軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

292 簡単、書き手素敵、感嘆か

セカンドへの遣いを出してから、まだ数分。

クラウスは時間を無駄にするまいと、隙間時間に第一騎士団の訓練場へと顔を出していた。

「よいか、体術師が二人同時に襲い掛かってきた時のことを考えよ。護衛騎士は自身一人のみ。さあ、どのようにして護衛を行うか考えてみるがいい」

「はっ!」

現在はマインの従者となったクラウスであるが、元は第一騎士団長。剣の腕は騎士団の中でも一二を争うほどだ。ゆえに従者となった後も、こうして騎士たちの訓練を見てやることは少なくない。

そんなクラウスに対し、過去のことを持ち出して非難するような騎士は一人もいなかった。

騎士の誰もが認めているのだ。クラウスの剣の実力は本物であり、その騎士道もまた本物であると。

そもそも、今のマインとクラウスの関係を見ていれば、糾弾する気など起きるわけもない。

「答えは出たか」

「は!」

クラウスが問いかけると、騎士の一人が挙手をした。

「よし、言ってみろ」

「護衛中の二対一は不利でありますから、一度逃げて時間を稼ぎ、応援を呼ぶのがよいのではないかと」

「以前のオレならば及第点を与える答えだが、今は不正解としておこう」

「!」

護衛のセオリーから考えれば、騎士の回答が正解である。おそらく、騎士学校でもそのように習っただろう。

しかし、クラウスは不正解と断言した。他の誰でもないクラウスがそのように言ったことで、騎士たちは途端に興味を引かれる。

何故なら、クラウスは実に騎士学校の教えに忠実な、言わば優等生であったからだ。まさしく正統派の騎士として研鑽を積んでいた。第一王子ゆえの傲慢と焦燥さえなければ、善良なる騎士団長でいられただろうと、誰もがそう評価していたのだ。

「幸運なことにオレは、先日セカンド八冠から直接教わることができた。オレなりに解釈した内容を今ここで明かそう」

「!?」

そして、驚愕の言葉を口にする。

セカンド・ファーステスト。その名前どころか実績や実力を知らない者はこの場に誰もいない。

特に騎士の代名詞とも言える【剣術】において、セカンドは多大な影響を及ぼしている。

具体的には、セカンドが表舞台に登場する前と後で、剣術師の試合における戦い方が根本から変わってしまったのだ。

世の並み居る剣術師たちは、誰も彼もがセカンドを参考にした。最高峰であり、最先端は、間違いなくセカンドなのである。

そんなセカンドの口から、護衛方法についての言葉が出たとすれば……それはまさに、近衛を生業とする第一騎士団の騎士である彼らが今最も知りたい情報と言えた。

最高峰かつ最先端のテクニックを仕事に活かせるのだ。それほど心強いことはないだろう。

騎士たちは皆、俄かに目を輝かせてクラウスの話に聞き入った。一言一句逃すまいと、多くの者が慌ててメモを取り始める。

「まず、距離のあるうちに片方へ牽制し、なるべく一対一の状況を心掛ける」

クラウスが語り出すや否や、数人から質問の手が挙がった。当てられると、彼らは熱心な表情で口を開く。

「クラウス様、それはどのようにして牽制するのがよいのでしょう」

「魔術、ないしは弓術。いずれも相手が対応に時間を要するものがいい」

なるほどと、納得の声が上がる。

それから、【剣術】ばかりにかまけていられなくなったと、焦りの声が聞こえ始めた。

「次に、一対一へと持ち込み、合気術を使う。合気術は、体術に対して恐るべき強さを発揮する」

「クラウス様、その合気術とは、どのようにして習得すればよいのでしょう」

「オレもわからない。だが、もしもセカンド八冠から聞けた時は、皆にも教えると約束しよう」

「よ、よろしいのですか!?」

世間一般から見れば、あり得ないことを言っていた。

考えようによっては一生の財産となるものを、皆で共有しようと言っているのだ。

この世界では、隠すことが個人の強みに繋がる。知識こそが力になる。騎士たちは皆、それをよく理解している。

しかし……クラウスの考え方は、既にその先へと進んでいた。

セカンドの登場によって、この世界の常識が変わろうとしているのだ。

そう、長期的に考えれば、今ある知識はいずれ 前提(・・) となっていく。

であれば、知識ありきの考え方に変えていかなければならない。

「王家の守護こそが我らの使命。ならばオレ一人が覚えていたところで大した力にはなるまい」

「……!」

騎士たちはハッとする。

仲間を出し抜き出世競争に勝ち抜くことばかりを考えていたら、第一騎士団としての務めを本当に果たしているとは言えないだろう。

クラウスは、元よりそういったストイックな姿勢の男だった。ただ、国王の座を目指すことへの強い偏執が、彼の平常心を酷く歪めていたのである。

彼は元第一王子。現キャスタル王家の長兄だ。本来ならば、彼こそが守護されるべき貴人。しかしながら、彼は守護する側へと望んで立っている。誰もが驚くほどの心血を注いで。

このように変わった彼の姿を見れば、もはや王城の中に彼を奴隷として扱おうなどという者が出てくるはずもない。

「聞け。必要なスキルは、合気術の他にもう一つ。飛車盾術だ。こちらから素早く間合いを詰められるスキルは、飛車盾術、飛車槍術、龍馬体術の三つが代表的。そのうち、飛車盾術が最も攻撃への移行が早い」

「飛車に、龍馬……ですか」

その後クラウスから続けられた言葉に、騎士たちは若干表情を曇らせた。

《飛車盾術》、《飛車槍術》、《龍馬体術》。いずれも、求められているレベルが高過ぎるのだ。

王国騎士の中でも最もエリートである第一騎士団の中には、【盾術】や【槍術】を上げている者もいるだろう。だが、飛車や龍馬まで習得している者は、片手で数えられるほど。ランクまで満足に上げている者となると、ほぼ存在しない。

殆どのタイトル戦出場者でさえ、つい一年前までは一種のスキルを上げ切るのに精一杯だったのだ。それを考えれば、今クラウスの言っていることが彼らの水準に合っていないのは明らかである。

それでも、この話をする意味とは。

「よいか、オレがセカンド八冠の教えを通して、皆に言いたいことはただ一つ」

クラウスは右手の人差し指を立て、全体を見渡した。

理解した顔をしている者は、皆無。

不意に、クラウスの口角が少しだけ上がった。セカンドの苦労が、わかったような気がしたのだ。

「手札を増やせ。なんとしてもだ」

「!」

そして、断言する。

「今後、騎士の在り方は変遷してゆく。急激に、劇的に。これまでは手札を隠して勝負していたものが、これからは手札を明かして勝負しなければならなくなるのだ」

クラウスの口にした展望は、見事に核心を突いていた。

このまま行けば、そのうちセカンドが全てを明かしてしまう。それを止められる者は、今のところ誰もいないのである。

「手札をどのように使うか、その技術を磨かなければならない。スキル習得ごときで競い合う時代は終わる。剣術一辺倒の騎士など不要となる。近く、必ずだ。そして、習得したスキルをどのように組み合わせて使うかが最も重要視される時代が来る。その時になってようやく気付き、慌ててスキルを習得し始めても、遅い」

危機感を煽られた騎士たちは、だんだんと顔つきが変わってきた。

この話が、タイトル戦を目指して休日も訓練しているような向上心のある者だけではなく、このまま騎士として暮らしていければそれでいいと考えているような者に対しても当てはまる内容だと気付いたのだ。

「準備せよ。今のうちに手札を増やしておけ。手札がなければ見えてこない景色がいくつもある。言い方を変えれば、手札がなければ話にならんのだ」

期せずして、クラウスは近衛を突き詰めるあまり、帝国でのセカンドと全く同じことをしようとしていた。

「ゆえにオレは、皆と知識を共有すべきだと考えた。これまで隠し続けてきたスキル習得方法をだ。そうでもしなければ、これからの時代、第一騎士団は近衛など到底果たせんだろう」

言っていることは、正論であろう。

“騎士団”の水準向上を考えれば、それは実に効果的な方法なのだが……“騎士”にとっては、劇薬でもある。

「――それやっちまうとな、今までの努力を水の泡にされた! って不満を持った騎士が寝首を搔きに来るぞ」

「!!」

クラウスの後ろから、ニヤニヤとした顔のセカンドが現れた。

騎士たちは途端にざわつく。まさかの場所にまさかの人物が現れたからだ。中には黄色い声をあげる者もいた。

「そうか……その発想はなかった」

一方、クラウスは昨日会ったばかりの上、これから会う予定だったからか、それほど驚いていない。むしろセカンドの的を射た発言の方へ興味がいっていた。

「まあなんとか納得してもらうよりないな。もしこの中にそういう輩がいるんなら、クラウスでなく俺を恨むことだ。そういう世の中にしようとしているのは、こいつじゃなくて俺なんだから」

セカンドは騎士たちを煽るように言うと、言葉を続ける。

「なんなら家まで直談判に来てもいい。そしたら……いいことあるかもな」

それから、そう囁くように言って、悪戯っぽくウインクした。

直談判に行ったところ特別に龍馬・龍王弓術を教わり、手のひらをものの見事に返した帝国騎士がいたことは記憶に新しい。

「で、話終わった? クラウス」

「今し方。すまない、待たせてしまったか?」

「いや、俺が早く来すぎただけだ。マインに聞いたらここにいるって言うから、散歩がてら来てみた」

「……まさか王城を歩いて?」

「え? うん」

クラウスの予想通り、つい先ほどまで王城内は興奮のあまり半ばパニック状態であった。

騎士だろうがメイドだろうがお構いなし且つ考えなしに話しかける性格のこの男は、言わばファンサービス抜群なのだ。特にこの世界へ来てからは精神的に余裕ができたのか、前にも増して磨きがかかっている。

「道すがら、何処で何をしでかしたかだけ教えてほしい。後処理の必要があるかもしれん」

「なんだ、人を病原菌みたいに」

「フン、上手いたとえだ」

「怒ってる? 悪かったよ。でもお前もちゃっかり俺から合気術聞き出そうとしてたよな」

「それは……待て、教えてはくれないのか?」

「お前が金将体術まで習得したら五秒で覚えさせてやる」

《歩兵合気術・投》の習得条件は、《銀将体術》を習得している状態で《歩兵合気術・投》によって投げられること。《歩兵合気術・受》の習得条件は、《金将体術》を習得している状態で《歩兵合気術・投》を発動することである。

「ハハ、五秒か。なるほど、体術が習得条件に絡んでくるのだな。ではまず体術を教えてほしい」

「注文が多いなこの弟子」

「すまないが、オレも本気なのでな」

「褒めてんだよ」

セカンドとクラウスはいつもの調子で雑談しながら、アーク・パラダイスの収監されている地下牢へと向かっていった。

残された騎士たちは、そんな二人を見ながら小声で喋る。

「クラウス様、セカンド八冠への弟子入りが決まってから実に活き活きとされていますね」

「私には、マイン陛下の従者となられてからのように見える」

「より一層ということですよ」

「いずれにせよ、喜ばしいことだ」

「いつも張り詰めてらっしゃる方でしたから……」

「……うむ」

常に余裕なく苛立っている印象のあったクラウスだが、今やその面影はない。

第一騎士団の騎士たちは、何が過去の彼をそうさせていたのか、そして誰の影響で彼が変わったのか、しっかりと理解していた。

「それにしても、まさかセカンド八冠ご本人がいらっしゃるとは」

「私、初めてこんなに近くで見ました! いやぁ、やっぱりオーラが違いましたね」

「こういう時ばかり第一騎士団でよかったと思ってしまうのは、些か不敬だろうか」

「はははは! 大丈夫、罰を受ける時は私も一緒です」

「ああしまった、サインを貰っておけばよかった。娘が大ファンなんだ」

「いやいや、貰えるわけないじゃないですか! こないだ競売にかけられていた色紙、知ってます? 一千万ですよ一千万」

「……帝国製の高級馬車が新車で買えるな」

一千万と聞いて、唖然とする騎士。

つい数分前、セカンドが王城の廊下でメイドに強請られてサインしていたことを彼らはまだ知らない……。

* * *

「――セカンド・ファーステストか、よく知っている。お会いできて光栄だが、生憎とワタシが今会いたいのは君ではない」

地下牢へとやってきて、アークと対面したところ、そんなことを言われた。

いや、お前が俺を呼んだんだろうが。

「誰に会いたいって?」

「昨日、ワタシは運命の出会いを果たしたのだ。嗚呼、まさしく絶世の美女と言っても足りないくらいの女性だった。聞きたいかい? 聞きたいだろう?」

……もしかしなくても、俺のことだよな。

あのあと帰ってから鏡を見てみたが、いや、まあ、確かに似合ってはいたよ。だが、なんだか俺はそれを認めてはいけないような気がしているんだ。ほら、なんというか、“沼”を感じるっていうか、その……認めるとハマりそうで怖いのだ。

「なんの用だ?」

「何? どうして君に話さなければならない。別に君に用はない」

駄目だこれ、明かさないと話が進まないやつか。嫌だなオイ。

「あー……長身の女が好きなのか?」

ワンクッション置くために、違う話題を振ってみる。

すると、アークは意外にも食いついてきた。

「おや、君もかい? ワタシはそうだが、長身というだけでは駄目だね」

「いや、俺は……まあ」

合わせておくか。

「思うに、長身の女性は凛として男勝りで落ち着いた人が多い」

「偏見だな」

「ワタシ個人での統計は取れている。男なんかに簡単には靡くまいと、気を張っている女性が多いのだ」

「へー」

「ワタシはそういう女性が好きだ。決して簡単には手に入れられなさそうな冷たいオーラを放つ長身のクール美女が好きなのだ」

「ほー」

マジでここ数年で一番どうでもいい情報である。

「……君、自分から質問したくせに聞いていないだろう。全く失礼な男だ」

おっと、態度が露骨だったからか、アークの機嫌が悪くなった。

まあでも、種明かし的にはここがタイミングかな。

「昨日の女、実は俺なんだ。悪かったな騙して」

「……………………?」

アークは俺の言葉の意味が理解できなかったのか、はてな顔で沈黙した。

仕方ねえな。

「ほら」

「……? ――!? ッッッ!?!?!?」

俺が昨日つけていたウィッグを被ってみせたら、アークは組んでいた足を解いて立ち上がり、驚愕の表情で近付いてきた。

「で? 用って何?」

「 」

ウィッグを取って聞いてみるが、アークは心ここにあらずといった具合で、酷い顔のままフリーズしている。

「おい!」

「!?」

パンと目覚ましに手を叩いてやると、アークは意識を取り戻した。

そして、ぽかーんと口を開けたまま、まじまじと俺の顔を改めて観察すると、口を開く。

「……こ、声は、どうしていた?」

「あー、あー、こうか。女声は半日で習得した」

「!」

昨日の俺と同じ声。それが決め手となったのか、アークはよろよろと後退して、壁にもたれかかった。

それから……俯いて、沈黙する。

「おい」

「……ッ……ッ……」

「なんだ? お前、泣い――」

「ッ……ハッハハハハハハハハ!」

なんだ……急に笑い始めたぞ。

「嗚呼、嗚呼! なんだ、そういうことか! それは手に入るわけもない! ハハハ! 傑作だ!」

と思いきや、一人で謎の納得をしている。

やべぇなこいつ。

「ワタシが君に強く惹かれた理由がわかったよ」

「へぇ?」

「ワタシは幼少より、“簡単に手に入らないもの”に心を惹かれて仕方なかったのだ。ありふれた金貨よりも、駄菓子の当たり棒の方が心躍ったものさ。初めて興奮を催したのは実の姉だよ。そして外界へと出るようになってから、最も運命的だと感じた出会いが、そう、世にも珍しいアイテム、アーティファクトさ」

……うわぁ。

「道理で惹かれるわけだ。君はワタシより強い。ワタシより美しい。そして、ワタシを好きになる可能性はない。君は、絶対に手に入れることのできない、しかし、ワタシが欲しくなる要素の尽くを兼ね備えた、世界にたった一つの宝石だ」

よく喋るなあ。

「ハハハ、ありがとう、セカンド・ファーステスト。ワタシは諦めがついたよ。これで心置きなく死刑を待てる」

「そりゃどうも」

「……と、言いたいところだけれど」

なんだよ。まだあるのか。

「君を呼んだ本当の理由は、また別だ」

「何?」

本当の理由だと?

「死刑の前に、これだけはどうしても聞きたかったのだ。昨日の女性、つまり君のことだが、君は非常にアーティファクトに詳しかった。おそらくワタシよりもだ。ワタシの全身装備を一目で看破した者など、百五十一年の人生の中で君が最初で最後だ」

「なるほど、アーティファクトについて聞きたいことがあったのか」

だから女装した俺にまた会いたいと要求していたわけね。

「そうさ。この謎を解き明かす前に死ぬのかと思うと、気になって夜も眠れなくてね」

謎を解き明かす、か。

そんな謎めいたアーティファクトなんてあったっけ?

「まあいいや、見せてみろ」

「それが、全て没収されてしまった。多忙な君のことを思えば、また会いに来てくれとは言い辛い……今、ワタシができる限りそのアーティファクトの説明をしよう。もしそれで正体がわかったら、教えてくれたまえ」

「いいぜ」

クイズみたいでワクワクするな。

「アーティファクトの名は――“イベントタイマー”だ。アクセサリーとして装備できる。装備をすると、視界の左上に何かの 残り時間(・・・・) が浮かび上がる。ワタシが最後に見たのは、昨夕の18時47分32秒。その時、残り時間は60と15:12:28.04となっていた」

「……………………」

「知っているのなら、教えてほしい。60日後、何が起こる? 手に入れた時は、残り258日だった。半年以上待っているのだ。気になって気になって仕方がない」

…………そうか。

いや、そうか。その可能性を考えていなかった。

そうだよな、そりゃあ起こっても不思議じゃないよな。この世界って、基本的にメヴィオンだもんな。

マズいぞ……ヤベェ、ガチのマジでパネェことになったぞ……。

「セカンド・ファーステスト! 知っているのだな! ならば教えてくれ!」

ああ、知っている。

なんなら前の世界では世界記録も持っているくらい、それについては知っている。

だが、この世界では、どうなるか――。

「アーク、一度だけ教えてやるから、よく聞け」

「!」

イベントタイマーがゼロになった瞬間に始まるのは、勿論、イベントだ。

なんのイベントか。メヴィオンでは、大型アップデートから次回の大型アップデートの間の何処かで必ず開催されるお祭り騒ぎだった。

この世界では、おそらく……地獄にほど近い狂騒。

「スタンピードだ」