軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

125 誰がために

「――ぐああああッ!」

全ては、一つの悲鳴から始まった。

夜明け前の静寂を、男の悶絶する声がつんざく。

「ふん。他愛ないねブラック。こうもあっさり殺せるなんて、拍子抜けさ」

覆面を付けた女――レンコが、嘲るように笑った。

彼女は暗殺のプロではない。ゆえに【体術】スキルを使い、相手に声を出させながら実に豪快に殺害している。

「こちらこそ拍子抜けです。まさかこんな罠に引っかかるマヌケがいるとは」

「チッ……もう来やがったかい」

10秒と経たずに駆けつけた男は、近衛兵ネクス。20代後半にしてブラック教皇の側近となった天才剣術師だ。

レンコはその場から逃走するため、まるで忍者のように軽い身のこなしで3回バク転し、窓のふちへと足をかける。

「残念。そちらは包囲済みだ」

「……くそっ!」

ネクスの言葉通り、窓の外には数十人の兵士が待ち伏せしていた。

あまりにも兵士の動きが迅速すぎる。

まさか! ――レンコは思い至った。

「そう、貴女が殺したのは影武者です。貴女のようなマヌケをあぶり出すための罠だったのですよ」

ネクスが答え合わせをする。同時に、部屋の扉から大勢の兵士が雪崩れ込み、レンコを取り囲んだ。

「やるじゃないのさ……でもね、一筋縄でいくあたいじゃあないよっ!」

これ以上の抵抗は無駄と思われたが、次の瞬間、レンコは拳と拳を胸の前で合わせ、ポーズをとった。

「変身!!」

まばゆい光と風がレンコから発せられ、レンコの周囲にいた兵士が吹き飛ばされる。

《変身》スキル使用時の無敵時間は8秒。うち自由に動けるのは、6秒経過後の2秒間のみ。

この2秒を利用して、窓の外へと飛び出して屋根の上にのぼり、変身後の高いAGIを利用して逃げるか。それとも、正面のネクスたちをぶちのめして突破するか。逃げるか攻めるかの、二択。レンコは当然「攻め」を選んだ。

悪い選択ではなかった。兵士たちとレンコとの力の差は歴然。十人程度なら、変身後のレンコの敵ではない。また、ここでネクスという教皇側の主力を倒しておくことは、革命の成功率をグンと上げることに繋がる。屋根の上へと逃げるのは、それからでも十分に遅くない。

……ただ、一つ。想定外のことがあった。

近衛兵ネクスの“対人戦”における異常なまでの強さである。

強いとは知っており、警戒もしていたレンコであったが、よもや ここまで(・・・・) とは思っていなかった。

「甘い」

「ぐっ……!」

《香車剣術》による鋭い一撃。レンコは肩に剣を受け、バランスを崩す。

実に巧妙な一撃だった。他の兵士たちを 肉壁(・・) のように利用して立ち回りながら、ここしかないというレンコの隙を突いて繰り出したネクスの【剣術】は、明らかに 殺し合い慣れ(・・・・・・) している者の動き。

当たり前である。ネクスはこれまで、ブラック教皇の命令で何十人何百人という者をその剣の錆にしてきた。中には激しく抵抗する者もいた。中には達人と呼べるような強者もいた。それでも彼は、圧倒的に、一方的に斬り伏せてきたのだ。カメル神国で最も強く恐ろしい剣術師、それがネクスなのである。

更に、【体術】と【剣術】の対戦は、剣のリーチが長い分【剣術】に分がある。

つまり、レンコが《変身》していて尚、ネクスが互角に渡り合えている理由は、人数差と経験差に加えてスキルの相性にあると言えた。

「焦りが見えてきましたよ」

「うるさいねっ……!」

戦闘開始から5分が経過する。変身時間は、残り2分。

レンコはネクス以外の兵士たち十人を既に倒していた。だが、倒せども倒せども、兵士は次から次へと補充される。この状況を打開するには、レンコの自由な立ち回りを妨害してくるネクスを倒すよりない。

だが、ネクスはやはり強かった。レンコが攻めようとすれば兵士を利用していなしながら隙を突き反撃を繰り出してきて、レンコが逃げようとすれば恐ろしい速さと鋭さで斬り込んでくる。

そうして、一進一退の攻防をしているうち。

2分が、経ってしまった――。

「捕えよ!」

ネクスの命令で兵士たちが一斉に襲い掛かり、《変身》の解けたレンコを拘束する。

“隷属の首輪”と呼ばれる罪人用の拘束具を無理矢理につけられ、レンコはついに沈黙した。

隷属の首輪をつけられたものは、一切の攻撃ができなくなる。つまりは“攻撃不可”が発動する。メヴィウス・オンラインではストーリーイベント中にのみ登場したアイテムだが、この世界では国・騎士団・商人、果てはアンダーグラウンドにまで広まっていた。人間は常に安心を求めて生きる動物。攻撃不可という「安心」は、何にも代え難い価値なのだ。

「お前は確かラズベリーベル様の……そうか、なるほど」

ネクスはレンコの覆面を剥ぎ取り、その顔を確認すると、一人納得する。

「こいつを地下牢へ送れ。拷問の準備を」

早急に情報を吐かせなければ、教皇の身が危ない。そう考えたネクスは、教皇への報告の後、レンコの拷問を急ぐことに決めた。

「こっ、これは 聖下(せいか) ! 何故このような場所へお一人で……?」

「私を暗殺しようとした者がいたらしいではないか。顔を見に来てやったのだ」

「左様で御座いましたか! し、しかし、恐れながら、ネクス様に誰も通さぬようにと」

「私でも通すなと聞いたのか?」

「い、いえ、それは……しかし危険では」

「隷属の首輪が付いておるのだ、安心であろう」

「ですが……」

「これ以上、馬鹿なことは申すな。命拾いしたければな」

「はっ……!」

レンコが投獄されてから5分と経たぬうちに、地下牢をブラック教皇が訪れた。

番をしていた兵士を脅し、中へと入る。

「供はいらぬ。顔を見るだけだ。1分とかからず出てくる」

「はっ」

威圧的に兵士の随行を断り、ブラック教皇は一人で地下牢を歩いて、突き当りの檻の前で足を止めた。

「……影武者ってのは本当だったのかい。はぁ、嫌になっちまうよ」

檻の中にはレンコがいた。ブラック教皇の顔を見るや否や、悪態をつく。

そんなレンコの様子を見て、ブラック教皇はニッと笑い、口を開いた。

「来い、あんこ」

「――はい、 主様(あるじさま) 」

レンコの真横で闇が歪み、暗黒が女の体を形作る。

姿を現したのは、いつかアンと名乗った修道女。薄ら微笑む口元と糸目が特徴の、身の毛もよだつ気配を放つ女。

「なっ……!? あんた、まさか……!」

「時間がない。 俺(・) の家に転移させるぞ」

ブラック教皇の姿に化けた男はレンコの驚きを遮りながらそう言って、あんこに指示を出そうとした。

あまり時間をかけると、牢屋の番に怪しまれる。ゆえに、無駄口を叩いている暇はない。

すると、レンコは立ち上がり、男に詰め寄りながら、意外な言葉を口にした。

「ま、待ちな! あたいにチャンスを……! もう一度、チャンスをくれないかい?」

問答無用で 退場(・・) させられる。

そう気づいたレンコは、必死になって懇願したのだ。

「チャンス?」

「次こそは、教皇を殺してみせる! あたいに、けじめをつけるチャンスをおくれよ! ラズベリーベル様に、恩返しするチャンスを!」

「けじめとか恩返しとか聞こえの良い言葉で言うけどさ、お前、自分が満足したいだけだろ?」

「ち、違う! 違う……っ」

ナイフのように鋭い言葉が突き立てられる。

レンコは哀しげな顔で否定し、言葉を続けた。

「ラズベリーベル様は、あたいを利用してる。あの方は、優しいのさ。利用しながら、利用してることに心を痛めてる。あたいがこのまま退場したら、全部無駄だったってことになる。ラズベリーベル様は、もっと気に病んじまう……」

「……って、気がしてるだけだろ? 実際は何とも思ってないかもしれない。思春期特有の一方的な思い込みだ」

「…………っ」

沈黙。

男の言う通りだった。ゆえに、レンコはこれ以上の言葉が出ない。

「残念だ。お前は俺の性格をわかってない。それが敗因だ。R6のメンバーならもっとマシな啖呵を切っただろうな。悪いが、これ以上付き合っていられない」

……存外、 甘い(・・) 男である。

R6。ここでその名前を出した意味を、レンコは理解していなかったが。

しかし、彼女の感情は、男の狙い通りに変化する。

「……最後まで、立ち向かいたい」

「…………」

「聖女なんて、カメル神国なんて、正直どうでもいい。あたいは、意地でも、最後まで立ち向かいたい。ラズベリーベル様を、あんなに無邪気で可愛らしい 普通の子(・・・・) を、鎖でガッチガチに縛って利用してたあのクソ野郎を死ぬほど痛めつけてぶち殺したい……ッ!」

レンコの口から、強く、とても強く、本音が出た。

「失敗するかもしれない。迷惑かけちまうかもしれない。それでも、あたいは、あたいのために立ち向かいたいんだ。ラズベリーベルっていう一人の女の子の心を知ってる、このあたいが」

レンコは知っていたのだ。ラズベリーベルが、どんなに凄い能力や知識を持っていようが、その心は聖女でもなんでもないことを。ごくありふれた一人の乙女だということを。

「……拾ってもらったこの命、あの子のために散らせちゃあくれないか」

冷たい石の上で正座をし、地面に拳を突いて頭を下げる。

今の彼女はレンコであり、レンコではない。かの誇り高き大義賊、その親分リームスマの一人娘レイである。かつてあった熱き義侠心が、彼女の中に戻ってきた。

悪を挫く悪の道。義賊の道。誰のためでもない。全ては己の道に背かないため。

命を燃やす男たちの生きざまは、彼女の心にしっかりと受け継がれていた。

そして、対する男は。

理屈を抜きに、効率度外視で、こういうやつが大好きだった。

パキン、と。レンコの首についた隷属の首輪が壊される。

「今からオルドジョー北に飛ばす。東ルートでオルドジョーに潜り込め。教皇はその先にいる」

「…………っ!!」

男のもとに、通信が入っていた。

コードネーム『コンサデ』からの通信。「有事の際、教皇は東部の指揮を執る」と。前日からの潜入調査の中で、確かな情報を入手したのだろう。

「……ありがとう」

「感謝は終わってからだ。後のことは気にするな、やりたいようにやれ」

「ああ。すまない、恩に着るよ」

あんこの《暗黒転移》と《暗黒召喚》で、レンコはオルドジョー北の森へと飛ばされた。

男には、負い目があった。暗殺対象が影武者と知っていて尚、彼女に危険な橋を渡らせた負い目が。ゆえに、なるべくは願いを聞いてやりたいという気持ちがあった。

だが、それを抜きにしても、彼は本物の教皇の暗殺を彼女に任せることに決めた。恐らく失敗するだろう。その結果として、自分が 尻拭い(・・・) をするはめになる。それを分かっていても、彼女に一旦は任せる。あえてそう決断したのだ。

二度手間だろうが無駄だろうがなんだろうが関係ない。死ぬまでネトゲに人生を賭け続けてきた“無駄の塊”のような男が言えたことではない。

ここで彼女に任せる。それに意味がある。価値がある。

こうと決めたものに命を賭けることの美しさを、彼は知っていたのだ。

「どうすっかなぁ……」

男は溜息一つ、レンコが失敗した後のことを考えながら、地下牢を後にした。

向かう先は、聖殿――聖女ラズベリーベルの部屋。

この数分後。反教会勢力ディザートが、首都オルドジョーへと奇襲を仕掛けた。

そして、夜が明ける。