作品タイトル不明
最後にもう一度 2
それでもきっと喜んでくれると信じてきつく目を閉じ、ユリウスの唇に自身の唇を押し当てた。
「…………っ」
我ながら、ものすごく下手だったと思う。
本当にただ唇と唇がぶつかっただけで、キスと言えるものだったかすら怪しい。
色々な意味でどうしようもなく恥ずかしくなり、ユリウスの顔は見ないまま、再びその身体に抱きついて隠れるように顔を胸元に埋めた。
「…………」
「…………」
それからしばらく何の反応もなく、無言のままユリウスはほとんど動かない。
不安になって少し顔を上げ、恐る恐るユリウスを見上げてみる。
「──え」
するとユリウスは片手で目元を覆っていて、その顔ははっきりと分かるくらいに赤かった。
照れているのだと気付き、驚きを隠せなくなる。
「見ないでくれないかな」
「な、なんで……」
ユリウスからキスをしてくれた時は、あんなにも余裕な態度だったのに。
ムードも何もない、衝突事故レベルのキスにこんな反応をされるとは思っていなかった。
「……嬉しかったんだよ。すごく」
私の頭に手を乗せて、ユリウスはそう呟く。
その様子は年相応の十八歳の男の子という感じでかわいらしくて、頬が緩むのを感じた。
「レーネからしてくれるとか予想外だったし、俺ばかりしたいのかと思ってたから」
「ち、違うよ! そんなことない! ひたすら恥ずかしかっただけで……」
「本当に?」
「うん、本当の本当に私も──っ」
そこまで言いかけたところで視界がぶれて、いつの間にか今度は私がベッドの上に押し倒され、見下ろされる体勢になっている。
その表情には先程までの照れはなく、いつもの余裕に溢れたユリウスがそこにいた。
「あ、あの……?」
「良いことを聞いたなって。レーネちゃん、俺とキスしたいんだ?」
「えっと、その……そう、ですね……」
ここで恥ずかしがって否定して、誤解やすれ違いを生んでは困る。そう思った私は、恥ずかしさを堪えて頷く。
するとユリウスの唇が、三日月のように綺麗な弧を描いた。
「そっか。有言実行できたみたいで安心した」
こんなに大切にされて愛情を向けられて、そう思わないなんて不可能に違いない。
やがて優しく頬を撫でられ、びくりと身体が跳ねる。
そのまま顎までユリウスの手が滑っていき、くいと上を向かされた。
「……するよ?」
声も仕草も何もかもに色気があって、鼓動が痛いほど速くなる。
目の前のユリウスに見惚れてしまっていて反応できずにいると、さらに顔が近づく。
「まあ、もうやめてあげられないけど」
次の瞬間にはもう、私たちの距離はなくなっていた。きつく目を閉じ、つられて身体も強張る。
そうして少しの後、唇が離れてほっとしたのも束の間、角度を変えて再び重なる。
「ま、まって、もう……」
「ごめんね、無理」
何度も繰り返されるキスに、私は抵抗すらできずにいた。呼吸の仕方だって分からず、ようやく解放された時には、必死に酸素を吸い込んだ。
「な、ななな、なんてことを……!」
「レーネもしたいって言ってくれたの、嬉しかったから」
「…………っ」
本当に嬉しそうな顔をするものだから、何も言えなくなってしまう。
大人の階段を一気に駆け上がってしまった気がして、全身が火照って仕方ない。私も最低限の知識はあるし、キスだってまだこれでも初心者向けだというのは分かっている。
改めて世の中のカップルに尊敬の念を抱いた。これ以上進んだら、私は死んでしまう気がする。
「こっちも練習が必要だね」
「お、お手柔らかにお願いします……」
とはいえ、ユリウスの恋人としてできる限りのことはしていきたい。
未だにばくばくとうるさい心臓の辺りを押さえていると、ユリウスは私の隣に横になった。
顔にかかっていた髪をそっと指先で避けられ、愛おしげな眼差しを向けられる。
「本当、なんでこんなにかわいいんだろうね」
「……特殊なフィルターがかかってるんだと思います」
「あはは、何それ。でも他の男にもこんなにかわいく見えてたら困るし、好都合かもしれない」
「…………」
いつも本当によくすらすらとそんな甘い言葉を囁けるなと思うけれど、それすら自然で似合ってしまうのがユリウス・ウェインライトという人だった。
つい笑ってしまいながら、私はユリウスの手をきゅっと握る。
「ユリウスのお蔭で、色々あったけど今年の夏休みも楽しかった! ありがとう」
「良かった、俺も楽しかったよ。もう二度とあんな思いはしたくないけど」
「それはものすごくごめんなさい」
ユリウスが言っているのは、間違いなく誘拐事件についてだろう。私たちのせいではなかったとしても、もっと気を付けることはできるはず。
今後はもうあんな心配をかけないようにしたい──気持ちはある、けれど。
クソゲーのヒロインの星の下に転生した以上、まだまだピンチはあるに違いない。五年の猶予をもらったものの、メレディスの件だってこれからなのだから。
「二学期は交流試合もあるし、学園祭と冬のランク試験もあるから忙しいね。特に二年の後半は一気に応用に入るから、授業も大変になるし」
「一年の春からずっと全力でマラソンしてる気がする」
息を吐く間もないほど忙しいけれど、言い方を変えるとこれ以上ないくらい充実していて、休み明けからの日々も楽しみで仕方ないのも事実で。
「頑張った後、冬休みは二人でゆっくり旅行しようか」
「えっ、あれ本気だったの?」
「もちろん。俺はいつだって本気だよ。嫌だった?」
「い、嫌ではないですけれども……」
「じゃあ決定ね。楽しみだな」
そうして冬休みは二人で旅行という、かなり先の予定ができてしまった。既に想像するだけで落ち着かなくなるものの、ユリウスとなら絶対に記憶に残るものになるという確信だってある。
──この先、大変なことも辛いこともたくさんあるだろうけど、きっとそれ以上に楽しいことも嬉しいことも待っているはず。
私はこれからもひとつひとつ、自分にできることをやっていくだけ。そしていつか全部が「良い思い出だった」と笑い飛ばせるように前に進んでいきたい。
そして私がそう思えるのは、大好きな周りの人々のお蔭だ。
「ユリウス、大好き」
そう言って思い切り抱きつくと、ユリウスが頭上で笑ったのが分かった。
「ありがとう。早く俺に追いついてね」
私の背中をぽんぽんと撫で「俺も好き」というユリウスに、そのうち追いつくどころか追い抜いてしまいそうだと思いながら、私は幸せな気持ちで目を閉じた。