軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

88 考えずに考えろ

「さて、今日は何をするのだっ?」

翌朝。

ワクワクワクッという音が今にも聞こえてきそうな様子のシルビアが、期待の表情で問いかけてきた。エコも心なしかそわそわしている。

「やはりDPSを測るのか?」

昨日は1秒間限りの最大ダメージの模索だった。今日は10秒か30秒か、挑戦時間が増えて然るべきと思うだろう。特定の対象を30秒間攻撃し続け、総ダメージを30で割ることで、DPSは簡単に計測することができる。

ただ、そうしてDPSを算出したところであまり意味はない。何故ならその計算は机の上で全部できてしまうからだ。そしてその各スキルにおける最高DPSは、既に俺が全て把握している。

「これで攻撃したら一番安定して火力が出続けそうだ、というスキルは見当が付いているだろ?」

「うむ。恐らく歩兵弓術の連射だ」

「そうだ。歩兵の連射が最安定だ。俺はこの“出続ける火力”を継戦火力と呼んでいる」

最も準備時間とクールタイムが短く長時間に渡って安定した火力を出し続けられる戦術は《歩兵弓術》の連射だ。継戦火力とは、継戦能力と火力を足した造語。俺が勝手にそう呼んでいるのではなく、メヴィオンでそう呼ばれていた。

「だが、攻撃を当てるチャンスが一瞬だけだとしたら、どのスキルが一番火力を出せる?」

「昨日発見したやつだな。ゼロ距離の龍馬弓術だ」

「ああ。そうなる」

仮に歩兵のみ・龍馬のみの2パターンで30秒間攻撃し続け、それぞれのDPSを測ったとすると、結果は歩兵の圧勝である。龍馬は準備時間が長すぎるのだ。しかし、たった一度の攻撃に限れば、龍馬の方が圧倒的に威力が高い。

「それだけ分かってりゃ十分だ。わざわざ自分でDPSを測る必要はない」

昨日の訓練「1秒間限りの最大ダメージの模索」だけで、スキルの特徴やメリットデメリットをまるっと理解できる。俺の目論見は上手いことハマった。

シルビアだけでなくエコもしっかりと理解できているに違いない。《銀将盾術》の反撃効果で火力を出すことに気付くくらいだ、彼女に今更【盾術】スキルのDPSがどうのこうのと説明するなど釈迦に説法というものだろう。

「では今日は何をするのだ?」

「リラックスだ」

「む? リラックス?」

「リラックスだ」

「リラックス……」

「りらっくす?」

何でもないことのようで、究極に重要なことだな。

「こればっかりは、やろうと思ってできることじゃない。今日からタイトル戦までの間で何とか体得してほしい」

「……いや、得心がいった。セカンド殿の普段の様子を見ていれば分かるな。リラックスか、なるほど」

シルビアは何かに気付いたようだ。一方でエコは「ほ?」と口を開けて首を傾げている。

「タイトル戦じゃあ、10分20分睨み合いっぱなしなんてのはザラだ。その間ずっと緊張状態のままでいたら、絶対に疲弊する。集中力も維持できなくなる。リラックスして、深く集中しろ。これが理想状態だ。お前らはそこを目指す必要がある」

言うは易く行うは難しだがな。

「方法としてはいくつかあるが、俺の場合は二パターンだな」

「二つもあるのか」

「ああ。一つは、没入することだ。こっちに帰ってこれなくなるんじゃねえかってくらい入り込め。怖くなるくらい潜れ」

「それは、何とも……難しそうだな」

「こりゃ意識してやることじゃあなくて、気が付いたらそうなっている場合が多い」

「余計なことは何も考えず、ただただ没頭するわけか?」

「そうだな。厳密には“余計なことを考えない”ことを考えないくらいに、だ」

「……うむ、分かった。では、もう一つのパターンというのは何だ?」

「余計なことを考える」

「ぶはっ!?」

シルビアが飲み物を霧のように噴き出した。ナイスリアクション。

「さっきと言っていることが逆ではないか!」

「考えずに考えろ」

「わけが分からんっ!」

「ただ単に余計なことを考えるだけじゃないぞ。余計なことを考えまくる。すげえ馬鹿馬鹿しいことをな」

「いやいやいや、駄目じゃないか!」

「それがな、不思議と落ち着いてくるんだ。そして冷静な判断を下せるようになる。心が乱れたらやってみろ」

「……う、うん? 理に適っていなくもない、か……?」

「経験上、なるべくエロいことを考えるのが良い」

「前言撤回だぁっ!」

えぇー、本当なのになあ。

「まあ人それぞれだな。これが俺のやり方というだけで、お前らに合ったやり方も必ずあるはずだ。今日からそれを探していけ」

「うむ、そうだな。私は私の方法を探そう」

「エコもいいか?」

「りょうかーい!」

清々しいほどに元気いっぱいだ。雑念のなさそうなエコには必要ないかもな。

「じゃあ今日と明日の訓練内容を伝える。二人は装備を全部外して、木の弓と木の盾だけでリンプトファートダンジョンを周回してこい。ちなみに弓術と盾術のみ使用可能だ。変身は不可とする」

「…………うわあ」

シルビアがゲッソリとした顔をした。

エコも「ほげーっ」と不満そうな声をあげて、さっきまでの元気が嘘のようにへにゃへにゃとなってしまう。猫耳も心なしかしょんぼりと下を向いている。

「緊迫した場面が何度もあるだろうな。そこで如何にリラックスできるかだ」

若干の荒療治感は否めないが、こうでもしないと3週間後の冬季タイトル戦に間に合わない。

二人のステータス的に命の危機とまではいかないだろう。だが、ほんの少しのミスで「魔物に囲まれてタコ殴り」くらいは覚悟しておくべきだ。死ぬことはないとはいえ、結構痛い。そのような緊張感のある中でどれだけ落ち着いてパフォーマンスを出し続けられるか。少々かわいそうだが、二人にはここを何とか乗り越えてほしい。

「一回でも無傷で帰ってこれたら、ご褒美をあげるぞ」

「見ていろセカンド殿! リンプトファートなど私たちの庭だ!」

「やるぜやるぜやるぜーっ!」

同情心からちょっと飴をチラつかせたらこれだ。こないだのショッピングが余程楽しかったと見た。まあ俺もすげえ楽しかったけど。

「頑張れよー」

「セカンド殿はどうするのだ?」

「俺はアイソロイス回って盾術を全部段位にしてくる」

「……そ、そうですか」

何故敬語?

「しくしく、しくしく」

夕方。

俺が経験値稼ぎから帰ると、シルビアがわざとらしく泣いていた。その傍らではエコが「わかるわかる」と背中をさすっている。コントかよ。

「どうしたのアレ」

「無傷での帰還が難しすぎて絶望しているようです」

あぁ。ユカリの説明で全て納得した。

「何発喰らった?」

「10から先は覚えていない……」

シルビアは嘘泣きをやめて、恨めしそうな表情でこっちを見る。

「武器は弱いし、防具はないし、地味に痛いし……あんまりだぁ」

「リンプトファートは庭じゃなかったのか?」

「木の弓の攻撃力の低さは、立ち回りでカバーできるようなレベルではなかったな。勝手が違いすぎて混乱したぞ。全く別のダンジョンのようだった」

「だろうな。対策は立ったか?」

「ちっとも立たないから絶望していた」

「ヒントほしい?」

「…………うむ」

かなり悩んでから頷いた。エコもこくりと一回だけ首を縦に振る。

何だかんだ言って、悔しいんだろうな。

俺は「分かる分かる」とつい微笑みながら、沈黙を破った。

「これでもかってくらい、時間をかけてみろ」

* * *

何となく、無意識にこう考えてしまっていた。

時間をかければかけるほど、集中力が維持できなくなり、ミスする可能性が上がると。

そして試行回数も減り、結果的に“無傷の帰還”から遠ざかると。

逆、だったのだ。

時間をかけてかけてかけまくって、丁寧に慎重に、集中して進んでいく。

ミスをしたらそれまでの長い時間が無駄になる……なんて、余計なことを考えてはいけない。

絶対にミスせず進めばいいのだ。

「エコ! 下がれ!」

「りょーかい!」

魔物が複数現れれば、必ず一匹ずつ誘い出し、二人で確実に仕留める。

絡まり合った糸をゆっくりゆっくりと解くように、決して焦ることなく、癇癪を起さず、楽しようなどと考えず、一つ一つ着実に、小さなことの繰り返しを延々とこなしていく。

今までの何倍も時間がかかる。しかし、それがどうした。無傷で帰還する。ただその一点だけに集中すればいい。

「あっ……!」

三匹の魔物がこちらに気付く。一歩か、二歩か、それとも半歩か、前に出すぎた。

「ぐっ!」

二対三。上手く対処できず。私は攻撃を一発だけ喰らってしまう。

くそっ……くそ、くそ、くそぉっ!!

甘えた! どうしてあそこで何も考えず前進してしまった!

ちくしょう、悔しいな。私のせいだ。私が甘えたせいだ。

「……すまん、もう一周だな」

「うん。がんばろ」

また一からやり直しだ。あの気の遠くなるような地道な作業を、また一から。

「む、そうか」

ふと気付く。先程、私は「無傷で帰還することだけに集中しよう」などと考えていた。

没入できていなかった。リラックスを忘れていた。「集中しよう」と考えてしまっていた。それは、雑念だ。

「…………!」

ハッとする。

セカンド殿の言っていた通りだと。

そして、何故だか、全てが“繋がっている”ような気がしてならないのだ。

昨日も、一昨日も、そして今日も。私たちの訓練は、全てタイトル戦へ向けたもの。

まさか……。

「エコ。進みながら、少し実験しよう」

「じっけん?」

囲まれたら、対処できない。武器が弱いので、DPSは期待できない。つまり、である。瞬間火力に期待のできるスキルで、一発のダメージを稼ぐよりない。

私は今まで、いつも通り《飛車弓術》を用いていた。それでは殺しきれないが、遠距離攻撃で最も火力の高いスキルはこれしかない。

だが、ゼロ距離の《龍馬弓術》なら?

魔物に接近すると、攻撃を喰らってしまう可能性が高くなるため、できることなら離れた位置からちまちま攻撃したい。ただ、一撃で仕留められるというのなら話は別だ。

リンプトファートダンジョンはあまり広くない。魔物が見えた際には、岩陰にでも隠れない限りは、こちらを見られた瞬間に近寄ってくるくらいの狭さだ。ゆえに対処の時間も限られてくる。

例えば、二匹の魔物に気付かれたとする。そのうち一匹をゼロ距離龍馬で仕留められたとすれば、残る一匹をエコがパリィし、その後は二人で相手できる。効率も安全性も上がるだろう。

分かったぞ。ミスをせず慎重に進むというのは、臆病になることではないのだな。

「ほら、見たかエコ! 龍馬なら一発だ!」

「おーっ! すごい!」

思った通りだ! 《龍馬弓術》には“貫通効果”がある。リンプトファートの魔物は頑強な甲羅を持つ石亀などが主だが、その防御を貫通して攻撃できるため相性が良いのかもしれない!

「痛たたたた!」

「あいたーっ!」

私たちは石亀の集中攻撃を受けて地味な痛みに涙目となったが、それでも光明が見えた喜びの方が上回った。

見ていろリンプトファート。ここからが快進撃だ。

* * *

「しくしく、しくしく」

「……で、何あれ」

夕方に帰宅すると、昨日と同じようにシルビアがソファに三角座りで嘘泣きしていた。

「ボスまでは無傷で行けたらしいのですが、ボスの岩石亀が話にならなかったと」

ユカリは説明を終えると「やれやれ」という風に首を振り、家事へと戻っていった。

なるほどな。しかし2日でボスまで辿り着けるようになるとは、予想以上だ。

声をかけようと近付くと、シルビアは顔を伏せたままぴくっと反応を見せる。

「最初はエコのパリィと私の削りで倒せると思っていたのだ……」

こちらから聞くまでもなく何か語り出した。

「だが、パリィしているだけだとターゲットは攻撃している私に向くのだな。エコを無視した岩石亀にそのまま突っ込まれてジ・エンドだ」

あちゃあ……。

「そりゃ仕方ないな。次、岩石亀とやるとしたらどうする?」

「うーむ……エコが銀将盾術のパリィを繰り返して反撃効果で倒すくらいしか思いつかん。もし岩石亀がダメージ量の多い方を狙う習性があるのなら、エコの反撃ダメージを上回らない程度に調整しつつ私もダメージを与えるくらいか」

……うん。まあ、上等だろう。俺が教えたかったことは、大方理解していると見た。

「シルビア、エコ。よく頑張った。ご褒美あげちゃう」

「ほ、本当か!?」

「いいのっ!?」

どよーんとしていた空気が、一気に華やぐ。

俺が頷くと、二人は「やったーやったー!」と大はしゃぎする。

「明日はショッピングだ。ユカリも来るだろ?」

「よろしいのですか?」

「ああ、たまには息抜きしないとな。それに……二人にとっちゃ最後の休息だろうし」

「む? セカンド殿、今何か言ったか?」

「いや別に」

冬季タイトル戦まで、あと3週間。