軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

316 コスパすこ

14時。

ガラリと、空気が変わった。

それまで必死になって戦っていた兵士たちは、その嫌な気配を肌で感じ取る。

何か途轍もないものが来る――そう直感して間もなく、やつらは現れた。

「……そん、な……」

兵士の誰かが、目の当たりにした光景を信じられず、つい声を漏らした。

シルビアが張り巡らせた青い炎の海、その向こう側から迫る魔物の軍勢は――剣を持った巨人、斧を持った巨人、弓を持った巨人。

おびただしい数だった。まるで、これまでの甲冑の魔物たちが全て巨人に置き換わったような数である。

加えて、弓による遠距離攻撃を行う魔物まで出現した。あの巨人の魔物たちが、13時段階で出現した棍棒を持った巨人の魔物ほどのVITだったら……そう考えると、弓を持った巨人の魔物がどれほどの脅威となるかがよくわかる。

宮廷魔術師団と第一騎士団が、あの巨人の魔物を安全に倒そうと思ったら、最大でも2体まで、適正距離を保って誘導し、一斉に袋叩きにしなければならない。

それでも、相手が弓の巨人だった場合、とても“安全に”とは行かないだろう。

「キュベロ、エル、プリンス、私に付いてこい。押し込んでやろうではないかッ」

ノヴァが不敵に笑って口にした。

キュベロとエルは、近接戦闘スキルをメインにしている。プリンスは糸操術がメインのため、近~中距離の支援が向いている。敵に強く当たって前線を押すには持ってこいの四人と言えた。

「では私とレイヴ殿が援護しよう。弓の巨人は任せてくれ」

シルビアは援護を申し出る。レイヴは、普段は近接戦闘がメインではあるが、中距離も遠距離もできる、言わばオールラウンダーであった。

「じゃあ俺見てるから」

そしてセカンドは、見ているだけ。

別にサボっているわけではないというのは、皆もよくわかっている。

こうして見ていて、何か気付いたことがあれば、後ろからアドバイスをくれるのだ。いつものことである。

「……さて、クラウス。俺が要点を教えてやろう」

セカンドはクラウスの隣に立つと、おもむろに解説を始めた。

そう言っている間に、もう、ノヴァたちは巨人の魔物と接触しようとしている。

「おお……!」

不意に、兵士たちから歓声があがった。

ノヴァによる《龍馬体術》で、5体の巨人がまるでボウリングのピンのように吹き飛ばされ、一瞬で息絶える。

怖ろしい破壊力だった。

次いでキュベロとエルによる《龍馬体術》が炸裂すると、ノヴァほどではないにせよ、2~3体の巨人を巻き込みながら倒していく。

その後ろから、プリンスは《龍馬糸操術》を発動。ちょうど密集している場所を狙い、6体の巨人を拘束することに成功した。

そこへ、すかさずノヴァが《龍王体術》を放つ。とんでもない威力の衝撃波が拘束された巨人と、更にその周囲の巨人まで巻き込んで、一気に消滅させた。

「基本は、まとめて倒すこと。今のが良いお手本だ」

「効率を考えるべきということか?」

「その通り。如何に“コスパ”を上げるかが、スタンピード攻略の、ひいてはダンジョン周回の肝だな」

「こすぱ……?」

「コストパフォーマンス。簡単に言えば、銀将で確殺できるところで飛車を使うなってこった」

「なるほど、納得した」

「龍王体術のSP消費量、準備時間、硬直時間を考えれば、5体まとめて倒せりゃコスパは悪くないな」

「逆に言えば、5体以上倒せない状況で龍王体術は使うべきではないと?」

「そういうこと」

セカンドは、スタンピード本番を教材に、クラウスへと魔物戦の基本を教え込む。

「あ、ノヴァの場合な。キュベロとエルなら、4体倒せる状況なら使ってもいい」

「それは、つまり」

「ああいうことだ」

セカンドが視線を向けた先では、ノヴァが《金将体術》のタックルで巨人を3体まとめて弾き飛ばし、《角行体術》の回し蹴りで2体の巨人を倒している。

「ノヴァは火力が高い。銀将で1体確殺できるくらいな。だから龍王で4体倒すくらいなら、銀将で4体倒した方がコスパ良い」

「とんでもない強さだ……」

クラウスは思わず戦慄した。

まかり間違ってオランジ王国と戦争すれば、あれと戦うことになるのだ。過去とは比にならないくらい強くなったクラウスでも、あの陸軍大将には勝てるビジョンが微塵も浮かばない。

「お、そろそろ撃つか」

「?」

ノヴァたちが敵とぶつかり合って暫く、ついにシルビアとレイヴが動いた。

シルビアたちは、今か今かと待っていたのだ。前線で巨人の魔物たちが立ち往生し、良い具合に密集するこの時を。

「今だな」

セカンドの呟きとほぼ同時に、シルビアが《龍王弓術》を放つ。次いでレイヴが《風属性・伍ノ型》を放った。

シルビアの攻撃は、敵が最も溜まっていた右側に着弾し、一気に20体あまりの巨人を一網打尽にする。レイヴの魔術は、左側広範囲に吹き荒れ、同じく20体ほどの巨人を一撃で葬った。

「さて、渋滞していた巨人が退くと、今度は射線が通るようになる。クラウス、お前ならどうする?」

クラウスは、シルビアたちの凄まじい遠距離攻撃に感心する間もなく、セカンドからの問題に頭を働かせる。

射線が通るというのは、これまで剣の巨人と斧の巨人によって阻まれていた弓の巨人からの攻撃が、ノヴァたちに当たるようになるということ。

躱すか、防ぐか。クラウスは考えるが、良さそうな答えは浮かばない。

「正解は、先に遠距離攻撃で潰す」

クラウスが考えているうちに、ノヴァたちが正解を実行してしまったため、セカンドは答えを口にする。

「まさか、彼らも伍ノ型が撃てるとは……」

ノヴァとキュベロは、《火属性・伍ノ型》を弓の巨人たちへ向けて放る。エルとプリンスは、その詠唱時間を捻出できるように残りの剣と斧の巨人たちを相手取った。

そうしているうちに、シルビアとレイヴが距離を詰め、弓の巨人たちを射程距離へと入れる。

「な? 手札は多い方が良い」

「頭ではわかっていたが、これほど実感したことはない」

クラウスは深く頷いて、しみじみと呟いた。

「じゃあ、お前も前線に加わってみろ。今覚えたことを意識してりゃ死にはしない」

「……! し、しかし」

セカンドはひとしきり解説を終えると、クラウスにそう伝えた。

クラウスは、一度やらかしてしまった自分に果たしてできるだろうかと不安に思い、躊躇する。

「自信を失っているな? 大丈夫、自信なんて考えるだけ無駄だ。如何にコスパ良く動いて皆の力になれるか、それだけを考えていればいい」

「皆の力に……」

「そうだ。過去とか、拘りとか、やらかしとか、コスパにはなんの関係もない。だろう?」

「……ああ、そうだ。その通り」

「物事は単純なほど強い」

「ああ」

「シンプルな男になれ、クラウス」

「ああ……!」

セカンドのクラウスを見る目は、ひどく真っ直ぐだった。

クラウスはそのあまりにも真っ直ぐな視線に射抜かれて、不意に、セカンドの強さの神髄を思い知る。

ずっと、ずっと、彼が見据えているものは唯一つなのだ。

そして、素直な気持ちで、至極単純に、こう思う。

ああ、彼のようになりたい――と。

「!」

足に力が入った。

もう迷うことなどない。

不思議な安心感すらある。

シンプルに、シンプルに、シンプルに。

何処までもシンプルに、コスパだけを考えて動く。

皆の力になるために、何処までもコスパを突き詰める。

こんなに動きやすいことはないと、クラウスは感動すら覚えていた。

シンプルなマインドほど強い。セカンドはそれを熟知していた。

そんなたった一つのアドバイスだけで、クラウスは見違えるほどの強さを得る。

「――キュベロ殿!」

「!」

前線に追いついたクラウスは、これまで逃げ続けてきた相手に迷わず声をかけた。

皆の力になるのだ。逃げていて良いことなど何もない。

「オレは酷い過ちを犯した。償い切れるようなものではない」

クラウスは剣をインベントリへと仕舞い、槍を出して構える。

「だが、せめて――オレが地獄に堕ちるまでの余生、セカンド・ファーステストの弟子として恥じぬ生涯を送りたい」

「……そう、ですか」

クラウスの言葉を聞き、キュベロは暫しの沈黙の後に頷いた。

驚きと、共感があったのだ。

彼もまた、己が地獄に堕ちることを前提としている。その覚悟のもと、残る命を輝かそうとしている。

キュベロも、随分と前から同じ考えだった。

「許しはしません。そして、許されもしない。貴方と私は、似ているのかもしれません」

「!」

第一王子クラウスも、義賊の若頭キュベロも、これまで行ってきた非道な仕打ちは、誰にも許されることではない。

いつか清算の時が来る。

その覚悟で“今”を生きている。

過去に囚われず、後ろ暗くとも輝ける奇跡のような場所を与えてくれた、セカンド・ファーステストという男に対して、決して恥じることのないように。

いつか堕ちるその時は、真っ当に輝くことを願った。

「まるで流星です」

キュベロの呟きに、クラウスはハッとする。

彼もまた、自分と同じことを考えていたのだと。

「クラウス様。無粋な散り様だけは、ご勘弁願いたい」

キュベロはそう口にして、クラウスに背を向けると、巨人の魔物の相手に戻った。

「キュベロ殿。すまないが、しぶとさには定評がある」

クラウスは自嘲するように言った。

キュベロの後ろ姿から「フッ」と小さく笑ったような声が聞こえる。

その様子を確認したクラウスは、思わず口角を上げて、巨人の魔物へと立ち向かっていった。

「……ええやん?」

一部始終を見ていたセカンドは一言、そう呟いてから、てくてくと歩いてシルビアとレイヴの近くに寄る。

「あっ」

セカンドの姿を間近で目にしたレイヴが、嬉しそうな声を漏らした。

なんとなく期待のこもった視線。セカンドがその期待を見逃すわけもない。

「いいか、まとめて捌き切れなかった時は、こうしてみろ」

セカンドはインベントリからロングボウを取り出しながら、いつの間にやら《歩兵弓術》を三発射っていた。

「ヤッッ――!!」

それを目撃したレイヴは、思わず「ヤッッッッバ!!」と叫びかける。

この遠距離で、予備動作なしで、動き回る弓の巨人の頭部めがけてピンポイントで《歩兵弓術》を三発連続でぶち込む。

それは自他共に認める天才のレイヴから見ても、明らかに異常なほど精度の高いエイムであった。

しかも、弓の巨人は、たった三発の《歩兵弓術》で 絶命した(・・・・) のだ。

それはつまり、セカンドがもし《変身》していれば、もし《精霊憑依》していれば、もしクリティカルヒットしていれば、巨人の魔物を《歩兵弓術》一発で倒せる火力があるということ。

「じゃあ俺、他んとこの様子見てくるわ」

セカンドはひらひらと手を振って、アンゴルモアを《精霊召喚》すると、流れるように《精霊憑依》から《雷光転身》を発動する。

レイヴは魔物の相手すら忘れ、絶句しながら見送ることしかできなかった。

◇ ◇ ◇

遡ること数分。

「おっと、ようやく皆々様がご出勤か。揃いも揃ってうちの近衛騎士長より重役とは頭が下がる」

「皆様、大変失礼いたしました。今のは将軍閣下の挨拶のようなものです」

帝都マルメーラ東。

シガローネとナトの二人によって魔物の軍勢を押さえ込んでいる戦場に、七人の援軍が《秋水転身》によって転移してきた。

「ごめんよ。しっかりお昼ご飯を食べないと、夕方まで持たないからね」

転身を使用したのは――マサムネ。

皮肉を返されたシガローネは、魔物の相手をしながらもニヤッと笑った。

「お初にお目にかかる。手前は名をアカネコと申す。長時間、魔物の進行を食い止めていただき感謝申し上げる。私共が来たからには心配ご無用。残りの時間、どうぞゆるりと休まれよ」

アカネコは至って真面目に挨拶をしたが、それが意に反して皮肉になっていることに気付かない。

「なんかムラムラしません?」

「しませんわ」

「溜まってる、ってやつなのかな?」

「はい?」

「パニっちったら、しょうがないにゃあ……いいよ?」

「貴女、緊張で頭がおかしくなったんですの?」

「普段通りだけど」

「それもそうでしたわね……」

コスモスとシャンパーニは、大して気負った様子もなく、まさしく平常運転といった具合で喋っていた。

二人ともメイド服を着ているが、一方は下ネタのオンパレード、一方はコテコテなお嬢様口調と、とてもメイドとは思えない言動である。

「こうして見ていると、ファーステストの異常性がよくわかるわね」

「姉さんも、食らい付いていけるくらいには成長したのではありませんか?」

「それは貴女もよ、ジェイ」

ディー・ミックスとジェイ・ミックスは、緊張に若干ではあるが表情を硬くしていた。

それに気付いたアルフレッドは、彼女たちの師匠としての仕事を果たそうと口を開く。

「そうさ。駄目だと思ったら、彼らに任せてしまえばいい。彼らも駄目だと思ったら、きっと彼らのボスに任せることだろう」

「!」

だから、安心して、肩の力を抜いてやりなさい。

そのようなメッセージだと感じ取ったミックス姉妹は、こくりと頷いた。

「ええ、それもそうね」

「お師匠様、ありがとうございます」

ここ数か月で、苦楽を共にしたアルフレッドたち師弟の信頼関係はぐっと強まった。

それは偏に、アルフレッドの真心によるものと言える。彼の真摯で熱心な姿勢が、彼女たちの心を開いたのだ。

三人の絆は強い。一人では無理でも、三人ならファーステストに食らい付いていける。そう思えるくらいには、心身共に成長していた。

「結構結構。では、お手並み拝見と行こうか」

14時。

シガローネのニヤつきと共に、時計の針が進んだ――。