作品タイトル不明
姉と弟、兄と妹 3
翌日の放課後も、やる気に溢れ燃えていた私は教室に居残り、机に向かっていた。
次の試験でCランクになれないとバッドエンドになってしまうことよりも、大切な人達のために頑張りたい、という気持ちの方が強い。
「レーネのお兄さんのノート、とても分かりやすいし丁寧で見やすいわ。参考書みたいね」
ユリウスの作ったノートを見ていたテレーゼは、感嘆の声を漏らしている。昨晩から早速活用させていただいているけれど、本当にユリウスのノートは魔法みたいに分かりやすかった。
なんというか、分からない側の気持ちを理解している感じがするのだ。
アーノルドさんのような天才肌の人は、教え方が独特だったりするけれど、ユリウスは違う。
『俺はお前が思ってるほど、天才じゃないよ。かなり努力もしてるし』
以前言っていた言葉の通り、ユリウスが努力の人だというのをこういう時、改めて実感する。
「お兄さんは本当にレーネが大切なのね。このノートからもすごく伝わってくるもの」
「ありがとう、そうだといいな」
少しだけ照れてしまいながらも、頷く。私もノートを捲るたび、そんな気持ちになっていた。
「確かにレーネの兄ちゃん、ほんとかっけーよな」
今日も一緒に残っているヴィリーもまた、隣の席でしみじみと頷いている。
実は先程、教科書を見て分からないと頭を抱えていた彼に「ヴィリーもノートを見る?」と尋ねた、けれど。
『正直すげー見たいけど、それはお前の兄ちゃんがお前のために作ったものだろ? それを俺が使うのはなんか悪い気がしてさ。気持ちだけ受けとっとくわ』
ヴィリーはそう言って、首を横に振ったのだ。私はそんなヴィリーに、いたく胸を打たれていた。
ヴィリーはデリカシーがないしおバカなところもあるけれど、まっすぐで友人思いな優しい子だった。
私の中では『リアル同級生だったなら、好きになってしまいそうな男子ランキング』で圧倒的一位だ。
「よし、改めて頑張るぞ!」
「おー」
今日はテレーゼが途中で帰ってしまうため、後半はヴィリーと二人で頑張るつもりだ。ユリウスは生徒会の手伝いで遅くなるらしく、今日は一緒に帰れるらしい。
そうして気合を入れてペンを握りしめた途端、ドアの方がきゃあっと騒がしくなる。
一体どうしたんだろうと視線を向けた先には、こちらに手を振る超絶美少年の姿があった。
「──ルカ?」
私はテレーゼに一声かけて慌てて立ち上がり、彼の元へ向かう。そういえば昨日、別れる際に明日も会いにくると言っていたことを思い出す。
クラスの女子生徒も、廊下にいた生徒もみなルカを見て頬を染めていた。やはりルカは誰から見ても美形なのだと、姉面をして勝手に鼻高々な気持ちになる。
「レーネ先輩、来ちゃった」
「先輩? ……あ」
どうして先輩なんて呼び方をするのだろうと思ったものの、姉弟だと隠すのだから呼び方だって「姉さん」ではまずいに決まっている。
「でもふたりきりの時はちゃんと、姉さんって呼ぶね」
こそっと耳元でそう囁かれ、今日も限界を超えた弟の可愛さに目眩がした。そんな一粒で何度も美味しいみたいなのは、流石に反則だと思う。
「レーネちゃん、その子は?」
クラスメイトの子達は興味津々といった様子で、ルカを見つめている。
友達というのも変だし、答えに困ってしまう。
「ええと、知り合いの子でして」
「初めまして、一年のルカーシュ・アストンです。これからも遊びに来ると思うので、よろしくお願いします」
ルカの眩しすぎる笑顔を向けられたクラスメイト達は目元を手で覆い、ふらりと後ずさった。我が弟ながら、今日も顔が良すぎる。
そして派手な髪色やたくさんのピアスといった少しやんちゃな容姿とは裏腹に、人懐っこい笑顔や丁寧な口調のギャップも、女子の心をくすぐるのかもしれない。
「二年生は美人が多いんですね。羨ましいな」
「ひっ……」
追い討ちをかけるようなルカの言葉に、クラスメイトの一人・マリンダちゃんが膝から崩れ落ちた。
ルカが学園祭のホストクラブに参加していたなら、ユリウスとも戦えたかもしれない。
「ルカーシュくん、いつでも遊びにきてね!」
「今度はもっと美味しいお菓子持ってくるから!」
「はい、嬉しいです」
みんなから山ほどのお菓子をもらった人気者のルカを連れて、私は自席へ向かった。
せっかく来てくれたのだし、ひとまず勉強は一旦休憩にしてルカと話をしようと思う。
「あれ、初めて見る顔だな」
「新入生なんだけど、私の知り合いなんだ」
ヴィリーとテレーゼに紹介するとルカは天使の笑みを浮かべ、ぺこりと頭を下げた。
「一年のルカーシュ・アストンです」
「俺はヴィリー・マクラウド。よろしくな」
「テレーゼ・リドルよ」
「ヴィリー先輩、テレーゼ先輩ですね。これからよろしくお願いします」
「うわ、なんかその響き、すげーいいな」
弟だと紹介できないのはもどかしいけれど、友人達とも仲良くなれそうで嬉しい。
そういえばルカの姓がアストンなら、レーネは元々レーネ・アストンだったことになる。なんだか不思議な感じだなあと思いながら、私は財布を手に取った。
「ごめん、三十分だけカフェテリアに行ってくる! 帰りは飲み物も買ってくるね」
このままここでお喋りをしては勉強の邪魔になるし、会話も限られてしまう。
「俺はオレンジジュースな」
「行ってらっしゃい。私達のことは気にしなくていいから、ゆっくりしてきてね」
二人に笑顔で見送られ、ルカと廊下へ出る。
まだ放課後になったばかりで、校舎内には多くの人がいるようだった。
「ごめんね、タイミング悪かった?」
「ううん。大丈夫だよ」
そもそも私から会いに行くべきだったと反省した。私も上級生の階に行くのは緊張するし、入学したてで平民のルカなら余計にそう感じたかもしれないというのに。
コミュニケーション能力はありすぎるようだけれど、それと心理的な負担の有無はまだ別だ。
「今度からは私が会いに行くね」
「本当? ありがとう」
ルカは私の腕にぎゅっとしがみつき、嬉しそうに頬を緩める。まだルカのことをほとんど知らないけれど、人よりも距離感が近いタイプなのかもしれない。
もちろん弟相手にドキドキなんて全くしないし、この先も絶対にないと言い切れる。
一方、兄だと思っていながらも、私はよくユリウスにドキドキしてしまっていた。もしかするとこれが、本当に血が繋がっているかどうかの違いなのかもしれない。
廊下を歩いていても、周りからは強い視線を感じる。やはりルカが目立つからだろうかと思っていると、よく見知った顔が近づいてくるのが見えた。
「あれ、レーネちゃんだ」
アーノルドさんはニコニコとした笑みを浮かべ、手を振ってくれる。
「こんにちは、どこかへ行っていたんですか?」
「今日は天気がいいし、馬小屋に顔を出してきたんだ」
「わあ、そうだったんですね」
私も近々、体育祭でお世話になったミシェルに会いに行こうと思っていると、アーノルドさんの視線がルカへ向けられた。
やがて金色の双眸が私の腕に絡められたルカの腕を捉えると、形の良い唇が弧を描く。
「あれ、レーネちゃんってば酷いな。俺というものがありながら、他の男といちゃいちゃしてさ」
「いやいやいや、何を仰って……はっ」
またアーノルドさんが訳の分からないことを言っていると思ったものの、気付いてしまう。
今の今まで私は可愛い弟であるルカ──家族と仲良くしたいと浮かれていたけれど、冷静になるとはたから見れば私達はただの先輩後輩であり、男女なのだ。
堂々とくっついて廊下を歩いているなんて、そういった関係に見られてもおかしくはない。
とは言え、いきなりルカの手を振り払うわけにはいかない。十年も離れていたのだし、迂闊なことをすれば傷つけてしまう可能性がある。
かと言って、この先ルカだって学園生活において恋愛もするだろうし、妙な誤解を招くわけにはいかない。
こんなにも美形で優しくて良い子なのだから、素敵な恋人だってそのうちできるはず。
「ね、ねえルカ、目立っちゃうし少し離れない?」
「もしかしてこの人、レーネ先輩の恋人?」
「えっ? この人は違うよ! 仲の良い三年の先輩で」
「ふうん? ──この人は、ね」
後半はほとんど聞き取れなかったけれど、ルカはぽつりと呟くと、私の腕に抱きつく力を強めた。
そして私の耳元に口を寄せ、囁く。
「姉さんは俺とくっつくの、嫌なの?」
「ま、まさか! そんなはずないよ!」
「良かった。やっと会えた大好きな姉さんに嫌われたりしたら俺、死んじゃうかもしれない」
「な、なんだって…………」
慌てて否定すると、ルカは安堵した様子で微笑む。
一方、私はというと突然の「死んじゃうかも」という物騒な言葉に、息を呑んだ。再会した美少年の可愛い弟にヤンデレ属性までついているなんて、聞いていない。