭も近付き、学園内はより活気に溢れている。

「……なんか、ものすごく視線を感じるような……?」

そんなある日の昼休み、テレーゼと食堂へ向かっていると、やけに周りからの視線を感じた。

ユリウスとの恋人宣言に続いてジェニーとの揉め事で悪目立ちをしてしまったものの、ようやく落ち着いてきたと思ったのに。

「私、またなんかやっちゃいました……?」

とほほと肩を落としながら、どうか恥ずかしいことではないようにと心の中で祈る。

テレーゼに甘えて人の少ない上位ランク専用の食堂へ入ると、やっぱり一部から視線を感じた。

「やっぱり私、見られてるよね……?」

「そうね。特に下級生だと思うわ」

「一年生に?」

どうしてだろうと気になりつつもルカ以外に知人はいないため、いきなり「なんで私のこと見てるの?」なんて声をかけては状況が悪化する気がしてならない。

ひとまず気にしないで食事をしようと席についたところで、ぱたぱたと誰かが近付いてきた。

「あ、あの、ウェインライト先輩!」

「はいっ! なんでしょう!」

五人組の見知らぬ可愛らしい女子生徒達は、どうやら一年生らしい。

頬を染めてやけに緊張している様子につられて、私もつい背筋を伸ばして返事をしてしまう。

「ルカーシュくんの実のお姉さんって、本当ですか……?」

「えっ?」

予想外の質問に、間の抜けた声が漏れた。