軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18 Muscle Priest

「え……?」

エコは目の前の状況が理解できていないのか、呆けた声を出す。

「ば、馬鹿者っ!!」

「来るな」

応急処置をしようと駆け寄ってくるシルビアを止める。

「きゃああっ!?」

エコが驚愕の悲鳴をあげた。

悲鳴をあげたいのはこっちだよ……ああ痛ぇえええ……!

ぐぅうう……あークッソッ、辛抱だ!!

ここでエコをチームメンバーにしておけば、絶対に世界一位が近づくはずなんだ!

何故ならっ――

「エコ、お前には回復魔術が向いている。これを使って俺の手を治してみせろ!」

――彼女は『筋肉僧侶』なんだッ! ……多分!!

「で、で、できないっ。できないっ」

エコは泣きながら首をブンブンと振って否定する。

「いいから、やれ! その杖を持て!」

俺は一本の杖をエコに押し付ける。

それは『回復魔術の杖・中』――手に持ってさえいれば誰でも【回復魔術】《回復・中》が使えるようになるホーリースライム産の激レア杖。

エコの成長タイプが『筋肉僧侶』なら!

ヒーラー系成長タイプ限定の「++」の追加効果が発動し、俺の手は瞬時に回復する!

「がぁああああ痛ぇえ! 早くしてくれ!」

「でも! でも!」

「でもじゃねえ! 出来るっつってんだろ早くしろオオオオ!!」

「う、うんっ! うん!!」

俺は怒鳴った。全身から脂汗が吹き出て、目眩と吐き気がひどい。あぁそろそろ限界。

エコは泣きながらカクカクと頷いて、震える手で必死に杖を構えた。

……そうだ。やれ。お前は役に立てる。自信をつけろ! 気づけ! それが逃げ道だ!

「……あっ!?」

多分、それは驚きの声。自分のスキル欄に《回復・中》を見つけたのだろう。

「い、いま、なおすっ!!」

エコはぎゅっと握った杖を振って、一生懸命に《回復・中》を発動させる。

次の瞬間。眩い光が杖から迸ったかと思うと、俺を包み込み――

――そして、俺の左手は何事もなかったかのように、元の姿へと戻った。

ああ、助かった……。

「わ、わぁあああっ」

エコは自分の出した眩い光に驚いて尻餅をつきながらも感嘆の声をあげていた。なんだそれ。

「あ……すまん……ちょっと、無理」

「セカンド殿!」

俺は血を出しすぎたのか、フラフラになって地面へ寝転がる。

ゲロを出したくない一心で吐き気を我慢していると、そのうちに意識を失っていった――……

『筋肉僧侶』

俺がエコの成長タイプに気が付いたのは、彼女を追い掛けていた時だ。

足が遅く、力が強く、SPが多く、そして魔術学校では落ちこぼれ、すなわちINTがもの凄く低い。

とても魔術師とは思えないそれらの要素が、筋肉僧侶の特徴にぴったり当てはまるのだ。

筋肉僧侶は、INT・AGI・DEX・LUKの全てが極めて低水準。特にINTとDEXは他の重戦士などの戦闘タイプと比べても格段に低い。その代わりに、HP・MP・SP・STR・VIT・MGRは高水準、中でもHP・MP・SPはバカみたいに高くなる。中級者のシルビアにスタミナ勝ちする程にだ。

INTが低いので魔術は向いていない。DEXも低いので弓術は向かない。STRはそこそこあるがAGIが低いので上手く立ち回れない。INTが低いのにMPが多い。これらは一見して無意味なように思えるが、一部の廃人たちはこの成長タイプを好んでチョイスしていた。

それこそ、名の知れたチームともなればメンバーの一人に必ずこの筋肉僧侶タイプがいた。

何故か。

それは「壁役」だ。

筋肉僧侶はその高いHP・SP・VITを活かして【盾術】を用い、仲間たちの壁となって魔物からのダメージを一身に引き受ける。そしてダメージを受けたそばから自分自身で【回復魔術】を用いてHPを回復するのだ。

つまり、MPが切れるまでずっと壁で居続けられるのである。

また、【回復魔術】は【攻撃魔術】と違ってINTの数値に左右されない。何故ならINTとは「攻撃魔術スキルの威力」に直結する能力値であり、回復魔術の効果とは何ら関わりがないのだ。

ゆえに、筋肉僧侶とは壁役をこなしながらも自己回復し続けることで延々と壁役を果たすことが可能な筋肉もりもりマッチョマンのヒーラーを育成するための成長タイプなのである。こいつは別名「ベルリンの壁」と呼ばれていた。28年間崩れることのないくらい堅固な壁役ということだろう。

そう。筋肉僧侶は、それくらい強力な成長タイプなのだ。従来の壁役である重戦士や重騎士などを尻目に「壁専門」として最前線で活躍する壁のプロフェッショナルなのである。

そんな筋肉僧侶のエコが仲間になれば、だ。

前衛、中衛、後衛。

筋肉僧侶のエコ、オールラウンダーの俺、魔弓術師のシルビアで、文句なしのチームが組める。もっと上を目指せる。世界一位がぐっと近づく。

どうしても欲しい――俺はそう思ってしまった。

確かに、過去の俺に似た彼女の絶望に濡れた心を救ってやりたいという気持ちはあった。俺はその救い方を奇跡的に知っていたのだから、手を差し伸べないわけがなかった。

しかしそれと同じくらい、世界一位を目指すために「従順な仲間が欲しい」という気持ちが俺の中で大きくなっていた。

俺は彼女を利用しようとしている。

回復魔術なら役に立てるぞと、だから仲間になれと、そうやって。

思えばシルビアの時もそうだった。

彼女の心の弱みにつけ込んだ、半ば無理矢理な勧誘だった。

彼女たちはそれでいいのだろうか。

俺はこれでいいのだろうか。

不安だ。

無茶やって、気を引いて、なんとか引っ張って行って、付き合わせて。

でも、付いてきてほしいんだ。

頼むよ。頼む。付いてきてくれ。

俺に、俺に――

「…………ん……」

……なんだか、怖い夢を見た。

目が覚めるとそこはベッドの上。よく見ると、宿屋の部屋だと分かる。

「おい」

「気付いたかっ!」

俺が声を出すと、シルビアは弾んだ声をあげて手を握ってきた。

「……無茶をするな。この手がなくなったら世界一位にはなれんぞ」

俺の右手を優しく撫でながら、シルビアは言い聞かせるようにそう言った。

「言いづらいんだが、そっちじゃなくて左手だ」

「…………」

シルビアの耳が赤くなる。

「いてっ」

無言で俺の手の甲にぺしっとしっぺをして、部屋を出て行った。

ああ、何故か安心する。

何故だかは分からないが。

「せかんど!」

バァンとドアが大きな音をたてて開き、エコが飛び込んできた。

俺の胸にボフッとダイブすると「ごめんねっ」「ごめんねっ」と涙声で言う。

何がごめんねなのかは分からない。

だが謝っているということは、チャンスということだ。

「エコ。もう一度言うぞ。お前には回復魔術が向いている。学校を辞めて俺の所に来い」

俺はここぞとばかりに言った。彼女を利用するために。それが彼女の救いになると思い込んで。

エコはガバッと顔を上げると、泣きながらも満面の笑みを見せる。

「うれしい! あたし、やくにたてるの!?」

「そうだ。一緒に行こう」

俺は熱く勧誘する。

エコは笑顔で頷こうとして……突如、その顔に陰りが差した。

「うー……でも……でも……」

悩んでいるようだ。

行きたい、でも、行けない。そのような苦悩に見える。

……何かワケがあるのか?

「なあ。何か学校を辞められない理由があったりするか?」

「なんでわかるの!?」

エコは目を丸くして驚きの声をあげた。

「世界一位だからだ。ほら、話してみろ」

俺は堂々とそう言って、エコの言葉を待った。

「あのね……」

エコは涙をぐしぐしと拭うと、ぽつぽつと語り出した。

なんでも、彼女は遠い田舎の獣人の村の出身らしい。

エコは幼い頃からMPがアホみたいに高く、それを知った父親があちこちで自慢すると、エコには魔術の才能があるんじゃないかと村の中で期待され始めた。

話はどんどんと大きくなり、そして去年。村中からかき集めたお金で名門『王立魔術学校』に入学させられたんだとか。

田舎の獣人村から出た天才。エコが立派な魔術師になれば村おこしに繋がる。そんな浅はかな考えだったのだろう。

何故入学試験に受かったのか。エコは成長タイプのせいでINTが異常に低いだけで、スキルの習得や魔術知識の勉強に問題はなかった。むしろ優秀だった。弐ノ型も風と土の2属性は既に習得していた。ただし、威力はそこらの学生の半分にも満たない。ゆえに「落ちこぼれ」なのだ。

「……だから、やめられないの。むらのみんなのきたいをうらぎれないの」

村の皆の期待。

それが何を生んだのか。

大きな大きな重りだ。一人の少女の心を押し潰し、今も尚すり潰そうと動いている。

「……大丈夫だ。ここに、逃げ道を用意しておいたぞ」

「え……?」

「逃げられるんだ。幸いなことに、良い逃げ道がここにある」

俺の時とは違って。

「いい、にげみち?」

「ああ。安心しな」

俺は深く頷き、エコに語った。

「俺は世界一位になる。世界一位だ。分かるか? 全世界で一番なんだ。俺より強い奴なんて誰もいないんだぞ。そして、お前はそのチームメンバーになるんだ。よく考えてみろ。これ以上に名誉なことがあるか? 王立魔術学校なんて鼻クソだ。宮廷魔術師なんて目じゃない。村の奴らもきっと満足する、いや満足しすぎて三日三晩ぶっ続けで祭りを開いてからお前の銅像を村のど真ん中に建てて未来永劫語り継ぐだろう伝説的栄光だ。お前が村に帰る頃には、きっと全員が土下座して泣きながら出迎えるくらい偉くなってる」

「…………ぷっ、くふふっ」

「あぁ~エコ様ぁ~、よくぞお戻りになられましたぁ~! まず村長がこう言うだろ? そしたら次にお前の親父がこう言うんだ。エコぉ~、セカンド様のサインを貰ってきてくれぇ~!」

「きゃははっ!」

「他の村の男たちはどうしてるか気になるって? オイオイ、足元を見ろよエコ。ほら、さっきからお前が歩いてんのは、跪いた男たちの上だぜ!」

「きゃっはっはっは!」

エコは笑った。大声で。膝を叩いて。お腹を抱えて。元気よく。

俺もなんだかおかしくなってきて、一緒に笑った。

嫌なことなんて何一つ考えない。今目の前のことをとにかくひたすらに楽しむ。ただそれだけのことが、とても難しかったんだと思う。

ひとしきり笑いあってから、エコは言った。

「せかんど! あたしいっしょにいく!」

こうして、筋肉僧侶獣人エコ・リーフレットが仲間に加わった。