軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

311 人事

スタンピード前日の夜、なんとかギリギリ全員分の装備が間に合った。

ユカリ率いる鍛冶メイド隊の皆が血眼になって頑張ってくれたおかげである。

完成間近と耳にして俺が夕方に様子を覗きに行った際は、ユカリに「今は近寄らないでください」と睨まれた。

あの冷淡の権化と謳われたユカリが、そこまで熱を入れて皆のために……!

俺はひっそりと感動を噛み締めた。

「乙女心や~ん」

ラズに話してみたところ、菩薩のような微笑みでそんなことを言ってくる。

どういうことだろうか?

俺が首を傾げていると、リンリンさんが口を開いた。

「しばらく風呂に入っていなくて臭かったのでは?」

あっ……うん、そういう説もある。

「ノンデリ出とるなぁ……」

ラズが小声で呟いた。わかる、リンリンさんってたまにそういう時あるよな。

「……それにしても、凄い数の クマ装備(・・・・) ですね」

微妙な空気になったのを察したのか、リンリンさんは話を逸らした。

クマ装備、懐かしい響きだ。“ 穴熊(あなぐま) ”の付与されている装備をそう呼ぶ人もいたっけ。

俺たちの目の前には、大量の穴熊装備が並べられている。これから訓練を終えた皆が次々とこの装備を取りに来る予定だ。

「百個以上ありますからね」

二十人以上もの参加者全員に行き渡るように、頭・胴・手・脚・足・指の六部位を揃えてある。

穴熊はVIT150%という効果の防御特化付与。六部位なので、装備者のVITは400%となる。

ま、皆の防御力を上げて少しでも生存率を高めようってわけよ。

「あ、リンリンさん、よかったらこれ」

「これは?」

「羽織です」

「……どうも」

今さら穴熊装備など必要のないリンリンさんには、シャンパーニデザインの羽織だけ手渡した。

ファーステストのメンバー以外は、黒色で揃えてあるみたいだ。こりゃ現場で見分けがつきやすくていいな。

「これ、着ないと……?」

「できれば」

「あ、はい」

まさかとは思うが、嫌がっている? いやいや、こんなに派手で目立つしカッコイイのに、そんなわけないか。

「よし、明日はいよいよ本番だし、今日くらいは早めに寝るとするか」

「せやな。夕飯も皆でカツ丼食うて、もう何もやることあれへんわ」

「人事を尽くして天命を待つということですか」

二か月、あっという間だったな。

自信を持って言える、これで準備万端だ。

当初想定していたラインより、少しだけ余裕もある。具体的には、零環さんのサポートと、皆の予想外の成長、この二つ。

特にマサムネが転身を習得しているのがデカ過ぎる。移動距離の問題を無視できる者は、いればいるほど良い。

あとは……どのテーブルが選ばれるか、どの発生地点が選ばれるか、これが重要だ。

最高難易度のテーブルBか、次いで難易度の高いテーブルHが選ばれたら、まあちょっとは苦戦するだろうな。

4つの発生地点については、正直言って何処でも大差ない。欲を言えば、キャスタル王国かマルベル帝国の近くがいいかな。オランジ王国とディザート共和国の兵士は、先の二国と比べると若干だが練度が低い。

さあ、どうなるだろうか? 明日の10時のお楽しみだ。

俺は……寝る前にちょっと最終調整でもしておくか。

「――おい、鬱陶しいなさっきから。座っとけ」

「す、すまない」

スタンピード当日の朝。

俺たちは全員、旅館風の屋敷の大広間に集まって待機している。

ヘレスが右に左にうろうろと落ち着きがないので座るように言うと、今度は貧乏ゆすりを始めた。

「あー、もうっ……」

じっとしていられないのか、シェリィが何やら苛立たしげに呟いて離席する。またトイレかな? 俺の見ている限りで三度目の離席だ。この落ち着きのなさ、流石は兄妹、よく似ている。

……というか、皆をよく見ると、落ち着いてるやつの方が圧倒的に少ないな。

「どうしたもんかな」

まあ、長丁場だから、やってるうちに慣れてくるか。

「セカンド君は、随分と落ち着いているね?」

朝食後の紅茶を飲んでまったりしていると、マサムネが話しかけてきた。

「ああ、マサムネか。そういうお前も普段通りだな」

「そう? 実はこう見えて、ドキドキしているよ」

「本当か?」

「触って確かめてみるかい?」

「本当みたいだな」

「……ご、ごめんね、今のはらしくない冗談だった」

まさかマサムネがそういう冗談を口にするとは。こりゃあ相当に緊張しているな。

「それにしても、凄いね。ボク、改めて感心したよ。ファーステストの皆は、全員落ち着いているように見える」

「いやいやいや」

マサムネの思いがけない指摘に、俺はつい全否定してしまった。

いや、まさか。ファーステストのメンツで落ち着いてるやつなんてエコとラズくらいしかいない。

「シルビアはありゃ、カチンコチンに固まって微動だにしないだけだ。アカネコは難しく考え過ぎて震えがきてるな。レンコは昨夜眠れなかったのか寝不足だろう。アルファはメガネで表情はわからないが下手したら半ベソかいてるかもしれん」

「おぉ……流石、よく見ているね」

まあね。

「そういうセカンド君は、一人だけ浴衣だけれど大丈夫かい?」

「むしろ今装備付ける意味あるか?」

「……確かに」

ちなみにラズもリンリンさんも出番になったら装備を変更するはずだ。

何故か、転生組以外の面々は、既にフル装備で羽織まで着てスタンバっている。早過ぎんだろ。まだ10時にもなってないし、予定だと俺らの出番は早くても13時からだ。

「マサムネもゆっくりしとけ。今から気を張ってたんじゃあ、本番で疲れちまうぞ」

「それもそうだね」

納得してくれたようで、マサムネはいくつかの装備を外すと、俺の隣に腰を下ろした。

その様子を見ていた何人かは、同様に装備を外し、少しだけ落ち着きを取り戻したようだ。

……おっと、そうこうしている間に、イベントタイマーがカウントダウンを始めたぞ。

あと一分で10時、イベント開始時刻だ。

これでスタンピードが起きなかったら笑えるな。

「5……4……3……2……1……」

折角なので五秒前からいきなりカウントダウンを口にしてみる。

皆、ビクッと反応し、緊張の面持ちで静かに俺を見ていた。

「0……始まったぞ」

俺が言うと、皆は無言でこくりと頷いた。

その直後――続々と報告の通信が届き始める。

各地の発生ポイントにあらかじめ待機してもらっていた使用人たちからの報告だ。

「…………」

俺は全てに目を通し……思わず黙り込む。

いや、しかし受け入れるしかない。

「皆、聞いてくれ」

とりあえず、共有しなければ。

「テーブルは“H”。発生地点は、ビターバレー南、ヴァニラ湖南東、港町クーラ西、帝都マルメーラ東の4つだ」

「!!」

湧いたのは、長剣を持った甲冑の魔物とのこと。間違いない、テーブルHだ。

最高難易度のテーブルは避けられた。だが、次点が来てしまった。

場所は、不幸中の幸いと言うべきか、キャスタル王国で3つ、マルベル帝国で1つ。悪くない配置だ。

さて、この場合は――。

「ビターバレー南は、スチーム辺境伯とランバージャック伯爵率いる兵が対応する。13時からは、アルファ、ベイリーズ、リリィ、ヘレス、ロスマン、ロックンチェアで頼む」

事前に計画していた通りに、戦力を分配する。

俺とシルビア、エコ、ラズ、リンリンさん、マサムネ、ヴォーグ、シェリィは、転身を習得しているため、各地を移動してフレキシブルに立ち回る予定だ。

「ヴァニラ湖南東は、クラウス率いる第一騎士団と、アイリーさん率いる第一宮廷魔術師団が対応する。13時からは、ノヴァ、キュベロ、エル、レイヴ、プリンスで頼む」

ノヴァはオランジ王国での発生に備えて現場で待機している。あとで連れてこなければ。

「港町クーラ西は、ゼファー団長率いる宮廷魔術師団と、ガラム臨時副騎士団長率いる第二騎士団が対応する。13時からは、レンコ、グロリア、イヴ、ムラッティ、カレンで頼む」

あれ? そういえばムラッティのやつ、暫く見ていなかったが……なんだろう、前と比べて随分と勇ましい顔付きになっているぞ。

「帝都マルメーラ東は、シガローネ将軍率いる帝国兵と、ナト近衛騎士長率いる近衛騎士隊が対応する。13時からは、アカネコ、シャンパーニ、コスモス、アルフレッド、ミックス姉妹で頼む」

本当に悪くない配置だ。現状における理想的な戦力分配が実現できた。

あとは、テーブルHがどれほど猛威を振るってくるかというところ。

テーブルHは、別名――“亡霊兵団”。

中身のない甲冑の兵士のような魔物が隊列をなしてゾロゾロと進軍してくる。

まあ、だからなんだという話だけども。

「よし! そしたら――」

当然、攻略法はある。皆、既に知っている。そのための二か月だった。

「――昼メシまで休憩~」

ガタガタと、皆がずっこける音が聞こえた。

* * *

ビターバレー南。

スチーム辺境伯の拠点であるビターバレー要塞から南下した位置に、スタンピードの発生地点はあった。

「発生予想地点より、人型の魔物が商業都市レニャドーへ向けて南下中! その数、三百以上!」

「はい、テーブルHですね、わかりました。では予定通り南西側からぶつかります。南東側のランバージャック伯とタイミングを合わせるので、訓練通りに」

スチームは斥候からの報告を受け、迅速に指示を出した。

発生時刻に発生地点から出現した魔物の種類と数まで、全てセカンドから受け取った資料の通り。ゆえに迷いはない。二か月の間、この資料をもとに最善を考え尽くしたのだ。PvPで言うところの“定跡”は、既に完成していた。

「残すところの問題は、至って単純ですが……」

向かい合う兵士と魔物を前に、スチームが呟く。

問題はハッキリしていた。しかしそればかりは、今やどうしようもない。この二か月、限界まで底上げしたが……足りているかわからないのだ。

一言で表せば、それは“強さ”。兵士の強さが足りているかどうか、魔物の強さがどれほどのものか。資料を読んで理解していても、実際に戦ってみなければわからないことも多い。

「頼む――」

兵士と魔物がぶつかる直前、スチームは不意に祈った。

これまでの人間同士の戦争で祈ったことなど一度たりともない。

これといって神を信じているわけでもない。

そんな男が、祈るような気分になるほど……目の前の魔物の軍勢は、あまりにも脅威的に思えたのだ。

「――うわ!!」

誰かが叫んだ。

それは最初に魔物と接触した兵士だった。

直後、空に舞う何かが見える。

兵士の右腕だった。

「撤退せよ!!」

スチームが声を荒げる。

白兵戦で押し込むことは不可能だと、この一瞬の出来事で即座に判断したのだ。

「魔術隊、援護せよ! 弓術隊、攻撃準備!」

辛うじて予想の範囲内と言えた。

押さえ込むには近接戦闘が最適だが、難しいとなると、遠距離攻撃での殲滅に切り替えるよりない。それを確認できただけでもよしとしようと、スチームは自身を納得させる。

「……単純がゆえに、解決は難しい」

懸念は的中した。

問題は単純。それがよく理解できているからこそ、スチームは俄かに頭を抱えたくなった。

まだ――“10時”なのだ。

出現する魔物は一時間経過するごとに強くなると聞いていた。

「よし」

魔術隊による壱ノ型の弾幕で、敵の足が止まる。

次いで撃たれた弓術隊による銀将弓術の曲射の雨が、何体かの魔物を絶命させた。

敵からの遠距離攻撃は未だない。この状況が続けば、こちらが遠距離攻撃のみでも押し込めそうだと、スチームはそう判断し、攻撃の継続を命じた。

「やれやれ、余所はどうでしょうね……?」

他の発生地点と比べれば、スチームの担当地点は、兵士の数は多いが練度は低い。

ひょっとすると、数よりも練度の方が何倍も重要だったのかもしれない。

であれば、火力不足は戦術で補わなければならないと、スチームは決意を新たにする。

それでも、どうにもならない場合は――。

「温存などと、言っていられないかもしれませんね」