軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

298 切符付き

* * *

「――違う。まず空中準備の有利性を理解できてない。いいか? 準備中移動不可のスキルを移動しながら準備できる、これが空中準備の強みだ。つまり、移動→準備→攻撃の3ステップを、移動+準備→攻撃と2ステップに短縮できる。これがどれだけ大きいかわかるか?」

「わかるけど……」

「移動攻撃スキルの香車抜刀術や桂馬抜刀術は、初速がある場合、スキルの移動速度にその分が丸々上乗せされる。飛車盾術キャンセルのタイミングでジャンプを入れて、空中で桂馬抜刀術準備、着地寸前で発動すれば、瞬間移動じみた速度の抜刀ができるんだ。この技術はよく使うから、覚えておいて損はない」

「そうなんだ……」

「ちなみに飛車盾術発動後の突進開始から即キャンセルでジャンプして、簡易的に空中準備の間を作るというテクニックもあるぞ。これをカタパルトと言う」

「……ふーん……」

セカンド君がとても詳しく説明してくれているが、どうやらボクは疲労困憊なようで、ろくな返事ができていない。

それでもこの技術は絶対に習得しなければならないということだけはわかるから、手本を見せてくれるセカンド君の姿だけはしっかりと目に焼き付けた。

今日一日で、ボクはどれほど成長したんだろうか?

盾術は飛車まで覚えた。弓術も角行まで覚えてしまったし、糸操術も金将まで覚えてしまった。変身の習得方法も教えてもらったし、これからは魔術も覚えていく予定。

ボクがあまりにも難なくこなしてしまうからか、気を良くしたセカンド君が次から次へとスキルの習得方法を教えてくれたのだ。

ボクは、秀才という自覚がある。皆、ボクのことを天才と呼ぶけれど、本当は違う。

吉祥流で 義母(かあ) さんに教わっていた頃から、ボクは秀才だったんだ。

ずば抜けた抜刀術の才能があるわけじゃない。ただ、抜刀術の 勉強(・・) が上手だっただけ。

義母さんは、そんなボクに期待していた。妾の子として憎みながらも、ボクの吸収力に期待していた。

だから、だろう。いつからか、ボクは人から期待されるのが苦手になった。

期待されていると、それがわかってしまう。その期待に応えなければならないと、心が重たくなってしまう。天才であることを期待され、天才として振舞ってしまう。

……不安だった。セカンド君もまた、ボクに対して期待をしていたからだ。

どんどんとスキルを覚えていくボクに、セカンド君は明らかに期待を込めた視線を向けていた。

不意に、義母さんを思い出し、胸が痛む。

人から期待をされると、義母さんの顔を思い出す。期待を裏切り、道場を出ていくボクを、怒りと絶望の表情で睨みつける義母さんの顔だ。

ああ、彼に対してだけは、素の自分を出せていたのに。段々と、殻を被っていくのがわかる。期待に応えようと、天才のフリをする自分がわかる。彼と一緒に居られてとても浮ついていた心が、どんどんと重くなっていくのがわかる。

どうか、ボクに期待をしないでほしい。

それを裏切ってしまうのが、怖いから。

でも、でも……いずれ、決別しなければならない時が来る。

ボクは弁才流を捨てられないんだ。この島を離れられないんだ。

かつてボクが、義母さんの期待を裏切り、弁才流となって独立することを選んだように。

ボクはまた、セカンド君の期待を裏切り、そして、自分の期待さえ裏切り、弁才流を選ぶんだろう。

だったら、もう、いっそ、今のうちに、失望してもらった方が……。

……そんな くだらない(・・・・・) 心配をしていたのが、午前中のこと。

「違う。ジャンプが遅い。そのせいでテンポが悪くなった。それに今のパターンは、手前の二体を倒してから飛車盾術で移動して奥の一体を倒すより、角行弓術で奥の一体に先制してこっちに寄ってくる間に手前の二体を倒してそれから寄ってきた一体を倒す方が効率がいい」

「それ、寄ってくる前に二体を倒しきれなかったら……死なないかい?」

「簡単な話だ」

「何」

「死ぬ前に倒しきればいい」

「…………」

この男ときたら、ボクが「駄目だ」「もう無理」「できない」と何度言っても聞く耳なんて持たず、「知らん」「やれ」「できる」の三点張りだ。

期待? そりゃ、期待だろうさ。でも、ボクが人生で経験してきた中で一番、いろんな意味で強い期待だった。

彼からの期待は、彼自身に似て、強かった。何度も何度も裏切りという刀で斬らざるを得なかったけれど、傷一つ付かないんだ。

いらない心配だった。

セカンド君が、失望なんてするはずがなかった。

そんな、やわな期待じゃなかったんだ。

少し考えればわかる話さ。彼の背負っている、幾千、いや、幾万人からの期待に比べたら、ボクに向けられている期待なんて微々たるものじゃないか。

比較にすらなっていない。ボクには、その背中すら見えていない。天才なんて演じている場合ではない。ボクは、必死になって、形振り構わず、せめてその背中が見える位置にまで追いつかなければならない。

凄い。想像すらつかなかった。ボクにとってそんな人が現れるなんて、想像すら。

裏切りようがない、強くて大きな期待。ボクの全てを委ねられる期待。

なんて、なんて心地好いんだろう。

「要は、効率を重視した立ち回りには何が必要かを考えなければならない」

「……つまり、手前二体を即座に倒しきる瞬間火力?」

「50点。今回の場合は、奥の一体を先制攻撃一発で無力化できる遠距離の単発火力も欲しい」

「理想過ぎやしないかい?」

「そう思うか?」

セカンド君はインベントリから一本の弓を取り出して、言った。

「弓術のダメージは主にDEXと装備に依存する。歩兵~角行まで全て九段にして、これで角行弓術を射ってみろ。多分、ムクロムシャ以外は一撃だ」

「え……?」

「そう考えると、抜刀術ってわりと特殊なスキルだよなあ。STR・DEX・AGI・VIT・SPと満遍なくダメージに影響する」

「待って、これ、ボクにくれるのかい?」

「お下がりで悪いな」

「いやっ……!」

DEXが150%に増強される“相掛かり”という付与効果のある、ミスリルロングボウという名前の、見たこともない強そうな弓だ。

「……い、いいの?」

「勿論」

出会った頃からそうだった。

セカンド君はいつも、ボクにとって必要なものを与えてくれる。

ほら、あんなに重くなっていた心が、また、こんなにも軽くなった。

ビュンと海を越えて一瞬でやってきて、ボクの心を満たして帰っていく。ボクに知らないことを教えてくれて、ボクを知らない場所へ連れていってくれる。

彼は、ボクにとってのヒーローだ。

「…………ありがとう!」

ボクは、溢れそうになった想いをギリギリで堪えて、セカンド君にお礼を言った。

伝えてはいけない。ボクには弁才流がある。それは、わかってる。

でも、もう、時間の問題だと思う。だって、会う度にボクは、君のことを……。

「そしたら、あとはこつこつ頑張れ。ああ、それとカタパルトも練習しとけ。今度また様子見に来るからサボんなよ。じゃあな」

「うん、またね」

慌ただしく帰っていくセカンド君を、ぽわんとした気持ちで見送る。

ああ、ボクも強くなりたい。君のように、強く。

そして、海を飛び越えて、一瞬で君に会いに行けたなら。

そんな夢物語を考え始めるくらいには、どうやらボクは君に首ったけのようだ。

ボクももう好い年なんだ、弁才流門下の皆、どうか許してほしい。

「……さて、もうひと頑張りしようかな。期待されてしまったしね」

期待されるのを心地好く感じるのって、初めてかも。

体は疲労で重いけど、心はいつになく軽かった。

あーあ、彼と一緒にいれる人は、幸せだなぁ……。

……でも、彼の心は、いったい誰が軽くするんだろう?

できることなら、ボクが――。

「――ん?」

なんだろう、あれ。

セカンド君のことを考えながらムクロムシャを倒していたら、キラキラ光る切符のようなものが落ちた。

見るからに、とても貴重そうなアイテムだ。

ボクは次々に襲い来る魔物との戦闘の合間になんとかそれを拾って、インベントリへと仕舞った。

岨岩屋から出たら、詳しく見てみよう――。

* * *

「――シルビアはん! 弓飛(ユヒ) 遅いわ! 何やっとんねん! エコはんはパリィすな! 盾金(タキ) で耐えて吸っとけ! 効率悪いねん!」

「す、すまない……!」

「りょ! すう!」

アイソロイスダンジョンには、怒号を飛ばすラズベリーベルと、必死の形相で食らいついていくシルビアとエコの姿があった。

ラズベリーベルの教育は、基本的にスパルタである。それは、シルビアとエコがチームの仲間だからという理由もあり、セカンドに二人を任されたからという理由もある。

ともかく、超特急で精霊強度を45000にまで上げなければ、満足なスタンピード対策ができない。ゆえに、ここまでビシバシと激しく鞭を叩いていた。

「ほら変身切れとる! 召喚と憑依は一秒以内! エコはん待たんでええ! はよ 盾飛(タヒ) で突っ込まんかい! シルビアはんは弓持ち替えんと! 届かんやろそれやったら!」

「りょ!」

「了解!」

「なぁああんで弓飛やねん! 今のは 弓龍(ユリ) で全部巻き込んで倒さんと盾金で吸って集めとる意味がないやろ!? ほんでエコはんもずっとじーっとしとったらあかんやん! シルビアはんに合わせて引くなり 盾角(タカ) で耐えるなりせんと!」

「むぅ、ラズベリーベル、弓龍とは龍王のことか?」

「他に何があんねーん! 龍馬は 弓馬(ユマ) や。略称はすっと出るようにしとってな」

「すまない」

「らずべり、もっとすうのがいい?」

「吸うんが目的ちゃうわ、集めるんが目的や。一手一手の意味をしっかり考えて動かんとあかんよってセンパイも言うとったやろ?」

「いってた!」

「ほな自分で考えんとあかんよ」

「うん!」

返事はええんやけどなぁ、とラズベリーベルが小さく溜め息をつく。

まだアイソロイス周回を始めて間もないから、こうなのだろう。ラズベリーベルはそう信じて、二人にダンジョンのイロハを教え続けた。

スタンピードまで、あと58日――。