軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

309 泣かせる鬼居る背哉

「聞いたぞ八冠。 あっち(・・・) の方は六冠になったそうではないか?」

夜、大浴場、男湯にて。

俺が湯船につかっていると、ニヤニヤした顔のヘレスがそんなことを言いながら隣に入ってきた。

「耳が早いな」

「お父様から、商いの秘訣は耳の早さと学んだのでな」

そういえば忘れがちだが、この放浪野郎は伯爵家の長男でもあったか。

「好奇心は猫を殺すと学ばなかったのか?」

「好奇心は私を生かすと学んだな」

納得だ。アンゴルモアを恐れず俺に声をかけてきた伯爵らしい教えだな。

「しかし六冠ですか……恥ずかしい話、私は興味津々です」

俺がどう誤魔化そうかと考えていると、意外な人物が食いついてきた。ロックンチェアだ。

彼は落ち着いていて丁寧で物腰柔らかな男だが、意外と茶目っ気もある。こういうところが彼の魅力なのだろうが、今ばかりは厄介だな。

「ええと、シルビアさん、ユカリさん、ノヴァさん、あとは……」

ほら、いちいち数え始めやがった。わざとやってるぞこれ。

「驚くなかれ、八冠は魔物と精霊ともできている」

「ミロクとアンゴルモアまで!?」

「待てコラ! 変な勘違いをするな!」

しかも二度目だそのボケは。

「失敬、失敬。冗談です、冗談」

ロックンチェアはくつくつと楽しそうに笑って、俺を宥める。

「それで、六人目は誰なのですか?」

「私はマサムネさんと聞いた。毘沙門戦の」

「おお……!」

ヘレスの暴露に、ロックンチェアは感嘆の声を漏らした。

「どういう経緯で?」

「それが、二人の出会いは一年ほど前まで遡るのだが……」

やけに詳しいヘレスが、俺とマサムネの話をし始める。

聞いていて恥ずかしいので、俺は二人から視線を逸らした。

「凄い。これ、何?」

「鬼です」

「……鬼?」

「はい」

「ふぅん……」

レイヴとキュベロが何やら話している。どうも、レイヴがキュベロの背中の刺青に興味を示したらしい。

ああ、普段キュベロは使用人邸の風呂に入っていて、こっちで一緒のタイミングになることが少なかったから、初めて見たんだな。

俺はもうとっくに見慣れたが、確かに初見なら気になって仕方ないだろう。

「セカンド様、あまり長湯をしてのぼせてしまわないようお気を付けください」

俺の視線に気付いたキュベロが、いつもの世話焼きフェイスでそんなことを口にする。

キュベロも零環さんに負けず劣らずオカンだよなあ。

「お前こそ、出たかったら先に出ていいんだぞ」

「いえ、セカンド様のお背中を流しに侍従している身で、そのようなことは」

「それでのぼせていたら世話ないだろ?」

「いえ、ご心配には及びません」

そして相変わらず頑固である。

じゃあその頑固を利用して、のぼせない程度にメッチャ長湯してやろう。そうすることで休みたがらないキュベロを強制的に休ませることができるってわけだ。

「そういえば、レイヴは伍ノ型どうなった?」

「あ、は、はい! あの、覚えました、全部っ」

「お、おお、そうか」

「使い方も、今、学んでます!」

「そうか、頑張れよ」

「はい……!」

一方のレイヴは、相変わらず「ただのファン」って感じが凄い。

しかしやってることはえげつない天才のそれだ。彼だけ成長著しいので、行けるところまで行っちまおうと思って、予定にはなかった伍ノ型を覚えさせてみようと試みた。結果がこれである。全属性習得に三日とかかっていない。

「まあでも、今夜くらいはゆっくりしておけ。直前になって疲れが出るかもしれんから」

「はい、そうしますっ」

スタンピードまであと一週間を切っている。

レイヴはノータイムで頷いた。凄まじいイエスマンっぷりだ。

ちなみに使い方を教えているのはリンリンさんである。リンリンさんの時間が合わない時は、俺が教えたり、ラズが教えたり、はたまた零環さんが教えたりもする予定だ。

残り六日、皆で、行けるところまで行こうと思う。

「――あ、やっぱりいた、セカンドさん」

湯船でまったりしていると、マインが入ってきた。

「マイン、そう急ぐな。滑って転んでも知らんぞ」

その少し後ろから、クラウスも続いて入ってくる。

二人は今日の国王としての仕事を終えたからか、兄弟モードのようだ。

「わざわざこっちの風呂に来るってことは、俺に会いたかったのかぁ? マインよ」

「ち、違いますけどぉ? 自惚れた勘違いしないでください、キモイですよぉ?」

「脱衣所でセカンド八冠の声が聞こえて喜んでいたではないか」

「兄上うるさいです、黙っていてください」

「すまない」

最近、スタンピード対策で忙し過ぎて仕事以外の話が全然できていなかったから、こういうオフの時の二人の顔を見れるだけでなんだか嬉しい。

マインは早く湯船に入りたいのか、いそいそと体を洗っている。クラウスは何も言わずに優しくその背中を洗ってあげていた。

それにしても、二人は仲良くなったなあ。以前の関係を考えると、奇跡的と思えるほどに。雨降って地固まるというやつだろうか。なんにせよ、良いことだ。

「…………」

ちらりと横を見ると、キュベロが目を閉じて腕を組み、湯船の一段上に腰掛けて半身浴をしていた。

物凄くわかりやすいな。「居心地が悪いです」と全身に書いてある。

言わずもがな、理由はキュベロとクラウスの因縁にあるだろう。

片や、親分を殺され騙し討ちで殲滅された義賊の元若頭。片や、担ぎ上げられ騙されて直接手を下してしまった元騎士団長。

どちらにも言い分があり、どちらにも負い目がある。

それなりに割り切ることはできるが、心の底から納得はできていない。

そんな様子がまざまざと見て取れる。

「ふー。セカンドさん、今日は珍しく長風呂なんですね?」

俺がキュベロの内心に思いを巡らせていると、体を洗い終えたマインが入ってきた。

それに続いて、クラウスも入ってくる。

クラウスは相変わらず、オフであってもマインの護衛としてそつのない動きを心がけているようだ。

「まあ、たまにはな」

「本当の本当に、 たまに(・・・) ですよね」

「湯船につかっている姿を見るのは、オレが知る限り初めてだ」

そうだっけ? あー、言われてみれば、そうかもな。

ここ暫く一分一秒も惜しい思いで奔走していたから、そもそも風呂に入るという行為すら……いや、やめておこう。

こうして俺が風呂に入る余裕を得られたのは、思いがけぬ零環さんの登場のおかげだ。俺を風呂にまで入れてくれる零環さん、マジオカン。

その代わり、マサムネが風呂どころかまともに寝る時間もないくらい地獄のシゴキを受けていたわけだが。本人の意志でもあるから、俺は止められない。むしろ、もっとやれと言いたい。

それだけ努力できるのは紛れもない才能だ。彼女の育った環境も多大に影響しているだろうが、きっと持って生まれたものでもある。大切にしてほしいと思う。

「セカンドさんのその姿勢、できることならボクも身に付けられたらなぁと常々思いますよ」

「姿勢?」

「甘えのない姿勢です。いくら眠くても嫌でも休みたくても、必要であれば体を動かしますよね?」

「ああ、そらね」

「ボクも国王として、そうでなければとは思います。でも、無理なものは無理ですから。やっぱり、どうしても甘えてしまう時があります」

「俺は俺のやりたいことに必要だからきびきび動ける。お前の考える何かは本当にやりたいことなのか? 動けないということは、やりたいことじゃないんじゃないか?」

「……どうしよう。凄く図星を突かれてしまった気がします」

「せっかく国王になったんだから、やりたいことをやったらどうだ」

「そうなんですけどね。国王って、やりたいことだけできるわけではないんです、残念ながら」

マインは「はぁ」と溜め息をついて、ちゃぽんと肩までお湯につかった。

その若さで難儀してるなあ。

「まあでも、楽しいですけどね。やり甲斐は凄く感じますよ」

うん、それでもそう言えるマインだからこそ、俺は国王を任せられると思ったってワケ。

クラウスも「うんうん」と感心するように後方兄貴面で頷いている。

「オレもやり甲斐を感じている。ただ漠然と国を護るとほざくだけの愚者にならずに済む。目の前のこの人を護ることが国を護ることに繋がるのだと、オレはようやく自分を信じられるようになった」

そして何やら熱いことを言っていた。

愚者とは、過去の自分のことを言っているのだろう。

うん、そうやって反省できるほどに変わったクラウスだからこそ、俺は弟子に取ろうと思ったってワケ。

「…………」

不意に、キュベロが立ち上がった。

それから、無言のまま湯船を出ると、浴室を後にする。

……やはり、折り合いをつけるのは難しいか。

頑固な男だ、一度口にしたことを曲げるようなやつではない。

しかし、俺より先に風呂を上がらないと言ったことを忘れてしまうほど、キュベロはクラウスのことを気にしているようだった。

去りゆくキュベロの背中に刻まれた鬼の刺青が、怒っているようにも、悲しんでいるようにも見える。

彼が今、どのような思いでいるのかはわからない。

ただ、彼の中に、やり場のない巨大な感情があることだけは確かだった――。

風呂から上がり、部屋へと戻る。

旅館風の屋敷なので、部屋も当然、旅館風だ。

俺が戻った部屋には既に布団が敷かれていて、中からは楽しそうな声が聞こえてきた。

そう、風呂に入る前、招集をかけておいたのだ。

「戻りましたー」

「セカンド、先に始めてるヨー」

「センパイ、久々に長風呂やったんちゃう?」

「こっちでは風呂入ってるんですね、セカンドさん」

畳にあぐらをかいて座卓を囲む三人。零環さんと、ラズと、リンリンさんである。

三人のうち二人は、お酒を飲んでいた。零環さんは精霊だから、飲み食いできないみたいだ。

使役者のマサムネには「零環さん貸して」と言ってある。二つ返事でOKだった。おそらく今頃は鬼の居ぬ間になんとやらだろう。

「まあ、だいぶ人間らしい生活にはなったかなぁ」

俺はラズからグラスを受け取り、ビールを注いでもらいながら正直に答えた。

ぎょっとする零環さんとリンリンさん。そんなに俺が普通の生活してたら意外か? オイ。

「嘘やで。四か月かけて暗黒狼テイムしとるんやもん」

「OMG」

「四か月って……この世界で? 正気です?」

正気を疑われた。

「いや、正気でやってたらテイムできないっすよ」

「それはそうですけど」

「しかも剣・弓・魔と精霊と変身だけやんな?」

「早い方がいいかと思って」

「Oh, crazy」

早くあんこが欲しかったんだもの……。

「そんなことより、零環さんに色々教えましょうや。リンリンさん、抜刀術実装で止まってるんですよこの人」

「聞きました。あまりの情報量に頭がパンクしないことを祈ります」

「Wow! そんなに? 楽しみですネ~」

「三日三晩かかります。寝落ちしないように」

「いや、ちょっとずつ教えたったらええんちゃうん」

「……冗談」

「わかりにくいねんリンリンはんの冗談!」

酒が入っているせいか、リンリンさんもラズも普段より口調が砕けている。

浴衣着て部屋に集まってわいわい喋るなんて、なんだか修学旅行みたいだ。まともに行ったことないけど。

確かに、俺の青春は彼らと共にあった。

この年になって、この世界に来て、こうしてまた巡り会って、再び青春を過ごしているんだなあ。

そう思うと、なんだかエモいな。

「なあ、皆。とりあえず」

「?」

スタンピードイベント前の、最後の酒盛りだ。

そして、俺たち四人にとっては、最初の酒盛りでもある。

「乾杯――!」