軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

312 肉体贅沢に

◇ ◇ ◇

「――魔幕用意! 放て!」

アイリー・ヴァニラ第一宮廷魔術師団副団長による号令で、幅広の隊列をなした第一宮廷魔術師団は魔物の軍団に向かって壱ノ型を斉射した。

「壱ノ型では四発から五発。参ノ型だと漏れが出そうですか」

アイリーの隣に立つチェリが、分析を口にする。

「うん。“ヒフミ式”でちょうどいいかもね」

「私もそう思います」

ヒフミ式とは、スタンピード準備期間に生まれた魔術師団の戦法の一つ。壱ノ型・弐ノ型・参ノ型を順に放つことで、討ち漏らしを徹底して抑える作戦である。

「ヒフミ式用意! 放て!」

すぐさま作戦を変更し、指揮を執るアイリー。

並び立つチェリは、その補佐的役割を果たしている。

「効果的ですね。しかし段々と右に広がってきましたが……」

チェリが魔物の動きを目ざとく見抜くと、アイリーはこくりと頷いて答えた。

「左方展開!」

そして、あえて右方を空ける。

すると、魔術師団の後方から、馬に乗った騎士たちが勢い良く駆けていった。

「――オレが先陣を切る! 勇気ある者はオレに続け!」

クラウス率いるキャスタル王国第一騎士団である。

クラウスは団員を鼓舞するような号令を発すると、全速力で魔物の隊列へと突っ込んだ。

武器は、ミスリルロングソード。馬上からの剣術である。

通常、馬上からの攻撃は、リーチの長い槍が相性が良いとされている。

しかしクラウスは、あえて剣を選んだ。

このたった一本の剣こそが、クラウス・キャスタルのシンボル。かつて第一騎士団を率いた男の手に、最も馴染む武器なのだ。

「す、凄まじい殲滅力です……!」

チェリが思わず声をあげた。

クラウスの放った《龍王剣術》が、数十体の魔物を一気に薙ぎ倒す。

魔物の軍勢に風穴が空いたようだった。

そこへ、第一騎士団の精鋭たちが突撃していく。

すると見る見るうちに魔物の隊列は割れ、右方はものの数分で崩壊した。

「セカンドさんの言った通りでしたね、チェリ」

「“数”より“個”……重視すべきはそこ、でしたか」

「クラウス様の存在一つで、戦況が大きく違うかも」

「私たちもぼやっとしていられませんよ」

「うん」

左方と右方からの挟み撃ちで、次々と湧き出てくる魔物の軍勢を殲滅していく。

ヴァニラ湖南東地点は、今のところ順調な様子であった。

◇ ◇ ◇

「――魔物風情が舐め腐りおって。遠距離攻撃のできん軍勢などなんの意味もなさん」

港町クーラ西。

魔物の軍勢を前に、宮廷魔術師団長のゼファーは、腕を組みながら落ち着いた表情で口にした。

「魔術と弓術で粗方を倒し、取りこぼしを騎士隊が拾う。これで安定しているように思えます」

「うむ。儂も同感だ……が、しかし」

第二騎士団臨時副団長のガラムがゼファーのもとへと来て、現状を報告する。

確かに、安定していた。

10時からの一連は、これで行けるだろう。

しかし、11時からは?

それを考えると、ゼファーは途端に不安になった。

事前にセカンドからある程度の魔物の情報は聞いている。対策も立ててきた。

それでも、不安は拭えない。

実際の戦闘では、想定通りに行かないことの方が多いのだと、経験豊富なゼファーはよく知っていた。

そしてそれは、ガラムも同様に。

「気を引き締めましょう。できるだけ温存し、11時に備えるのです」

「うむ。儂らだけ戦死者を出したとあっては、皆の笑いものだ」

「いやはや恐ろしいことを仰る」

「わはは、死んでもそうはなりたくないな」

「同感です」

いくつか冗談を口にして笑い合った後、二人が分かれてそれぞれ持ち場へと戻る頃には、その表情は歴戦の猛者の如く引き締まっていた。

「まだまだ若者には負けんよ」

不敵に笑うゼファーの呟きが、びゅうと吹く向かい風で掻き消えた。

◇ ◇ ◇

「――はぁっはっはっはっは!! ぬるいぬるい、ぬるいわァ!!」

獅子奮迅とはまさにこのことであった。

マルベル帝国将軍シガローネ・エレブニは、戦場を駆け巡る。

やりたい放題と言えた。

まるで今までの鬱憤を晴らすように、暴れまわっている。

「もうあの方一人でいいような気さえしますね……」

近衛騎士隊長のナト・シャマンが、その異様な光景を前に呆れ顔で呟いた。

シガローネは魔物の軍勢に四方八方を囲われながらも、むしろそれを好都合とでも言わんばかりに縦横無尽に敵陣を荒らしまわっている。

使うスキルも多種多様、そして一撃一撃が途轍もなく 重い(・・) 。そのくせ身軽で、立ち回りはそつがなく軽快、手数も多い。

シガローネ一人でも、冗談抜きでこの魔物の軍勢を処理できてしまいそうなほどに、無双していた。

「全隊、左右より挟撃。将軍閣下には近寄り過ぎぬよう注意せよ」

ナトはとりあえずの指示を出し、静観する。

そうも言っているうちに、スタンピード開始から三十分と経たない現時点で、魔物の軍勢を完全に押さえ込んでしまっていた。

言わずもがな、シガローネの活躍によるものが大きい。

「二年間、一体どれほどのストレスが溜まっていたのでしょうか……」

つい、魔物に同情したくなってしまうナトであった。

* * *

あー……暇だなあ。

こうも暇だと、なんか現場を見に行きたくなるよな。

各地点に配置している使用人たちからの通信によると、それぞれ今のところ安定して殲滅できているようだ。

クラウスの所と、あと帝国は、随分と上手くやっているみたいで、まだまだ余裕があるとのこと。

スチームの所と、ゼファー団長の所は、遠距離攻撃を活かしてまずまずの戦況。

うーん、もし ヘルプ(・・・) の要請が来るとすりゃあ、この二地点かな。

さて、そうなったら誰を行かせようか。

選り取り見取りだなあ。メニューの多い料理屋に行った時みたいな感覚だ。贅沢な悩みだぜ。

「セカンド~~! 考えごとか? 悩んでいるセカンドも凛々しくてカッコイイぞ~っ」

むぎゅっとした感触で我に返った。

左腕に当たっているこのボリューミーな感触、間違いない。ノヴァだ。

「お前は全然緊張してないみたいだな?」

「心配してくれるのか? 嬉しいぞ! しかし心配は無用だ、戦は慣れているからな」

いつも通りデレデレのノヴァに聞いてみると、なんとも頼もしい答えが返ってきた。

「その若さで戦に慣れているのかい? 凄い世界で暮らしてきたんだね、ボクには想像つかないなぁ」

ノヴァの言葉にマサムネが反応を見せる。

島から出たことのないマサムネには、確かに想像のつかない世界だろうなぁ。

「マサムネと言ったか。一つ教えてやろう」

「うん?」

「住めば都。誰もが都に住んでいる」

「……なるほどねぇ」

なんだか深そうなことを言っているが、俺にはサッパリわからん。

俺が頭にハテナを浮かべているのを察したのか、マサムネが俺の右腕側に身を寄せて囁いてきた。

「セカンド君、ノヴァさんはね、遠まわしにボクのことを井の中の蛙だと言ったんだよ」

「ほう?」

「ボクもまた、環境に慣れているだけってことさ」

……なるほど。確かに、マサムネもまたマサムネで、特殊な世界に暮らしているもんな。

「クハッ、私は皮肉に言い返したまでだ」

「皮肉?」

「……セカンドには恥ずかしくて言えないぞぉ」

ノヴァが途端にへにゃっとなる。

「女らしくないと言われたと思ったかい? 他意はないよ。それにしても、セカンド君の前では乙女でいたいだなんて、可愛いところもあるね。もっとも、それが乙女の フリ(・・) でなければの話だけれど」

「マサムネ、皮が剥がれてきているぞ。手始めに誘惑か?」

「貴女には及ばないよ」

「残念だが、私は素だ」

「それはそれで問題だね」

「存外、こんな私も気に入っている」

「なら、ボクも本気なんだ、文句はないよね?」

「宣戦布告と受け取っておこう」

「…………」

「…………」

俺を挟んで左右から睨み合う二人。

案外、相性が悪いのかもしれない。いや、逆にいいのか? もうわかんねえや。

それにしても、両サイドからなんとも柔らかい感触が……ナイスデスネ。

「おいセカンド、さっき言ってた僕の持ち場は――ヒッ!?」

俺に何か聞きに来たんだろうプリンスが、短い悲鳴をあげて固まった。

「す、すまん、邪魔をした。リンリン先生に聞く。じゃあな」

そして逃げるようにそそくさと去っていった。

俺の両脇にいる狛犬は、魔除けの効果抜群のようだ。

「おや、セカンド八冠、両手に花とは実に羨ま――失礼、用事を思い出しました」

ほらな。

あの柔和なロックンチェアでさえ歯が立たないとは。

……この二人、離した方がよいものか。それとも、あえてくっつけて戦わせてみるか。

全く、贅沢な悩みだぜ。

* * *

「間もなく11時となります」

「はい、そうですね。次は……」

ビターバレー南。

スチームは11時に出現する予定の次の魔物の情報を見て、何度目かの溜め息をついた。

セカンドの情報が嘘でないなら、冊子には「体長約2.5メートルの重装歩兵」と書かれている。

単純に考えて、STRもVITも現在の魔物より上。重装という特徴からAGIはそれほど高くはなさそうだという予想。遠距離攻撃は、恐らく無し。

どうして情報があやふやなのかというと、これらの浅い時間帯の魔物は、あまりにも雑魚すぎてセカンドたちがよく記憶していなかったためだ。

しかしそんな事情を知らないスチームにとってみれば、情報の一つ一つが死活問題であった。

「――来た、11時」

そして時は経ち、スタンピードは次なるフェーズへと移行する。

「これは……なるほど、実際に目にすると、なんとも……」

一瞬にして、士気が下がった。

場を“恐怖”が支配したのだ。

見上げるような巨躯をした甲冑の魔物が、その身の丈よりも長い武器“ハルバード”を手に、ズシンズシンと隊列をなして進軍してくる。

「!」

臆している場合ではない。スチームは気を取り直し、すぐさま指揮を執る。

「魔術隊、弓術隊、撃て! 敵に遠距離攻撃手段はない! 一方的に蹴散らす!」

距離の離れている今のうちに、できる限り倒しておきたかった。

「……やはり硬い」

10時時点での魔物と比べれば、倍近くVITが上がっている。

しかし、出現する魔物の数は減っていない。スチームにはむしろ増えているようにも感じた。

現状、なんとか敵の進軍を食い止めることはできている。しかし、時間がかかりすぎている。このまま敵が湧き続ければ、いずれは数で押し切られるだろう。

「11時でこれですか……」

スチームは頭を抱えたくなった。

とにもかくにも火力不足。こればかりはどうしたって解決できない。

「はぁ、どうしましょうかねぇ」

更に先、来る12時を見据えて、スチームは諦めにも似た溜め息をついた。